2――海浜駅へ(後)


 通報を受けた交番の巡査官は、すぐさま実ヶ丘署の捜査一課・強行犯係を呼んだわ。


 三船みふね警部が率いる刑事チームよ。また会いたくもないツラを突き合せちゃった。別に嫌いじゃないけど、何度も出くわしてるから辟易しちゃう。


「せっかくのお祭りなのに、つくづく不幸に見舞われるのが好きだねぇ」


 三船さんは、私たちを見るなり苦笑を漏らした。


 うるさいな~、好きで巻き込まれたんじゃないもんっ。


「どーして油見ちゃんがこんなことにーっ!」


 なっちゃんは警察の姿を見た途端、感情のタガが外れたみたいに取り乱した。


 泣き付いた先は、浜里はまさと巡査部長っていう三船さんの部下。地味な灰色のコートを羽織った若手刑事は、女子高生に抱き着かれてまんざらでもなさそうだったけど、他の刑事や鑑識の人にじろりと睨まれて、慌ててなっちゃんを引き剥がしてた。


「不肖、浜里漁助りょうすけとしましては! 第一発見者の君たちから経緯を伺いたいので、不用意にまとわり付くのはご遠慮下さい! 嬉しいけど!」


 本音が出てるよ、浜里さん。


「よし、じゃあそっちは任せるよ」


 三船さんは、浜里さんに私たちを預けると、アパートの外へ踵を返したわ。懐中からメモ帳とボールペンを手に取って、くるくると指先で回転させる。


「俺は、私市油見のお母様から事情聴取して来るよ」


 軒先に佇んでたのは、仕事帰りであろうビジネススーツ姿の中年女性だった。


 顔立ちが私市さんに似てるから、母親で間違いなさそう。なっちゃんと同様に呆然とした面持ちで、物言わぬむくろと化した娘を望遠してる。


 すぐさま鑑識が仲介して、死体の確認をお願いされてた。


 死体にしなだれかかる母。室内をつんざく号泣。


 あちゃ~、最悪。こういう光景を見ちゃうといたたまれないよね~……。


「ホトケはまだ、亡くなって間もないです」事務的に説明する三船さん。「まだほんのり温かい。死後硬直も死斑もありません。せいぜい死後一時間以内。死亡推定時刻は一六:三〇~一七:三〇の間ですねぇ、うん」


 本当に死んだばかりってこと?


 私たちが訪問する直前までは生きてた?


「今日は仕事で遅くなる予定でした……」ぽつぽつ話し出す母。「娘はフェスタに行くと言っていましたが、お友達が来ているということは、予定変更したんでしょうか?」


「らしいですねぇ」メモ帳にペンを走らせる三船さん。「彼女たちが家を訪ねたら、ご遺体を発見したそうです。凶器の花瓶は、指紋なし」


「警察から娘の訃報が入ったので、急いで仕事を切り上げて来たんです。間違いなく娘の油見です。女手一つで育て上げた、愛娘です……」


「失礼ですが、旦那様は?」


「離婚しました。今の生活は苦しいですが、娘は貧乏から脱出すべく勤勉に努め、学歴や金銭にこだわるようになりました。いつか必ず成り上がると息巻いて……」


 へ~、そうだったんだ。


 私、つい聞き耳立てちゃった。


 私市さんが学歴至上主義なのって、そういう背景があったのね。アパートがオンボロなのも頷けたわ。


「ねぇねぇ君たち!」


 でかい声で浜里さんが私たちに呼びかけた。


 私たちが耳を塞ぐ様子を見て、満足げに腕組みする仕草が憎たらしい。


私市ホトケさんが自宅に居たのは予定変更したからだそうですね! 本来なら外出するはずだったのに、変更してアパートにとどまった。そのせいで殺された!」


「――それがどうかしたの――?」


 シシちゃんが半眼で勘ぐると、浜里さんはチッチッと小賢こざかしく舌を鳴らしてた。


「これは重要なヒントです! ちなみに、あらかじめアパートの全室へ聞き込みに回った所、どの部屋もフェスタへ出かけて留守でした!」


「――だから?」


「留守を狙った空き巣が、居たかも知れません!」


「空き巣~?」


「しかし予定変更したホトケがアパートに戻って来た! 鉢合わせた空き巣は、咄嗟に花瓶でホトケを殴り、逃走した! 泥棒なら指紋が残らぬよう手袋も常備しているはず!」


「でもー、家の中は物色された形跡なんてなさそーよ?」


 なっちゃんが即座に異論を唱えたわ。


 屋内は整然としてる。泥棒が侵入した場合、もっと荒らされてそうなのに。


 浜里さんはほぞを噛む。


「むむむっ! だとすると、次は君たちを疑うしかないですね!」


「ええ~っ? なんで私たちが!」


 二転三転しまくる浜里さんの事情聴取に、私は付いて行けない。


 みんなもそうでしょ? 何を根拠に私たちが犯人視されなきゃなんないのよっ。


「行きずりの泥棒でない場合! ホトケ個人を狙った怨恨という線になります! 加えてでなければ、ここで襲えません!」


「――確かに、あたしたちは私市さんの予定変更を知ってた唯一の人間だけど――」


 ひゃ~っ、シシちゃんが同調しちゃった。


 そこは認めたら駄目よ、嫌疑の目をかけられちゃうよ~?


「ホトケの在宅を知っていた君たちが怪しい!」ビシッと私たちを指差す浜里さん。「君たちの中に犯人が居ると、不肖、浜里漁助は推察しますね! ふふん!」


 ふふんじゃないわよ馬鹿。


 ひどい冤罪もあったもんだわ。私たちが犯人? いつ? どうやって?


「言いがかりはやめてよねー」


 なっちゃんが歯を食いしばって抗議したわ。


 そうよ、私市さんと親しかった彼女は特に、反駁する権利を持ってる。


「うちらは一五:四五に解散してー、家で準備を整えてからー、一七:〇〇に実ヶ丘駅へ集合したのよー? いつ海浜区に住む油見ちゃんを殺しに行けるのさー?」


 その通り。誰かが抜け駆けしたら一発で判るはずよ。


「そもそも~、私たちには私市さんを殺す動機がないし~……」


「ルイちゃんさぁ、私市さんのこと恨んでなかったっけぇ?」


 ……突如、りょーちゃんが私を背後からバッサリ斬り付けた。


 は? 何を言い出すのりょーちゃん?


「お兄さんの件でぇ、私市さんを『マジで許さない……マジ殺すわ……』って恨んでたよねぇ? これって動機にならないかなぁ?」


 こ、この子ってば最悪のタイミングで余計な失言しないで欲しいんだけど~!


 うわ~、浜里さんが私を睨んでるっ。


「湯島泪さん! 君を重要参考人として取り調べたいと思います!」


「違うの~! あれは言葉の綾! 私がいつ私市さんを殺したのよ? 濡れ衣だわ!」


 浜里さ~ん、私の話を聞いて~~っ!


 やばいやばい。私、無実の罪をかけられてる……!?




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