2――店頭へ(前)
2.
「どうも、捜査一課強行犯係の
通報した巡査官が救援を要請したのは、他でもない実ヶ丘署の強行犯係だったわ。
警部の肩書を持つ三船さん率いる捜査チームと鑑識課が、どやどや押しかけては、私たちの顔ぶれを見て苦笑するの。
うん、また会っちゃった。
つくづく事件に縁が深いわね、私たち……。
「昨日はお世話様です~」
一応、ぺこりと挨拶しといたわ。
昨日の大晦日、雪密室に関する捜査結果を報告されたばかりなのよね。
こうも立て続けに顔を合わせちゃうと、偶然を通り越して何かの作為じゃないかって、運命を疑っちゃうわ。
現場を保存してた巡査官から捜査を引き継いだ三船さんは、鑑識課を側庭へ動員させたあと、部下の
「浜里巡査部長、とりあえず順番に、関係者たちの身辺情報を聞いといて」
「任せて下さい! 不肖、この浜里
相変わらず威勢の良い人だな~。
見た目は小兵なんだけどね、この人。ハキハキ返事してちょこまか動き回るから、ちょっと目障り。三船さんに命令されるのも嬉しそうだし、子犬みたいなイメージね。
「じゃあ皆さん! こっちに集まって下さい!」
浜里さんが、店頭まで私たちを先導したわ。
側庭や着付け室は捜査員でごった返してるから、広い場所へ移動したってわけ。
みんな、思ったよりしっかりした足取りで追従してる。酒井薫の取り巻きだった女性三人も、落ち込んではいるものの、割かし平静を保ってる。
「所詮、金目当ての交際だね」横目で睨んでるお兄ちゃん。「女性陣の落胆理由は、二度と男の財産を狙えないからであって、彼の死を悼んでるわけじゃない。その証拠に、男が運ばれた病院について誰も尋ねない。普通は気にするだろうに」
た、確かに……。
彼女たちは酒井薫と結婚して、玉の輿に乗ることしか考えてなかった。男が死んだら用済み。むしろ交際を後悔してそう。
皮肉にも、一番がっくりと肩を落としたのは、別れた渓子さんだった。
「嗚呼。全く、年の初めから何てことが起きてしまったのかしら」
「痛み入ります!」全然痛み入ってなさそうな口調の浜里さん。「さっそくですが! 店主のあなたからもう一度、お名前と年齢、ご職業を教えていただけますか!」
「はぁ……私は速水渓子、二八歳。着物店経営および着付け技能士です」
まずは店主である渓子さんから、形式的な聴取が始まったわ。
まさかの死人が出て、すっかり憔悴しちゃってるな~。目とか涙ぐんでるし。しかも死んだ相手が、一度別れたはずの元カレでしょ。気まずいってレベルじゃないわ。
「ふむふむ! ところで速水さん! 良い香りがしますね! こう、鼻にスーッと来る、清涼な香水! 嗅いでいる我々も気分がリフレッシュされます!」
「これはペパーミントオイルを香水にしたものです。ペパーミントは眠気覚ましや脳の活性化を促すだけでなく、空気を浄化するリフレッシュ作用もあるんです」
「へぇ! それは以前から愛用なさっているんですか!」
「ええ。酒井の苦手な香りなので、厄除けの意味で付けています」
実際、酒井を追い払おうとして吹き付けてたもんね。まさかその後、本当に死ぬとは思わなかったけど……。
「では次! そちらのお上品なお嬢さん!」
「――は、はい」
浜里さんに迫られて腰を引いたのは、自前の着物を着こなすご令嬢だったわ。
物腰柔らかな深窓のお嬢様って雰囲気。冴え渡る染物の模様が、いかにも高価そう。
小柄な私よりもさらに華奢で、か細いの。守りたくなるタイプね。こんな人まで、酒井の財産目当てだったのかな……。
「わたしめは、
「元?」
「財閥も、不況のあおりを受けて解体したので……現在は財産整理をして、手許に残った株や不動産で糊口をしのいでおります。酒井様は、そんなわたしめを憐れに思い、資金援助と交際を申し出て下さったのです」
没落してお金に困ってたのね、この人……だから酒井薫に言い寄った、と。
「今、わたしめが付けている香水も、酒井様のお店で見繕ったラベンダーですの」
「へぇ、ラベンダーを」
首を突っ込んで来たのは三船さんだったわ。
あ~、ラベンダーと言えば紫色。
紫一色のスーツを着込んだ三船さんが、耳を傾けちゃうのも栓なきこと……かな?
