「深夜喫茶‐エピローグ‐共犯者‐」

 心地よい春の季節もあっという間に過ぎ去り、忙しない蝉の鳴き声が、夏の到来を世間に知らせていた。


俺は三ヶ月という入院生活から解放され、ようやく深夜の喫茶店アルバイトに復帰する事ができた。


「あっ先輩!お帰りなさい!」


後輩の宗助が俺をみるなり手を掴んできた。


「離せ気持ち悪い。俺にそんな趣味はない」


「ぼ、僕だってそんな趣味ないっすよ!」


「あ、中尾先輩!退院おめでとうございます!」


唯ちゃんだ。髪も少し伸びたようで、少し大人びた気がする。


「唯ちゃん久しぶり、引っ越したんだって?」


「はい!お祖母ちゃんの家に一緒に住む事にしたんです。家からも近いし、これで前よりシフトも増やせます!」


そう言って唯ちゃんはガッツポーズをして見せた。


「そいつはよかった。店長大喜びだろうな。でもよく引っ越し許してくれたね、お父さんとか寂しがってたんじゃない?」


冗談めかして言うと、唯ちゃんの表情がどことなく複雑そうな顔に見えた。


「あれ……ごめん、俺なんか変なこと言ったかな?」


慌てて弁明すると、唯ちゃんは首を横に振って口を開いた。


「い、いえ!父も母も快く承知してくれました!で、でも……丁度中尾先輩が入院していた頃に大きな事件があって……じ、実はうちのお爺ちゃん、長年行方不明だったんです、それもあってお祖母ちゃん一人じゃ寂しいだろうなって思って引っ越したんですけど……警察から急に死亡確認がされたって連絡があって……あ、でもお祖母ちゃん悲しむというより凄く喜んでいて……なんて言うか色々あったっていうか、えへへ」


「ま、まじで……?かなりヘビーな話じゃん」


宗助がどう返したらいいか分からないといった顔でオロオロしている。


いや、戸惑っているのは俺もだった。

このタイミングで長年の行方不明者が見つかり死亡確認、心当たりがありまくるんだが……。

確か唯ちゃんの苗字は橘の筈だ。

まさか母親が結婚して……じゃあもしかして旧姓は……いや、そもそもこんな偶然、本当に起こり得るのか?


「お、お祖母ちゃんの苗字って聞いていいかな?」


「え?何ですか急に?ま、まあいいですけど……朝倉って言います」


「朝倉……はは」


「どうしたんですか先輩?」


「中尾先輩?」


二人が同時に心配そうに声を掛けてきた。


俺は何でもないよと言い残し、ロッカールームに向かった。


ロッカーを開け制服に腕を通しながら、俺は二人の事を思い返していた。


朝倉さん、赤坂さん、あんた達の仇は取ったよ……もう、もう皆大丈夫だから。


その瞬間だった。


──ありがとう

──ありがとう……


「えっ?」


不意に、微かにそう聞こえた気がした。

辺りを見回すがローカールームには俺しかいない。


「はは……ま、いっか……」


気を取り直し、俺は早々と着替えて店に出た。



復帰初日、俺一人では心もとないと心配してくれた店長が、サポート役にと3オペにしてくれたにも関わらず、店内は閑古鳥が鳴きそうなくらい静まり返っていた。


変な客が多いで有名だった深夜帯も、こうなるとそんな変な客も懐かしく感じる。


厨房で暇つぶしに相方とオカルト話に花を咲かせていると、扉から来店を知らせるベルの音が鳴った。


急いで立ち上がり店内に向かう。


気怠そうな瞳にゆるふわな髪、赤い眼鏡と首から下げたヘッドホン。


メロンちゃんだ。

俺には見向きもせず、店の死角にあるいつもの席に着く。


すると、カウンターにいた唯ちゃんがこそこそとやって来て俺に耳打ちしてきた。


「あの女の子、毎日この時間にやってきて中尾先輩がいるのか聞いてきてたんですよ……いないって分かると凄く不機嫌になって、ブツブツ呪文みたいな事呟き始めるし……」


すると、


「じろり」


メロンちゃんはぼそりと言いながら唯ちゃんを睨め付けてきた。


唯ちゃんが慌ててカウンターの奥へと逃げ戻ってゆく。


口で言うかな普通……。


苦笑いを零しつつ俺はメロンちゃんのテーブルへと向かった。


「メロンソー」


「はいよ」


俺は彼女が言い終わる前にテーブルにメロンソーダを置いた。


「入院中に読唇術でも会得したのですか?いや、頭の打ちどころが悪くて変な能力に目覚めたとか……?」


「いや美兎ちゃんメロンソーダしか頼まないだろ」


「まあいいです、退院してたんですね……」


「気になってた?なら鏡子にでも俺の連絡先聞けば良かったのに」


俺がそう言うと、なぜかメロンちゃんは、俺を睨みつけるように上目遣いでじっと見つめてきた。


そう言えばハロウィンの時、鏡子がこんな事を言っていた気がする。

しかもこんな風に俺を睨みつけていた時だった。


『もうお姉ちゃん何照れてるのよ』


と……。


ひょっとして照れているのか……?


「なるほど……ふふ」


独り言のように言いながら俺は小さく笑った。


どうやら少しづつ、俺の中でメロンちゃんの取説が完成しつつあるようだ。


不意に、扉の方から来店のベルが鳴った。


振り向くと、そこには黒いドレスを着た異様な雰囲気の女の姿があった。


顔は青ざめ、微かに震えているようにも見える。


女は窓際の席に座ると、何かに怯えているかのように辺りを警戒しているようだ。


俺の脳内でアラ-ム音が鳴った。

長い経験上から言える事だ、この女は何かヤバい。


息を飲み、窓際に向かおうとしたその時、


がしっと右腕を掴まれた。


振り向くと、メロンちゃんが俺の手を握ったままメロンソーダをストローですすっている。


やがてグラスをテーブルに置きなおし、ゆっくりと立ち上がった。


「行きましょう、店員さん……」


「えっ?ちょ、何で?」


すたすたと俺を追い越してゆく彼女を俺は呼び止めた。


「何で?だって私達、共犯者……でしょ?」


相変わらずの気怠そうな瞳、そのまっすぐな瞳を見つめ返しながら、俺は大きく頷いた。


「はは……うん。行こう、メロンちゃん!」


これからも、この店ではおかしな事が続くのだろう。

俺と、彼女がここにいる限り。


「ところで前から気になってたんですが、そのメロンちゃんというのは?」


「えっ!?あいや、それはその……」


「詳しく……」


「な、何でもないって」


「詳しく、10文字以内で……」


「いやだから、え?10文字以内!?」


こんな風に、深夜の喫茶店で、日常と非日常の境界線をふらふらと散歩でもするかのように、いつまでも、二人で……。


‐Fin‐



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