第50話『莉玖の見た桜ヶ丘の絆』
関東大会へ向かうバスの中は、まるでお通夜のようだった。
(
(流石に今回ばかりはマズイよ…。)
妹達、
それもそのはず、今日の午前中は関東大会開会式が行われ、午後からは早速試合が始まる。
その第一試合は、我らが桜ヶ丘学園と、東京の古豪にして強豪で、関東大会優勝候補の
関東大会への出場高は、全部で16チーム。トーナメント形式で、上位7チームまでが全国大会への出場出来ることになっている。
つまり、初戦を勝てば、ほぼ全国への切符を手にしたことになる。
初戦を勝てばベスト8だからね。その中の7チームが全国へ行けるんだから。
だから初戦が重要になってくるのは、誰の目にも分かる。
それが関東で一番の強豪校だとしても、私達は怯んだりしない。
だけどそれ以外のことで、大問題が勃発しちゃった。
その問題を前提に、今日の試合をどうしたら良いか、会場に向かうバスの中で検討会を開いたつもりが、あまり良い案も出ず、結局お通夜のようになってしまっていた。
いつもは冗談混じりで、ムードメーカー的な部長も俯いている。
破天荒で超ポジティブの天龍も、そっぽを向いて窓の外を見ていた。
陽気なジェニーも、冷静ないおりんも、誰も彼もがどうして良いか意見すら出ない。
コレはマズイ。
それは誰もが思っている。だけど、どうしたら良いか答えがでないよ…。
「部長…。どうすんのさ。今日の試合。」
いおりんがたまらず声を上げた。
「どうするったって…。やるしかないだろ…。」
部長さんも今日ばかりは具体的な案を出せないでいる。
「おいおい、そんなんじゃ勝てないだろ。今日は封印を開放する。それっきゃねーだろ。」
天龍の意見は誰もが納得するほどの意味を持っている。
だって…、今日の試合には…。
「それでは駄目ネー。桜が半年以上かけて積み上げてきた物が、全てアッパッパーになってしまうネー。」
ジェニーの回答に、天龍が席から立ち上がった。
バスは高速道路をひたすら真っ直ぐ走っていました。
「だけどよ、負けたら終わりなんだぜ?しょうがねーだろ、桜がいないんじゃよー。俺達だけで、強豪の紅月学園とやらに勝てるのかよ?」
そう、今日は桜ちゃんが居ないのです。
「ご…、ごめんなさい…。私が余計な相談を桜ちゃんにしたから…。こんな大事な時にしたから…。」
「可憐のせいではない。自分を攻めるな。」
部長の声も届かないぐらい、可憐は大粒の涙をこぼしながら、ずっと泣きっぱなし。
「私が夜に桜ちゃん呼び出して練習に付き合わせたから…、だから桜ちゃん高熱だして…。」
そう、桜ちゃんは40度近い熱が出て、今日の試合には出られなくなった。
なかなか来ないので心配していると、桜ちゃんのパパさんが来て事情を説明してくれた。今は病院で点滴を受けているみたい。声も出ないぐらい酷いって…。
その衝撃は、桜ヶ丘学園女子サッカー部を、根本からひっくり返すほどの大事件だった。
「だからよ、今日は封印を解除して全力で勝ちに行く。全国では、そのうえで更に努力するしかねー。こればっかりはよ、想定外だろ?しかたねーだろ?」
天龍は勝ちに拘っていた。それもわかる。だって、負けたら桜ちゃんはサッカーをやめると宣言しているのだから。
「私の意見はノーだネー。ハッキリ言う。今、手の内を見せたら絶対に百舌鳥校には勝てない。断言するネー。関東大会、それも優勝候補の高校の試合は、絶対に奴らの偵察がいるはずネー…。」
「じゃぁ、どうしろって言うんだ?ここで負けろってか?」
私は決断する。このままでは桜ヶ丘は、闘う前に瓦解してしまう。
「ちょっと待って!」
座席の間の通路、バスの真ん中に歩み出る。
「桜ちゃんがいなくて不安なのは誰もが同じ。ここはまず冷静になろう。」
「リク…。じゃぁ、てめーはどういう考えなんだ?」
天龍が私にも噛み付いてきた。
「天龍。あなたがそれだけ苛ついているのは、普段からのプレッシャーが大きいからだと理解しているつもり。」
「はぁ?そんなもんねーよ。」
私達の会話に福ちゃんが絡んできた。
「僕は、それが分かります。あの桜先輩の絶大なる信頼を得ているのです。その期待に応えないといけない天龍先輩のプレッシャーは相当なものだと、常日頃思っていました。だからピリピリする気持ちも僕は分かります。」
「………。」
後輩からの言葉に天龍は何も言わなかった。図星だったのだろう。
桜ちゃんの要求していることは、もう高校生レベルじゃないから。それに応えて結果を出してきた天龍は凄いと思うし、正直尊敬すら出来る。
「私は、最近桜ちゃんが口にしている絆サッカーが、今こそ試されている時だと思っています。」
私の言葉に何人かの仲間は顔を上げてくれました。
「一つずつ、やるべき事を確認して、一つずつ決めていこうよ。」
妹達が立ち上がった。
「お姉ちゃんの意見に、今回だけはのってくれませんか?」
「ここにいる全員は、思いは同じなはずです!桜ちゃんに勝ったよって報告したいはずです!」
天龍は、サッカーを始める前の野獣のような眼光をしていた。
「その結果、封印を解くという結論に達したなら文句はないな?」
「勿論です。」
私はその眼光を受け止めた。天龍だって真剣なんだ。百舌鳥校との戦いも、諦めた訳じゃないんだ。
