第159話 カルモと政変の朝。

 慌ただしく騎士が駆けていく。の準備のため文官も侍従も皆が夜通し走り回っている。主はどっしりと豪奢な椅子に腰かけて動じない様子でいるが、空気はひりひりとして不穏だ。

「……」

 言葉には出さないが王都ヴェーノの貴族屋敷の中は期待と不安で満たされていた。


 その噂は下町と貴族街に同時期から広がった。曰く、国王が貴族に禅譲するとか、王子がついに戴冠するだとか、…謀叛が起こるとか。色々ありすぎてどれもまともだとは思えない噂だがすべてこの国の王位に関するものであった。

「王族様方はうちら平民にも優しいのに貴族に禅譲だなんて…」

「第一王子様は優秀だから安心だ」

「謀叛なんていい迷惑だぜ!」

「戴冠式はいつなのかしら?」

「もう逃げる準備は済んだの?」

「ままぁ、怖いよぉ…」

 国民は大混乱である。希望と絶望が同時に押し寄せてきて、何を信じどう動けばいいのか全くわからない有り様であった。




 今代精霊王の雛であるカルモはそれらを町の上空にふわふわ漂いドラゴンの鼻先をひくひくさせて空気の匂いから感じ取っていた。精霊王の実体としての身体はドラゴンではあるが本来の精霊としての知覚器官は全く別物だから有機生物としての挙動を忘れることが多い。しかしとしてる個体はそういった振る舞いを好んでいるため、誰に見られなくともことごとく生物の動きをしていた。

 そも、精霊王とは精霊と言う精神体の集積といっていい。実体は無機物に近く今の身体は仮初めであり生物の姿をとるのは戯れのひとつであった。だがいつしか人間に興味を持つようになり、人間に見える力を持った精霊の集積は精霊王として実をもった。精霊は気まぐれであり人間とは異なる生命だ。責任だの地位だのどうでもいいものだった。しかし存在は変化していく。精霊の集積は王として精霊たちの指標のようになった。それから幾久しく。二度目の変化の時を迎えている。


 正直なところ、母親たる役目をもつことになった個体についてそれほど思い入れがあると言うわけではない。だが代々、代替わりの際には試しを行う慣例もありちょうど良かったとも言える。薄情と人間なら言うのだろうがカルモは結局人間ではない。精神構造が同じと思ってはいけない。心が無いわけではなくすべての感情が希薄なだけなのだ。だから友や隣人として人間の傍にあることや模倣することを望む。さらにカルモという個体は今までの精霊王より感情の露出が大きい。カインや界渡りの少年に親愛を持っている。だから、協力を買って出たのだ。二人は気づいていないようだがそれは正しく世界の変革であった。精霊は世界と同位体なのだから。


「ぎゃあう、ぎゅぅ…」

 さて、これから世界はどんな時代を作るのだろうか。精霊王の雛は幼い容貌に似合わぬ鋭い眼で変わりつつある一国家を上空から睥睨する。


 眩しい朝日がのぼる中、カインたちは反王派の貴族を相手に反撃の狼煙を上げようとしていた。

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