第81話『ジェニーの絆サッカー』

YES!

今日はいよいよ決勝ネー!!

1週間お世話になったホテルを出て、いよいよスタジアムに向かうよ。

1年間お世話になった、ちょっと古いバスが大きな駐車場で待っていた。

沢山車が並び、ホテルの従業員によると、高校女子サッカーは勿論、高校男子サッカーの方の大会、そしてプロリーグの大会もあって、とてもホテルは混んでいるみたい。


おや?

バスの近くに桜と同じ背丈ぐらいの女の子がボールを持って立っているネ~。

誰だろ?誰かの知り合いかな?

「あ、あの…。」

小さな声で、何かを訴えているみたい。

「どうしたネ~?」

私が声をかけると、ちょっと驚いて混乱しているみたい。

そりゃぁ、いきなり外国人に話しかけられたらビックリするかもね。

私達の様子を見たフクが駆け付けてくれたネー。


「どうかしましたか?」

ちょっと背の高いフクは、片膝を付いて彼女にニッコリ微笑んだ。

Oh~、なるほど背が高いと怖かったかもね…。

「えっと…、えっと…、岬さんの…。えっと…。」

桜が目当て~?

「サインが欲しいです!」

「わかった、ちょっと待っててね。桜せんぱーーーい!」


フクに呼ばれた桜は、チョコチョコっと走ってきた。

「どうしたの?」

「桜先輩のファンみたいですよ。」

「?」

「サインが欲しいそうです。」

「!?」

ビックリする桜。そりゃぁ、そうよね。まだ高校の大会なのに、サインだなんて。

よっぽど彼女のプレーに魅了されちゃったのネー。

その気持、ちょっと分かるかな。


「だ…、ダメでしょうか…。」

そう少女に言われて、桜は少しだけ慌ててキョロキョロしていたけれど、彼女が決死の覚悟でココに来た事を直ぐに理解したみたい。

「いいよ。大丈夫!」

ここでも大丈夫が出たネ~…。

ボールを受け取ると、準備してくれていたマジックで色々と書き込んでいた。

「こ、これでいいのかな?」

「私に聞かないで~。サインなんてしたことないよー。」

私だってサインなんかしたことないネー。

ボールには『1/10 桜ヶ丘学園 女子サッカー部 岬桜 11』と書かれていた。

「あ、あの…。大丈夫です…。えっと…、出来れば握手も…。」

Oh…、まさか新手のライバル?

「あ、はい。」

そう言って握手を交わす。

「お、応援してます!今日は頑張ってください!」

「ありがと!今日は色んな桜ヶ丘のプレーが見られると思うよ。」

「楽しみにしています!えっと…、本当に背が低いのですね…。」

「えっ…?あはははは…。」

桜は苦笑いしていたよ。

「いや…、あの!誂ったのではなくて…、私も低いから…。ヘディング勝負とか、いっつも負けてて…。でも、岬さんはそんなの関係なく凄いプレーしていて…、とても、とても憧れています!」

「あっ、ご、ごめんなさい。勘違いしちゃって。」

「いえ…。U-17ワールドカップの試合も見ていました。凄かった…。本当に凄かった…。私、実家は神奈川ですけど、今年桜ヶ丘を受験するのです。そして、岬さんが築いたサッカー部を受け継ぎたいです!」


何か、運命的なことを感じるネ~…。

桜のプレーを見て、感動して受け継ぎたいなんて、よっぽど心に響いたのね。

「うん!私は来年いないけれど…、でも、フクちゃんやミーナちゃんや香里奈ちゃんが、ちゃんと引き継いでくれるから、心配いらないよ。ね、来年の部長さん。」

そう言ってフクの顔を見る。

彼女は突然の指名に、驚いていた。

けれど、現状2年生は彼女しかいないからね。

「勿論です。来年一緒に頑張りましょう!」

「はい!部長!」

もう部長扱いだよ。


フフフ…。

こうやって次々に受け継がれていくと思うと、私がアメリカからやってきた甲斐があったかも。

私も桜ヶ丘女子サッカー部の歴史に名前が残るのだから…。

「おい、そろそろ出発だぞ。」

現部長から声がかかる。

試合は午後からだけど、スタジアムには10時頃には入場して、向こうで早目にランチ、少し汗をかいて試合に望む予定になっているよ。

「あっ、すみません、突然お邪魔しちゃって…。」

「いえいえ。」

「で、でわ、これで失礼します。ありがとうございました!」


そう言って慌てて帰ろうとした時、バスの影から何かが飛び込んできた。

「あぶっ…。」




キィィッ!!!




ドンッ…




why?

