第78話『美稲の絆サッカー』

痛い…。


足が痛い…。


折れてはないはず…。


だけど…、だけど痛みがジンジンと襲ってくる。


「ミーナちゃん!」

ファールを宣言されたウミ先輩を囲んでいた先輩達が、桜先輩を先頭に駆け寄ってきました。

私は今だに起き上がれないの…。

「きみ、大丈夫かね?」

男性の声。見上げると主審さんだった。

「足を…、痛めたみたいで…。」

主審さんは時計を止めると、桜ヶ丘のベンチに向かって救護班を呼びます。


「ミーナちゃん!足見せて!」

そう叫んだ桜先輩に向けて、痛い右足をそっと前に出す。

ソックスを下げられる。

「少し腫れてる…。」

誰かが言った。やっぱり…。

でも…。


「まだやれます!」

「ダメだよ!今無理すると酷くなっちゃう!」

桜先輩が即答しました。

「でも、PKだから…。これを防ぐから、反撃してください!」

「ダメ!次の試合に響いちゃうから!」

先輩の言葉に、ドバッと涙が出そうになりました。


この状況でも諦めていなかったから…。


「でも…、でも…。」

私は無理してでも立って、大丈夫だと伝えたかった。

今、私が守らなければ、誰が守るっていうの?

部長は経験者とはいえ、本格的に練習していたわけじゃない。

私しかいない…。

だから…、だから…。


先輩は少し考えて、そして何かを決意したように見えました。






「私がやる。」






「えぇーーーーー!?」

仲間から驚きの声があがります。当然です。桜先輩がGKだなんて…。

それに攻撃は…?攻撃はどうするのです…?

そこへ可憐先輩がやってきました。

怪我を見ると、直ぐに救護箱から湿布と包帯を取り出します。

「私は賛成。」

そう言いました。全員が注目します。

「ミーナちゃんを勧誘する時の、桜のGK見ているでしょ?」

思い出しました。

あの時先輩は、GKにとって一番厳しいところを見事に防いでいました。


「あっ…。」

全員気が付いたようです。

「私が防いで、ジェニーにパスするから。後は攻撃陣に託すよ。」

そう先輩は言いました。

真剣な眼差しをジェニー先輩が受け止めます。

「まっかせなさーい!桜と私は背中を預ける仲間ネー。桜が失敗すれば、私もやられる。私が失敗しても桜がやられる。一蓮托生ネ~。」

二人はジッと見つめ合っていました。

「いおりん、藍ちゃん、福ちゃん、そして天龍ちゃん。ジェニーをサポートしてあげて。速攻いくからね。」

「あぁ、絶対に決めてやる。」


天龍先輩と桜先輩もジッと見つめ合っていました。

今、桜ヶ丘は大ピンチなはずです。

だけど…、だけど…。

全員で切り抜けようとする、強い決意が渦巻いています。

もう何度目かになる、何かが起きるという感覚…、そんな瞬間が今なんだと気が付きました。

「先輩。」

「ん?」

「勝ってください。絶対に…。」

「もちろん!」

ニシシーと笑う先輩の顔は…、一生忘れられそうにありません。

凄く格好良くて…、凄く頼もしくて…、凄く可愛かったから。


「主審さん。1番GK市原は怪我の治療で一時場外へ。そしてポジションチェンジします。11番岬をGKに指名します。」

可憐先輩が、念の為と持ってきたビブスを、桜先輩が受け取っていました。

ユニフォームの上に着る物で、本来は味方同士で練習する時に敵味方が分かるようにするものです。

今回はコレを着て、GKとフィールドプレイヤーと区別します。


主審さんが運営と無線を通じて、ポジションチェンジなどの話をしながら離れました。

「ミーナちゃんのキーパーグローブ借りるね。」

「手に合います?」

ちょっと大きいかな?

「1回防ぐだけだから。」

そう答えた先輩は、大きく見えました。

頼もしかった。

桜先輩になら、大切に大切に守ってきた桜ヶ丘のゴールを預けられる、そんな風に想いました。

私は可憐先輩の肩を借りて、ゴール裏へ移動していきます。


ボールがセットされ、PKの準備をしています。

「桜ちゃん…。」

旭川常盤高校のキャプテン松山さんが小さくつぶやいたのが聞こえました。

気がつけば、スタンドも静まり返っています。

誰も声を発せられないほどの緊張感が支配しています。

風もやんでいました…。

あまりの緊張に、私は可憐先輩の手をギュッと握った。

この異常な空間に、一人じゃ耐えられないから。

だって、うちのメンバー以外、誰の目にも小さな桜先輩が大きなゴールを守れると思っていないから。

悲壮感が漂っていました。

でも私達は信じています。


やると言った桜先輩は、全部やりとげてきたんだから!


