第52話『香里奈の初出場』
開会式が始まりました。
関東から16チーム、県を代表して出場している高校が並びます。
私達のチームだけ、異常に人数が少ないです。列の長さが半分以下しかありません。って、コレってきっと、他のチームは3年生だけ並んでいますよね…。
お姉様より背の高い人はほとんどいませんが、桜先輩より背の小さい人はいません。
あの人は常にこんな状況でサッカーをやってきたんですね…。
背が高い人を相手にするという風景は、私は正直怖いと思う時もあります。数字で言えば、桜先輩より数センチ高いだけですから。
「香里奈、行くぞ。」
お姉様の言葉で我に返ります。いつの間にか開会式が終わっていました。前の人に付いて退場していきます。
到着してからバタバタしていましたが、ようやくホッと一息つけるようになりました。
食事を済ませながら、作戦の最終確認をしています。
今日はジェニー先輩が、ホワイトボードを使って指示しています。
「組織的な動きとなると、例えばこうやって攻めてきたり、こうやって守ってきたりするネー。」
頭に叩き込んでおきます。一応戦術とかの本やDVDも観ているので、多少は理解しているつもりです。ただし、こちらが実践するのではなくて、相手がやってくるという事情の違いがありますけどね。
「そうだ。肝心な事を決めていなかった。」
お姉様が立ち上がりました。
「桜の代わりだが…。」
ガタッ
「私にやらせて!」
勢い良く可憐先輩が立ち上がりました。
「可憐…。お前、本当に大丈夫か?」
直ぐに天龍先輩が反応しました。
可憐先輩は…、誰の目にも分かるほど震えていました。
「だって…、桜ちゃんにもらった沢山のお礼を…、今じゃないと…、いや、今しか返せないの!今回だって…、私が原因だから…、だから…。」
「おい、可憐。」
天龍先輩に視線が集まります。
「おめーの気持ちは誰もが理解してやれる。だから、誰もお前を攻めることは無い。だがな、この一戦、「私頑張りたいです」じゃ済まされねーぞ。分かっているのか?」
そうです。桜先輩が居ないことも重なって、失敗は許されないのです。全力を出せないなら、厳しい事を言うようですが、一人少ないハンデを背負ってしまうことになってしまいます。
「でも…、でも…。」
可憐先輩は極度の上がり症から、最初からマネージャーとして参加しています。
だから、試合に出られなくても誰も文句は言いませんし、今のように見るからに無理をしてまで出場させようとは、誰も思っていません。
私は、当然のように自分の出番なのだと、バスの中からそう思って話を聞いていました。
「僭越ながら…。」
だから私も立ち上がります。
「桜先輩含め、沢山の人から、沢山の恩義を返したいと思っているのは、可憐先輩だけじゃありません。私もそう思っていますし、その覚悟も持っているであります!」
そうです。つぐは大での天龍先輩のシュートを見た時、遅い覚悟ですが、自分も腹をくくっています。
桜先輩からの指導は、4月からみっちり受けています。あの人は私のことを、ただの補欠だとは思っていませんでした。その意味は直ぐにわかりました。
何せ部員がいませんから。
だから、いつでも出場出来るよいうに、他の先輩方と同じように鍛えてくれています。
「でも…、私だって…。」
可憐先輩は、もう変な汗をかいています。明らかに挙動がおかしいです。
「可憐、ちょっと来い。」
そんな先輩を、天龍先輩が腕を掴んで引っ張っていきました。
私も慌てて付いていきます。他の人達も付いてきました。
その先は…。
先程まで私達がいたグラウンドでした。
もう観客席には、大勢の人が座り始めています。相手校のベンチ裏には、大勢の生徒さんも来ているのがわかりました。
ちなみに我が校の生徒の応援はありません…。
「おい、可憐!」
天龍先輩の声が聞こえた時、可憐先輩は倒れてまっていました。
お姉様におぶられて運ばれていきます。
「落ち着くまで、少し横になっているんだ。可憐には可憐にしか出来ないこともある。それは皆が理解している。桜に恩返ししたい気持ちも分かるが、可憐にしか出来ない事を精一杯やって、私達を助けて欲しい。だから、ベンチにはきてくれな。」
お姉様の精一杯の優しい言葉だと感じました。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
可憐先輩は、今こそ自分が…って想いが強かったと思います。
「可憐先輩!」
先輩は涙目を腕で隠しながら私を見ています。
「先輩の想いも一緒に、グラウンドに持っていくであります!だから、駄目なところがあったら直ぐにいつものように叫んでください!よろしくお願いします!」
先輩は、また大粒の涙をこぼしました。
「うん…、分かった…。私も皆と一緒に闘う…。」
「頼むぜ、可憐!」
「天龍も、ありがと…。」
「気にするな。仲間だろ。」
「うん…。」
その後チームは最終確認を始めました。
「フォーメーションだが、いつも通り4-4-2でいいか?」
お姉様の問いかけにジェニーが小さく手を挙げた。
