第3話 寂れた喫茶店③



 「二人とも、案内ありがとうね」


 リビングに戻ってくると、春さんはそう言って私と同じように二人の頭を撫でた。

 二人は満足げに笑った。


 「さて、夕飯にしようか。優ちゃんの席はここだよ」


 テーブルの一番端の席がどうやら私の席らしい。その隣には朝君、夜君と座る。向かい側は真ん中に春さん、そしてその両隣は空席だった。


 「今日はいつもより豪華!」

 「豪華ー!」

 「今日は優ちゃんの歓迎パーティを兼ねて、お兄ちゃんはいつもより頑張りました」


 春さんが私の方を向いて笑った。それにつられて、朝君や夜君も私を見た。


 「優ちゃん、来てくれてありがとう。これからよろしくね」

 「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 「それじゃあ、皆で手を合わせて」


 朝君と夜君はパチッと手を合わせた。私も静かに手を合わせた。


 「いただきます」


 こんなにも暖かな夕飯は、久しぶりだった。



 夕飯を終えると、春さんは直ぐに洗い物をした。

 私もキッチンに立って、隣でお皿を拭いた。

 朝君と夜君はお風呂に行って、そのまま部屋に行ったようだ。


 「あの、夕飯、とっても美味しかったです」

 「それはよかった」

 「春さん料理上手なんですね。私、料理下手で」

 「それは意外だな。今度教えてあげるよ」

 「是非お願いします」


 そんな会話をしながら洗い物を終えると、春さんはエプロンを外した。


 「さて、そろそろ話をするね」


 そう言ってさっきの席に戻った。春さんは、今度は私の向かい側に座った。


 「まず、俺が何故紅茶をいれないか、ね」


 春さんは私の目を見た。


 「優ちゃんの言う通り、俺が全くいれられないわけじゃない。そもそも、この喫茶店は、俺を含めた兄弟でやっていたんだ」

 「兄弟で、ですか?」

 「そう。長男の俺は、主に料理を担当していた。紅茶や珈琲をいれるのは、次男の奏、接客は三男の輝。朝と夜は、まだ幼くて、手伝いはできなかったけど」


 つまり、次男と三男に何かしらあったのだろう。


 「元は俺の母さんがやっていた店だった。だけど、母さんは五年前、病気で死んでしまった。それから、俺達はこの店をなんとか無くさないようにやっていたんだ」


 春さんは、私から目を逸らし、テーブルを見つめた。


 「前は、母さんがやっていた時の常連さんやこの店の雰囲気にひかれた人達が来ていた。だけどある日、とある一人の客が来たんだ」


 春さんはひと呼吸おいて、言った。


 「俺はその時、厨房の奥にいたから、詳しい様子はよくわからなかった。何かが割る音を聞いて、直ぐに店内の様子を見に行ったんだ。そしたら、そこには絶望した輝と、怒りに満ちた奏、そして、それを嘲笑うように見ていた客がいたんだ」


 私は何も言えずに、じっと春さんを見つめた。

 春さんはゆっくり顔をあげて、言った。


 「俺はすぐに謝った。けれど事態は急速に悪い方へ変わっていった。その客はそのことをインターネットで流し、お客さんはみるみる減っていった。輝はあの日以来、部屋にこもることが多くなった。奏は、もう二度と珈琲をいれないといって、家を出ていった」


 春さんの顔はとても悲しそうだった。

 私はただ、その話を静かに聞くことしか出来なかった。


 「あの日から、今日で丁度1年になる。俺一人でなんとかやろうとも考えたけど、決断できなかった」

 「帰ってくる場所が、無くなってしまうから……?」


 私がそう言うと、春さんは頷いた。


 「もし、それでお客さんが来るようになっても、意味が無いんだ。そうなれば、全く違う店になっちゃうから」

 「今、その二人はどこにいるんですか?」


 私が訊いた時、春さんが何かを見て、勢いよく立ち上がった。

 振り返ると、そこにひとりの男の人が通り過ぎようとしていた。


 「おい、待って、輝」

 

 春さんの声に、その人は顔を下げたまま、立ち止まった。


 「輝、前にも言ったと思うけど、今日から閑古鳥を立て直す。そして、この子がその手伝いにきた優ちゃんだよ」


 輝と呼ばれてた人は、ゆっくりとこっちに顔を向けた。

 前髪が目にかかっていて、よく見えなかったが、表情は笑ってるわけでも、ひきつっているわけでもなく、無表情だった。

 そしてまた、止めた足を前に動かした。


 「ちょっと待ってよ、話だけでも」

 「……話すことは、ない」


 引き止める春さんに、彼は変わらぬ顔でボソッと呟いた。

そのまま廊下を歩いて行ってしまった。


 「ごめんね、優ちゃん」


 そう言って春さんはまた席に座った。


 「彼が、輝さんですか?」

 「そうだよ。歳は、優ちゃんと同じ二十歳だ」


 確かに、そのくらいには見えた。

 ただ、まるで魂が抜けた空っぽの、動く人形のようであった。花の二十代、なんて言葉は彼には縁がなさそうだった。


 「ところで、春さんは何歳なんですか?」

 「ああ、言ってなかったかな。俺は二十七だよ」

 「結構年上なんですね。とすると、かなり弟と歳が離れてますね」


 春さんが二十七とすると、朝君と夜君とはかなり歳が離れていてもおかしくない。傍から見れば、親子に見えるかもしれない。


 「一番下の朝と夜とは、十七も離れているけど、次男の奏とは二つだけだよ」

 「なるほど」


 私は頷くと、さっき聞きそびれた質問をした。


 「ところで、奏さんは一体どこに?」


 三男の輝さんは、とりあえずここにいる。まだ見ていない次男の奏さんが気になった。


 「……奏は、分からない。女遊びに走ったっきり、滅多に帰ってこないから。輝の方は、最近は知らない間にふらふら外出しているみたいだけど、ちゃんと家には帰ってくる」


 どうやら、私の仕事が増えるようだ。

 最後に一応確認のため、私は春さんに尋ねた。


 「兄弟で、この店……閑古鳥を、立て直したいんですよね」


 その言葉の意味を、春さんは理解した様で、深々と頷いた。


 「なら、やらなきゃいけないことがたくさんですね」

 「ごめんね」


 私は春さんの言葉に、思わず笑ってしまった。


 「もう、さっきから謝ってばかりですよ、春さん。謝る必要なんて、何一つ無いんですから」

 「ありがとう、優ちゃん」

 「さて、立て直し大作戦は、明日から実行することにします。今日は、お開きにしましょう」

 「そうだね」


 すっかり緊張も解け、私は春さんに微笑んだ後、リビングを後にした。

 この家にあるものは好きなように使ってもいいと言われたものの、そういきなり図々しくいくことなんて出来ない。

その日はお風呂を借りて、直ぐに眠りについた。








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閑古鳥よ、鳴かないで 雨宮結凪 @yunagi15

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