第59話『山崎の違和感』

「さぁ、大変なことになってきました!」

高校女子サッカー関東大会決勝スタジアムの、ラジオ用放送室は熱気に包まれていた。

私は解説者という立場でここにいる。

「創部1年目の無名校、初出場ながら、あれよあれよと関東大会決勝に挑んだ茨城県つくば市の私立桜ヶ丘学園。今日の決勝は、1回戦で降した東京代表で優勝候補の筆頭だった紅月学院に次ぐ実力校、埼玉県代表の綾瀬東高校と激闘。誰の予想をも覆し、2-0と勝ち越したまま後半戦に突入しています。この放送はFMつくば、実況の菊池と…。」

菊池さんがこちらをチラッと見る。振りがあるよという合図だね。

「つくばFCキャプテンの山崎選手にてお送りいたしております。」

「どうも、山崎です。」


相変わらず早口だけど、聞き取りやすいイケメンボイスだ。

「山崎さーん。桜ヶ丘のここまでの戦い、どうでしょうか?」

「はい。苦しいながらも2点もぎ取ったのは大きいですね。今までの戦い方だと、後半戦は守備に徹すると思います。こうなると、綾瀬東は苦しいと思いますよ。桜ヶ丘の守備は固いですから。」

「そうですねー。初出場で快進撃を続ける桜ヶ丘に湧く会場ですが、過去を振り返ってみると、県予選を含めても無失点なんですよね。」

「そうなんです。兎に角守備が良いですね。部長でCBの戸塚選手は空中戦もマンツーマン能力も高く、チーム1の闘争心の持ち主です。そんな彼女ですがディフェンスラインを器用に統率し、三つ子の渡辺三姉妹の息の合ったフォローは観ている方は安心するほどです。それに加え、前にはU-17アメリカ代表キャプテンだったDMFエドワード選手、後ろには、1年生ながら高い身体能力を見せつけてきたGK市原選手がいます。並の攻撃では、得点するのは難しいでしょう。それに…。」

「はい、守備になると桜ヶ丘チームのキャプテンであり、中心的存在である岬選手が下がってきます。」

「これにより、桜ヶ丘の守備は格段に上がります。現在攻めている綾瀬東も苦しんでいますね。」

菊池さんは、綾瀬東の苦戦する様子の実況を始める。


私は桜ヶ丘を強いチームだとは思わない。

何とか勝ち上がってきたという印象の方が強い。時々出る素人感がそうさせているのかも知れない。

例えばFW天谷選手。彼女はチームのほとんどの得点を決めていて、名実共に桜ヶ丘のエースストライカーだ。なのに、あのトラップは何だ?素人感丸出しだ。

とは言え、それには理由もある。彼女達は創部1年目だと言うのだ…。


信じられない…。


何が起きているのか理解出来ない…。


観ている人達の素直な感想だろう。

かく言う私も、そう思う一人である。ただ、そんな彼女達の姿に、対戦相手が油断しているのも事実だろう。

残念ながら、綾瀬東もそうだ。

創部1年目のちょっと守備の良いチームが、勢いとラッキーで勝ち上がってきた。

そう思っているのは間違いない。

出だしの余裕あるプレーは、そんな心理をよく表していた。

桜ヶ丘は、まるで相手がそう思って油断していることを最初から知っているかのように、一気に切り込んだ。

1回戦の紅月学院戦では得点出来なかったが、岬選手は見逃さなかった。前半開始早々に、見事に天谷選手が決めて1点目。

慌てた綾瀬東だったが、固い守備に阻まれて、浮足立ったところを、やはり天谷選手が2点目を決めて前半を終了した。


桜ヶ丘の攻撃は居合抜きのようだ。

一切見せなかった刀身を見たときには、既に斬られた後だ。恐ろしいほどの速度と切れ味。あんな攻撃、うちのチームに欲しいくらいだよ。

天谷選手は、トラップは苦手のようだが、裏取りをするポジショニングは教えられて出来るレベルじゃない。天性のものだろう。それに2年生FWの福田選手。彼女は兎に角フォローが上手い。県予選では決定力不足を言われてきたが、最近は得点も重ねてきて、敵チームの警戒が強い。両サイドのウィングもパサーと俊足と個性派揃いだ。

桜ヶ丘チーム、そっくりうちに来ないかな…。


でもね、攻撃にしても守備にしても、時々出る初心者っぽいプレーを見る限り、まだまだ伸び代があるのが分かる。

というか、1戦1戦乗り越えて、少しずつ、確実に、今現在も成長していると思う。

例えば1回戦で出来なかったことが、今では出来るようになっていたりする。

いったいどうなっているんだ?

