第44話『桜の挑戦』

午後からはスタンドで予選トーナメントの二回戦を見学したよ。

対戦は水戸女子高と常陸那珂高校の戦い。

もちろん両校とも何回も戦っているよ。

個人的には水戸女子の方が実力があると思っている。実力が安定して出せるって意味が大きいかな。キャプテンは大柄でセンターバックの本間選手。彼女の守備は定評があるし、作戦実行力も高い。オーバーラップまでしてくるの。今ではあまり見られない、リベロっていうプレースタイルだね。

良くも悪くも本間さんを中心としたチームだけど、うまく機能していて、チームは一致団結しているかな。

対する常陸那珂は、突出した選手はいないけど色んな戦術を使ってくるの。中には失敗する時もあるけれど、決まると得点に結びつくことも多く、とても癖のあるチームかな。


試合が始まる。

ボールは常陸那珂からだ。

「こうやって、他の高校の試合を見るってのも何だか新鮮だな。」

天龍ちゃんがそんな呑気なことを言っている。でも、そうかもね。

「つくばFCのホーム試合は全試合見てるけどね。」

私はそう返した。

「でもそれはプロの試合だろ?」

「まぁ、そうだけどね。ふふふ。でも、よく見ておいてね。勝った方と明日試合するんだから。」

「わーってるよ。」


直ぐに試合は動いた。先に仕掛けたのは常陸那珂だ。

右サイドをウィングがドリブルで駆け上がる。中央の選手と細かい連携をしながら進んだけど直ぐに阻まれてしまう。そこへ守備的MFが背後を走りぬけ、そこにパスが渡った。

だけど彼女も途中で止められてしまう。パスを渡したウィングの選手がフォローに行くけどマークが厳しい。そこへ更に背後をSDFの選手が走り抜けパスが渡る。

「三段構えかよ!?」


天龍ちゃんの指摘通りだね。見事に決まりサイドを深くえぐられた。

これはチャンスになる。

慌てて守備陣が追いかけてきたけど、突破した選手は余裕を持ってクロスを上げてきた。

だけど、水戸女子の本間さんにヘディング勝負で負けてしまった。というか、仲間すら蹴散らす勢いで突っ込んできた。凄い闘争心だ…。しかも、このCBがいるのだから空中戦はちょっと失敗だったかも。

すぐさまこぼれ球を、常陸那珂が三段構えで崩してきた左サイドへ蹴りだす。こちらは選手が入り乱れていつものポジショニングになっていない。


「容赦ねーな…。」

両校の選手が入り乱れながらも、何とか攻撃を跳ね返しす。

「ひゃー、熱いねぇー。」

試合は常時こんな感じでめまぐるしく展開していった。

前半は0-0のまま終了。だけど、どっちが勝ってもおかしくないよ。

「こうやって同年代の試合を見ると、色々と考えさせられちゃうね。」

藍ちゃんがそんなことを言っていた。

「自分ならどうしたかとか、桜ヶ丘ならどう攻めた、守ったかっていうのは考えちゃうよ。」

可憐ちゃんが答えた。確かにそうかもね。


試合が動いたのは後半10分。常陸那珂の攻撃が失敗して、中途半端なところでボールを取られちゃった。そこを水戸女子は逃さなかった。サイドに振って攻撃をしかけると、本間さん自らゴール前に駆け込む。そしてクロスが上がると、そのままヘディングで押し込んだ。

高々と右手を上げるキャプテン。

「なんちゅー奴だ…。」

これにはさすがに天龍ちゃんも呆れていたよ。失敗したら守備ががら空きになるからね。


「でも、ここで決めるって気迫が生んだゴールかもね。」

結局そのまま1-0で水戸女子が勝ったよ。でもいい試合だった。決めきれなかった常陸那珂だったけど、攻撃のバリエーションは多彩だったし、どれかが決まっていてもおかしくはなかったよ。

結果論だけど、バリエーションが多すぎて、どの戦法も中途半端になってしまっていたことかな。3つか4つぐらいに絞り込んで極めると共に、臨機応変な対応も検討していたら良かったかも。

これで明日の対戦は水戸女子と決まった。


「よし!早速対応を考えよう!」

部長は珍しく先導する。そっか、相手のキャプテンのディフェンダーを見て興奮しちゃったかもね。あれだけチームを動かして尚且つ自分も活躍したいという思いはわかるよ。


宿舎に移動してからは、ホワイトボードを使って攻めのパターンと、相手キャプテンが攻めて来た時の対応の確認。高さを活かすために、サイドからクロスを上げて来る可能性が高いので、SMF、SDFの4人にはクロスを上げさせない守備の方法を確認したよ。