「その前に…。」
鋭い眼光は可憐ちゃんに向けられた。
「可憐!まずは泣くのをやめろ!うっとおしくてしかたねー!」
「ヒィィィ!!!」
余計に顔を埋めて泣いてしまった…。あの顔で怒鳴られれば誰だって泣きたくなるよ…。
「天龍、待って。今落ち着かせるから。誰もがあなたのように直ぐに割り切れる訳じゃ無いよ!」
いおりんが珍しく声を張り上げる。その意外な行動に天龍も腕組をして席に座る。
「ごめんなさい…。本当にごめんなさい…。」
「おめーのせいじゃねーって、ここにいる全員がわーってる。だから泣くんじゃねーよ。」
「ぐずっ…。」
「だいたい桜が馬鹿なんだよ!本当にサッカーが好きで、俺らが好きで…。このチームで百舌鳥校に勝ちたいって…。あの馬鹿…。クソッ!」
誰もが俯いて、桜ちゃんの事を考え出す。絶対に彼女は悔しがっているはずだって、皆分かってる。
また重たい空気が漂ってきたことを感じた。
だから思っていることを全員に伝えた。
「一番泣いているのは…、桜ちゃんだと思う…。」
私の声に全員が顔を上げた。
「だよねー…。」
藍ちゃんも納得しているようだった。
「部長じゃねーけどよ、俺はあいつを泣かす奴らをゼッテー許さねぇ…。絶対にだ!馬鹿ばっかやってた俺に、こんなすげー面白えことを教えてくれたんだ。ボロボロにされるのを覚悟でな!俺はその覚悟に答える義理がある!だから絶対にあいつを百舌鳥校の前に引っ張り出して、思う存分戦わせてやりーんだ!今ここで負けるわけにはいかねーーーーんだ!!!」
天龍…。あんたそんなことを…。
「うむ、天龍の言う通りだ。」
今まで静かに俯いていた部長が立ち上がる。
「ここまで勝ち上がってきて、ふと桜が来た時の事を思いだしたんだ。何で桜ヶ丘学園に来たのかってな。」
彼女の言葉は思いがけないものだった。自分は考えたこともなかったから。
「アイツほどの実力があれば、もっとサッカーの強い高校に行っても良かったじゃんってな。シュートが撃てなくても、直ぐにレギュラーになれただろう。」
確かに…。
「でもあいつはココにきた。本当は楽しくサッカーが出来れば、桜は満足だったのかもしれない。そのつもりだったのかもしれない。高校卒業後、桜の実績をもってすれば、大学推薦だってプロの道だってあるだろう。高校生活残り1年、のんびりサッカーを楽しめればいいってな。」
そうか…。
「だけど…、それでもあいつは私達に出会って、百舌鳥校を倒したいって言った。楽しくサッカーやるだけなら言わなくても良かったはずだ。」
もしかして…、それは…。
「そう、私達に可能性を見出したからだと思った。最初は小さな可能性だったかもしれない。だけど今はどうだ?県代表1位通過、つぐは大にも勝ったことがある。これを、どう受け止めたら良いか、私は自分なりに考えていた。」
顔に似合わず…って思ったけど、これは後で伝えよう。
「私達はさ、桜がいくら『大丈夫』って呪文のように言っていても、どこか信じられない部分もあったと思うんだ。そんな馬鹿な、たった1年で何が出来る?ってな。だけど結果はさっき言った通り。ここまでだって十分過ぎるほどの成果だと、個人的には思った。」
「部長!てめー!」
天龍が殺気立つ。部長が諦めたように見えたから。
「天龍、最後まで聞くネ。」
それをジェニーが沈める。部長は真剣な表情でジェニーに向かって小さく頷いた。
「だけどな、私は欲張りだから、この先も見てみたいと思っている。」
グッと拳を握る部長。
「そして、高校女子サッカー界の無敵艦隊とまで呼ばれる百舌鳥校に挑戦してみたいと、心の底から思っている。半年前には想像も出来なかったことだ。」
握った拳が小刻みに震えていた。
「だったら、勝つしかねーだろ。」
「うむ、天龍の言う通りだ。だけどな…。正直に言う。あの15分の、百舌鳥校とつぐは大の対戦を見た時直感した。勝てる気がしないと…。だから!」
彼女は部活始まって以来の真剣な表情をしていた。
「今日の試合。桜がいても辛い状況なのは全員知っている。だけど、この状況…。私に、いや、私達に訪れたチャンスだと思っている。」
「チャンス?」
私は堪らず訪ねた。
「そうだ。私達が更にステップアップする為の、最後の試練。桜の、そして私達の夢を叶える為の、最後のチャンス。そう思ったんだ。」
「部長…。」
あの部長が、こんな事を考えていたなんて…。
「今日の試合に負けられないのはわかっている。だけど、これから先、全国に出る事になればもっと辛い試合が待ち受けている。だから…。だからどうか…。」
部長は泣いていた。
「こんな頼りない部長だが、今日は私に指揮を取らせてくれ!皆の想い、私に預けて欲しい!」
そして深く頭を下げた…。あんたって人は…。
私は真っ先に立って、思いっきり拍手した。
全員が立ち上がって拍手した。泣いている娘もいる。
「そして桜に、自信を持って言ってやりたいんだ…。百舌鳥校なんかぶっ倒してやろうってな。」
そう言って顔を上げた部長は、大粒の涙をこぼしながら爽やかな笑顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます