第51話『美稲の見た桜ヶ丘の絆』

バスの中は、お通夜状態から一転、活気あるものになりました。

私だって、カーッと燃えるものが身体から吹き出してきているような気がします。

だけど、一つだけ気になることがあります。

私は座席はバスの一番前で後藤先生と座っていたのですが、その先生がさっきから落ち着きがありません。ひっきりなしにスマホをいじっていました。

悪いとは思いましたがチラ見しちゃいます。


!?


どうやら通話状態にしていたようです。それも通話の相手は…、桜先輩…。

今の会話、先輩も聞いていたんだ…。

きっと、嬉しかっただろうな…。

でも、それだけじゃ終わらせません。終わらせたくないです。

私だってバレー部入部事件ではお世話になっていますし、キーパーとして一人前にしていただいた事、そして、こんなに楽しい部活と、素敵な仲間達に会わせてくれたお礼がしたいです!


「そこでだ、まずはどんな戦法でいくか、皆の知恵を貸して欲しい。」

部長は指揮を取るとは言ったけれど、作戦については全員の意見を聞きたいようです。確かに個性豊かな選手が揃っていますからね。

真っ先に小さな手が上がります。

「桜先輩は、相手によって戦法を変える必要があるって言っていました。」

発言者は香里奈ちゃんです。

「そうだな。まずは敵を知り己を知るってやつか。」

泣き止んだ可憐先輩が、涙を拭いて立ち上がりました。

「ぐずっ…、えっと、一応偵察に…、ぐずっ…、行っています…。」

「可憐、頼む。」

彼女は今だ零れ落ちる涙を拭いながら、バックからノートを取り出して、紅月学院の特徴を読み上げていきます。

「んん…。紅月学院は部員数約50人、2軍まであってコートも3面、部室も凄いのが建っていたよ。学校としてもかなりサッカーに力を入れているみたい。今のなでしこジャパンのメンバーにも出身者がいるよ。」

「流石強豪校だな…。」

なでしこジャパンの話を聞いて、キョロキョロと不安そうに仲間を見渡すメンバーもいます。

「なーに言ってんだよ。桜がなでしこに入ったら、俺らの高校だってそう呼ばれるんだぞ。」

「まぁ…、そうなるな…。」

天龍先輩の言葉は、それはそれで凄いことなのですが、何だか急に身近に感じられて、強豪校って言葉だけに不安がっていた自分が、恥ずかしくなるほどでした。


「今年の紅月学院チームの特徴は、ズバリ、エリートサッカーだよ。」

「なんだそれ?」

天龍先輩が質問しました。確かにイメージしにくいです。

「つまり、基本に忠実ってこと。突飛な作戦も特別目立つスタープレイヤーもいないけど、近代サッカーというか、組織的な動きとか得意で、守りも固いけど攻めも充実。つまり、必殺技はないけど、弱点もないわ…。スタープレイヤーとまでは言えないけれど、キャプテンの神田さんはU-17代表に選ばれなかったものの、代表候補の強化選手に入っていたわね。」

「水戸女子の時みたいに、そのキャプテンを封じ込めれば勝機が見えるってわけにもいかなさそうだな。」

「そうね。組織的な動きをするから、確かに司令塔的な役割はあるかもしれないけれど、神田さんが動けなくても周りがフォロー出来る状態だと思って良さそうね。」

「微妙にやり辛いな…。ジェニーはどう思う?」

部長の感想も無理はないです。

「そうネ~。こちらも正攻法では、分が悪いかも。それこそがっぷり四つに組んでは駄目ネー。だから、こちらは変化球で行くべきね。」

「ふーむ、なるほど。具体的には何かあるか?」

「攻めの時間と守りの時間を、仲間や敵の体力を見極めながら使い分けて、精神的に追い込んでいきつつ、隙きあらば一気に攻めるのなんかは有効だと思うネー。」

「ちょっと待ってくれ…。流石にそれは、自分で指揮を取るとは言ったが難しいぞ。」

部長さんとジェニー先輩の話が続きます。

「私もやれと言われればやってはみるけどネ…、自分で言っておきながら、正直自信はないネー…。」

明らかに、桜先輩ならやれるって言っていますよね…。でも今回ばかりはそうは言っていられません。

私はちょっと閃いて、思い切って言ってみることにしました。


「それなら、その作戦をもっと単純にしてみてはどうでしょうか?」

「単純に?」

「はい、部長。例えば前半は徹底的に守って無失点で折り返します。後半は逆に徹底的に攻めるとか。それをもう少し細かく時間ごとにやってもいいと思います。」

「なるほどな。本来ならばお互いの状況を見てやるのが有効らしいが…。どうだろうか?他の人の意見も聞きたい。」

「大雑把だけど、良いと思うネー。」

「正直うちらはさ、戦略というか作戦というか、そういうのは桜に一任しちゃってたじゃん?いいかどうか聞かれても、よくわからない人の方が多いと思うよ。」

いおりん先輩の意見に、頷く人も少なくありません。

「よし。迷っていても仕方ない。前半と後半で攻めるか守るか切り替える作戦でいこう。ただし、前半の様子を見て、後半は微調整する。これでどうだ?」

「良いと思うネ~。複雑な作戦は失敗すると取り返しがつかないネ。」

ジェニー先輩の賛同を得て、大まかな作戦は決まりました。やはりワールドカップ経験者の意見は貴重で頼りになります。


「では、その作戦内容だが、前半に攻めるか守るかを決めよう。」

「一応補足しておくネー。前半攻めて後半守るパターンは、前半のうちに得点し精神的に優位に立てられる。そうすることにより後半攻めきれなくても、相手がじれったくなった時に反撃をすれば、追加点を取りやすいと思うネー。逆に後半攻める場合は、前半無得点で折り返せれば、あれだけ攻めても点が取れなかったという状況で精神的に追い込められる。後半一気に攻めれば、これを防がないと、いつ点を取れるか分からないという風に感じるだろうネー。」