ピィィィーーーー!!

主審さんが右手を挙げて笛を吹いた。

試合再開です。



松山さんが走り出す。


サッカーの神様…。


松山さんがカッと目を見開き鋭く蹴り出す!


先輩を守ってあげて…。


小さな先輩が左上に目一杯手を伸ばして飛んだ!!!












バンッ!!





まるで最初からここにボールが飛んでくると分かっていたかのように、ドンピシャでボールを弾いた!

左へ少し流れたボールを、ウミ先輩が猛ダッシュで駆け寄り、チョンと蹴り出すと、向かってきていた敵のFWをブロックするように立ちふさがります。

その隙に、直ぐに起き上がった桜先輩が、今までに見たこともないほど大きなモーションで派手に蹴り出した!


ドンッ!!


まるで大砲から撃ち出されたかのように飛んでいくボールは、センターサークル付近まで飛んで行く。

高々と飛んでいくボールの下には…。


ボロボロと…、文字通りボロボロと泣く、松山さんがいた。

「悔しいなぁ…。」

そう言って、ガックリと膝を付きました。

「桜ヶ丘は攻撃が鋭いから…、だから何が何でも防いで、皆で完成させた『ダイヤモンドダスト』でゴールするはずだったのに…。」


スタンドからの歓声は、徐々に大きくなっていきます。

そして、天龍先輩にパスが渡った瞬間、一際大きく歓声が上がりました。

「悔しい…なぁ…。」

掠れた声を絞り出した松山さん。


ワァァァァアアァアァアァアァァァァァァァァ………

更に大きな歓声。少し遅れて笛の音…。

ピッピィィィィィィィーーーーーー!

ゴールを知らせる笛が響き、松山さんは両手で顔を覆った。

「もう少しだけ…、もう少しだけ皆とサッカーやりたかっただけなのに…。それすら叶わないなんて…。悔しいなぁ…。」


続けて笛が鳴りました。

試合終了を知らせる笛でした…。

桜先輩はグローブを外しポストの脇に置くと、松山さんの元へ向かいました。

そして、泣きじゃくる彼女を優しく包みました。


「まだ…、約束守ってもらってないよ。」

その言葉に、松山さんは「ごめんね…。」とだけ答えた。

「じゃぁ、今度は私が約束する。」

「………。」

「私が来年もサッカー続けることが出来たら、絶対に日向君を迎えに行くから。」


!!