一体何が起きたの…。




「先輩!!!」




フクが駆け寄っていく。

鼓動が早い。嫌な予感がする。

まさか…、まさか…。

私も駆け出し飛び出してきた車に近寄った。




そこには…。




桜が…、倒れていた…。




「キャァァァァァァァーーーーーーー!!!!」

桜に抱きかかえられたサインを貰いに来た女の子が泣き叫ぶ。

突如バスの影から飛び出してきた車に轢かれそうになったこの子を、桜は咄嗟に身を挺して守っていた。

「おい!どうした!」

「大きな音がしたぞ?」

部員も集まってくる。

「桜!桜!!」


私は必死に名前を読んだけど、口から血を流してぐったりしている。

「竜也ーーーーーー!!!」

天龍が後藤ティーチャーを呼ぶと、直ぐに吹っ飛んできた。

状況を把握すると、直ぐに指示を出してきた。

「戸塚、救急車を呼べ。三杉、今日はもしもの為に保険の百瀬先生を呼んでいる。SNSアドレス知っていたな?」

「は、はい!今呼んでいます!」

「福田、桜をゆっくり寝かせるんだ。」

「ははは、はい…。」

「残りの全員で天谷を押さえつけろ!」


その言葉に私も直ぐに駆け出した。

彼女は怒り狂って、車に走っていったから。

「おい!こら!出てこい!!!」

「天龍落ち着いて!」

「天龍先輩!」

部員が声を掛けながら、無理やり引き剥がす。

そして車の運転席にいおりんが向かった。

徐ろにスマホを見せる。

「一部始終動画撮っています。観念してください。」

すると運転者は降りてきた。高そうな衣装を着た、品のある老婆だった。

「示談をしましょう。」

謝るより先に、突然言ったその言葉に、天龍がまた暴れた。


「てめー!!!!っざっけんな!!!!!」

「絶対に示談はしません。責任を取ってもらいます。今日…、私達は…、私達は…、部活の全国大会決勝が…、あるのです…。それをぶち壊したんだから!!!!」

いおりんが叫んだ。

「1000千万で、どうでしょう。」

天龍が暴れながら答えた。

「金で買えねーもんがあるって、教えてやらぁ!!!!」

「………。」

老婆は、立ち尽くしていた。混乱していたかもしれない。


「もう、暴れねぇ。手を離せ。」

天龍も落ち着いた。

「ただし、そいつが逃げようとしたら俺を止めるな。お前らまでぶっ飛ばしちまう。」

その時の顔は、恐怖で誰もが近づけないほど…。

そうね…、あなたが一番百舌鳥校との試合を楽しみにしていたものね…。


「桜…、桜…。」

後藤ティーチャーの呼びかけが続く。

「ん…んん…。」

桜が気が付いた。

「桜!」

私の呼びかけに、ゆっくり目を開ける…。

「ジェニー…。んぐ…、うっ…、ごめんね…。ごめんね…。」

「何であなたが謝るのよ!」

「試合…、台無しに…、しちゃった…。」

「バカッ!!」

「うっ…うっ…、試合…、出たかった…よぉ…。試合…。」

嗚咽が漏れる…。

桜…。


「直美先生来たよ!」

可憐の言葉で振り返ると、直ぐに保険の直美ティーチャーがやってきた。

「岬さん!後藤先生は少し離れてください。問診します!」

後藤ティーチャーが離れると、目にライトを当てて瞳孔を見た。そして口の中を覗く。

「口の中を切ったのね。」

血が出ていたのは、吐血じゃなかった…。少しだけ安堵する。

シャツをめくり手を当てていく。

「痛いところがあったら教えて!」

桜はぐったりしていたけれど、どこを触られても痛いとは言わない。

頭、首、胸部、腹部、腰、足…。

だけど左肩だけは痛いと言った。

聴診器で心臓や肺などの音を聞いている直美は、ホッとした表情をしたネー。


「岬さん、落ち着いて聞いて。重大な怪我ではないわ。だけど、精密検査だけは受けなさい。」

「無事なら…、無事なら…、試合に…出ます…。」

「ダメよ!」

桜は涙を零しながら再び尋ねる。

「じゃぁ…、どうしたら…、試合に…、出られますか…?」

桜…、あなたって人は…。

私もこみ上げるものがあった…。

「今は許可出来ません。ちゃんと検査受けて、それから出なさい。」

「私…、この試合さえ…出られたら…、体が…バラバラになっても…。」

「絶対にダメ!天国にいる、あなたのお母さんに代わって言います。ちゃんと検査受けなさい。」

「お母さん…。」

「我が子が体がバラバラになっても試合したいって言っても、それを止めてでも、元気で生きて欲しいって思っているはずよ。」

「………。」


涙をポロポロと零しながら、直美ティーチャーの言葉を噛み締めているようね。

「さくらぁーーーー!!」

