【熱海で魔王軍の皆と宴会してたらトラックに轢かれて転生したんだが】
……魔王が目を覚ますと、そこは真っ白な空間であった。
「――え?」
魔王は困惑していた。先ほどまで彼はさはぎん旅館の宴会場で結果発表を聞いていたはずだ。彼自身、こんな場所に来た覚えはないしこの場所自体も知りはしない。
「……おい! インプ、またお前の仕業か!? それとも側近か! 誰か出てこいっ!」
「――叫んでも声は届きません。なぜなら貴方は死んでしまったのですから」
魔王の背後から、優しくも怪しげな女性の声が聞こえる。彼が「むぅ?」と間抜けた声を漏らしながら振り返ると、汚れない白衣で身を包み背中から天使の羽が生やした美女が立っていた。さらさらとした青い髪も特徴的だ。
「な、何だ貴様は。見かけない顔だが……」
「初めまして。私は異世界アガルシアの女神、ミカエル。貴方をお迎えに参りました」
ミカエルと名乗る変な女性は、ぽかんとした顔の魔王に優しく微笑みかける。
「迎え……?」
と、魔王は当然のごとく何も理解していない様子で立ち尽くす。するとミカエルはさらに言葉を紡ぐ。
「はい。貴方を異世界アガルシアへと転生させて差し上げます」
「おぉっと、まずい。このタイミングで異世界転生テンプレの茶番に突入しやがった」
そう、テンプレである。
========
魔王はミカエルのあからさまなテンプレ展開に顔を覆いにしかめる。読者のほとんどは知っているだろうが、近年のWEB小説は定番の展開をガンガン行ってストレスフリーに話を進めるパターンが増えている。やがてそれはエスカレートし、何も考えずに定番展開を置くも多い。「はい! 主人公殺す! 女神出す! チート与える! 転生!」と言う流れも、行き過ぎた簡易化も弊害だ。
もちろんそれを逆手にとって面白いストーリーを作る作者もいるだろうが、このパターンはあまり良い転生ではない、と魔王は感じ取ったのだろう。
真っ白で中身のない死後の世界。青い髪、天使の羽根、白衣と言うありがち女神。そして女神に「神っぽいからこれにしよう」みたいな名前を付ける感性。そのほとんどからオリジナリティを見いだせなかった。茶番以外の何物でもない。
「……あのさぁ。なんでそういう茶番が始まっちゃうんだ? そこら辺の流れをちゃんと教えてくれないと、我もリアクションに困るぞ」
魔王のイライラとした反応に、女神は優しく対応を始めた。
「どうやら死んだときの記憶が無いようですね。――貴方はあの直後、トラックに轢かれて死んでしまったのです」
「いや、我がいたの宴会場だったよね? トラックが来れるわけないよね? そもそもそんな予兆無かったよね?」
「本来ならあなたは次回大会で殺されて死ぬ運命でした。しかしこちらの手違いで、死ぬ運命が不自然に早まってしまったようなのです。申し訳ございません」
「とんでもなく不自然な運命だからブチぎれたくもなったが……。まず次回大会で殺される、ってどういう事? それについて詳しく聞きたいぞ」
「ですからせめてものお詫びとして、アガルシアへステータス補正を持った状態で転生をさせて差し上げようと思ったわけです」
「話をまったく聞いてねぇ。さてはこいつ、テンプレ文しか用意してないな?」
――女神の対応は穏やかで優しかったが、マニュアルに沿ってるだけの応用の欠片もない対応でもあった。きっとこれが乱造された社畜女神の末路なのだろう……。
「……とにかく、貴方を別世界で生き返らせて差し上げます。ですがその代わりに、貴方様にお願いしたいことがあるのです」
「なんだ、願いって。テンプレ通り悪を倒せとか言わないでくれよ。我はいちおう魔王なんだぞ」
強引に話を進める女神ミカエルに対し、魔王はやる気のない素振りを表立たせ始める。しかし女神の顔つきは、ここに来て急に険しくなる。
「――いえ、そうではありません。実は世界の意志を救うため、ある国を守ってほしいのです」
「世界の意志って。またファンタジーっぽいワードが突然出てきたな」
「突然ではありません。世界の意志は貴方も会った事がありますよ? まぁ、彼は時折ネット界の闇とも自称してますが」
「……まさか、それ