「ラベンダーの香りは、筋肉を弛緩させるリラックス作用がございますの。酒井様はわたしめを、癒し系の女神だと褒めて下さいました。まさにラベンダーはピッタリだと……そんな酒井様が、なぜ死ななければならなかったのでしょう……うう……」
なんてことをぬかしながら、杉浦さんは言葉を途切れさせたわ。
わ~、すっごい青冷めてる。
もともと雪のように白い肌だったけど、ますます青白くなって、深窓の令嬢どころか不健康なヒキコモリみたいになってる。
「白々しい演技、あるある」
お、お兄ちゃん、ぼそっと毒づかないでよ~。
今にも倒れそうなほど顔面蒼白な杉浦さんを尻目に、次の女性が浜里さんへ口を開く。
「わたしは
二人目の女性は、営業スマイルを欠かさない訪問販売員だったわ。
たたずまいも言葉遣いも丁寧だけど、杉浦さんと違って商売的な仕草よね。
「へぇ! 保険って、生命保険やガン保険の?」目の色を変える浜里さん。「酒井さんの財産を狙って、多額の契約を結ぼうとしていたとか!」
「し、失礼なことを言わないで下さい」鼻白む浅本さん。「保険の勧誘をするうち、私的にも親しくなったんです。わたしの香水も、あの人のお店で選んだんですよ。柑橘系、シトラスのスッキリした香りは、爽快なイメージをお客様に与えるので最適だと……」
ふ~ん。
確かに柑橘系は、爽やかな印象をもたらすわよね。
お兄ちゃんもしきりに頷いてるわ。
「あるある。匂いは人の心理にも影響を及ぼすし、体調すら変化させることもある」
ついでにお母さんも、私たちの後ろで相槌を打ちつつ、考えにふけってる。
「あたしはぁー、
最後の女性が、ざっくばらんに口を開いたわ。
錆びた色の長髪、濃ゆい化粧、派手なネイルアートとアクセサリーは、レンタルした和服に微塵も似合ってない。渓子さん、着付けるの大変だったんだろうな~。
「えーと! どういったきっかけで
「決まってんじゃーん、出会い系サイトぉー」
「で、出会い系ですか!」
「そぉ。婚活サイトってゆうかぁ、そんな感じのやつぅ? 女店主に振られたダーリンとメールで知り合ってぇ、宝くじが当たったってゆうから近付いたわけぇ」
あからさまな金銭目当てね……隠そうともしない辺り、逆に潔いわ。
さすがは水商売してるだけのことはある、のかな?
「淡路さんも香水をもらっているんですか!」
「もちろぉん。あたしにはぁ、ローズの香水をくれたよぉ? 体がポカポカ火照ってぇ、燃え上がるってゆうかぁ、情熱的な興奮作用があるんだってぇー」
淡路さんからは今も、甘い薔薇の香りが立ち込めてるわ。
香水一つ取っても、いろんな効能があるのね。私も使ってみよっかな。主に、お兄ちゃんを誘惑できそうな匂いを。
「なるほど! よく判りました!」
話をいったん切り上げた浜里さんだけど、やおら淡路さん――アバズレキャバ嬢――が振袖を振り乱しながら噛み付いたのよ。
「ちょっとぉ! あたしたちだけ聞き取りして、そっちの連中はお咎めなしなわけぇ?」
私たちのこと、指差してる。
あ~。湯島家が警察と顔見知りってこと、知らないのね。説明するの面倒臭いな~。
「この方々は良いんですよ! 店のトラブルに巻き込まれただけなんで!」
「何よぉーその言い草ぁ! あたし、納得行かないんだけどぉ!」
淡路さんが腕を伸ばすと、一番小さくて弱そうな私に掴みかかって来た!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます