第176話 友達、対等に。

 ガザシ父さんが先頭を歩き、大きな両開きの扉にたどり着く。豪奢な装飾があるけど磨かれていないのか少しくすんで見える。ガザシ父さんとルーファウスさんが左右の引き輪に手をかけて力を込めようとした。

「っ待って、退いて!」

 ざわっとうなじを撫でた嫌な予感に二人を止める僕の声で扉の前から全員が退避したとたんに何かがすごい勢いでぶつかる。重い音をたてて崩れた扉に砂埃が舞う。

「カインさんっ」

「く…」

 埃の幕が晴れると扉の残骸の上に倒れた姿を見つけて駆け寄った。

「っ、下がれ!」

 僕を見てはっと瞠目したカインさんに腕を引っ張られて咄嗟に防御魔法を編む。範囲外に漏れた何人かの騎士が衝撃を受けて壁に叩きつけられた。キローゲ様と第二王子は杖と剣、それぞれの武器を構えて防いだようだ。ルーファウスさんは防御魔法の範囲に入ってた。



「また守られたな…」

 恥じ入るように呟くカインさんに僕は首を振り否定する。

「違うよ。違います。だって…」

 守られてたのは僕。カインさんに助けられたから僕は、ここにいるんだ。体だけのことじゃないんだよ、傷つくのって。むしろ心の方が深刻なこともある。トラウマになって全て諦めていたかもしれないのにそうならなかったのはあなたがいてくれたから。だから僕はあなたを好きになった。

「感動の再会ですね。けれどここでお別れです」

 容赦なく降り注ぐデリカネーヤ先生の魔法攻撃。扉が壊れ視界に入った広間の中ほとんどの人間が倒れている。辛うじて防いでいるのは後から来たガザシ父さんキローゲ様たち数人だけだ。

「死んでください」

 意識を保っているのもあと何人か。

「消えろ」

 剣もめちゃくちゃに振り回して防御魔法の膜をたわませている。だけど僕だって遊んでたわけじゃない。毎日魔力練りまくって鍛えてきた。たわんでも傷もできなきゃ破れもしない膜に苛立ったようにデリカネーヤ先生が声を荒げる。

「私の目の前から消えろ!」

「嫌です!」

「なっ」

 反射的に大声を返して強く思う。話し合いも喧嘩も解り合うための一歩なら良い。人間関係を作るには時に必要なことだ。けど、お互いが自分の思い通りに動かす為、無理矢理ねじ伏せるだけ、なんて。


「そうだぜ、デリカ…俺はお前の前から消えたりしない」

「な…何故、ここに…ガザシュット」

 ガザシ父さんがキローゲ様たちを気遣いつつ僕らのそばまで来ていた。デリカネーヤ先生に声をかけると大きく目を見開き唇をわななかせる。

「生きていてもあなたは…私のものにならないんでしょう?」

 そう言われてガザシ父さんは辛そうに眉根を寄せ瞳を揺らしたけれど、デリカネーヤ先生から視線を逸らしはしなかった。それを見た先生は暗い目をして呟く。



「…っどうして…」

 震えるデリカネーヤ先生の声。次の言葉はきっとこうだろう。僕は先生の言葉に声を重ねる。

「「私だけがこんな目に合わなければ」」

「!」

「僕もそう思ってました」

 この世界に馴染む前、辛いことは他のせいにして一人でいじけて努力を放棄して。努力しなかった訳じゃないけどいつもどこかで諦めていた。自分だけがどうしてって。でも違ってた。みんな何かに悩み苦しみながら努力を止めずに頑張って生きてるんだ。だから、手を取り合うことも出来るはずなんだ。

「苦しい辛いだけならもう全部消えちゃえば良いのに、って思ってました」

「…………」

「だけどよく思い出して、辛いばっかりじゃなかった。楽しかったこともあったんです」

 本当に辛い苦しいだけならとっくに人類なんて滅んでるよね。僕が気づけたのはカインさんがきっかけ。でも他にも周りに居てくれた人たちがいたから。そこにあったことに気づけたから今がある。


 僕が特別だからじゃなく平凡な僕でもきっかけさえあればできたこと。踏み出す希望を持てたこと。それを、先生にも気づいて欲しいんだ。

「辛いときにも手を取り合えば耐えられる。それは恋人じゃなくたって」

「…でも」

 戸惑う先生の目をひたと見つめて言葉を続ける。

「わかってます。恋は取り返しがつかない。けど、友達にはなれます。想いの形が違っても大事なのは変わんないんです」

 恋を諦めるのは身を裂かれるようなもの。ましてたった今ガザシ父さんを失ったと思ってる先生は…それを取り返すのは、出来ない。けど友達としてなら、取り戻せるんだ。痛みを分かち合い支えることなら、恋人じゃなくたって友達だって出来るんだよ。

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