第37話『桜の桜吹雪』

後半が開始する。

暑さと合宿での練習の疲労が重なってきて、体力的には辛いところかも。

「足止まってんぞ!!」

「声を出していくネー!!」

だけど励まし合いながら試合は動いていく。

つぐは大はリーグ戦にも出ているだけあって、このような環境や気候の変化にも対応出来ているのがわかる。いつも通り鋭い攻撃を何重にもしかけてきた。

なんとか耐え忍んでボールを奪ったリクちゃんが、ミーナちゃんへバックパスを出した。


その時。

風が吹いたような気がした。

何かが来た感触。

私は咄嗟に叫んだ!

「行くよーーーーーー!!!!!!」

高々と右手を上げて人差し指で天を指差した。

全員の視線が集まる。

そして私も直ぐに走りだした。つぐは大は何が何だか分からないまま、近くの選手をマークし始める。

ボールはミーナちゃんから部長へ、そしてツータッチでソラちゃんへ渡り、同じようにウミちゃんへ。

敵のフォワードがチェックに来ようとしたけど、ツータッチでジェニーへパスが渡る。トンッと綺麗にトラップすると敵が向かってくるなか右MFのいおりんへ大きめのパスを出した。

ライン際よりもかなり内側だったけど、まるで打合せしていたかのように彼女はボールの落下点に来ている。そして同じくツータッチで、左サイドの藍ちゃんへパスがいった。

ドリブルを警戒したつぐは大をあざ笑うかのように、トラップの後直ぐに同サイドの前線へパスを出す。

そこには福ちゃんが待ち構えていて、敵と競り合いながらヘディングで私へバックパスする。田中さんが駆け寄ってきてボールを奪おうと待ち構える。

!!

彼女の股下へ右足のアウトサイドでダイレクトパスを出した。

ワンバウンドしたボールは右へ曲がりながらゴール前に転がっていく!

ドンッ


ピピッーーーーーーー

天龍ちゃんの走りこんでのゴールが決まった。彼女はセンターサークル付近からほぼ全力でここまで走りこんできた。まさにギリギリだったよ。

「ヨッシャァァァァァァァァ!!!」

軽くジャンプしながらガッツポーズも決める天龍ちゃん!飛び散る汗が眩しい!

