「好きだよ、蝶子。双子の姉としてではなく、弟としてではなく、ひとりの男、女として。俺は蝶子の事が好きなんだ」

「――や、めて」

 お願いだから言わないで、気づかせないで。知らないふりをさせて。

 頭を振りながら囁くように懇願した。

「私にとって、揚羽は誰よりも大事……」

 嘘じゃない。本当の気持ちだ。だからこそ、私はこの関係でいたかった。双子のまま、傍にいれる家族という関係で。それ以上でもそれ以下でもない関係のままで、血の繋がった弟として大事にしたかった。それだけを、守りたかった。

「何度も俺は離れようとしたのに、離れられなかったのは蝶子のせいだよ?」

 分かっている。私が揚羽を閉じ込めた。


 常に一緒にいたがったのは私。揚羽が私に家族以外の思いを抱いていることに気づいて距離を置こうとしていることも気づいていたのに、それを許さなかったのは私。

 しがみついて、縋って、引き止めて。

 ケガをして、身の回りの世話をした。

 私から離れていかないように。


 私はもうひとりになりたくなかった。


 誰もいない家にひとりきりで帰ってくるのは嫌い。誰もいない家でひとりで過ごすのは嫌い。お母さんのいない真っ暗な家の中にひとりきりは嫌だ。やっと、暖かな家族ができた。もうひとりで留守番をしなくていい。ただいまを言える相手がいる。明るい家の中で会話ができる。

 揚羽と再び出会って、私は初めて家族を感じた。一緒に時間を過ごせる家族を得て、姉弟というかけがえのない一生の繋がりに、ひとりじゃないんだと知った。

 家族で祝う家族の誕生日。家族で過ごすことで、誕生日は家族にとって一番の記念日になった。家族だからこそ一緒に過ごさなくてはならない。


 だけど揚羽は蝶みたいだから。

 私の元を離れたら、きっともう二度と戻って来てはくれない。家族になってくれない。家族から離れて、誕生日もクリスマスも、一緒に祝ってくれない。


 ううん、そんなことよりも。

 双子ですらもいられない。


「ごめん。本当は蝶子のせいじゃないよね、俺のせいだ。俺がそうやって蝶子が嫌がることを知っていてやっていたんだ。そうすれば蝶子は俺に執着するって知っているから。蝶子の傍にいて蝶子を縛っていたんだ。ケガをしたのも――……本当は嬉しかったんだ」

 私のほうが嬉しかった。私が揚羽の羽をもぎ取ってしまったんだ。

「俺知ってたんだ、山下のことを蝶子が好きだったこと。蝶子にいつか先に飛び立たれる前に自分から離れようと思っただけ。でも、本当はああ言えば蝶子は絶対に俺を選ぶってわかってた」


 私たちは二人で一つの双子なのに。


 わかってたよ、本当はずっと前から気づいていた。揚羽が私に向ける笑顔や優しさに、家族以上のものを抱いていることに。揚羽が怪我をしたあの日。揚羽が指輪をくれた日に、確信していた。どうして揚羽があの日、クリスマスを一緒に過ごそうとしなかったのか。それが、私のためだったことも。同時に、自分のためだったことも。


 わかっていた。だからクリスマスなんか大嫌いだった。

 双子の私たちの誕生日にどうして、クリスマスなんて恋人同士のイベントがあるのか。そんな物がなければ私たちは普通の双子だったのかも知れないのに。どうして性別を分け合って生まれたのだろう。どうして再会してしまったのだろう。

 ただの双子のままでいたかったのに。

 私たちは双子だから、双子以上にはなり得ないんだよ、揚羽。


 揚羽の気持ちをこのまま知らないふりして家族でいることは難しい。言葉に出されてしまえばもう……なかったことには出来ない。だからこそ私はもう、揚羽をひとりにしたくなかった。私はひとりになりたくなかった。

