第32話『田中の初夜』
県内の海の近くにある、私達つぐは大の合宿所。夏は毎年ここで合宿を行っている。
「田中先輩!もう直ぐ桜ヶ丘来るみたいですよ。」
後輩からの連絡だった
本来ならば、大学チームを誘って合同合宿したり、練習試合を組んだりするのだけど、今年は異例中の異例。桜ヶ丘学園のチームとの合同練習となっているよ。
8月に入って暑さは増々強くなってきたかな。来る途中は、バスの窓を開ければ蝉の声が聞こえてきた。合宿中の天気も最高みたいだし、前回の非公式練習試合からどれだけ強くなったか楽しみってのもあるよ。
今回は5日間という合宿内容だけど、高校生と一緒に練習するという異例を、うちの監督さんが特別に許可を出してくれた。私がU-23代表だったこともあって、U-17代表だったという桜ちゃんの肩書が大きかったみたい。
「岬さんなら、推薦出すよ?是非うちにおいでよ!」
そんな事を彼女に対して言っていたけど、彼女は「考えさせてください」とだけ答えていた。監督からすれば、この合宿中に桜ちゃんを口説いて大学推薦したいだろうね。まぁ、シュートが打てないなんて、監督に伝えてないけどね…。
10時頃到着し、取り敢えず荷物を置くと直ぐに練習に入った。
うちの選手と同じメニューを桜ヶ丘高もこなしていく。結構ハードだけど、ちゃんと着いてきていたよ。感心、感心。体力づくりや体づくりはしっかりやっているみたいね。
お昼はお互いのチームから選抜して交代制で作ることとなっているよ。
今日のお昼ごはんはパスタにサラダ。総勢40人分ぐらいの料理って豪快だよね。私も最初に見た時は驚いたもん。
私は桜ちゃんを誘って隣で食べることにした。
「今日の午後はさ、監督に言って3時間の自由時間にしてもらってるよ。だから海に行こ!海!」
「突然でビックリしましたよー。」
「何を言ってるの!水着持ってきてって言ってあったじゃない。」
「はい。だけど、まさか初日だとは思ってなくて。」
「だって、最終日なんかヘトヘトで遊んでられないよ!?」
「あぁ、そういうのもありますね。」
「でしょでしょ!桜ちゃんも持ってきたんでしょ?」
「はい!ちゃんと買ってきました。」
「オォー!偉い偉い。」
「いやぁ、最初スクール水着で行くって言ったら、チームメイトから大ひんしゅく買いまして…。」
「そりゃぁ、そうよ!高校生最後の夏でしょ!サッカー漬けもいいけどさ、遊びもないとね。」
「そうですね。この前、初めてカラオケに連れていってもらいました。とっても楽しかったですよ。」
「えっ!?初めて?」
「はい!」
「あんたねぇ…。サッカー馬鹿だとは思っていたけど、そこまでとはね…。ちゃんと遊びも覚えなさいよ。」
「はーい。リフレッシュというか、気持ちを切り替えるとか、そういうのが分かった気がします。」
「ほんとだよ。重要なことだからね。」
「そう…でしょうか?」
「そうよ!サッカー以外の楽しい事も知っているけど、だけどサッカーが好きっていうのと、サッカーしか知らなくてサッカーが好きっていうのとは違うでしょ?」
「あぁ…、なるほどです。」
「逆に言うと、だからこそ桜ちゃんはスランプに陥っているの。サッカーの事ばかり考えていたからこそだと、私は分析しているよ。」
スランプってシュートが打てないこと…。
「それに、ピッチ外で仲間の笑顔とか色んな表情を見ると、より身近にも感じられるでしょ。」
「はい!それは強く思いました。」
「でしょ?そういうのも凄く大切だよ。」
「そう思いました。だから、私達が百舌鳥高に対抗出来るのは、唯一『絆』だと思いました。」
「絆かぁ…。なるほどね。いや、案外的を得ているかもよ。面白い考え方だけど、凄く不安定で諸刃の剣かもね。」
「そう言えば、百舌鳥高の翼ちゃんが部活に顔を出しに来ましたよ。」
「へー。練習試合したのは伝えたと思うけど、強いわよ。百舌鳥高。結果は2-1と1-1。こっちは最初から全力でやっての成績だよ?」
「十分知っています。」
「うん、そうだね。桜ちゃんの後釜いたけど、何というか掴みどころが無いというか、変幻自在で突拍子もないプレーをするの。要注意よ。」
「闘うのが楽しみです。」
「ちょっとぉ…、そんな呑気に構えていられる相手じゃないよ?」