「それでOKね。ただし、私が桜のポジションに入るネー。香里奈が私のいるポジション、つまりDMFネー。」
「私が…、でありますか?」
「そうネー。出来る…?」
「勿論であります!私はジェニー先輩のようになりたいと思っているであります!」
「WoW!なら、一つ助言するネ~。」
「はい!是非!」
私はジェニー先輩の言葉に期待しました。
「私の真似をしちゃ駄目ネー。」
「はい?」
それは…、だって…。私は先輩のようになりたいと思っているのに…。
「つまり、私の真似をして、自分を見失っちゃうことね。」
あっ…。
「香里奈にしか出来ないプレーも一杯あるよ。それを追求することも、とても大切ネ~。」
あぁ…。本当に私は馬鹿です。盲目的になって、大切なことを見落としていました。
誰かのモノマネじゃ、駄目ってことですよね。
「とても勉強になりました。凄く大切なことだと思ったであります。」
「分かってくれたなら嬉しいネー。今日はお互い、頑張ろうね。」
「はい!」
試合時間が近づいてきた、そんな頃でした。
コンコン…
突然、控室のドアがノックされます。運営の人かな?とも思いました。
『紅月学院の
お姉様が反応します。
仲間に目線を配り、ゆっくりとドアを開けます。
「桜ヶ丘学園の部長です。わざわざ挨拶まできてくださって、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。」
お姉様は、とても事務的に挨拶しました。まぁ、初対面ですし、こんな感じになっちゃうでしょう。
ところが…。
「あなた達が、桜さんがスランプに陥った原因ね。」
「………はい?」
お姉様は、とても間抜けな感じで聞き返しました。
そりゃぁ、そうでしょう。突飛すぎて、何が言いたいのか、わからなかったです。
「あなた達のせいで、桜さんがスランプに陥ったと聞いているわ。今日は、彼女を取り戻すべく、全力で戦わせてもらいます!ねっ!桜さん!!」
神田さんは、物凄く嬉しそうな顔をして桜先輩を呼びました。
だけど、先輩は…。
「あのー…。桜は病気で今日は会場にすら来ていません。」
「…………。はぁ~?」
今度は神田さんが、こう言っては失礼ですが、とても間抜け面で返事を返してきました。
「えっ?まさか桜さん抜きで、うちらと戦うつもり?」
「えーっと、そうなります。」
神田さんは口元に手をやって、笑うのを我慢しているように見えます。
「ププッ…。ついには体調不良に追い込んで、レギュラーからも外したの?」
ガタッ
部屋の奥で勢い良く立ち上がったメンバーがいます。
これはマズイです。立ち上がったのが天龍先輩だからです。
先輩の武勇伝は、地元の人で知らない人はいないほどです。
「おい!黙って聞いてりゃー適当な事を言いやがって、いい加減にしろよ!」
目がかなり真剣です。その鋭い眼光を受けて、神田さんは後ずさりします。
「適当な事って…。事実でしょう?私は桜さんを取り戻して、一緒になでしこジャパンを目指すの。」
「だいたいよぉ、レギュラーから外すって言っても、俺らマネージャー入れても13人しか部員いねーぞ?桜をレギュラーから外したって、何も得にならねーじゃねーかよ。」
「……………。」
そうです。
準備されていた広い控室は、ちょっと落ち着けないほど広いです。20人、頑張れば30人は入れそうな部屋なのです。
そして、天龍先輩の言ったことはもっともな回答です。神田さんの言うようになったとしても、誰も得をしないのです。
そもそもレギュラー争いが起きてないのですから。
「まぁ、いいわ。どっちみち私達の勝利には変わらないから。」
「そう粋がるなよ。」
天龍先輩は、やけに冷静です。ベタですが、結構煽ってますよ?この人。
「あら?随分余裕ね。それとも諦め?」
「なーに寝言言ってんだ。俺らが勝つからに決まってるからだろ?お前、馬鹿か?」
「なっ!?」
神田さんの顔色が明らかに変わりました。
「はいはーい、そこまで。」
それを止めたのはいおりん先輩です。
「お互い勝ちたいのは同じでしょ。それにね、桜は私達に全て託して病気と戦っているの。私達はその思いに全力で答えてみせる。」
神田さんはフンッと言った表情で、控室を出て行きました。
いったいあの人は、何をしにきたのでしょうか?
「臭うな…。」
「そうね、臭うわネー。」
お姉様とジェニー先輩が反応しているということは…。
「何だよ、あいつもお前らと同じ変態なのかよ。」
天龍先輩の予想は、多分当たっています。
「そうと分かれば、絶対に負けるわけにはいかない。」
「そうね…。物凄く気合が入ってきネー。」
二人の闘志が漲ってきました。
「そうじゃなくても、あんな言い方無いと思います。」
福先輩もやる気十分です。
「ウシッ!いっちょやってやろうぜ!」
「オォォォォォオォッォォォォォォ!!!!」
何故か気合が入ってしまった、桜ヶ丘イレブン…。
でも、私も闘志が溢れています。
そしていよいよ、私のデビュー戦が、重要な戦いが始まりました。
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