2――店頭へ(後)
淡路さんが、私に掴みかかって来た!
きゃっ、何すんのよ! 私たちは揉み合いになって、派手に転んじゃった。幸い店頭の商品にはぶつからず、床に突っ伏しただけで済んだけど。
あ~もう、洋服が汚れちゃったじゃないのよっ。
「大丈夫かい、ルイ?」
お兄ちゃんがしゃがみ込んで、介抱してくれたわ。
あ、これは役得かも……ちょっとラッキー。災い転じて福となすって奴ね。多分。
「え~んお兄ちゃん、膝ぶつけて痛いよ~。撫でて撫でて」
「よしよし」機械的にかいぐるお兄ちゃん。「それより早く起きるんだ。転んだ拍子に、スカートがめくれてるぞ」
「うわわっ!」
泡食ってスカートの裾を下ろしたわ。
ひょっとして、みんなにパンツ見られちゃったかな?
お兄ちゃんにだけ見せる予定だった、干支のプリントパンツ……。
「私のパンツ、見えちゃいました?」
私は素早く立ち上がると、周りの顔色を窺ったものよ。
「パンツ?」きょとんとする浅本さん。「あ。ああ、可愛い干支のプリントでしたね」
げ。やっぱり見られてた?
「あらあら。プリントパンツだなんて、子供っぽいお召し物ですね」
おしとやかな杉浦さんにまで、からかわれる始末よ。
違うの~。今日は雑誌の占いでゲンを担いだだけなの~。
「続きましては! ホトケさんが死亡した現場を見てみましょうか!」
浜里さんが先頭に立って、うやむやのまま私たちを連れ立ったわ。
女性三人は、私たち湯島家の素姓を訝りつつも、しぶしぶ浜里さんに付いてく。
「あ、ま、待って下さいなっ!」
出遅れた杉浦さんが、もたもたと挙動をばたつかせてる。
警察に急かされるあまり、下駄を床につんのめらせて、前のめりに転倒しちゃった。
「――あぐっ」
この人、おしとやか過ぎて、咄嗟の行動が鈍いみたい。
こけた勢いで、周囲のショーケースや上がり框のガラス戸へ思いっきり飛び込んだ。当然、ガラスは割れちゃう。破片が散乱する。パラパラと杉浦さんの着物にも降り注ぐ。
あちゃ~、大惨事……。
「も、申し訳ございません、すぐに掃除を――」
「動かないで。私がやりますんで」
渓子さんが場を仕切ったわ。
店主だもんね、それくらい出来て当然よね。
ハケを持って来て杉浦さんの着物にこびり付いたガラス片を払い落とすと、手際よく箒で集めて、ゴミ箱に廃棄したわ。
「ガラスの弁償は必ずしますので、どうかお許しを……」
杉浦さんの平謝りする声が、いつまでも耳の奥で残響したものよ。
気を取り直して、一同は着付け室のふすまをくぐり抜ける。
(あれ? 酒井薫が死んだ場所って、外の側庭よね――?)