「大丈夫です。百舌鳥高は確かに強いですけど、倒せない相手じゃないです。」
「凄い自信ね。」
「自信じゃなくて…、覚悟です。」
「ん?」
「百舌鳥高に負けたらサッカー辞めるつもりです。」
「えっ!?」
「私のサッカーに対する思想が、百舌鳥高が掲げる思想に負けたら、多分それは、今後私のような選手は必要ないっていう答えだと思ってます。だから、負けたら…、辞めます。」
「あんたねぇ…。よく考えてみなよ。桜ヶ丘はいいチームだと思うよ?だけど、サッカーをまともに始めて1年も経ってないんだよ?そこを分かってる?」
「もちろんです!」
「ハァ~…。向こうは2年半、びっちり練習してきているよ?」
「もちろん知ってます。午後から私達が海で遊んでいる間も、向こうは練習しています。」
「あぁ…、まぁ…、そういうことになるけどさ…。」
「百舌鳥高は、徹底的な能力主義なんです。今のなでしこジャパンと同じように。確かにそれで、両チームともタイトルを取っています。だけど、それこそ諸刃の剣だと思っています。」
「ほぉほぉ。」
「一人でもチームの枠からはみ出した瞬間、チームそのものが瓦解してしまうと思います。だからこその絆なのです。スポーツにはアクシデントも起こりますし、突然の体調不良や怪我もありますからね。」
「なるほどねぇ。でも、完璧な状態で挑まれたら不利なことには変わりないよ。」
「絆にはもう一つ大きな力があると思います。」
「ほぉ~?」
「いつも以上の力が出せることです。」
「なるほどねぇ~。」
私は桜ちゃんの話しを聞いていて、凄くリスクが高いと思った。絆だって、ちょっとした心の変化で崩れちゃうじゃない…。技術力と平常心、どっちが安定して保てるかは、普通に考えれば技術だよね。だから皆、技術力を高めようと努力する。
「まっ、明日は午前中からの試合形式で試させて貰うわ。そうすれば桜ちゃんの言っている事も実感出来るだろうしね。」
「はい!胸を借りるつもりで当たらせてもらいます!」
「あら~?桜ちゃんは結構胸あると思うけど、まだ借りたいほど大きい方がいいのかしら?」
「そういう意味で言った訳じゃありません!」
顔を赤くしながら怒る桜ちゃんも可愛いねぇ。
「そっちも、水着姿で確認させてもらおうかな。」
「や、やめてください!」
食事を終えてからは、予定通り海で遊ぶことになった。
監督も少し離れたところで日光浴をしている。そう言いながら私たちに変な虫がつかないように監視してくれているよ。
私は気になって桜ヶ丘のメンバーに接触しつつ質問してみた。
まずは部長からだ。
「部長さん、知ってる?」
「師匠、何がです?」
すっかり師匠呼ばわりだよ。まぁ、悪気があって呼んでいるわけじゃないからいいけど。
「桜ちゃんのこと。」
「桜が…何か…?」
凄く不安な表情をした。それだけでも信頼関係が深いと思った。普通の友達なら好奇心が勝つ場合もあるしね。
「百舌鳥高に負けたらサッカー辞めるって思ってるみたい。」
「……………!!!!」
物凄くビックリした表情。
「本当ですか?本当に桜はそう言ったのですか?」
「そうよ。」
「………。私は桜にサッカーの厳しさも楽しさも教えてもらって…。その、前よりもずっとサッカーの事が好きになったのです。だから、桜に恩返しをしたいと思っています。多分、皆そうなんじゃないかな。あの狂犬とまで呼ばれた天龍ですら、あいつの為に勝ちをプレゼントしてやりたいと言わせてますから。」
「へー。だけど、百舌鳥高は強いよ?」
「凄く歯がゆい自分がいます。私達は桜の為に何とかして勝ちたい。だから、本気で練習に打ち込むつもりです。時間もないですし…。」
「あら?あなた達なら決勝トーナメントを十分狙えると思うけど?」
そう、桜ヶ丘は案外実力はあると思うよ。偶然とは言え、個性的な選手を上手く配置しつつ育成している、桜ちゃんの指導力には目を見張るものがある。よくもまぁ根気よく短期間でここまでもってこられたよ。
「私達、練習試合は短所を埋める為にやっています。それも夏休みの予定を含めると100試合はいきそうです。」
「うんうん。」
「決勝トーナメントはそのままの状態でいくと桜が言ってて、本気を出すのはそれからだって…。だから不安しかないんです。」
