さよならバタフライ


 君はまるで蝶のようだと、いつも私は思っていた。


 揚羽あげはとの初めての出会いは、なにひとつ覚えていない。同じ母のお腹の中で、各々の形ができあがる前から一緒にいた。

 かといって今まで常に一緒にいたのかといえばそうではなく、私たちは記憶を留めていられるようになった年頃にはすでに離れ離れになっていた。気がつけば私はひとりきりで、そばには母しかいなかった。

 その母も、実際にはほとんど家にいなかったので、やっぱり私はひとりだった。


 ◇


「揚羽先輩と付き合ってるってホントなんですか?」

 休み時間に教室にやってきた女子生徒に、今まで耳がタコになるほど聞き飽きた質問をされた。相手は名前も顔も知らない女の子ふたり。学年別に色が振り分けられているリボンが臙脂えんじいろなのを確認し、一年生か、と心の中で呟く。二年の教室にやってきた彼女たちは緊張した面持ちだったけれど、瞳の中にはかすかに私に対しての侮蔑を感じられた。


 新学期のはじまった四月や五月ならともかく、まさか十二月に入ったこの時期に問われるとは思っていなかった。

 お昼ごはんを中断せざるを得ないタイミングでの呼び出しと、日差しの当たらない廊下が底冷えするように寒いことで私の気分を下げていく。

 ああ寒い。ついでにお腹が空いた。

「私と揚羽は双子って、知らないの?」

 この事実は毎年、春の間に学校中の──主に揚羽に片思いをする女の子たちには広まっているはずなのだけれど。

 私の返事に、ふたりは少し言いにくそうに口を微かに動かしてから、意を決したように顔を上げた。

「でも……親の再婚で姉弟になったって」

「なるほど」

 そうきたか。

 思わず感心してしまった。

 確かに彼女たちの言うように、私と揚羽の両親は再婚をした。間違いない。けれど、まさかそんな風に想像されるとは思っていなかった。

 けれど。

「両親が結婚して、私たちが生まれて、離婚して、同じ相手と再婚したの」

「……そんな、まさか」

 それでも彼女たちはまだ半信半疑の様子だ。確かにシンプル過ぎて余計にややこしい関係ではあるけれど、そんなに私と揚羽を禁断の関係にしたいのだろうか。

「DNA鑑定の結果でも見ないと納得出来ない?」

「え、いや、その……」

「二卵性双生児とはいえ、全く似てないこともないでしょ? まだ気になるならあとは揚羽に聞いて」

 にっこりと微笑んで見せると、ふたりの女の子は互いに顔を見合わせてから渋々といった様子で踵を返した。おそらくふたりのどちらかが揚羽に恋をしているのだろう。

 揚羽に直接問いかけるのは恥ずかしいとか勇気がいるとか、そういうのは理解できる。だからウワサの相手に聞けばいい、というのも理解できる。けれど、それを信用する気がないのであればいい迷惑である。


 はあ、と溜息を零しながら自分の席に戻った。

「お疲れ、大変ねえ」

 私の席でお弁当を食べて待っていた沙也加さやかが肩をすくめて私に笑いかける。

「ほんとにねー。中学から慣れてるとはいえ、やっぱり面倒くさいわ」

 もういっそ校内の掲示板に『大楠おおくす蝶子ちょうこと大楠揚羽は十二月二四日に共に生まれた、正真正銘の二卵性双生児です』とDNA鑑定の結果と共に貼りだしておきたいくらいだ。鑑定なんてしてないけれど。

 変な噂ばかりが広まって揺るがない真実だけが疑われるなんて迷惑この上ない。

「でも疑いたくなるくらい仲良いもんね、蝶子と揚羽くん」

「普通だと思うけどなあ……」

 ほんの少しだけ歪な、だけど至って普通の、双子で、家族だ。


 取り敢えず箸を手にしてお弁当を食べようと思うとまた「蝶子ー」とドア付近から名前を呼ばれた。程よく低く、すうっと耳に心地よく響く声。

 振り返ればドアには揚羽が私に手を振っていた。それを見てすぐに席を立って彼のもとに駆け寄る。

「どうしたの?」

「蝶子、今日俺の教室来ただろ? なんかあったのかと思って」

 優しく微笑む彼と対照的に、私は内心舌打ちをする。またあとで行くから揚羽には私が来たことを伝えなくていい、と揚羽のクラスの男の子に伝えたのに。

「今日一緒に帰ろうかと思って……ごめん……」

 思わず申し訳なくなってしまって謝った後で、しまった、と思った。

 揚羽は予想通りに悲しそうな苦しそうな表情を見せる。そんな顔をさせてしまったことに「ごめん」とまた謝ってしまった。

「なに謝ってるの。なにも謝ることないよ」

「……うん、そうだね。つい癖で。私すぐ謝っちゃうの。お父さんのが移ったかな?」

 無理に微笑む揚羽に負けないように、私も笑顔で冗談を言ってみせた。それが、せめて歪になっていないことを願いながら。

「はは、オヤジに言ったらショック受けるよ」

 揚羽はそう言って笑ってくれたけれど、どこか無理をしているように思えてしまうのは、私がおかしいからなのかもしれない。あんまりにも優しく微笑まれるとどうしていいのかわからなくなってしまう。

「じゃあ、終わったら靴箱で待ってるよ」

「ん、わかった」

 ひらひらと手を降って揚羽の後ろ姿を眺めていると、いつの間にか視線はいつも彼の左足に集中してしまう。


 少し、左足を引きずるような、違和感のある歩き方。実際には、どこも変じゃなくて、普通に歩いてるのかもしれない。私の罪悪感がそう見せているだけかもしれない。

 今日は、いつもよりも寒い。きっとこれからもっともっと寒くなっていくだろう。だから――……きっと足も、痛むだろう。



 揚羽の足には、ボルトが入っている。



 教室のスピーカーから、クリスマスソングが流れ始めた。歌詞が英語なのでなにを言っているかはわからないけれど、クリスマスを過ごす恋人たちの歌だ。

 もうすぐ、クリスマスがやってくる。

 けれど、私にとってのクリスマスは恋人たちのイベントではなく、私と揚羽の誕生日で、それは、家族が共に過ごすためのイベントだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます