第107話「とある少女勇者の憂鬱①」
「本物かどうかなんて関係ない。オレが知るのはお前というリリィだけ。だからオレの仲間はお前なんだよ、リリィ」
そう言われた時の衝撃。
あの時のアタシは何もかもを捨てる覚悟で、友達を殺した罪を償うつもりであいつと敵対した。
なのに、あいつはそんなアタシを迷うことなく叱咜し、その手を差し伸べた。
アタシの正体や犯した罪を知ってなお。
それはリリィ以外で初めてアタシが心の底から、この人の隣にいたいと思った、そんな感情であった。
「はぁ……」
帝王城でのパーティが終わり、アタシはそのまま帝王城の客室にて憂鬱なため息を漏らしていた。
それというのも昨日パーティでやらかした自分の失態についてだ。
そもそも、昨日のパーティは単にミナとキョウが以前のように仲良くなるための親睦パーティであり、それにわざわざ首を突っ込むなんて無粋すぎる気がする。
それどころか途中からキョウを取り合ってのよくわからない騒動に発展していたような気もする……。
お、おかしいわね。
少し前のアタシだったら、別にキョウとミナがなにしてようが特に感心なかったどころか、ミナの行動を応援していたはずなのに。
今はあのふたりが一緒にいると聞いただけで、なんかこう……胸の内がモヤモヤする。
「あーもー! なんで今更あいつのことがこんなに気になるのよー!」
思わず窓を開けて晴天の空に叫びながらそのまま窓辺に頭を突っ伏す。
本当にアタシいつの間にあいつのことこんなに気にするようになったんだろう?
いや、理由は本当はわかってる。
アタシがあれほど嫌われようと行動したのに、あいつはアタシを嫌うどころか拒絶すらせずに仲間だと受け入れてくれた。
そもそもあの戦いもアタシを倒すためじゃなく、取り戻すためだって豪語していた。
あいつはアタシがリリィの偽物だって知ってなお、その態度を変えず、むしろそんなことで見捨てるかって怒っていた。
あんなふうに怒る人は初めてだった。
その時のことを考えるだけで、不思議な気持ちになって、同時にその時のあいつの言葉が忘れられず、ずっと胸の中で木霊している。
気づくとあいつのことばかり考えて、あいつがほかの子と仲良くしている姿を想像するとモヤモヤする。
って、こ、これって、もしかしなくても……。
「あ、アタシ、あいつに惚れてる……?」
そう口にした瞬間、自分でもわかるくらいに顔が真っ赤になるのがわかった。
「だー! ち、ちちち違うー!!」
アタシは慌てて自分の顔を覆いながら、腕をブンブンと振る!
ち、違うわよ! い、いくらなんでもそんなことってあるわけないじゃない!
だ、だって、それじゃあ、アタシ、前にあいつが言っていた『チョロイン』ってやつじゃない?!
意味はよくわからないけれど、ロクでもない響きなのはわかるし……。
で、でも、さすがにあそこまでのことをされて、何の感情も抱かないのは、それこそおかしいことだし……。
だ、だから別にこれって……チョロくはない、よね?
