第148話 カインとお兄ちゃん。

 気は進まなくとも会うべきと判断したカインは意を決して兄に繋ぎをとるためキローゲに相談しようとして、動きを止める。

 視線の先に当の兄の姿があったからだ。

「…は?」

「やあカイン。元気だった?」

 カインより拳ひとつほど背の高い痩身の男は癖のある茶色の髪を肩ほどまで伸ばし後ろでひとつにくくっている。瞳はカインと違う母譲りの碧だ。覚えているままの兄の姿に絶句してしまう。

「………はぁ!?」

「いや、最近王の補佐が大変でちょっと息抜きの散歩に」

 王城にいるはずの兄が何故か目の前にあることに混乱するが、飄々とした兄の言い訳にがくりと肩を落とし脱力する。

 上の兄は悪人ではないが腹の黒い人を振り回す事を楽しむ、こういう人だった。

「あ、兄上ぇ…」

「うん。頑張ってたね、カイン」

「え…?」


「ごめんね。助けるべき時に助けてあげられなかった」

「…あの時は、仕方なかった。謝る必要なんてない」

 飄々とした兄が急に真面目な顔で言うので、権力争いに巻き込まれ木の葉のように散った母と幼い頃の自分の辛苦を思い出し複雑になって、つい口調が尖る。

「ううん、お兄ちゃんだから助けるべき、いや助けたかったんだ。だから謝らせてくれないかな」

 正直今さらだと思う。謝られたところでその当時の俺が救われるわけでもないし、今の俺が変わるわけもない。それでも…今後の俺たちがこれからを歩むために、必要な儀式なのかもしれない。昔と決別し今を生きてゆくために。

 すぐに割りきることなんてできなくてただ頷くに留めるが兄は泣き笑いのような苦笑を浮かべて、許す権利はカインにありそれをするか否かもすべてカインの自由だからそれでいいと兄は言い、ありがとう…本当にすまなかったと頭を下げた。次期国王である第一王子としてでなく、兄の精一杯の謝罪だった。

 緩やかに…変わっていけるだろうか。今は無理でもいつか昔を思い出しても、傷が疼いても、前を向き続けられるようになりたい。

 昔のことは過ぎ去り終わったことである。変えられることではないし無かったことにも出来ないが既に終わった、過去なのだ。

 カインはそっと目を閉じ静かに謝罪を受け入れた。許しではなくけじめとして。



「それで?王太子殿下は何故ここにおられるのですかな?」

 公務サボってんなよ糞餓鬼ぁああん?とモノローグが続きそうな、返答次第で拳骨が降ってきそうなキローゲの低~い問いに兄の王太子はからっと笑って答える。

「うん。僕の手の者からの情報を聞いてね、王族として国の存続の危機に動かないわけにいかないっていうかね」

「王太子殿下は兄として弟君が心配であらせられると」

「ハイ」

 マリナが凍れる視線で兄を射抜いている。大事な主を放っていた兄王子に対して冷たくなるのは仕方ないだろう。通常なら不敬罪だが。

「では王族はこちらにつくととってよろしいのですか」

「うん、もちろんだよ。是非お兄ちゃんを頼ってほしいと思ってね」

「…そこまでは要らない」

「えー、お兄ちゃん寂しいなあ」

「後ろ楯となってくれれば充分だ。後は俺自身が」

「…んー、そっか。わかったよ。でも本当にどうしようもなくなったら、使使いなさい」


 ギクリと全身が強張る。緩い口調をやめた兄の冷厳たる言葉と深淵まで見通しそうな翡翠の目に息を呑んだ。軽佻浮薄に見られ勝ちな男だがやはり彼は次期国王なのだ。

「それは」

「許可する。…もとより君になど着ける理由は無いのだからね。君は君だ。カインは僕の、僕らの家族なんだから」

「…!」

「但し、守るべきものを守るために使うこと。決して自暴自棄などで使わないこと。君ならわかってるよね?」

「はい…約束します」

「そして必ず幸せになってほしい。僕の身勝手な願いだけれど」

「っ、いや、…ありがとう、兄上」

 異母兄弟だが不器用に浮かべた笑顔はよく似通ったものだった。

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