そこへ男性の声で桜の名前を呼ぶのが聞こえた。

振り返ると、桜パパだった。

「桜!大丈夫か!桜!!」

「パパ…。」

「娘さんに大きな怪我はありません。」

「あなたは…。」

「保険医の百瀬 直美です。」

「あぁ…、良かった…。」

「ただし、精密検査は受けるべきです。」

「勿論だ…。だから縛ってでも病院へ連れていく。」

「パパ大丈夫、私、病院行くから。」

「えっ?体がバラバラになっても試合するって言うんじゃないかって思って、どうやって説得するか悩んでいたのに…。」

流石親子ね…。

「直美ティーチャーが説得したネー。」

「あぁ…、そうでしたか…。検査で問題なければ、試合…、出られますよね?」

桜パパ…。

「医者のOKが出ればね。」

「桜、聞いた通りだ。分かったな?」

「………。パパ、私頑張る…、絶対に試合出る…。」

意外と近い所から、サイレンの音が聞こえ始めたネー。


「よし、こういう時も気持ちで負けちゃ駄目だ。体がそうなってしまう。負けるな、復帰して試合に出るんだと強く思え!」

「うん…、うん!」

涙を拭いて、ゆっくり体を起こす。

私は直ぐに支えてあげた。

「ジェニー…、また頼っちゃうね。」

「その代わり、終わったら桜養分一杯頂戴ネ~。」

「いっぱいあげる…。」

「桜!」

天龍も傍にやってきた。

「いいか、俺達が桜が来るまでなんとかする。お前が遅刻して…、5分、10分遅れて来てもも、歯を食いしばって攻めてやる!だから、お前も急いで来い。試合に間に合えば問題ないし、ギリギリになって来ても、いつでも勝てるようにしておいてやる!だから…、だから…、絶対に試合に来い!!」

「天龍ちゃぁん…。」

また泣き出して天龍にしがみついた桜…。


サイレンの音が止む。

直ぐ後ろにまで救急車が来ていた。パトカーも一緒ネー。

直ぐにタンカーが準備され、桜が乗せられると運ばれていった。

チームメイトが囲む。

「皆に…、試合を任せるね…。私、絶対に戻ってくるから…。」

「最高のシチュエーションで待っていてやる。だから桜、いつものアレ、言ってくれ。」

部長の言葉に、小さく頷く桜。

「皆なら、大丈夫!絶対に大丈夫だから。」

桜パパと一緒に、救急車に乗り込んだ。

扉が閉められ、再びサイレンを鳴らし走っていった。


いおりんの動画で、スマホをいじりながら運転していたことも判明し、決定的となった加害者はパトカーに乗せられ連れていかれた。

急に静かになった駐車場に、桜ヶ丘イレブンが取り残される。

なんだろう…、この虚無感は…。

桜を少しでも元気づけるように、あんな事を言ったけれど…。

絶望感が半端ないよ…。

半ば諦めムードが漂い始めているネ~………。






「てめーら!!」

天龍が突然叫ぶ。

「ビビってんじゃねーぞ!!!」

振り向いて見た天龍の姿は…、恐ろしく鬼迫が漲り、桜にも負けず劣らずのオーラを吹き出しているよう…。





「俺が言った言葉に嘘はねぇー!あいつが来るまで絶対に諦めねぇ!!足がちぎれてもシュート決めてみやる!!!おめーらは違うのか!!??」

「僕も諦めません!」

「私も走って走って走りまくる!」

「オフサイド決めてみせる!」

「キラーパス出すんだから!」

「タックルなら負けないんだから!」

「ヘディング勝負に勝ってやる!」

「私が、桜ヶ丘の守護神なんだから!」

「桜先輩の意志を受け継ぐであります!」

「何が何でも得点するネー!」

私も叫んだ。

「今日は私が試合に出る!」

「!?」

その言葉が可憐からだったから、全員が驚いたネー。

「この前の試合の時、ミーナちゃんの怪我の救護でフィールド走ったけど、全然あがらなかったの。だから、お願いします。今日は試合に出させてください!」

そう言って頭を下げた可憐は、試合を控えているのに震えてもいなかったし、顔色も普通だった。

「可憐。あなたに桜のポジションを任せるネ~。」

「ジェニー…。」

彼女からも闘志が溢れてくるのが分かった。


「よし!勝って桜に優勝トロフィーを持たせるぞ!!!」

「オオォォォォオオォォオォォォォォ!!!!!」


桜ヶ丘イレブンに、新しい風が吹いた気がしたネー。


その風は、どこまでも気持ちよく吹き抜けていった。


こんなに最高なチームが日本にあるんだと、遠くアメリカまで届けば…、最高ネ~…。


そして私は誓う。


絶対に優勝するのだと。


Best Elevenと共に。

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