「前半がポイントになるのは分かった。だが、前半攻めて点が取れなかったり、守って点が取られたらどうするんだ?」

天龍先輩からは皆が思った意見だと思います。

「そうね…。さっき部長が言った通り微調整が必要ね。前半攻めきれなければ、後半守りながらも、別の攻め方も考えなくてはならないネー。攻撃陣の負担は相当なものになるはず。前半守って失点したら、それこそ死ぬ気で攻めないと駄目ネー…。」

「どちらも一長一短だな。今の説明を軸に、多数決をとる。」

「はーい。」

「それでいいんじゃねーの?」

「よし、では前半攻めて、後半守る作戦が良いと思う人、挙手!」

何人かの手が挙がりました。しかしこれが意外な結果でした。

「えーと、天龍、フク、ジェニー、ミーナ、リク、可憐か…。6人だな。」

「ちょっと待って。」

可憐先輩からです。

「そしたら逆のパターンも6人じゃない?」

「ん?私と、藍、ソラ、ウミ、いおりん、香里奈…。あっ…。」

こんな事ってあるのでしょうか…。きれいに票が割れてしまいました。


「三姉妹の意見も割れるなんて…。」

藍先輩の意見です。確かに、あの三姉妹が別々の意見をするのを初めてみました…。

それほど状況は拮抗しているのだと思います。

これはまとめ役の部長さんが可哀想なぐらいです…。

暫く沈黙が流れます。

バスは高速道路を降りて、そろそろ会場が近い事を意味していました。


そんな時です。

「おっほん。」

突如隣から、わざとらしく大きな咳をしたのは後藤先生でした。

「以前から桜に言われているのだが、俺も、桜ヶ丘女子サッカー部の一員だったはずだな?」

「ったりめーだろ。竜也がいなかったら、この大会にすら出場出来なかったんだぞ?」

天龍先輩の発言は、中央公園での襲撃事件をさしています。

あれ?私は気になって先生の手元を見ていました。

どうやらさっきから通話状態にしたまま、SNSで誰かとやりとりしているみたいです。

まさか…。

「では遠慮なく1票入れさせてもらおう。前半は攻める作戦を推薦しよう。」

「先生もしかして、戦略とか練ってくれていたんですか?」

フク先輩から好奇の眼差しが飛んできます。まぁ、普通のチームの監督ならば、そうですが…。後藤先生はぶっちゃけると素人同然ですから…。

「一応俺も、ハーフタイムや試合後のホワイトボードでの総括を聞いていたしな。思うところはある。」

「聞かせてください!」

先生は咳払いしながら手元のスマホをチラチラ見ていました。


「まずは我がチーム、今は守備が目立っているが本来は攻めのチームであると思う。なので桜がいないこの状況ならば得意な方から仕掛けるのがベターだ。」

チラッ…

「勿論桜がいての攻撃力と思う奴もいるだろう。だがそれでも攻撃的だと判断する。」

チラッ…

「それと、もしも攻めきれなかったとしても、失点さえしなければリスクは下がる。攻撃陣は更に辛い状況になるかもしれないが…。」

チラッ…

「PK戦まで含めた引き分けも視野にいれて、後半は絶好調の守備陣に奮起してもらうという、更にリスクを下げることも出来る。PK戦でも何でも勝てばいいのだろう?」

チラッ…

「それに、延長戦を迎えることができたならば、更に作戦を練る時間も出来る。そこまで来たなら、お前達なら十分乗り越えられる。俺はそう信じている。」

先生…。完全にカンペ読んでるってバレてるよ…。

「わーた、わーった。竜也の言いたい事は分かった。それに、最後の一言で十分だ。そうだろ?」

天龍先輩の言葉に、部長やジェニーは笑顔で視線を交わしていました。

「えっ!?なんでですか?途中の意見だって、凄く僕達を見ていてくれた内容だったじゃないですか…キャッ!」

「おめーは引っ込んでろ。」

「天龍先輩!お尻つねらないでください!そんな趣味があったんですか?」

「なら、ぶっ飛ばした方がいいか?」

「あっ、いえ…。」

「いいから一度座れ。」

フク先輩以外、みんな気付いています。後藤先生が桜先輩からアドバイスもらっているって気付いています。そのうえで、私達なら乗り越えられるって、信じてくれているって伝えてくれたんです。

こんな心強い言葉はありません。私も少しウルッてきちゃいました。


「よし、多数決により前半は攻めて、後半は守備に重点を置くこととする。前半1点でも取れれば御の字だし、取れなくても後半チャンスはまだある。それにPK戦まで視野に入れてペース配分には気を付けること。今回攻撃陣は体力勝負になるが、それを支えるのは守備陣だと思え。いいな!」

「「「はい!」」」

バスの中は良い雰囲気となりました。確かに桜先輩が居ないという不安感は拭えません。だけど、誰もがあの人に勝利をプレゼントしたいと思っています。更には、今回の不遇をチャンスだと捉えて、更にレベルアップしようとしています。

最初はどうなるか分かりませんでしたが、今は早く試合がしたいと思っています。

バスは大きなスタジアムの駐車場へと到着しました。

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