第302話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~さらば美しき戦士編~
鬼と命名された機体には無数の種が植えつけられている。
緑の英雄、植物の勇者ことアーガス・ダートシルヴィーが品種改良を重ねた薔薇の根だ。
「我が美しき花は爆炎すら超越する!」
胸に咲いた巨大な薔薇の花がゾディアックから放たれる光を吸収し、爆発を抑え込む。
その度に花弁は大きく咲き渡り、肥大化していく。
「既にエネルギーキャノンも無力化された以上、君がビューティフルロールロボに勝てる道理は無し。美しき節理なのだ!」
ゾディアックの首に差し込まれたレイピアが軋む。
コックピットでローズロボの動きをそのままトレースしているアーガスの腕に負荷がかかった。
後はこの腕を振り上げれば、ゾディアックの首を跳ね飛ばせる。
「誰かは知らぬが、我が美しい刃の前に散るがいい! 受けよ必殺!」
止まらない腕の力。
止まらぬアーガスの独り言。
敵を倒す時に繰り出される奥義にはすべて必殺技名を付けたがるアーガスの性であった。
「美しき朱きレクイエムを受けるがいい!」
ゾディアックの首が軋んだ。
電子の血が飛びちる中、アーガスは静かに勝利を確信する。
「む!?」
そんな時だった。
ゾディアックに異変が起きる。
全身を覆っていた鎧がパージされたのだ。
「なに!?」
露わになったゾディアックの内部を目にし、アーガスが驚愕する。
肩から腰にまでかけて装填されているのは銃口だらけのジャケットだ。
その砲身のひとつひとつがローズロボに向けられており、赤外線を照射している。
「これは」
ゾディアックの装甲から放たれていた光の正体はこれだ。
この赤外線が装甲を通して照射されていたのだ。
では、それがすべて向いているこの状態はどうなる。
「いかん!」
アーガスは直感的に理解する。
ゾディアックの赤外線のジャケットから放たれている光の線をすべて受け止めるには、今植えている種では足りない。
ハリネズミの針みたいに赤外線に伸びているのだ。
とても受け止めきれない。
赤外線から爆薬が投下された。
ローズロボの装甲にすべて着弾し、爆炎が巻き起こる。
「ぬあ!」
コックピットが揺れる。
鎧の隙間を練って確実に仕留める為に接近戦を仕掛けたつもりが、完全に裏目に出てしまった。
「ビューティフルコンピュータ、ダメージは!?」
『各部損傷。このままでは大破します』
大破。
この異次元に囲まれた穴の中で大破。
過去にこの空間から脱出を試みた経験があるからわかる。
穴のどこか一部でも触れてしまえば、それだけでアーガスの肉体はどこかへと消えてしまうのだ。
この地球上のどこかならまだいい。
下手をすれば宇宙空間に生身で曝け出されてしまう恐れすらある。
「ならば、その前に決着をつけるまで!」
レイピアを持つ手に力が籠る。
今度こそゾディアックの首を刎ね、先に大破させてしまうのが狙いだ。
だが、
『オーバーヒート! SYSTEM限界値突破』
「なに」
以前、獄翼に乗った時とはまた別の警報だ。
見れば、レイピアの刃先が溶け始めている。
敵の鎧、ベルガはアトラス・ゼミルガーのクローンだ。
彼は最終的に己の体そのものを爆炎に変え、襲い掛かってくる力を得たという。
「なるほど。ゼミルガー君と同じ能力者だけあり、熱を操る術は長けているわけか」
そういえば、アキナと問答した時に自分は言った。
鋼では炎の相手は辛い、と。
このレイピアもベルガの放つ超温度の前ではあっさりと無力化されてしまったようだ。
耐熱性に特化された植物も、猛烈な爆撃を受けて消し炭になっている。
『脱出されたし』
「確かに、その方がよさそうだ」
コンピュータが勧める通り、逃げた方が賢明である。
だが、どこに逃げるのか。
空にダイブしたら飲みこまれるしかない。
かと言って、流石のローズロボもこのまま後退したら的になるだけだ。
「流石はゼッペル専用機。美しくないことに、私ごときではその機能をフルに使えないらしい」
最強の兵と呼ばれたあの男ならば、きっとこんな奴をあっさり倒せたことだろう。
ゼッペル・アウルノートが戦う様を想像し、その光景を思い浮かべるだけで歯がゆい気持ちになる。
結局、こんな中途半端なのか。
英雄として崇められ、勇者として故郷の地に生まれ落ちた。
力を研ぎ澄まし、故郷の為にと思って全力を注ぎこんできた。
けれども、その人生は本当に正しかったのだろうか。
