3――アパートへ(前)
3.
もしかして私、疑われてる?
「まだ犯人だと決め付けたわけではありませんよ! 飽くまでも参考人です、参考人!」
浜里さんの舌先三寸に、私は返す言葉もなかったわ。
場を治めるどころか、火に油を注ぐような発言してない? 三船さんの目が光ってないと、この人って本当に締まらないわね。
「ふーん、ルイちゃーん?」
「へ?」
横から、なっちゃんに肩を叩かれた。
何かと思って振り返った矢先、鬼気迫る剣幕へと変貌したなっちゃんが、私めがけて平手打ちをかまそうとしてたじゃないのよっ。
間一髪、私は顔を引っ込めて回避したわ。あ、危ない……!
空振りした平手の風圧で、私の前髪がひらひらと乱れる。
「何するのよ、なっちゃん!」
私、血相を変えて叫んだわ。
いきなり殴られそうになれば、誰だって反駁するに決まってる。ましてや、なっちゃんに暴力を振るわれる理由なんて、これっぽっちもないからねっ?
――でも、向こうは違ったみたい。
私に追撃を浴びせようと、さらに足を踏み込む。私の言葉に耳を貸さず、憤怒に彩られた目くじらは般若みたいに歪んでる。
「ルイちゃーん、あんたが油見ちゃんを殺したのー?」
もしかして、そのことで怒ってるの?
浜里さんの
「冗談じゃないわ! どうして私が私市さんを殺す必要があるの?」
「でーもーさー、お兄さん関連で動機はあるんだよねー?」
うわ、私が言い訳すればするほど、なっちゃんの目が
あぅ~。お兄ちゃんの一件は私にも非があるけど~、たったそれしきのことで殺人犯に仕立て上げられるのはまっぴら御免よっ。
「なっちゃん落ち着いて! 確かに私、お兄ちゃんに近付く女を許せないけど、実際に殺害なんかしないから!」
「ふん、どーだか」信じてよ、なっちゃん。「今日はー、良かれと思ってみんなを誘ったのにー、こんなことになるなんて最悪ー。家庭科室の件で、まだみんな打ち解けてないのかなーって感じたから、親睦を深めよーと思ったのになー」
それなのに、殺人事件が起きた。
良かれと思ったことが、
友人を
「よく考えてよ~! 私が殺すには、一六:〇〇に帰宅して、お兄ちゃんから私市さんの過去を聞いて、服を着替えて、片道三〇分かかる海浜区に行って、私市さんを殺して、何くわぬ顔で実ヶ丘駅に引き返さなきゃなんないのよ? 一七:〇〇に実ヶ丘駅へ集合だから、とっくに時間オーバーしちゃうわ! 物理的に無理よ!」
私は大手を広げて、友人たちをぐるりと見回した。
シシちゃん、りょーちゃん、なっちゃん。この面々を出し抜いて、私市さんを殺しに行けたと思う?