「ナイスシュート!!」

私は彼女に駆け寄り一番に抱きついた。

「決まりました!決まりましたよ!!」

福ちゃんは興奮気味に喜んでいた。

「やれば出来るものね…。」

いおりんは半分呆れていたみたい。そうだよね、昨日話していた時は夢みたいな、漫画に出てきそうな戦法だと思ったもんね。

自陣に戻ると直ぐにジェニーが走ってきた。

「エクセレント~!!!」

そして私に思いっきり抱きついた。く…、苦しい…。胸に押しつぶされる…。

「It’s great!!!」

ん~とか言いながら頬をすり寄せて、興奮を隠さないジェニー。だけど私はそれどころじゃない。背中を軽く叩く。

「oh~…。」

「ふぅ~。窒息しちゃうよー!」

「ごめんなさいネ~。でも、とても嬉しかったのデース!こんなことが起こるなんてミラクルデース!」

「ふふふ。そうかもね!でも、桜ヶ丘だからできたんだよ!皆がいたから、だから…!」

私は感動で涙がこぼれてきた。

今までにない一体感。何かを掴んだような瞬間。これが私が求め続けてきた絆のサッカー。


「もう1回いくよーーーーー!!!」

私は精一杯右手を上げて皆に見えるようにして叫んだ。

「オオオオオォォォォォォォォ!!!」

それからも何回もチャレンジした。むしろ一度成功したことによって感覚というか、何というか、手探りだったものがハッキリと見えたような感じかな。

試合が再開されると、疲れなんか吹っ飛んじゃったかのように仲間達が駆け巡る。

何度か挑戦してみて分かったこともあるよ。

シュートにもっていけなくても、要所要所で使うことも出来る。

窮地を脱出する時、攻めていたけど追い詰められた時や、逆にチャンスを作りたい時など、色んなところで使えると思う。

結局試合はそのまま1-0で終了した。

最後に勝てて良かったかも。


「いや~、負けちゃったよ。割りとガチだったんだけどなぁ。」

田中さんはそう言いながらも褒めてくれた。

「ありがとうございました。色々と勉強になりましたし、それに、何か大切な事を掴んだ気がします。」

「うんうん、特に得点した時のパスは凄かったよ。あれって練習していたの?もしかして桜ヶ丘の秘密兵器だったりする?」

「えっと、昨日の夜思い付いて、思い切ってやってみたんです。」

「えぇ…。思いつきなの…?しかも昨日?」

「はい!」

「まぁまぁ、いっか…。あれは桜ちゃん達の大きな武器になるよ。でも…。」

田中さんは真剣な表情をしながら小声で耳打ちしてきた。

「それ以外は百舌鳥高が上だからね。心してかかるように。応援してるから。」

「分かってますよ。大丈夫!まだ少し時間もありますしね。ニシシー。」

「色々と企んでる悪い女の顔だ。」

「それは酷いですよー。だって百舌鳥高は、まともにぶつかって勝てる相手なんて、日本中探してもあるかどうかってチームですから。やれることは全部やって挑みます。」

「そうね。大学リーグだって優勝出来る勢いだったよ。」

「ですよね…。普通なら弱点とかあるんですけど…、完璧な技術、完璧な連携、完璧なペース配分…。どこにも弱点なんて無いです。どんな弱小にも全力で襲いかかるので油断も慢心もないです。唯一私達にあって百舌鳥高に無いのは、絆だけです。だから、だから私は絆のサッカーを目指しました。」

「あらら。じゃぁ、どうするのさ?絆だけじゃ勝てないでしょ?」

「奇跡を起こしてみせます!」

「へっ!?」

「だから、奇跡ぐらい起こせなかったら勝てないのです!」

「はぁ~…。まぁ、あながち間違ってないかもね。奇跡を起こす桜ヶ丘。奇跡を起こす桜ちゃん…。『奇跡の桜』ってところね。」

「奇跡の桜…。いいですね!それでいきます!」

「うんうん。まずは県予選勝ち上がりなさい。そしたら関東大会までの少しの間、また合宿しましょ。関東大会から決勝までは時間もないし年末絡むから、最後の調整はそこしかないからね。私も監督にお願いしておくから。」

「あ…、ありがとうございます!」

私は深々とお礼した。


「実は私も見てみたいのよ。」

「ん?」

「『奇跡の桜』ってやつ。」

「ニシシー。どうなるかはお楽しみです。では、また午後お願いします。」

「そうね。」

手を振って別れるとベンチに向かう。

チームメイト達は大いに盛り上がっていた。そりゃぁ、あの1点は凄かったもんね。

「桜!どうしちまったんだ?俺達は?」

天龍ちゃんは大はしゃぎだね。

「そうだね。これこそが百舌鳥高を倒す方法だよ。私達の必殺技!」

笑顔がパーッと広がる。皆嬉しそう。そうだよね。やっと頼れる物ができたんだもん。技術も連携も戦術も、どう考えても格下で、何を信じて戦えばいいのかすら見えなかった。

私は絆を強調してきたけれど、やっぱり目に見えないものにすがるのは難しいと思う。


「先輩!あの戦術に何か名前付けましょうよ!」

福ちゃんもはしゃいでいた。

「『トルネード』とかどうだ?何かそんなイメージだろ?」

「えー、ダサいよー。」

天龍ちゃんの意見はいおりんによって即却下される。

「じゃぁ、『桜ヶ丘トルネード』でどうだ!?」

ドヤ顔で披露するけど、ちょっと違うような…。

「なんでトルネードなのよ…。」

「長いぞ。もう少し簡素な方がいいと思うぞ。」

部長が気になる部分を指摘する。

「名前が長いと結局略しちゃうんじゃない?」

可憐ちゃんの指摘に誰もが納得した。そうだよね。

「桜先輩はどうです?」

ミーナちゃんから無茶振りがきたよ…。

「えぇー…。こういうのは慣れてなくって…。」

「試しに一つ言ってみるネー!」

ジェニーに言われて少し考えた。

「じゃぁ、『桜吹雪』で。」

皆の表情が一瞬固まった。そして顔を見合わせた。

「はい、決まり。」

いおりんが賛成すると、みんな拍手してくれる。

「えっと…。いいの?」

「いいのいいの。シンプルだし、桜ヶ丘のイメージにも合うじゃない。」

そう言って笑ったいおりん。

「そ…、そうかな?」

でも誰も否定しなくて結局あの技というか戦術の名前は『桜吹雪』に決まったよ。


話も落ち着いたところで、お昼ご飯になった。

だいたい食べ終わった頃に田中さんが前に出てきたよ。

「午後は軽く汗を流したり、気になるところがあれば個別練習とする。疲れもあるだろうから、無理はしないように。後、この前の百舌鳥高との練習試合の盗撮映像を流す。みな参考にしてくれ。」

「盗撮?」

隣の藍ちゃんが聞いてきた。

「そうね。百舌鳥高は練習試合の撮影は許可しないよ。」

「隠れて撮影したので、まともに見れる部分は15分ぐらいしかない。だけど、良かったら参考にしてほしい。我がチームにおいても反省すべき点は、あの試合でかなり見られたはずだ。」

前面の天井から電動でスクリーンが降りてくる。同じく天井に取り付けられているプロジェクターから映像が映しだされるのと同時にカーテンが閉まり明かりが自動で消えていく。

それから映しだされた映像は衝撃的だった。

誰もが食事をしていたことを忘れるほどの内容だった。

彼女らに勝つには…。やっぱり奇跡を起こすしかないのかも知れない。

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