それに、岬選手とエドワード選手以外の情報が一切ない。

それどころかGK市原選手と左MFの神崎選手は、他の部活からのコンバートだという噂まで出ている。

コンバートは分かる。だけど、たった半年でここまでになるのだろうか?

市原選手に至っては、今直ぐ我チームの守護神になっても活躍出来るほどの素質がある。


「綾瀬東、何度目かになる攻撃を仕掛けようとしますが、なかなか突破出来ません。両サイドMFも下がり気味となり、分厚い守備を敷いた桜ヶ丘の高い壁!あぁーっと、綾瀬東のキャプテン小林へのパスを桜ヶ丘エドワード選手がパスカット。ちょっと安易なパスでした。」

「綾瀬東は集中力が切れかけてますね。焦っているようにも見えます。」

「なるほどー。さぁ、桜ヶ丘の攻撃陣がスゥーッと上がっていく。エドワード選手も一人交わしドリブル体勢に入った。」

「後ろから綾瀬東の小林選手が追ってきますね。囲まれますよ。」

「さぁ、どうする?」

そんな時だった。またもや信じられないプレーが出る。

「エドワード選手、小林選手が来る前に前方の岬選手へパスを出したのですが、そこへ一気に綾瀬東の選手二人がかりで襲う…。なっ!?」

思わず実況が途切れる。無理もない。菊池さんを攻めるのは酷だ。

「岬選手、走りながらノールックで真後ろから来たボールを踵で蹴り上げ、二人同時に抜いた!」

「凄い!」

思わず前のめりになる。こんな事が出来る選手が日本にいたの?


だが、鋭い攻撃はここまでで、何故か止まりゆっくりと攻め始める。左の神崎選手にボールを出しては戻させて、今度は右の伊藤選手にボールを出して、また戻させる。その間に綾瀬東はディフェンス陣が戻ってきて、守備を固めた。

今度は後ろのエドワード選手へボールを戻す。綾瀬東の選手が追ってくると、場所を移動した岬選手へ再びボールが戻る。間一髪入れず、今度は前方の福田選手にパスを出すが、また岬選手へ戻ってきた。

その間綾瀬東はボールを右へ左へ後ろへと追いかけまわしている。

あっ、そうか。

「桜ヶ丘は綾瀬東の体力を奪う作戦ですね。」

「なんと!?確かに綾瀬東の選手はボールを追って縦横無尽に走っています。これが作戦だったんですね?」

「間違いありません。岬選手の策略だと思います。今のところ、攻める気があまりありませんね。」

「確かに綾瀬東は苦しそうだ。U-18代表に近いとも言われる小林選手をエドワード選手が完全に封じ込めているのが大きいですね。」

「相手が悪いですよ。アメリア代表は伊達ではありません。彼女は守備も攻撃もそつなくこなしますし、フィジカルも強いですからね。U-17ワールドカップでは、ロングシュートで何点が決めています。」

あれ?そう言えばロングシュート撃ってないような気がする…。

私はここで初めて、桜ヶ丘の放つ違和感を覚えた。


「さぁ、ボールは右サイドの伊藤選手に渡ります。彼女は目の覚めるようなキラーパスを時折見せます。注目しましょう。」

「あっ、今度は攻めに出ていますね。」

「ドリブルで一人抜いた!ぐんぐん上がる。綾瀬東は走らされたせいか、追いつけない。」

「クロス来ますよ。」

攻撃チャンスだ。グラウンド内の緊張感が高まっている。

中央は良い位置でFW陣がポジション争いを繰り広げている。あっ!

「ボールが上がったーーー!キーパーから逃げるように放物線を描いて、マイナス気味な軌道だ!さぁ、どっちに合わせた?」

しかし、ボールの落下地点で待っている選手はいない。

「後ろから来ます!」

後方から怒涛のように走り抜ける選手が居る!エドワード選手だ。

「岬選手よりも後方から、エドワード選手が駆け上がってきていた!ゴール前真正面!ヘディング勝負だぁ~ーーー!!!」

ピィィィーーーーーーーーー


結局試合は3-0で桜ヶ丘が勝った。いえ、勝ってしまったと言うべきか。

私は安易に受けた解説役に、少しだけ後悔している。

創部1年目のラッキーチームがぽろりと負けることを予想をしていて、その原因は「創部1年目だから仕方ない」で済ませる気でいたからだ。

ところが初戦で、関東大会優勝候補を、岬選手抜きで勝つと、そのままの勢いで優勝してしまった。

当然の解説を求められる。こんなん解説できるのか?