「――電車で片道三〇分――往復すると一時間か――あたしたちには不可能ね」
シシちゃんが真っ先に賛同してくれた。
ありがと~シシちゃん。ナイスタイミングだわっ。
「――一七:〇〇の実ヶ丘駅にみんな顔を出してたから、アリバイは鉄壁よ――仮に殺しに行くなら、往復一時間をどう短縮したのか説明しないといけない――」
そうよ、そうよ。
一応、私市さんの死亡推定時刻が一六:三〇~一七:三〇だから、時間的には符合するけど~……いかんせん電車の移動がタイトすぎる。車も大混雑してたし。
「シシちゃん~、私をかばってくれて、ありがとね」
私は彼女の耳元でお礼を囁いた。あ、でも別にシシちゃんに心を開いたとかじゃないからね? 礼を述べるのは人として当然のことだから。変な勘違いしないでよねっ。
「――礼には及ばないわ」ぴったり寄り添うシシちゃん。「――ルイには前の事件でも世話になったからね――受けた借りは返す、それだけよ――」
な、何て律儀な子なのっ。
初対面は超いがみ合ってたのに、今は症候群を克服して落ち着いたし、恩を返そうとするなんて……これが人間の情ってやつ? 情けは人のためならず。巡り巡って『自分のため』になるんだわ。
「浜里、いったん話をまとめよう」
三船さんが、浜里さんを呼び付けたわ。
情報整理のためか、いったん捜査員たちを召集してる。
「不肖、この浜里漁助、主任に呼ばれたので席を外しますが! 君たちはここから動かないように! いいね!」
そう言い付けて、浜里さんは小走りに遠ざかったわ。
ふ~。ひとまず時間が稼げるわね。と言っても、出来ることは少ないけど。アパート周辺は制服警官たちが縄張りを敷いてるし、室内は鑑識や現場資料班がうろついてる。私市ママは三船さんと一緒だし、私たちだけ放置されてる感じ。
「ちょっとーシシちゃーん。あんたルイちゃんの肩を持つ気ー?」
なっちゃんがシシちゃんに噛み付いたわ。
私を糾弾したくてイライラしてるみたい。う~ん、意外とこらえ性がないのね。
「うちはルイちゃんが犯人だと思うのよー。シシちゃんも支持してよー友達でしょー?」
友達でしょ。
何そのお仕着せがましい言い方。
なっちゃん、気が立ってるのは判るけど、ちょっと強引で感じ悪い。そもそも私だって友達なのに、犯人呼ばわりするのは良いの?
シシちゃんもさすがに承服しかねて、身をよじらせた。
「――あたしは単に、客観的な事実を述べただけで――」
「はぁー? 逆らうつもりー? うちら『似た者どうし』じゃないのー? 同じファーファッションを着てみたりー、言動や仕草も真似したりー、せっかく仲良くなれたのにー」
逆らう。
だんだん、なっちゃんの言葉にトゲが出て来た。
ひょっとして、なっちゃんは孤独なシシちゃんに手を差し伸べることで、恩を売ってたのかな? 優しくすれば自分色に染まると見込んでたとか? だとしたら幻滅……。
そんなんじゃ~シシちゃんも反論したくなるわよ。
「――それとこれとは話が別よ――あたしはなっちゃんとも友達で居たいけど、ルイにも恩があるから――むしろルイを犯人視するなっちゃんこそ怪しいわ――」
「何ですってー!?」
はわわ、今度はなっちゃんとシシちゃんが額を突き付けて睨み合いを始めちゃった。
シシちゃんは私をかばう余り、なっちゃんと望まぬ対立を
付け焼き刃の『友情ごっこ』が、壊れてく……。
「――あら、違うの? でも、なっちゃんには一つだけ違和感があるのよね――」
シシちゃんは、なっちゃんの耳元を指差した。
雪の結晶をかたどったイヤリングが、そこにぶら下がってる。
あ~、それ私も気になってた。どこかで見たことあるのよね~。
「――あたしたち、おそろいのファーファッションで集合したけど――唯一、そのイヤリングは持ってない。なっちゃんだけが唐突に付けて来たのよ」
「そ、それがどーしたの?」首を左に傾げるなっちゃん。「服を着替えたとき、ふと思い立って装着しただけでー、他意はないよー?」
「――怪しすぎるわ」鏡のように首を右へ傾げるシシちゃん。「――同じ格好でそろえたのに、一箇所だけ違うオプションを用意するなんて変よ――ルイもそう思わない?」
「え、そこで私に話を振られても~……って、あ!」
ピンと来た。
私がイヤリングに見覚えがあること、シシちゃんは察してくれたんだわ。私に場を譲ると、静かに待ち続ける。これって、私が切り出さないと話が進まない流れ?
「お兄ちゃんの写真だわ~!」脳裏に蘇る私。「私が捨てた私市さんの写真に、それと同じイヤリングが映ってた!」
それだ!
ずっと引っかかってた記憶の断片!
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