第五幕・どちらかがメサイヤ

問題編・よくある雪密室について

1――風車塔へ(前)

   1.




 大勢のギャラリーが見守る中、オランダっぽい風車ふうしゃ羽根に散りばめられたイルミネーションが燦然と輝き始めたわ。


 煌々こうこうと。


 煌々きらきらと。


「わ~、きれ~い!」


 私ってば、有頂天にはしゃいじゃってる。


 だって、すっごい眼福よ。風車塔の天辺に取り付けられた大風車の三本羽根が今、クリスマスの夜にふさわしい幻想的な光景を照らし出してるんだもん。


 あ、私はルイ。


 湯島ゆしまルイ


 一六歳、高校二年生。


 今夜はクリスマス。腰まで伸びた黒髪をお団子にまとめて、お出かけ中。


 世間じゃ冬休みね。私たちの高校も例に漏れず――というか十二月頭に起こった事件のせいで例年より早く――長期休暇へ入ったんだけど、おかげで素敵な夜を過ごせてる。


「ルイに喜んでもらえるなら、何よりだね」


 隣に立つお兄ちゃんが、ダッフルコートの襟を立てながら笑みをこぼしたわ。


 私はお兄ちゃんの手を繋いで――むしろ腕を組む勢いで――くっ付いて離れないの。これなら寒くないもんね。コートも同じペアルックだし。ふふふ。


 お兄ちゃんは湯島ナミダ


 私と同じ十六歳――二卵性双生児。


「えへへ~。クリスマスデートだね、お兄ちゃん!」


「単なる外食の帰りだよ」つれないお兄ちゃん。「実ヶ丘みのりがおか市の外れ、市街化調整区域の丘にこんなスポットがあるとはね。あるある、地元の隠れた名所、よくある」


「イルミネーションされた風車がゆっくり回って光の軌跡を描くの、ロマンチック~」


 煉瓦造りの風車塔は、天を突かんばかりの尖塔を形成してる。


 たぶん高さにして建物三~四階分はありそう。その最上階で回る三本の羽根は、それぞれそりに乗ったサンタクロースの電飾、モミの木や雪の結晶をかたどった電飾、煙突付きの一軒家と星々をかたどった電飾で、色鮮やかな明滅を繰り返してる。


「……子供たちを……連れて来て……正解だったわね……」


 兄妹二人きりなら良かったんだけど、あいにく背後にはもう一人、お母さんが保護者として同伴してるわ。ちぇ。


 一言ずつ優しく語りかけるお母さんは、湯島溜衣子るいこ


 市民病院に勤める精神科医なの。


 今日は珍しく休暇を取れたらしくて、家族水入らずのお出かけが実現できたのよ。私としては、二人きりの方が良かったけど。


「……本当の主役は……風車塔に併設されているレストラン……なんだけどね……」


 塔の隣には、ログハウス風のペンションが建ってて、一階はレストランなの。


 壁一面がガラス張りの窓で、食事しながら風車塔を見物できるってわけ。


 実は私たちも、ここで夕飯を食べたばかり。レストランを出た後も、こうやって風車を観覧してるけど。周りには同じようなファミリーやカップルがたくさん居るわ。


 さらには塔内部へ入ることも出来て、風車の管理人が案内してくれるんだって。


「あっ。雪!」


 私、夜空に両手をかざしちゃった。


 ずっと上ばかり見てたから、嫌でも目に入るのよね。


 星々はいつの間にか翳り、代わりに白銀の粒子を舞い散らせるの。


「ホワイト・クリスマスだ~」


 私の言葉に合わせて、他の客たちも口々に感嘆の声を上げてる。


 道理で寒いはずよ。手袋越しに掴んだお兄ちゃんのぬくもりが貴重すぎる~。


「雪も降って来たし、塔の中を見学してみようか」


 お兄ちゃん、雪を嫌がって屋内へ避難したがるの。寒いと足に響くのかな?