 飛んで行ってしまったらきっともう、戻らない。戻れない。

「いやだ、いやだよ、揚羽」

「だったら、蝶子」

 揚羽は力強い声でそう言って、頬を両手で包み込んでまっすぐに私を見据える。彼の目はかすかに潤んでいた。その涙に私の歪んだ顔が映り込んでいる。

「俺と一緒にいる道を選ぶなら――……ピアスをして。クリスマスプレゼントのピアスを。恋人同士のためのクリスマスに、蝶子にそれを贈るよ」

 クリスマスなんて、だから嫌い。


「体に俺を刻んで血を流して。もう二度となくならない跡を残して」


 私たちの感情は、恋と呼ぶには歪で、愛と呼ぶには歪んでいて。

 どうして涙を流しながら、愛を伝え合わなくちゃいけないのだろう。どうしてそれを口にできないのだろう。こんなのはおかしい。間違ってる。苦しいだけ。


 だって揚羽が泣いている――。涙を流している私よりもずっと、傷だらけになりながら。





「ごめ……なさい……」





 このまま進めばきっと私たちは、羽をもぎ取られて、地面に落下するだけの蝶。互いの気持ちに応えられないくせに、一緒に居続けたこの日々で、すでに飛び方なんて忘れてしまった。

 ごまかしていれば、一緒にいることはできる。だけど、どちらかが気持ちを殺してまで一緒にいることができるほど私は、揚羽は、我儘にも優しくもなれない。

「蝶子はもう、自由になるべきなんだ」

 泣きながらイヤリングを手にする私に、揚羽は優しく涙を拭った。

「俺が今年の誕生日に願うのは、蝶子の自由だ。俺のことなんか気にしない方がいい。忘れてもいい。何度もこの血を憎んだけれど、何度も嘘ならいいと願ったけれど――……それでも揺るがない双子っていうつながりがあるから大丈夫なんだよ」

 自由と引き換えに、私たちは半身を失うんだ。

「俺と蝶子は双子だから。今はそれがよかったって思ってる」

 今まで揚羽が双子ということを嫌っていることを知っていた。何よりも憎んでいた。私はなによりも双子であることに縋っていた。もともと私たちはずれていたんだ。この思いが交わるはずがなかった。


「俺は蝶子が望むなら、ちゃんと、弟になって戻ってくるから」


 私の願いは常に、揚羽が傍にいてくれますように――……。

 目に見える場所にではなく、傍に気がつけばきっと傍にいるだろう大事な家族でありますように。


「俺は、大丈夫だから。ちゃんと前を見て、歩けるから」

 揚羽が今、そう言ってくれるなら。

「これからも、そばにいる。どこにいても、俺たちは双子だから」

「……じゃあ、私は……揚羽がそれを望むなら……ちゃんと、ずっと、姉のまま、待ってる。ひとりでも、ひとりじゃないんだって、自分の背中を、自分で支えて、歩くよ」


 私たちがいつか、同じ場所に同じ気持ちで、戻ってこれるように。

 抱く感情は違っていても、私たちが望んだたったひとつの関係を、いつか、互いに同じ感情で築けるように。同じ気持ちで、大切にできるように。

 きみとこれからもずっと、家族でいられるように。


 ふたりで守った関係は、歪過ぎてもう、どうしようもないくらいに壊れてしまった。


 揚羽は私にとって蝶のような男だった。逃げ出してしまったらきっと戻ってこないような、そんな人だった。

 でも、きっと私も蝶だった。


 私たちは互いに相手の様子を見ながら、互いに相手を追いかけ回しながら閉じ込め、閉じ込められていたんだ。閉じ込めていたのに自分で自分を閉じ込めていた。そして、いつしか自分も羽を動かす方法すら忘れてしまった。


 私も君もバタフライ。飛び方を忘れた片翼のバタフライ。

 もう片方の羽が出来上がり、自ら自由に飛び立てるまで。


 ――さよなら私のバタフライ。




 いつかまた、戻ってくる日まで、さよならバタフライ。









                                End

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さよならバタフライ @eeyore710

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