ミカエルの口から放たれたのは、インプの呼び名に対する唐突な伏線回収であった。魔王は前触れの無い新展開に少し驚いたが、同時にミカエルの話に対しわずかに興味を示したようだ。
「そもそも手違いが起こったのは偶然ではありません。貴方が若返りの湯を世界の意志にかけてしまったせいで、世界の意志が手違いを起こしたのです」
「む。まさか若返って能力が落ちたのが原因か……?」
そして次に回収されたのは、先ほど魔王が行った衝動的行動。どうやら『若返りの湯』と言う話を動かすのに便利な秘密道具的アイテムをインプに投げてしまった事が発端だったようだ。もしや自分のせいでこんなはちゃめちゃな展開になってしまったのか、と魔王は思いを巡らせ始めた。
「いえ、違います。能力は落ちてませんが、若返ってWEB小説の嗜好が変わったのです」
「嗜好で手違い起きたの!?」
魔王の不安は、マッハで否定された。
ミカエルは原因を更に詳しく解説し始める。ただし、それはミカエルの優しい雰囲気からかけ離れた糞みたいな内容の解説であった。
「どうやら世界の意志はモノマネ大会と言うWEB小説にしづらいジャンルより、テンプレのあって作りやすい転生小説の方に好みが傾いたようでして」
「好みの問題で転生したのか、我!?」
「えぇ。きっと世界の意志もさっさとストーリーを書きたかったのでしょう。それで手近な主人公にトラックをぶつけたんでしょうねぇ」
「好みの問題で死んだのか、我!?」
「はい。まぁそういう訳ですので、若返った世界の意志が満足するまで「特に意味もなくなんとなく転生した国を守る」と言うテンプレ目的をもってストーリーを進めてください」
「目的がフワフワすぎやしないか!?」
「若返ってるせいでストーリー自体がフワフワなんでしょう。でも世界の意志がストーリーを書くのが恥ずかしくなったら打ち切りになると思います。ですからそれまで耐えてください!」
「嫌だよ。結局全部インプの匙加減じゃねぇか」
魔王のストレスもミカエルのせいでかなり溜まっている事であろう。こんなツッコミ地獄な転生、きっと誰だってイラっとする。
「えー。はい。じゃあ、それではアガルシアへ転生させて差し上げます」
女神ミカエルは強引に話を進行する。もはやストーリーの体裁とかより仕事を終わらせることを優先させたいような強引さだ。
「ストーリーぐらいもっと真面目にやれよ。そもそもアガルシアってどんな世界なのか聞きたいんだが」
強引な女神をにらみつけながら、魔王は低い声で問いかけた。既に精神の限界はそこまで来ている。
そんなイラつきマックスな魔王に対して、ミカエルはうざったい笑顔で転生する世界の特徴を一言で説明した。
「はい!時折魔王城とかでモノマネ大会を開かれている世界です♪」
「元の世界じゃねーか」
どう考えても魔王のホームワールドとしか思えない世界であった。
「違いますよ。全然違う世界ですよ。
「完全に元の世界じゃねーか。我、普通にマイワールドに帰るだけでは?」
「大丈夫。よくある『日本によく似たなんやら』みたいな似てるだけの世界かも知れないじゃないですか。とにかく、壮大な世界でモノマネ大会の司会やると思いきやインプやらに乗っ取られると言う大冒険を繰り広げてください! レッツゴーっ!」
「それだと今までの展開となんら変化がないぞー!? もうちょっとなんかギミック置く努力しろー!」
――こうして、魔王の転生物語が始まった。我が輩は魔王の運命がどうなるのかは分からない。だがきっと、魔王だけでなく皆もツッコミたくなるようなハチャメチャ大冒険が待っているのだろう。グガハハハ、頑張れ魔王! 負けるな魔王!
「黙れ。結局この地の文も
グガハハハ。待て待て、これからがいい所だ。まずなんか背景の暗い田舎の家族の間に生まれて、なんやかんやあって村を追い出されて、それで王国でギルドやらヤンデレやらを奴隷にして、絶妙に読者がショックを受けない笑える鬱展開を書いて……。
「そんな主人公いじめだらけのストーリーいらんわ! もう我は城に帰るかんなっ!?」
むぅ、仕方ない奴め。――では側近、締めてくれ。
「はい。では女神さんが
「急に出てくんな側近」
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