第99話 月影の宴。

 夜の闇の中では相手の姿は真っ黒に見えた。

 けれど影から姿を表した人物は黒ずくめではなく藍色の上下を着ている。

 やはり暗い中では見えづらい服装ではある。

「名乗れないような人なのかな?」

「………」

 しばし無言の時が過ぎる。

 大きなスカーフみたいなものを纏っているから顔まで覆って人相もわからない。

 何者か知らないし名乗れないってことは後ろ暗いような人、なのかな?

 それとも………。

「何も話してくれないなら肉体言語ってやつに頼るしかない、ですか?」

 暴力に訴えるのは嫌だけど必要とあらばやるしかない、と銃を構えようとした途端、静寂が破れる。

「………………敵、ではない」

「え…」

 ずっと聞いていたくなるような耳障りの良い声が聞こえたと思ったらその人はもう何処かへかき消えていた。

 きょろきょろと見回して立っていた辺りも見たけど痕跡すら無い。

 知らない人物だった。

 でも、その声はどこか聞き覚えのあるものだった気がする。

 それに、本人の言う通り敵意は感じられなかったんだ。

 僕は首をかしげつつこっそり張っていた消音結界を解除してカインさんがいる野営地に向かった。


 野営地につくとカインさんがテントを張り焚き火をしてかまどを作っているところだった。

「カインさん、買ってきました」

「ああ、ありがとう。それと、"おかえり"」

「…はい、"ただいま"です」

 当たり前のようで、でも決してそうではない。くすぐったいけど胸がほわっとする。この声を、ずっとそばで………。あ。

「そっか、似てるんだ」

 さっきの声がカインさんの声と似てた、と気が付くと更に不審が募る。

 敵ではないって言うけど、こっちから見たらグレーだから。警戒しないわけにいかないんだよなあ。

「どうしたんだい?疲れたかな。なら今日は俺が…」

「いえ、大丈夫です。作りますよ」

 料理の担当代わろうかというカインさんを抑えて、夕食作りを始める。

 今日は勿論海鮮だ。

 海老擬きを出汁に魚の擂り身団子で潮汁にしてメインに、副菜に生魚のカルパッチョサラダにした。

 魚は寄生虫とか怖いので生活魔法クリーンを力いっぱいかけたよ!


「こ、これは……」

「ちゃんとクリーンかけたんでイケますよ!はむ、ん!うまあー」

「……むぐ、!うまい!…このスープも、うまい!」

 ナンオウでは生魚を全然見なかったから案の定カインさんには抵抗があったみたいだけど、ひと口頬張れば後はあっという間に平らげる。思いきって作って良かった。

 せっかくの新鮮なお魚だもの。美味しくいただかなくては魚にも漁師さんにも失礼だよね。

 気持ち良い食べっぷりを見ながら僕も一口。うん、おいし。

 潮汁も海老擬きと魚の擂り身団子で旨味がたっぷり溶け出したスープがうまい!

 残念ながら付け合わせのパンは固いけどこれはこれで美味しいんだよね。スープにつければうまうまです!

 パンをふわふわにするのは発酵だったよな~。イーストの作り方なんてわかんないけど、フルーツで作れるのがあったはず…ううんこれはこの世界の職人さんに期待しますか。

 今は海鮮を味わっとこう!


 残ったら明日の朝にと思ったけどカルモもモリーも大喜びでスープの一滴も残らなかったよ。

 月の下で食べるのも楽しかったなあ。

 明日はお日様の下で朝ごはんだ。海がもっとよく見えるよね…楽しみ♪

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