日に日にクリスマス色に彩られていく町並み。

 それを見て、揚羽どんなことを考えるのだろう。

 いつものように揚羽とふたりで帰る道には、イルミネーションが輝いている。立ち並ぶ一軒家では、競うように年々パワーアップしていくLEDたち。母もやりたがっていたけれど、私が断固反対しているので今のところ輝いているのはリビングに有る小さなツリーだけだ。

「――蝶子?」

 突然耳に揚羽の声が響き渡り、体がびくりと大げさに跳ねた。

「なにぼーっとしてるんだよ」

 いつの間にか物思いにふけってしまった私に、揚羽が「コケるよ」と頭に手を載せた。ふわりと、寒さを吹き飛ばすような柔らかく温かみのある笑顔。揚羽に冬は似合わない。春の、気持ち良い気候の中で飛び回る姿が一番似合う。

「ちょっと勉強疲れかな」

 そんな揚羽の笑顔を見るのが、何よりも好きだったのに。いつしかそれはまるで私の心を見透かされているように感じて直視できなくなった。


 揚羽はいつも、私を見てどんな風に感じているのだろう。

 揚羽を、無理やり閉じ込める存在だということに、気付いているはずだ。


 期末テストが終われば、終業式まで学校は休みになる。終業式が終わればクリスマスが待っている。沙也加もクリスマスには彼氏と出かけると言っていたっけ。誰かと口裏を合わせてどこか泊まりに行くのだと嬉しそうな顔をしていた。

 アクセサリーショップでは恋人たちに贈る期間限定商品が並び、レストランではクリスマスコースなんかも出るらしい。町並みは、クリスマスというよりも小人たちのために必死になっているようだ。


 恋人と、過ごす。

 それがクリスマス。


 今年も私は揚羽と過ごす。あれからずっと。それを望んだのは私だ。

 だけど少しずつ歪になりつつあるこの関係に、罪悪感が募り始める。

 今も一緒にいたいのに、たまに『ごめんね』と揚羽に言いたくなる。縛り付けてしまってごめんね、と。でも、まだ、手放せないんだ。


「そう言えば、蝶子、今年のクリスマスは何が欲しい?」

 揚羽は毎年私に聞く。

「揚羽がくれるならなんでもいいよ」

 私はいつもそう答える。

 彼が私のために選んでくれたものならばなんでもいい。何でも嬉しい。今も部屋の棚の上にある、初めてもらったうさぎのぬいぐるみも、手鏡も、ポーチも、ピンキーリングもブレスレットも、全て私の宝物だ。

 残るものがあれば信じられる。

 それに縋ることができる。

 けれど、本当に欲しい者は手に入らない。だからこそ、私は欲しいものを告げずに揚羽に探してもらうのだろう。私のことを考えてくれる時間を、揚羽から奪っているんだ。

「揚羽は?」

「えー……俺? んーなんだろうなあ」

 揚羽の目が遠くを見つめるのがわかった。

 私の体温がぐっと下がっていく。


「俺は、自由が――……欲しいな」


 その声は小さかった。

 周りが静かでなければ聞こえないようなそのくらいの声。けれど、間違いなく聞こえたそれを、私は聞こえなかったふりをして何も返事をしなかった。

 知っている。揚羽が望んでいるものが自由であることくらい。苦しいほどわかっている。それが与えられるのが私だけだということも理解している。


 でも、そんなもの、あげない。

 ダメだよ。嫌だよ揚羽。

 飛んで行ってしまわないで。


「ねえ、蝶子。クリスマス、今年も学校帰りどこか行くだろ?」

 ぱっと、さっきまでまとっていた苦しげな空気を振り払うように揚羽がわたしをみて目を細めた。

「……うん。晩御飯の買い物しなくちゃいけないし」

 両親はいつも、夕方まで帰ってこない。平日でも毎年ふたりは会社を休んでデートをして、家に帰ってくる。その後に家族でお祝いをする。高校三年生にもなって家族で祝うのを沙也加には珍しいと言われたことをふと思い出した。そして次の瞬間、いつまでそんな家族ごっこができるだろうかと不安に襲われる。

「今年はせっかくだし、父さんと母さんもゆっくり出かけてもらってケーキだけみんなで食べない? ほら、見たい映画もあったし」

「いい、けど」

 にこにこしながら発せられる言葉は嬉しいはずなのになんだか違和感がある。

 高校三年生だから、家族で祝う必要がないことを、揚羽にも言われたような気がしてしまう。そんなこと言われていないのに。みんなでケーキを食べようって言ってくれているのに。何を不安に思っているのだろう私。


 ひゅうっと冷たい風が私達の間を通り過ぎて、体の芯が凍りつく。

「揚羽、大丈夫?」

「なにが」

 健康である私の体でさえも、節々が痛むほど寒い。そう思ってつい問いかけてしまった。その瞬間、言葉を遮るような強い揚羽の拒絶。

 揚羽の足はもう、殆ど以前と変わらない。ボルトが入っていても普段の生活には全く支障がない。走ることもできるし、運動だって無理をしなければできるらしい。それでも、私は揚羽を心配してしまう。それを、揚羽が一番嫌がっているのをわかっているのに。

「大丈夫だよ」

 苦笑を見せて、揚羽は歩く。

 ぎこちない歩き方。カクカクと、少し引きずるように歩く。寒い日は痛むのだと、私に教えてくれたのは誰だっただろう。揚羽ではないことは確かだ。彼は絶対私に弱い部分を見せたりしない。

 ゆっくりと歩く揚羽が、少しバランスを崩して慌てて手を差し出そうとしたけれど、「大丈夫」と再び同じ返事をして揚羽は断った。

 そんなに辛そうな顔をしているのに、なんで大丈夫だなんて言うのだろう。もっと私を頼ればいいのに。私なしでは生きていけないほどに頼ればいいのに。

「そう……」

 宙ぶらりんになった私の手。

 何も握らずに自分の元に戻すとさっきよりも寒さが増した気がした。


 ねえ揚羽。

 もしも私たちの誕生日がクリスマスでなければ何かが違っていたのかな。

 もしも、一度も決別することがなければ。

 もしも私たちが双子でなければ――たくさん違っていたかな。

 せめて、せめて、せめて、二度目の出会いが普通に街中で出会っていれば。


 そうであれば何かが違っていたかも知れない。


 私の気持ちも。

 揚羽の気持ちも。


 揚羽は歩くスピードを落として、私はそれ以上にゆっくりと揚羽の後ろをついていくように歩く。かくかくと違和感のある歩き方を見て、私はいつも安心感を抱く。それが本当に違和感のあるものなのかどうかはわからないのに。


 本当に……なんて身勝手なんだろう。

 自分勝手で、ワガママで、依存している自分。

 そしてきっとそれを知っている揚羽。


 本当に揚羽は優しいね。


 揚羽の足が、もしもまだ普通であったなら、きっと今頃揚羽の傍には私はいなかっただろう。私のそばを離れようとしただろう。あの日のクリスマスのように。

 自分の為に。そして私の為に。

 揚羽の足なんてこのまま治らなければいい。もっともっと、ひどくなっても構わない。車いすになってもいい。私はずっとそばにいる。

 そんなことを考える自分に嫌悪感も抱くけれど、どうしても拭えない。


 飛べない蝶であればいい。

 きれいな羽を持って、美しく飛び立てる揚羽。でも、私はもともと羽のない、汚れて重たくて飛べない蝶だから。だから、そばにいて。飛んでいかないで。

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