第58話『香里奈の見つめる背中』

ピィーーーーーーーーー

後半を知らせる笛が鳴りました。

私はとてもリラックスしているであります。

「香里奈!後半もガンガンいくネ~!」

前方のジェニー先輩からです。

公式戦も2戦目となり、私なりに落ち着いてやっています。

桜先輩のお言葉を借りれば、「大丈夫!」ってやつです。


その桜先輩は、ベンチから立ち上がったまま、ずっと応援していてくれます。

大声で叫ぶその声は、私の耳にもしっかり聞こえます。

まるで近くで一緒にプレーしているような、そんな気さえします。

紅月学院との試合とは大違いです。

安心感が半端なパナいですから。


さて、試合はあまり動きのないまま、すすんでいきました。

カウンターを仕掛けましたが、相手も必死です。体を張って守ってきます。

攻めも熾烈でした。だけど、そちらは完全に空回りです。

パスは厳しすぎて届かなかったり、強引なドリブル突破など、チグハグな印象を受けます。

それに気が付いた時、自分が冷静なことに驚きました。

この試合に勝てば全国大会出場決定なのに、もっと何というか、緊張感のある試合を予想していました。

だけど先輩方は、良い意味でいつも通りです。

気張って無くて、緊張しすぎてなくて、とても冷静です。


しかしトラブルが起きました。

「イタタタタッ…。」

ライン際で藍先輩とジェニー先輩が、敵を囲んでいた時のことです。

ボールがライン外に出た直後、ジェニー先輩が右足を押さえながら片足飛びをしつつ、ゆっくりと座り込みました。

主審さんが走ってきます。

「大丈夫かね?」

「oh~、足をつったみたいネ~。」

主審さんがベンチに向かって救護班を呼びます。可憐先輩が、心配そうな桜先輩を留まらせて走ってきました。

「ジェニー!大丈夫!?」

「足がつったネー。」

可憐先輩はじっとジェニー先輩の顔を覗き込んでいました。ん?どうしたのでしょうか?

「分かった。肩を貸すから、ベンチに移動しましょ。」

「Thank you….」

あれ?今、ジェニー先輩、可憐先輩に向かってウィンクしましたよね?

お姉さまも駆け寄りました。

「ジェニー!」

「部長ごめんなさい。プレーは厳しいネ…。」

「残り時間20分か…。よし、主審さん!選手交代です。7番エドワードに変わって、11番岬です。」

「わかりました。」

主審が何やら無線で会話をすると、どこからともなく運営の人がセンターラインの向こうにやって来ました。

「桜ーーー!交代だーーー!」

部長が叫ぶと、桜先輩がジャージを脱いで準備をします。2~3回ジャンプして、運営の人の所に走っていきます。

ジェニー先輩と可憐先輩も到着しました。

運営の人が背番号を確認し、ジェニー先輩と桜先輩がハイタッチして入れ替わります。


「さぁ、ジェニーの分も頑張るよ!」

桜先輩は来るなり、大声で叫びました。

あぁ…、先輩の笑顔は、何という大きな安心感なんでしょう。

前を向いた、先輩の後ろ姿を見ました。

私より背が少し低いはずなのに…、とても大きく見えました…。

これが、あのお方のオーラなのでしょうか?

震えるほど興奮する自分がいます。やっと桜先輩と同じグラウンドに立てました。

私はこの目で、先輩のプレーを焼き付けたいと思います。

それはきっと、来年の桜ヶ丘学園女子サッカー部に、良い影響を与えてくれるはずですから。


試合が再開しました。ボールは桜ヶ丘からです。

ウミ先輩がスローインで私にボールをくれました。

!?

見ていなくても感じます…。

桜先輩の圧倒的オーラを…。

敵が直ぐに襲ってきましたが、私はノールックで桜先輩にパスを出しました。

!!

グラウンド内の空気が変わった気がしました。

チームメイトは、何かが起きると感じ取っています。

敵は…、まるで怯えるウサギのように恐怖しています。まだ桜先輩は何もしていないのです…。トラップして、ちょこっとボールを蹴り出しただけなのです…。

我に返った近くの敵が先輩に襲いかかります。

だけど…。

緩急を付けただけで簡単に抜いてしまいます。そのままドリブルを開始しました。


私はいつでもバックパスを受けられるようについていきます。

先輩は更に大きく見えます。

抜いた人が追いかけてきました。前方にも敵です。

きっとパスを…。

!?

先輩はワンフェイントで前の敵を抜くと、敵の後ろから追ってきた選手と抜いた選手がぶつかります。

わざと狙ったようです…。

お姉様が冗談で、先輩には後ろにも目が付いていると言っていました。

今は、ちょっと信じてしまいそうな自分がいます。


敵わない…。

抜かれた二人は、そんな悲壮感漂う表情をしていました。

私は必死で追いかけます。

先輩の背中は、更に更に大きく見えました。

それにつれて、桜先輩のプレッシャーも大きくなります。

強烈な光に集まる夜の虫達のように、敵は一気に多人数で囲い込もうと寄ってきました。

!?

何と!?