「最近では全国にも出られなかった茨城県代表チームでしたが、今年はつくば市の桜ヶ丘学園が、何と優勝しました!山崎さーん、この結果、どうみますか?」

分かるわけないじゃない…。

奇跡…。そう言えば簡単に済ませられる。実際そう思っている人が大半だろう。というか、全員そう思っていても不思議ではない。


「関東大会優勝という結果については純粋に喜んでいます。ただ、その理由と問われると難しいのが本音です。」

「と、言うと?」

「正直に言いますと、奇跡とか偶然、まぐれと言うには、どこか不自然なのです。彼女達は創部1年目、岬選手とエドワード選手以外まったくの無名選手ですし、新人戦を辞退している為、事前の情報もありません。彼女達がどこまでの実力かサッパリわからないのです。」

「それは言えますね。ところどころ個性的なプレーは見受けられますが、全国クラスかと問われると判断が難しいように思えます。時々凡ミスもします。」

さすがプロの実況者だ。こちらが答えやすいように受け答えをしてくれていると感じた。

「守備はかなりのものがあります。これは間違いなく全国クラスでしょう。ただ、攻撃に関しては、どこか歯がゆいと言いますか、何と言っていいか分かりませんが、得点出来る状況じゃない場面でも綺麗に決めていくのです。敢えて特徴を上げるなら、連携ですかね。」

「連携…、ですか?」

「はい。3点目のエドワード選手のゴールシーンの前の、ボールを奪った後のプレーですが、岬選手はノールックでボールを踵で処理しました。」

「あれは凄かったですね。まさにワールドレベル。」

「技術自体も凄いですが、それを成し得たのは連携が完璧だったという事も理由になると思います。その他の得点も、ワンタッチでラストパスが出されても、天谷選手は見事に反応しています。ディフェンダーの影ですら、彼女はボールの落下地点に行き、確実に得点を重ねていっています。これはこれで凄い連携力が生んだ結果だと思えば、少しは納得出来ます。」

「なるほど。練習の賜物でしょうか?」

「そう言いたいのですが、ご存所の通り、創部して1年経っていません。いえ、半年しか経っていません。なので歯がゆいのです。」

「私も同感です。しかしながら、彼女達は関東大会を制し、全国大会へと乗り込みます。桜ヶ丘の快進撃はどこまで続くと思いますか?」

「過去20数回の大会ながら、茨城県代表の優勝はありません。是非優勝して欲しいと思っていますが、どこまで通用するかは攻撃陣にかかっていると思います。」

「なるほど。ただ、時間がありません。全国大会は1月3日に1回戦が始まります。どこまで仕上げてくるか、私達も楽しみにしたいと思います。では、全国大会でお会いしましょう。今日はありがとうございました…。」

お決まりの締めを言い終わる。短い音楽が流れ、放送が終了した。


「山崎さん。今日もありがとうございました。」

「いえ、こちらこそありがとうございました。」

「山崎さんの解説、分かりやすいと好評なんですよ。」

「あれまぁ。転職しようかしら?ふふふ。」

「私達はつくばFCも応援しています。いつか、なでしこリーグ優勝の実況をしたいと思っています。」

「ありがとうね。でも、まぁ、現実味はないかなぁ…。」

万年最下位だしね。

それどころか、このままだとチームが自然消滅するよ…。

選手の高齢化と、不況による資金難…。

「つくばFCへの起爆剤としても、桜ヶ丘学園には期待したいですね。」

「試合を見れば見るほど不思議なチームだと思いますよ。どうして強いのか…。守備が良いだけでは勝てませんからね。」

「そうなんですよね。得点しないと勝てませんから。でも、ここぞというところで得点し、相手が焦って自滅するパターンが多かったように思います。」

「それが最初から考えられた作戦だとすると、案外良いところまでいくかもしれません。だけど、偶然だったり、上手くいったから続けている作戦、なんて理由なら、1~2回戦で消えるでしょう。」

「厳しいですねぇ。」

「現実ですから。」

そう、私達が一番知っている。現実は非常だと…。

「とても気になりますし、全国大会でも呼んでいただけるなら、桜ヶ丘学園に行ってインタビューしてきたいと思います。」

「是非お願いします!」

こうして放送室を後にした。


本当に不思議なチームだ。

考えれば考えるほど歯がゆく不自然。

私は桜ヶ丘学園女子サッカー部に、大きな興味を抱いた。

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