 お兄ちゃん、左足首が義足なのよ。私と繋いでない方の手、ステッキ突いてるし。


「……この風車、機械音が聞こえるわ……風力で動いているわけではないようね……」


 お母さんが興味深そうに観察してる。


 塔内は、最上階の『機関室』まで延々と螺旋階段が続いてたわ。


 あとはがらんどうな吹き抜け。


 せいぜい一階部分に、管理人の宿直室があるくらい。


 お兄ちゃん、すでに義足も慣れたもので、ひょいひょいと螺旋階段を登ってくの。身軽だな~。リハビリをちゃんとやってる成果よね。


 逆に私は、ひ~ひ~喘ぎつつ追いかける羽目になっちゃった。


 はうぅ、か弱い乙女は体力がないのです。ぜぇぜぇ……。


「ルイ……運動不足……?」


「お母さんは平気そうね。五階分の高さなのにっ」


「……医者は体力勝負だからね……」


 お母さんのバイタリティには頭が下がっちゃう。早逝したお父さんの後を継ぐために、大学へ再入学して医者になったんだけど、その体力と意欲はどこから湧くんだろ……。


「ようこそ機関室へ来なすった!」


 迎えてくれたのは、三〇代半ばくらいの男性だったわ。


 黒々とした野性的な肌と髪が印象的な、筋骨隆々のおじさん。


 モミアゲから顎にかけて、ヒゲを綺麗にった痕跡が見られるわ。衣服も、汚れ一つない真っ白な作業服よ。身なりに気を遣ってる感じ。客商売だからかな?


矢川やがわ漱一郎そういちろう


 左胸には名札が付いてる。


「お一人で管理なさってるんですか?」


 お兄ちゃんが積極的に質問してる。


 視線は機関室内を巡らせてて、ちっとも私のことを見てくれないの。


 三方全て機械仕掛け。制御コンソールにあるスイッチとレバーを動かすことで、連結した歯車やコンベアが稼働して、外付けの風車を回転させてるっぽい。


「一人で充分さね」白い歯を見せる矢川さん。「この風車は所詮、機械で動く見世物だからな。風力なんか使わんし、やることは羽根の飾り付けとメンテナンスくらいさね」


「管理人さんは、風車の整備と清掃要員ってことですね。あるある」


 お兄ちゃん、もっともらしく相槌を打ってる。


 そっか。興行として風車を回してるんだもんね。見た目重視の大きな羽根だから、自然の風力じゃろくに回りそうもないし。


「……そこのドアは、何ですか……?」


 ふと、お母さんがあらぬ方向を指差したわ。


 そこは壁をくり抜いた出入口。塔の最上階なのに、どこへ繋がってるんだろ?


「外の風車羽根に飛び移るためのドアさね。羽根の掃除や、イルミネーションを飾るときに通るんさね」


「……ああ……なるほど……」


「もちろん、羽根から落ちないよう命綱は必要だし、機械であらかじめ、乗りたい羽根を水平位置に移動させとかなきゃならんがな」


「羽根の上って、歩けるんですか?」


 お兄ちゃんも喰い付いたわ。


「歩けるが、危険さね。大抵は羽根にまたがるか、しがみ付くかのどっちかさね!」


 矢川さんはそう言うと、コンソールのモニター画面をいくつか切り替えたわ。


 オランダ風の古風な羽根が、図面とともに映し出されて、寸法を解説してくれる。私はそういうの苦手だから、ちんぷんかんぷんだったけど。


「ところで、あんたら湯島さんだろ?」


 え、と身動きを止めた私たちを、矢川さんは満面の笑みで凝視して来る。


「話は伺ってるさね。隣のペンション経営者から、な」


 ペンション経営者?


 さっき食事して来たけど、あれって私たちに関係あったの?


「……ご存じなのですね……」


 お母さんが肩をすくめたわ。


「当然さね、あのペンションが収入源だからな。塔単体の入園料もあるが、雀の涙さね」


 そうだったんだ。


 あのペンション、年若い男女が注文取って料理してたな~。あれが経営者?


「……実はわたしたち……ペンション経営者の夫婦にお呼ばれしたんです……」


 え、本当に?


 私、お兄ちゃんと顔を見合わせちゃった。


「あるある。クリスマスなんていう競争率の高い日に予約できたのは、コネだったのか」


「はっはっは。俺ぁ風車の宿直室に住んでるから、身の回りの世話も夫婦頼みさね。特にあの奥さんは気立ても器量も良い美人でさぁ、いろいろと面倒見てもらってるんさね。俺もあの人に、何かんだがなぁ……」


 そう告げる管理人さんの横顔が、妙に思い詰めてるように見えた。



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