第12話 残り11話

 私は、お盆になる直前になって、観光客へのアンケートを終了し帰省した。編集部に立ち寄ると、同僚達はすっかり色黒になった私を見て驚いた。島流しの恐ろしさと、自分たちの罪深さを思い知ったに違いない。


 記入済みのアンケート用紙を、もうひとりの政府銀行担当であるIさんへ渡した。膨大な資料を前に、彼は文句を言ってきた。

「おい、富樫。これを俺にまとめろと言うのか」


 質問はほとんど記述形式なので、まとめあげるのは一苦労だろう。私としても手伝いたいのはやまやまだが、そんな手間な作業をしている暇はない。それよりはるかに重要な使命があるのだ。千座の岩屋で宣教師の亡霊が出たという噂が、島中に広まってしまっていた。私の狂言だが、この状況を利用しない手はない。早速、ネットで予告を打った。


「 衝撃の事実! 政府銀行の背後にイエズス会がいる。

  やはり、政銀はハゲタカ外資の手先だった。宣教師の頭頂もハゲていた。

  織田信長はまだ生きている。本能寺の変の真相を本人自ら語る。

  簡易TEN端末は、落とすと爆発する危険性が。

  政銀南種子出張所で職員によるセクハラ事件多発。さらに覚醒剤疑惑も。

  最強リゾート産業、海の家どんげー TTPを梃子に世界中のビーチを席巻 」


 見出しはいつものように派手に煽ったが、記事本文の内容はまともで、全て私の妄想記事にもかかわらず、それが国会でとりあげられたこともあり、全国民にメガトン級の衝撃を与えてしまった。


 記事の概要は次の通り。


 今後TTPは日本国内にとどまらず、海外へも展開していく。TENは国際通貨になり、政銀本部はポルトガルへ移転する。政銀人事部は、ポルトガル語を話せるブラジル人を大量採用中。仕組まれるTEN高、いずれ円とTENは、一対一で交換できなくなる。五年後の予想交換レート TEN/円は1.5。だから今すぐ円をTENに換えよう。


 これはとりようによっては、資金を他の銀行に預けたままにしておくのは、大損だととらえることもできる。そのため、それまで噂のトンネルなど相手にしてこなかった一流ジャーナリストまでが、金融業界から買収されたようで、批判記事を書いてきた。

 それもメインとなる政銀の海外展開への批評よりも、サービス精神から余興のつもりで創作した信長の件を持ち出して、こんなでたらめ書く人間は信用できないと、私の人格攻撃へ重点を置いたものがほとんどだった。


 様々な批判にさらされたものの、この記事が原因で民間から政府銀行への預け換えは一層進み、世間の政銀に対する風当たりも強くなっていった。それで我が社への政府銀行からの融資が絶たれることになるのだが、それはもう少し先のお話。


 私のような移住者は、お盆といえども長期の帰省はできない。盆休みの最中に種子島に戻ると、玉井の様子が変だった。翌日、彼は私に悩みを打ち明けた。


「海の家やるから、バイト辞めますなんて偉そうにいったけど、夏が終われば、俺することないじゃん。これからどうやって生きていけばいいんだ」

「君の本業はストリートミュージシャンだろう」

 私は弱気の彼を励ました。

「この島でストリートミュージシャンが、無理なことくらいわかってるだろう」

「そんなことないよ」

「そりゃ、歌うだけならできるさ。でも、どうやってもチップがもらえないんだぜ」

「政銀から簡易端末借りて、見物人にIDカードで支払ってもらえばいい」

「おまえ、からかってるのか」

 彼は本気で怒った。

「簡易端末の用途は、屋台など、移動を伴う職業でも、IDカードを使用可能なようにすることだ。だから、堂々と使えばいい」

「誰が、わざわざカードで払ってくれると言うんだ」

「あれこれ考えずに実際にやってみたらいい。夕方、オーナーに簡易端末借りて、路上じゃなくて砂上ライブやろうよ」

「それって俺の歌がどんげーの売上になるってことだよな?」

 と、彼が不信げな表情でいったので、

「細かいことはいいから」

 と、私はごまかした。


 早速、その日の夕方、玉井は海の家の前で、ギターを持ち、心をこめて歌を歌った。店のほうも暇だったので、スタッフがサクラになって、盛り上がりを演出した。それで、何人か人が集まりだした。

 

 彼が歌っている間、私は簡易端末を持って、

「チップ、お願いします」と、見物人一人一人に頼んで回った。

「え、これ、金とるの?」

 と、露骨にいやな顔をされたり、何も言わずにその場から立ち去られたり、なにかと不評だったが、中にはしぶしぶ払う者もいた。


 実験は成功だった。成功ということは、結果がはっきりしたということだ。結論からいうと、この島ではストリートミュージシャンは、職業として成立しない。

 そのことを玉井に告げると、彼はギターケースを広げ砂の上に置き、やけになって怒鳴るように歌い出した。私が最初に聞いた歌だ。地鶏料理、海の家と遠回りしたけど、ようやく原点であるプロテストミュージシャンに戻ったのだ。


『 この島には、金がないのか

  誰もおいらのギターケースに金を入れてくれない

  おいらのギターは金が欲しいと泣いている

  金がないのにおいらはどうやって生きていけばいいんだ  』


 すると、続々と人が集まり、手持ちの現金を次々とケースの中に投げ入れていった。その光景は、人の世のぬくもりを感じさせる。しかし、巨大なTTPの激流の前には、あだ花にすぎない。


 玉井の悩みは解決されないまま、夏は終わり、秋がやってきた。

 

「……出版不況が騒がれるようになって久しいですが、人気雑誌噂のトンネルなどで有名な中堅出版社正直出版が昨日九月三十日に、自己破産を申請し倒産しました。負債総額は……」


 夕方のニュースだった。人気雑誌と紹介されたが、弊誌の売上は、政銀の海外展開の記事を掲載した週をピークに、急降下を描いていった。マスコミからバッシングを受けたことが原因だ。私の評判も地に落ち、本来ならば辺境の地で気楽な身分でいられるはずはないのだが、私の記事が自分たちにとって有利だと判断した政銀からの異例の融資により、会社の経営はやりくりできた。それが、政銀一人勝ちが批判されるようになると、原因を私の記事のせいにして、手のひらを返したように、当社への融資を打ち切ってきた。


 いろいろ兆候はあったものの、自社の倒産をテレビ報道で知るとは、世の中とはなんと世知辛いものなのか。会社が危ないなどと、誰も連絡を入れてくれなかった。島流しにあって以来、すっかり存在を忘れられているのだろう。


 そう思ったのもつかのま、Iさんから電話があった。

「全部おまえの記事のせいだぞ。どうしてくれる」と、彼は恨み言をいった。

「会社がつぶれそうってこと、どうして教えてくれなかったんですか」

「俺も今日出勤してはじめて知ったんだ」

 みんな同じだったようだ。

「これからどうします?」

「そっちに移住するよ。そうすれば資産保障あるんだろ?」

「移住には許可がいります。おそらく無理でしょう」

「くそっ! なんで編集長は俺を島流しにしてくれなかったんだ」

 島流しにあった私は、運がいいのかもしれない。それでも月十万円では、これまでのような暮らしはできない。

 

 

 これまで政府銀行が参入した業種は、銀行、消費者金融、証券、保険と、主に金融分野に限定されていた。これらの競合他社の多くは淘汰の憂き目にあい、そこからはき出された人材を政府銀行が吸収し、怪物はとどまることを知らず巨大化していった。

 さらにネット通販、広告、物流などを幅広く取り扱うインターネットサービス「政府亭ネット」が年明けから登場する予定だ。預金者から集めた情報と、その口座を自ら扱っていることを武器に、他に類を見ない利便性を実現すると公言している。


 政府亭ネットを利用するには、政府銀行に口座を持っていることと、カメラ付きPC、スマホ、タブレット等があればいい。そこに専用アプリをダウンロードすればいつでも利用可能だ。

 サービス利用時に、カメラを通した顔認証で本人確認をするので、他人に不正利用される心配がない。支払い方法は、買い物の都度行わず、月単位でまとめて支払う。口座からの自動引き落としの他、利用月がすぎて二ヶ月以内にATMなどで支払うこともできる。利用限度額は、口座の残高とIDカードの前日までの残高から決められる。二ヶ月を越えて支払いが滞った場合、遅延加算が発生する。


 サービスが正式に始まる二ヶ月前、ベータテストのモニターが募集された。応募条件は種子島在住者のみ。利点は、消費税完全還元。消費税分が安くなるので、私は応募することにした。ただし、テストなので、サービス内容に多少支障があっても、クレーム等は受け付けないとのこと。


 テストの開始日、パソコンの検索画面で政府亭ネットと入力すると、公式サイトが先頭に表示された。それをクリックして、ホームページを開く。役所のホームページなどの固い内容を予想していたが、ど派手な色遣いと、子供でも読めるようにルビがふられた太いゴシック文字に驚いた。取り扱い商品は、現時点では五十点ほどと極端に少ない。いくらテスト段階とはいえ、これでは先行き不安である。金融業界で一人勝ちした政府銀行の驕りに見える。


 初心者なので、「使い方」をクリックする。ソフトウェアをダウンロードしてインストール。このソフトでカメラの搭載と、それが利用可能か調べるようで、顔をカメラに向け、それからIDカードの提示を求められ、カードの表をカメラに向けた。これで、実際に映った顔とIDカードの顔が一致するか照合される。


 インストールが完了し、実際に商品を購入してみる。数少ない取り扱い商品の中から、パンを選択。すると、中種子町にあるパン屋の写真と紹介文。そこで売っているパンのうち、ロールパン、あんぱん、カレーパンの三種類が選べるようになっている。


 特に欲しいとは思わなかったが、一個120円のカレーパンを選び、個数を3と入力。消費税は無料(ただ)でも、別途送料が120円かかる。ただし、五十個以上の場合、送料は無料。フリージャーナリストになったばかりの私は、飯の種になると思い、割に合わない買い物をすることにした。


 次は認証だ。

 音声ガイダンス「IDカードを見せてください」

 IDカードをカメラの前に持っていく。

 音声ガイダンス「カメラのほうをみて、舌を鼻の先につけてください」


 ???


 カードの持ち主の顔が映った写真や動画を使われるなどの不正防止のため、顔の認証は、左目を閉じる、口を開ける、などその場でランダムに出される指示に従う必要がある。しかし、舌を鼻の先につけることのできる人間が、そんなにいるとは思えない。できなくても、舌を上に伸ばす行為を認識さえすれば問題ないのだろう。私は、短い舌の先を鼻のほうに伸ばしたが、もちろん届かない。


 そんな私の苦労を知らないのか、

「カメラのほうをみて、舌を鼻の先につけてください」

 と数秒おきに繰り返される。これではいつまで経っても買い物ができない。いかにベータテストとはいえ、なんというひどいサービスだ。あきらめて「取り消し」を押すと、

「富樫って、本当に馬鹿だね」という明美の声が流れた。


 彼女は、私の番号でアクセスされた場合、通常とは別の動きをするように、テストプログラムに手を加えたのだ。口座の金額だけでなく、新サービスのプログラムまでいじり放題とは、恐るべし政府銀行。


 翌日、パン屋からカレーパン三百個が届けられた。直接店の主人が配達に来て、

「そんなに買ってもらえて有り難いけど、作るの大変だったよ」と上機嫌でいった。

 三個食べただけで、満腹になった。知り合いに配ろうと、車にカレーパンを積んででかけた。「お裾分けです」と、いろいろ世話になった集落の家々を回り、それでも余るので、ロケットセンター事務本館に有料で引き取らせようと南に向かった。

 途中、温泉センターが目に入ったので、ATMに行ってみた。画面に新項目が追加されている。


政府亭ネット未払い金額  36,000  遅延加算金  0


 ついでに、温泉センターの客達にもカレーパンを配っておいた。

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