彼女はガバッと顔を上げた。

「でも…、僕は…、実家の手伝いを…。」

「全部私が解決する。」

「桜ぁ…。」

「だから、練習して待ってて。約束だよ。」

「うぐっ…。ぐっ…。桜…。さくらぁ!!!」

私までボロボロと涙が零れてきました。

先輩の優しさは、筑波山より高く、霞ヶ浦より広いです…。

拭いても拭いても、涙が溢れてきます。


そこへ、旭川常盤高校のメンバーが集まってきました。

「キャプテン!」

彼女達も全員泣いていました。

ごめんなさいと謝る仲間を、今度は松山さんが優しく抱いていました。

悲しみの雪が舞っているようでした。

ダイヤモンドダストのように…。

「さぁ、最後の整列をしよう。」

そう松山さんが言うと、仲間達は肩を抱き合いながら戻っていきます。

私は立ち上がると、時々ズキッとする右足をかばいながら桜先輩の元へ行きました。


先輩も泣いてました。

豪快に…、泣いていました。

「先輩。ありがとうございました。」

その言葉に我に返ると、涙を拭いてガッツリ私に抱きつきました。

泣いていました…。大声で…。

胸が締め付けられそうです。

松山さんの想いを断ち切ってまで、自分達が勝ったという事実。

それを先輩は、なんとかして受け入れようとしているみたいでした。

私は先輩の肩に手を回して、そっと整列の場所へ連れていきました。

仲間達も集まり、先輩の様子を見ると、何も言わず整列しました。


主審さんが1-0での桜ヶ丘の勝利を告げる。

「ありがとうございました!」

旭川常盤高校の選手と握手をかわしました。

「百舌鳥校、倒してください!」

そう言われて、目頭が熱くなるのがわかりました。

「皆さんの想いも決勝へ持っていきます!」

そう答えると、涙目の笑顔で頷いてくれました。


隣の桜先輩は松山さんとガッチリ握手する。

「日向君、二人の約束、今度こそ果たそうね。」

「今度こそ…、絶対に。」

そして強くハグし、笑顔でお互いのベンチへ下がりました。

遠くで松山さんの声が響きます。

「よし!皆で社会人チーム作るぞ!」

黄色い声に包まれた旭川常盤高校ベンチ。

それを確認した桜先輩は、また泣いてました。

松山さんが、サッカーを諦めていないかったから…。


片付けをし、控室へと戻ってくる頃には、部員の誰もが喜びの声をあげていました。

部屋の外では、後藤先生が勝利インタビューに答えています。

桜先輩の提案が通り、メディアへの対応は先生に一任です。

「おさらいするよ。」

少し元気を取り戻した先輩が、ホワイトボードを取り出し、試合内容の復習を始めました。

あのホワイトボードも、後1試合で桜先輩の手を離れます。

そう思ったら、急に寂しくなりました。


「今日は体力勝負になったけれど、走り負けなかったのが良かったよ。攻撃も守備も良かったし、相手の『ダイヤモンドダスト』を防げたのはウミちゃんのお陰だよ。」

「でも…、でも私、ファール取られちゃったし…。」

「んーん。あれはぶっちゃけ誤審だよ。でも、そういう事とも戦わないとね。」

「うん、わかった。」

ウミ先輩は、兎に角勝てた事にホッとし、誤審だと言い切った先輩の言葉に安堵していました。

あのまま負けたら、それこそトラウマ級の出来事です…。


「それに、『桜吹雪』を出さずに勝てたのは大きいよ。次の…、次の試合で…。大活躍…。」

ん?

急に言葉に詰まった先輩は…。

やっぱり泣いていました。

「皆が…、皆がここまで連れてきてくれた…。それも…、最高の状態で…。うぐっ…、んっ…。うっ…。」

声を出して泣きそうなのを我慢して、何かを話そうとしていました。


私は我慢できずに泣いていました。

そうです…。

桜ヶ丘は、いくつもの困難を乗り切って、とうとう全国大会決勝へきたんです…。

きつい練習…、辛い出来事…、楽しい事も悲しいことも、全部全部抱きしめて、ここまで持ってこれました。

本当に嬉しい…。


「み…、皆…、ありが…、うわぁぁぁぁぁーーーーーん。」

とうとう桜先輩は泣き出しました。

大声をあげて、叫ぶように泣いてました。

天龍先輩がそっと抱きしめると、続いて仲間達が集まり、桜先輩を中心に喜びを爆発させました。

全員泣いていました。

私も、嬉しくて嬉しくて、一切我慢すること無く大声で泣きました。

だって、こんなに嬉しいことなんて、今まで無かったから。


ガチャッ

後藤先生が帰ってきました。疲れ切っているようです。

そりゃそうでしょう。創部1年目、桜先輩とジェニー先輩以外、まったく情報がないまま、ついには全国大会の決勝にまで駆け上ってきたんですから。

メディアは大騒ぎかもしれません。

「先生!お疲れ様です。」

私の言葉に、先生は憔悴しきった顔で小さく右手を挙げて答えました。

「もう…、懲り懲りだ…。」

先生にはきつい仕事だったかも知れません。ある程度予想はされていましたが、こんな損な役目でも引き受けてくれました。さすが私達のヒーローです。地味ですけど!


「コホンッ。あー、明日の試合の相手は、百舌鳥校だと記者が言っていた。」

分かりきっていたことですが、これで確定しました。

「それと、桜が言っていた得点王争いだが、現在天谷と百舌鳥校の新垣とか言うのが同点1位、最小失点GKも市原と百舌鳥校の若森が同点1位だ。」

つまり…。

「勝った方が、どっちも持っていく可能性が高いですね。」

福先輩が答えました。

突然、今までに感じた事のないプレッシャーを感じました。


「大丈夫!絶対に勝って、ぜーーーんぶ、ぜーーーんぶ貰っちゃおう!」

元気になった桜先輩が、目一杯右手を挙げて叫びました。

「オオォォォォオオォォオォォォォォ!!!」

控室が揺れていました。

その声は、心の中にまで響きました。

心の一番深いところまで…。

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