第47話「人助けですか?」

「う~~~ん……」


 夢子が重々しい声で唸ります。


 なんとも気だるそうです。


「花氏さん、しゃきっとしてくださいませ。だらしないですわよ」


 見かねた悠が声をかけますが、今一つシャキッとできません。


「すいません……。ちょっと昨夜、人助けに奔走してて……寝不足で……」


「あら。いったい、なにがあったのです?」


 人助けとは、ただ事ならなぬ感じです。


「いや、普段お世話になっている人が、襲われて逃げている間に迷子になったらしく……」


「えっ!? 襲われた!?」


 やはり、ただ事ではありません。


「あなたのご自宅の近く?」


「いえ。ダンジョンです」


「――って、ゲームの話ですの!? 社会人として問題ありませんこと!?」


 ただ事でした。


「すいません。……ただ、その迷子になった人、社長さんで……」


「社長さん?」


「ええ。IT業界では有名な大きな会社の社長さんなんですけど、一緒に冒険していた彼の部下たちから連絡が来まして」


「え? 部下から? 本人ではなく?」


 話がまた、とんでもない方向に向いています。


「そうなんですよ。本人は迷子になったなんて知られたくない。でも、なんとか戻りたい。だから、部下に向かえにこいという。でも、部下たちだけでは、レベルがギリギリすぎてたどり着けない。だから、偶然を装って助けてくれないかという面倒な注文で……」


「別にゲームなんですから、放っておけばよいではないですか。そんなくだらないことに付きあって、自分の仕事をおざなりにするなんて、とんでもないことですわ! 縁を切った方がよろしいのではなくて?」


「ちょっと、そう思うことは思うんですよ。でも、仕事の関係上、なかなか難しくて……」


「だいたい、ゲームなのですから、死に戻りみたいなので、スタート地点とかにもどれませんの?」


「できるんですけど、デスペナが酷いですよ、あのゲーム」


「デスペナ?」


「死んだときのペナルティですね。アイテムを落としたり、金が減ったり、経験値が減ったり。その場で蘇れればまだいいのですが、スタート地点に戻るとこれでもかとやられるんですよ」


 悠にとってはくだらない話です。


 思わず大きなため息をもらします。


「……別にまた稼げばいいんじゃありませんの?」


「まあ、私もそう思うんですけどね。リアルにも影響するので……」


「リアル? ……ああ。なんと言いましたかしら。えーっと……RMT?」


 悠は記憶をたどって言ってみますが、夢子は首を横にふります。


「そんな生易しい物じゃないんです。その社長さんワンマン経営で有名なんですけど、デスペナとか受けると、ものすごーく不機嫌になるんですよ」


「ふ……不機嫌って……子供ですの?」


「まあ、いい年してゲームにはまっているんだから子供ですよね。ただ、始末におけないのが、その影響力は子供じゃなく大人、しかも半端ない感じなことなんですよ」


 今度は、夢子が大きなため息をつきます。


「……どんな影響がでますの?」


「その会社の株価が下落します」


「……はい?」


「その社長……というより、CEOの機嫌が悪いと、株価が暴落します。さらに関連会社も引っぱられ、全体的に平均株価が下がります」


「……それ、どこの会社ですの?」


「……内緒ですよ」


 夢子は周りを見ます。


 幸い、今は二人だけです。


 口に手をそえて小声でしゃべります。


「マイクロバストコーポレーションです……」


「――!?」


 ほとんどのパソコンで使われているOSを作っている、まちがいなく世界最大のソフトウェア会社です。


「だからですね、断るに断りにくかったんですけど……確かに上空さんのおっしゃる通りですね。もう面倒なんで縁を切って放置しますよ。こんなことにつきあって、仕事中に眠くなるなんて――」


「――かまわなくてよ!」


 突然、悠が大きな声で夢子の言葉を遮ります。


「花氏さん、これからもちゃんとフォローしてあげなさいな!」


「……え? でも、仕事で眠そうな顔なんて……」


「それもこれも人助け! 仕方ありませんわ! ええ、ええ。仮眠を取っていただいても構いませんことよ! その分、わたくしが働くから心配いらないですわ!」


「え? え? ええ~~~!? いきなり、どうしたんです?」


「あなたの人助けに感動しただけですわ。これからもぜひ、社長さんが不機嫌にならないよう、面倒を見てさしあげてね!」


「は、はあ……」


 夢子は腑に落ちない顔を見せます。


「頼んだわよ!」


 必死なぐらい力強く、悠は夢子に頼みます。


 実は悠、その会社の株にけっこう投資していました。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■用語説明

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


●ダンジョン

 ダンさんと、ジョンさんという二人組の漫才コンビです。

 たまにネタが迷います。


●RMT

 「リアルで、マジに、トゥルー」=本当ということです。

 もしくは「リアルマネートレーディング」のことです。


●CEO

 「ちょっと、エロい、おじさん」のことです。

 だいたい頭が剥げています。


●マイクロバストコーポレーション

 かなり小さそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る