仲間からは、こういう時はこうしたらどうかな?とか、敵の守備を崩すためにはどうしたら良いかという意見も出てくる。

自分なりの意見をはさみつつ、良いと思ったことはどんどん実行するように伝える。

やってはいけないことも確認する。特に、相手ゴール前での空中戦では分が悪いとかね。


ある程度まとまったところで夕食となった。茨城は海あり山ありで食べ物が美味しい。

秋の足音が聞こえるこの時期も、豪華な料理が並んだ。

食事は凄く満足したのだけど、その後のお風呂は、部長とジェニーに追い掛け回されて大変だったよ…。


そして翌日。

試合は午前中に行われることになっているよ。敗れたチームは帰る都合もあるからね。

負けたら終わりっていうのは、こういうところにも出ているのかも。

この試合に勝てば、今度は茨城大会決勝リーグ戦となる。今季各種大会で優秀な成績を収めた3チームと、今やっている予選トーナメントの優勝高の、合わせて4チームが戦うの。上位2チームが関東代表に出られるよ。


ニユフォームに着替えてピッチに集合する頃には、ほどよい緊張感に包まれていた。ウォーミングアップを始めると皆の顔付きが変わる。

試合開始10分前。

ベンチ前に集合をかけて、試合前のミーティング。昨日の対水戸女子戦用の対応策を、ホワイトボードを使って再確認しつつ、皆の体調なんかを確認。うん、大丈夫。

「選手はグラウンドに集まってください。」

運営の人から声がかかった。

「よっしゃ!やるぞ!」

「頑張ろうね。」

それぞれが声を出しながらピッチへ入っていく。私はいつものようにライン際で止まり空を見上げた。

お母さん、今日も見ていてね。


挨拶、コイントス、礼が終わり、ボールは桜ヶ丘から。すぐに円陣を組む。

「今日はとにかく相手のCBの本間さんに注意ね。油断せずいつもの私達でいきましょう!」

オォゥ!!!

「舞い上がれ桜ヶ丘!!!」

「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」

ピッーーーーーーーーー

長い笛が鳴り響き、試合開始を告げた。


私は天龍ちゃんからボールを受け取ると、思い切ってドリブルで前に出る。普通なら後ろのジェニーにパスを出して、仲間がある程度攻撃的なポジションに移動してから、パスを出したりして試合が動いていくの。

だけど、そんなのお構いなしに前へ突き進む。水戸女子チームに緊張が走った。慌てて私を取り囲もうと群がってきた。

二人、三人と集まってくる。もう少し…。もう少し…。

必死になってボールをキープし、パスを出すフェイントやドリブル突破しようとするフェイントで惑わしながら踏ん張る。

!!

業を煮やしたのか、敵の本間さんが私にどんどん近づいてきた。今だ!


ヒールで左後ろに蹴りだした。そこにはジェニーが走りこんでくる。彼女はすぐに右サイドの藍ちゃんへ長いパスを出した。

浮足立っていた敵ディフェンダー陣が突然動いたボールに対応しきれていない。藍ちゃんはボールに追いつくと直ぐにクロスを上げた。

そのボールに福ちゃんが飛びつく。直接ゴールを狙う。

「のわっ!?」

強引に割って入ってきたのは水戸女子CBのキャプテン本間さんだ。彼女の体格差に負けてしまった。


ボールはゴールラインを割り右側からのCK(コーナーキック)となった。

蹴るのはジェニー。私はショートコーナーをする振りをして敵に見えないように右手で自軍を指差した。彼女は直ぐにその意味を理解する。

敵が来たのもあってゴール前に戻る。ちょこまかと動きまわりながら敵を翻弄していく。

ジェニーは左足のアウトサイドで、フォアサイドへボールを上げる。回転がかかりゴールから離れるような起動を描く。

水戸女子キャプテンは、相変わらず敵味方関係なくボールへ飛びついていく。


「ウォォォォォォ!!!!!」

雄叫びを上げながら突っ込んできたのは部長だ!

大柄な選手同士が激しく空中戦で勝負する。

ボールはポストすれすれを飛びながら外れた。

二人はもつれ合うように倒れたけど、部長は直ぐに起き上がり、急いで自分のポジションへ戻っていった。


水戸女子には少なからず動揺が走ったみたい。自分たちの精神的柱であるキャプテンと互角の空中戦が出来る選手がいる。しかも同じCBというポジションなのだ。比べるなという方が無理だし、どうなってしまうのかという不安はあると思う。

実は得点が出来なくてもいいから、部長がゴール前で水戸女子キャプテンと競り合うというシナリオは考えていたの。

そうすることによって、今のような動揺を与えたかった。今のところはそれが上手くいったみたい。


サッカーって格下と言われる実力のチームが、格上と互角に勝負しちゃうことって割りとあるんだよね。しかも勝っちゃったりするんだよ。

そこもサッカーが面白い要因の一つだと思うのだけど、ここには大きく精神的な要素が絡んでいると思うの。

例えば油断や動揺とかね。


だから、ここは私達が大きく一歩リードさせてもらうよ。

だけど水戸女子は粘り強く対抗してくる。

起点となる私とジェニーを集中マークし、中央はゾーンディフェンスに徹する。

ゴール前はキャプテンの高さを活かした空中戦と、なかなか手ごわいよ。

両者見せ場のないまま前半は0-0で折り返す。

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