そ、そうよ。
か、仮にアタシが惚れていたとしても、それはちゃんと正当な理由であって、決してアタシはチョロインなんて不名誉な称号は……。
「朝から随分と妄想に性が出てるなー、リリィ。さしずめ栽培勇者とのあーんなシーンや、こーんなシーンのお楽しみ中かー?」
「うわああああああああああ!!!」
と、急に背後から誰かに抱きつかれて思わずそのまま壁に向けてその人物を投げ飛ばす。
壁にきっちりと人型のくぼみが出来上がり、地面に倒れたその人物がヨロヨロと起き上がったところで、その人物の正体に気づく。
「ふ、ふふふ、やれやれ朝から随分と過激だな、リリィは」
「アンタこそ、なに勝手に人の部屋に入ってるのよ、アマネス」
壁にぶつかった衝撃で鼻から流れている血を拭きつつ、アマネスはなにやら続ける。
「リリィよ。お前がなにを悩んでいるかは想像つくが、ひとりで悶々と悩んでいても答えはなかなか出ないものだぞ。ならばいっそ、その元凶と腹を割って話してみるのはどうだ?」
「どうだって、どういうこと?」
「つまりだな」
言ってアマネスは背後よりなにかを取り出す。
それは白いワンピースと夏の日差しを避ける麦わら帽子であった。
「キョウをデートに誘え」
…………へ。
「えええええええええええええええええええ?!!」
開けっ放しの窓からアタシの絶叫が再び青空へと響き渡った。
「それにしても、リリィのやつ急に街を散歩に付き合ってくれなんて、一体どういう風の吹き回しだ」
そう言ってオレは昼間、扉の前に落ちていた手紙を握り締めて呟く。
幸い、この街の散策はあとからするつもりであったために、好都合と言えば好都合かもしれない。
軽く街の通りを歩いた後、待ち合わせ場所でもある公園のイスに座ってぼーっとする。
それにしても、この街の治安というか雰囲気は前よりもだいぶ明るくなった。
以前来た時は、軍事的雰囲気の強い街であったが、今ではそうした軍事的警備は薄れている。
帝王勇者の目的が世界の成長のため、あえて他国との小競り合いを優先させていたのであれば、あの街の雰囲気もわかるし、それが達成された今となれば、街の雰囲気を市民に解放するのは当然の流れであろう。
見れば、通りでの商人なども増え、外からの旅行者、旅芸人など様々な人材を呼び寄せている節もある。
昨夜、帝王自身も言っていたが、これからは武力ではなく芸術や文化による進化こそが必要であり、まさにその通りの光景が実現されつつあった。
これほど、住みやすくなりつつあるなら、この国に頻繁に遊びに来るのもいいかもしれない、とそう思っているとふと、目の前に影が落ちる。
「……あ、そ、その……お、遅れて、ごめん……」
見ると、そこには麦わら帽子をかぶった白いワンピースに身を包んだ可憐な少女がいた。
それは文字通りの夏の妖精のようであり、恥ずかしそうに身をよじりながら俯く少女の姿は可憐そのものであった。
そのため、オレは一瞬その少女が誰か判別できずにいた。
「……え? り、リリィ?」
「そ、そうよ……ほ、他に誰がいるって言うのよ……」
わずかに頬を染めながら、麦わら帽子を深くかぶる目の前の少女にオレは思わぬギャップを感じていた。
確かに、普段は勝気なイメージが強いが、見た目などを考えればリリィは可憐な少女。
このような格好をさせれば似合わないわけがないのだが、まさか自らそんな格好をするとは予想外だったので、思わず呆気に取られた。
昨日のドレスといい、今日のこのワンピースといい、え、なに? どうしたの?
いや、似合ってるよ。めちゃくちゃ似合ってる。似合いすぎて超可愛いよ。
とか、そんなことを悶々と考えているとリリィがあまりの凝視に耐え切れなくなったのか再び麦わら帽子を深く被り、オレの手を取る。
「い、いつまでそうやって座ってるつもりよ……! は、早く行くわよ! せ、せっかくこの街に来たんだから、買いたいものもあるんだし、買い物に付き合いなさいよ……!」
「あ、ああ、わかった」
急いでこの場を離れたいのか、そんなリリィの慌てた提案を飲み込み、オレはリリィの手を握り返し、そのまま公園を後にする。
気づいたとき、オレとリリィの手はお互いに手をつなぐような形になり、それに気づいたとき、今更ながら恥ずかしい想いにかられたが、チラリと横を見たリリィの表情が、それどころじゃないくらいに顔中真っ赤にしてパニックを起こしていたので、外そうかと思ったが、なぜかこちらの手を握るリリィの握力が強く離してくれなかった。
う、うーん、恥ずかしいからパニック起こしてるんじゃないのかな……?
こ、このままで大丈夫なのか?
そう思いつつも、とりあえずリリィと手をつなぎ、行商人たちが商売を開いている大通りへと向かうのであった。
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