「えーー???マジで?」
「はい…。」
「またぁ、桜ちゃんも凄いこと考えるわね。」
「私達…。本当に勝てるのでしょうか?ゴールデンウィークの時に師匠達と闘わせてもらって、少しは自信を持ったつもりでした。だけど、桜が百舌鳥高に負けたらサッカー辞めるなんて決めていると知ったら、それこそ負ける訳にはいかない。絶対に勝って、できれば優勝して、桜の考え方が正しかったって日本中の人に知らせたいくらい勝ちたいのです!」
部長さんは真剣だった。絆…。そっかぁ。絆かぁ…。なるほどねぇ…。もしかするともしかするかな…?だけど、実力もある程度無いと絆だけじゃ勝てないのも事実だよね。
「分かった。明日は試合もするから、思いっきり試してきなさい。そしたら後でこっそり教えてあげる。勝てるかどうかね。」
「宜しくお願いします!」
「あと、このことは他の人には内緒だよ?動揺したりプレッシャーかかるだろうから。」
部長さんは真剣な表情で静かに頷いた。
次に私は天龍に話しを聞いてみた。部長さんと同じように桜が百舌鳥高に負けたらサッカーを辞めると伝えてみた。
「あ…、あの野郎…。」
彼女は怒っていた。
「そんな大事なこと、何で俺達に教えねーんだよ!すみません、ちょっとあいつと話しをしてきます!」
あらら…。刺激が強かったみたい。
「ちょっと待って。桜はね、その重要な決心を部外者の私にだけ伝えたの。その意味がわかる?」
「わからねーよ!だけど、それだけはぜってー阻止しなきゃならねぇ!」
「ちょっと、落ち着きなさい!」
「田中さん…、だけどよ…。」
「………。」
「………。」
「いい?そんなことがチーム全員に知られたら動揺するし、余計なプレッシャーをかけちゃうでしょ?そんな事も分からないの?」
「っ!!」
「だから、私もあなたにだけ伝えたの。」
「くそっ!俺はどうしたらいいんだよ…。」
「教えてあげようか?」
うつむいていた顔を私に向けた時の天龍の顔は、親友を救うためなら命すら捧げる覚悟がある表情のように見えた。
「桜の要求に全力で答えなさい。」
「今でも精一杯やっているつもりだ…。」
「分からないの?まだ手加減しているわよ?」
「なん…だと…?」
「彼女のU-17の時のプレーを見てないの?あなた達に合わせてゆるいパスを出していることに気が付いていないの?」
「!!!」
「天龍ならやれる!もう一歩先まで走れるはず!もっと自分を信じて、もっと桜を信じて走りなさい!」
「おうよ!そんなことで桜がサッカーを辞めないで済むなら、例え足が折れても走ってやる!」
「そう!その意気よ!それと…。」
「?」
「このことは内緒ね。」
「あぁ、分かった。ありがとうな。教えてくれて。」
「いいえ。どういたしまして。」
なるほどね。チームとして一致団結している理由は全て桜ちゃんの為にか…。確かに考えてみれば、彼女は百舌鳥高時代は不遇だったわよね。
それに比べて桜ヶ丘は、あれだけの技術力を持っていながら、全力を出しきれない悔しさ、そしてその出せない理由を知って、仲間達はなんとかしてやりたいと思っているみたいね。
百舌鳥高時代の桜ちゃんは技術力は向上し、U-17での活躍にもつながったのかもしれない。けれど、失った物も大きかった…。
桜の得点力は、世界中の誰もが賞賛し讃えたほどだもの。
サッカーの女神が日本に降臨したと、海外にも知らしめた。
その女神は、今は翼をもがれて飛べないで苦しんでいる。
桜ヶ丘の面々は、その翼の代わりになれるのか、明日の試合で白黒つくかもね。
私は、そんな事を考えながらキュートな桜の水着姿を追った。
無邪気に笑う彼女は、本当に楽しそう。もしかしたら、こんな風に友達と海で遊ぶのも初めてかもね。
ふふふ。
こうして見ていると、普通の高校生なんだけどね。
私まで彼女の為に何とかしてやりたいと思っているよ。不思議ね…。
明日の試合が楽しみだなぁ。
海で遊んだ後は、ミニゲームをしながらポジショニングの練習をしたり、個別にも細かい技術指導をしたりした。
そして初夜…。
あぁ、なんてワクワクする言葉なの…。
早速私は桜ちゃんのいる部屋へと侵入することにした。
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