室内は、アロマキャンドルでペパーミントの匂いを焚いてたせいか、ツーンとした香りが充満してるわ。
「見て下さい! あの窓を!」
浜里さんが掌をかざした先には、着付け室の壁をくり抜いた窓枠があったわ。
窓、割れてる。錠の周辺に穴が空いてる。
その外で、酒井薫が引っくり返って死んでたのよね――。
「外から窓が割られた形状なんです! ガラス片の大半が、室内に向かって散乱していたので!」
なるほど、確かに外から窓を叩けば、力のベクトルによって、室内へ破片が散らばるのは想像が付くわね。
「皆さんがここで着替えたとき、窓は割れていませんでしたか!」
「割れていませんでした」
みんな不揃いに頷いてる。
私も覚えてないけど、多分割れてなかったと思う。
「つまり、外に居たホトケさんが中へ入ろうとした際に、割ったものと思われますね!」
「ど、どうしてそんなことを」
「いいですか! 外周を散策していたホトケさんは、敷地の柵越しに、窓の中を覗いたんですよ! そこで何かを見付け、咄嗟に中へ入ろうとしたものの、足場に使った台車が動いて引っくり返り、頭を強打したと推測できます! 台車の車輪がわだちを刻んでいたのも、そのせいでしょう!」
「じゃ~事故死なんですか?」
私、浜里さんじゃなく三船さんに訊いたわ。
だって浜里さん、いちいち語気がうるさいんだもん。
「死因は頭蓋骨の陥没と、首の骨折だねぇ」メモ帳をめくる三船さん。「もちろん詳しい司法解剖はこれからやるけど、病院での見立てでは、この二つだねぇ」
「転んだ台車って、車輪の付いた車ですよね?」
「そうだねぇ。速水さん、あの台車は普段から側庭に置いてあったんですか?」
「ええ、そうです」記憶をたどる渓子さん。「ときどき資材を運ぶときに使う程度で、基本は側庭のトイレら辺に放置していました」
トイレは、着付け室の隣室だわ。
つまり、ちょっと動かせば着付け室の窓際にも置けるわけね。足場に使える。
「一体彼は、室内の何を見て、窓際まで押しかけたんだろう――」
三船さん、私たちを一人ずつ探るように眺めたわ。
判りやすくうろたえたのは、酒井薫の取り巻き女性三人よ。
元・財閥令嬢の杉浦さん。
保険セールスレディの浅本さん。
キャバ嬢の淡路さん。
「着付け室には、浅本さんと淡路さんの荷物が置いてありましたっけねぇ?」
三船さんが顎をしゃくると、部屋の片隅にはアタッシュケースと紙袋、そして酒井薫のボストンバッグが並べられてる。
あれも現場の遺留品として押収されちゃうのかしら。着替えなのに……。
「荷物の中、調べてもよろしいですかねぇ? どのみち押収することになりますが」
「う。そ、それは」
浅本さんが難色を示したわ。
どうしたんだろ?
そりゃ~自分の洋服が持って行かれるのは嫌だろうけどさ。私みたいに、下着も脱いでるかも知れないし。
「あたしはいいわよぉー? 別にやましいことなんて何もないしぃー」
腹をくくったのは淡路さんだったわ。
お~、キャバ嬢だけあって思い切りが良いわね。自分の荷物からは何も出ないって、確信してるからこその言動かしら――。
「三船警部! 淡路淑恵の紙袋から、
――と、思いきや。
今まさに荷物を物色し始めた捜査官の一人が、三船さんに声を張ったの。
「はぁー?」
面白いくらいに、淡路さんの肩がずっこけたわ。
紙袋から取り出された男物のハンドバッグは、成金趣味満載の牛革製で、中には財布やカードケース、男性用化粧水やコロンが入ってた。
財布には札束が何十枚も詰め込まれてるし、各種クレジットカードや金券、小切手も見受けられるわ。
「え、ちょ、ちょっと待ってぇ! どゆこと?」
冷や汗を垂らす淡路さんに、浜里さんが詰め寄る。
「あなた! ホトケの荷物から、ハンドバッグをくすねたんですか! ははぁん、それを外から見かけたホトケさんが、慌てて窓から乗り込もうとして、事故になったんだ!」
そう言えばこの女、忘れ物があるとか言って着付け室に引き返してたっけ。
そのとき、金目のものを抜き取ったとか?
でも、当の淡路さんは頑として首を縦に振らない。
「どうしてそんなバレバレの窃盗なんかしなきゃなんないのよぉー! あとで着替えに戻ったときに見付かっちゃうじゃーん! そんなことしたら玉の輿に乗れないわ!」
「なんて言ってますよ三船警部! どうしますか!」
「うーん」
三船さん、浜里さんに煽られて眉をひそめる。
紫色の襟を正しながら、ややあって一つの提案を下したわ。
「今回も、あの人を呼んでみようかねぇ」
「あの人、とは!」
「科捜研の――
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