今でも疑問に思うことがある。
自分が鍛え、美しくなる度に劣等感を抱いている男がいるのを、彼は知っていた。
こんな才能がなかったら、彼は苦しむことはなかったかもしれない。
もう終わったことではある。
けれども、後悔の念はいつまで経っても残る物だ。
「アスプル。私は英雄には程遠い男だ」
誰よりも強くならなきゃいけなかった。
期待に応えようと強くなったが、それでどれだけの人間を守れただろう。
こうして旧人類側に立っているのも、自分なりの贖罪のつもりだ。
けれども、彼らは帰ってこない。
アスプル・ダートシルヴィーも、新生物も、マリリス・キュロも、蛍石マサキも、元をたどると自分のせいで人生を滅茶苦茶にしてしまったようなものだ。
アーガスは彼らに対して謝罪したい気持ちでいっぱいなのに、彼らは言葉の届かない場所にいる。
しかし、彼らのいる場所に行く日がいよいよ来たらしい。
「諸君、私のせいで逝ってしまったすべての諸君。どうやら私も、君たちのところに行く時がきたらしい」
自嘲的にアーガスが笑う。
コックピットを突き破り、爆炎が包み込んでいく。
激しい熱を肌に受け、英雄は項垂れるしかなかった。
穴に近づいてきた紅孔雀をライフルで撃ち落とし、ようやく後方から襲い掛かってきた敵を退けたところでスバルは息をつく。
タイミングがいいことに、SYSTEM Xの稼働時間ギリギリだ。
ヘルメットを脱ぎ、アキナの意識が獄翼から解放されていく。
彼女が戻ってくるまでの間、状況を確認した。
「周囲に他の敵は?」
後部座席でサポートを務めてくれるアウラに問う。
けれども、返答がすぐに返ってくることはなかった。
「妹さん?」
すぐに答えを返してくれないのは珍しい。
訝しげに後ろを見やり、様子を見る。
信じられない、とでも言いそうな表情をして固まっているアウラがそこにはいた。
「ど、どうしたの?」
「お、鬼……ロストしました」
「え?」
膝の上に置いていたSYSTEM Xのヘルメットが床に転ぶ。
動揺のあまり、膝が震えていた。
「シデンさんとも、通信が取れません」
俯き、アウラが涙目になりながら言葉を紡ぐ。
六道シデンは単身外に出て、周辺のバトルロイドの駆逐に参加してくれている。
そのシデンへの通信も途絶えた。
「ウソだろ? だって、まだ戦闘が始まってちょっとしか経ってないじゃないか」
第一陣が襲撃してきて、エクシィズがこれらを迎撃するのに5分もかけていない。
ゾディアック襲来のタイミングも考えると、まだ戦いが始まってから30分も経っていないではないか。
そんな短い時間で、あのふたりが殺されたというのか。
「ぞ、ゾディアックは?」
「反応、残ってます」
アーガス・ダートシルヴィーが負けた。
しかも、ローズロボとゾディアックの戦闘場所はいまだに開きっぱなしの異次元空間に繋がる穴である。
あんなところで大破して、パイロットのアーガスは無事なのか。
そしてシデンはどうなったのだ。
ゾディアックがアトラスの鎧なら、他の鎧が出ている可能性はある。
しかし、その連絡も一向に来ない。
スバルの腕が震える。
愛嬌をふりまく男女と、うざさがトレードマークのパツキンナルシスト薔薇野郎の顔が脳裏にフラッシュバックしては消えていった。
「仮面狼さん。まさか、あのふたりが」
「信じるか!」
アウラが言い終わるよりも前にスバルは前を向いていた。
近くにいる敵機を確認すると、背部の飛行ユニットを展開。
敵反応を目指し、加速する。
「信じるもんか!」
そうだ。
ひとりはあのデタラメーズ最強の能力者で、もうひとりはゴキブリよりもしぶとい英雄様だ。
こんな短い時間でくたばるわけがない。
けれども、胸の中に渦巻くどうしようもない不安感は募っていくだけだった。
できることなら誰かにこの不安をかき消してほしい。
スバルは反射的にいつも隣にいる同居人の名前を叫びそうになるのを堪え、操縦桿を握り直す。
言ってしまったら、彼もいつか見た夢のように消えてしまうような気がして、怖くなった。
「ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう!」
心の整理がつかないまま、スバルは吼える。
後部座席で見守るアウラは、なんとかしなければと思いながらも声をかけることができなかった。
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