桜先輩は、私が真後ろにいることを、いつ確認したのか分かりませんが、ボールをポンッと止めて敵を引き連れたまま前方に走っていきます。

騙されてつられた敵は、数メートルは並走したでしょうか。ようやく気が付いた時には、私が受け取り左サイドの藍先輩へロングボールを入れました。


藍先輩が全力で走ると、敵が付いてこられません。

ボールに追いついたところでDFが寄ってきます。直ぐにニアサイドの福先輩にパスが出ます。フワッと浮いたパスでした。

しかし敵は、前半での1点目を決めた福先輩を警戒しています。

マンツーマンで張り付かれていて、キープは難しそうです。桜先輩がフォローに行きます。

トンッ

敵が桜先輩に気を取られた一瞬でした。

ボールはノーバウンドかつワンタッチで天龍先輩へパスを出しました。どうやら右足を振り上げて、アウトサイドで回転までかけているようです。

距離はありませんが、ボールは微妙に右側へ曲がりながら、ゴールから離れるようにカーブを描いて飛んでいきます。


相手DFが可哀想なぐらい、翻弄されています。

誰もパスを読めませんし、奪えません。

天龍先輩は、回転がかかっていることを最初から分かっているかのようなタイミングでボールを受け取ると、不格好にトラップして右足を振り抜きます。

ピッピッーーーーーーー!

ゴールを知らせる笛が鳴ります。

「よっしゃーーーーーーー!」

ジャンブしながらガッツポーズを決める先輩。桜先輩が真っ先に飛びつきます。

「ナイシュー!天龍ちゃん!!」

あぁ、凄く楽しそうな表情です。弾けるような笑顔って、こんな笑顔なんじゃないでしょうか。

それにしてもテンポの掴めない、鋭い攻撃でした。


自分で言うのもおかしな話ですが、最初からゴールされることが決まっていたかのような攻めでした。

ガックリと項垂れる花見川高校の面々…。

紅月学院戦を乗り越えた私達だから分かります。

気持ちで負けたら、もう勝てないのです。

どんなにピンチでも、劣勢でも、諦めないで戦うことが出来ない限り、偶然や奇跡は起きません。


試合が再開され、圧倒的に攻撃を行う時間が増えました。

右サイドいおりん先輩から、さっきと同じように天龍先輩へパスが出されると、さっき福先輩がやったことと同じパスを再現し、今度はダイレクトで福先輩がシュートを決めました。

4点目は、藍先輩と福先輩が短いパスでサイドを崩し、天龍先輩へパスが渡るかと思いきや、そのまま藍先輩が得点を上げました。

もう一方的です。暴力的です。怒涛の嵐です。

ラストは、4点目と同じことを天龍先輩といおりん先輩がやってみせました…。

桜先輩が、目一杯敵を引き付けたお陰で出来たとも思えます。

花見川高校は、完全に集中力を切らしていました。

ここまで一方的だと、逆に何が何だかわかりません。


そのまま試合が終了し、結局5-0で勝利となりました。

敵校は、ガックリと肩を落とし、皆さん泣いていました。立ち上がれなくなるほどの選手もいました。明日は我が身。気を引き締めなければなりません。

桜先輩は完全復活したとみて良いでしょう。

私の先発は、取り敢えずはなくなりました。けれど、いつ出番がくるか分からなくなります。

いつでも出られるよう、準備をしておかないといけませんね。

それに、私達は誓い合いました。桜先輩を百舌鳥校との対戦に連れていくと。


ベンチに戻ると、ジェニー先輩が駆け寄って桜先輩に抱きつきます。

「やっぱりあなたは凄いね。あっという間に試合を支配しちゃったネー。」

「そんなことないよ。敵が自滅しちゃっただけだしね。だけどこんな大差で勝つことが凄いと思わない?今までにない成果だよ!」

「それはそうだけどさ、今回は別の喜びもあるだろ?」

お姉さまが会話に割り込みます。

「なんだっけ?」

桜先輩は目線を外して考えています…。本当にこの人は…。

「全国大会出場決定だ!」

お姉さまの叫びに、ようやく気が付いたようです。

そうです。私達は、ついに全国への切符を手にしたのです!


「フフフ…。いよいよ全国か。百舌鳥校と早くやりたいぜ。」

天龍先輩も、一段と気合が入っています。

「もう!私は前から、皆となら全国いけるって、優勝するんだって言っているじゃない。」

確かに桜先輩は、11人集まる前からそう言っていたようです。

「そうかもしれませんが、でもやっぱり嬉しいです。」

福先輩が最高の笑顔で答えました。私も嬉しい。一歩一歩階段を上がっている実感が湧いてきます。


「そうだね。そうだったね。百舌鳥校の時は、全国は当たり前だったから、どうも実感がなくて…。エヘヘ…。」

桜先輩は照れ笑いして誤魔化しました。そうかぁ、あの人にとっては当たり前のことなんですよね。

「でもね、今日倒した高校は、千葉県代表1位なんだよ!もう全国レベルの相手と戦っているんだよ。そこと5-0なんて、最高じゃない!」

あっ、そうですね。私達こそ、今日の大勝の意味を忘れていたのかもしれません。

0-5で負けたことは沢山ありますけど、逆のことは初めてです。しかも県代表相手にです。


私達はここにきて初めて、もしかしたら自分達は強いんじゃないかと思い始めたと思います。

紅月学院に勝利し、千葉1位通過の花見川高校にも勝ちました。

そして、3回戦の群馬代表3-0で勝ってしまいました。

いよいよ関東大会決勝を迎えたのでした。

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