第299話 vsアーマード・トリオ
過去にも一度飛ばされた漆黒の空間に送り込まれ、シデンは険しい目つきで周囲を確認する。
太陽さえも入ってこない黒の中、敵を見つけるのはかなり困難だ。
特にスカルペアのような暗めの色の鎧なら尚更である。
「また複数がかりでひとりを倒そうって?」
右にスカルペアが降り立ち、左にはパスケィドが降臨する。
彼らの登場に対し、シデンは湧き上がる歓喜と殺意を抑えきれずにいた。
脳裏に思い浮かぶのは数日前のサムタックでの出来事。
今の自分と同じようにパスケィドに囚われ、全身をボロボロにやられた親友の姿。
「鎧の癖に、リンチしないと倒せないんだね」
皮肉を込めてそう言ってみるも、鎧に反応はない。
操縦者が誰なのかは知らないが、あまり王国の権威などに深い執着を持つ人間ではなさそうだった。
「勝てると思わないでよね」
兜の奥の瞳。
きっとその視界を通じて自分を倒そうと考えている新人類王国の誰かに対し、シデンは小さな言葉を紡ぐ。
「今日のボク、最高にクールだからさ」
鎧の向こうにいる人間がどういう事情で操縦しているのかは知らない。
もしかすると、負けたら処刑されるという極限の状態で操作を強要されている可能性も十分考えられた。
リバーラならやりかねない行動だ。
だが、仮にそうだとしても六道シデンは止まらない。
彼の眼前にいるのはあくまで鎧だ。
人間を粘土みたいにぐちゃぐちゃにしてしまう化物である。
だから極限まで冷やす。
鎧だけではない。
その操縦者の心に至るまで、極寒零度の寒さを感じてもらおう。
シデンの瞳に明確過ぎる殺意が漏れ、鎧に伝わっていく。
瞬間、パスケィドの指が僅かに震えた。
「なに? 今更びびってんの」
『う……』
新米衛兵、トルカ・ミリアムがシデンの空気に飲まれていく。
赤子のシラリーが耐えていると言うのに、先にシデンの纏うオーラに飲まれたのがただ情けなかった。
「まあいいや。やろうよ」
スカルペアと戦っている間に拳に集わせた冷気を放出させ、シデンが身構える。
見た瞬間、トルカは戦慄した。
この小さな戦士は、よりにもよって拳で鎧と戦う気なのだ、と。
『しかも、勝つ気でいるのか!?』
この空間に連れ込まれる直前、彼はスカルペアと戦っていた。
そのやり取りの中で情報は持っている筈だろう。
あの藍色の鎧を相手にして接近するのは無謀の一言に尽きる。
不死身のゲイザーでも、単純なぶつかりあいを避けたのだ。
『避ければ問題ない。アイツは自分の能力をフルに活かして勝利するつもりだぞ』
トルカの隣で札を張り付けていたディンゴが語りかける。
この暗闇の中で上手く隠れているが、サジータも控えているのだ。
しかも遠くで弓を引いた体勢のまま、シデンの隙ができるのを待っている。
彼らは3人がかりでシデンを仕留めるつもりだった。
『六道シデン。元XXXの第一期で、強力な凍結能力を保持している』
聞けば、ゲイザーの腕も凍傷にかかったらしい。
本気の彼が触れば、鎧でもシャーベットにできるということだ。
『注意しろよ。こっちの鎧はゲイザー程頑丈じゃないぞ』
『りょ、了解!』
いまいち頼りのないトルカが了承の返事をすると、パスケィドは足を開いた。
「ん?」
僅かに動いた下半身を察し、シデンが手をかざす。
冷気が放出され、パスケィドが元居た場所を問答無用で凍らせていく。
『間に合え!』
まともに浴びたらパスケィドは壊される。
実際どうなるかはわからないが、トルカはそのくらいの気持ちで札に命令を出していた。
青年の焦りをそのまま受け止めた黄緑の鎧は、彼を心配させまいとするように影の中へと溶け込んでいく。
「ちぃ」
自身の影の中へと消えていったパスケィドを見届け、シデンが舌打ち。
悪党のように顔を歪めるも、横から襲い掛かってくる風圧をしっかりと感じ取っては誘い込んでいる。
スカルペアが突進してきた。
右手をレイピアのような細い剣に変形させ、一閃。
「くっ!」
ぎりぎりのタイミングでこれを避けると、シデンとスカルペアの距離は自然と0になる。
勢いのままシデンに抱き留められる藍色の鎧。
シデンはスカルペアをキャッチした瞬間、腕に溜め込んでいた冷気を一気に放出した。
「あああああああああああああああああああああああああああぁっ!」
スカルペアが絶叫する。
鎧を通じて全身に襲い掛かる冷気を前にして肉体が悲鳴をあげ、苦しんでいた。
ノイズ混じりの女の悲鳴が木霊す。
『えう、うえ』
悲鳴を真っ先に聞き届けてしまったシラリーが、不快なノイズ音に拒絶反応を指し示した。
今にも泣きそうな表情で顔を歪ませるシラリーだが、その反応だけでスカルペアの脳には伝令が下されてしまう。
嫌だ、と。
アバウトで、どう対応すればいいのか困る指令だった。
しかし悲しいかな。
鎧は意思とは無関係に操縦者の指示を全うしなければならない。
今のスカルペアはこの赤子が送ってくるダイレクトな感情に従って動くしかないのだ。
すなわち、根源の排除。
シラリーに不快なノイズを与えたのは他ならぬスカルペア自身である。
だが、鎧はプログラム上自分を攻撃することはできない。
ゆえに、スカルペアの脳はひとつの解答を導き出す。
それこそが敵の排除。
悲鳴をあげなくてもいいように、敵を排除しなければならない。
敵が消えたら悲鳴はなくなる。
シラリーもノイズを聞くことはない。
「えっ!?」
胴体に纏わりついた氷を砕き、スカルペアが再び動き出す。
内部から氷を砕かれ、凍傷を物ともせずに動き出す藍色の鎧を前にし、シデンは身動きが取れずにいた。
氷の破片が目くらましになったのもある。
だがそれ以上に利いているのは、いつの間にか両足を掴んでいる黄緑の腕にあった。
先程影の中に消えたパスケィドの腕である。
「そんなもので!」
力づくで退かそうと思えば、さほど難しくない。
だが今はパスケィドよりもなんとかしなければならない物がある。
目の前で振りかざされているスカルペアの剣だ。
目と鼻の先からくりだされるこの一撃を受けてしまえば、顔面から両断されるだけである。
そんなことになってしまったら生きている自信はない。
「しゃぁ!」
「ああ、もう!」
頭部目掛けて振り下ろされる剣。
その刃先を、シデンの両手がキャッチした。
俗にいう真剣白羽取りの体勢だ。
「ぐ、く」
ぷるぷる、と腕が振るえる。
六道シデンは他のXXXメンバーと比べると、パワーがない。
ましてや相手はステータスに優れた、ハイブリッドを追求する鎧である。
単純な力勝負で彼がかなう道理は無かった。
今は均衡を保てているが、空いている左手が襲い掛かる前になんとか今の状況を打破しなければならない。
身体に力を込める。
纏っていた冷気を放出し、力任せにスカルペアとパスケィドを吹っ飛ばそうという算段だった。
両手足が塞がれた状態では、解決する手段がこれしかない。
冷気が空気を飲み込み、雪がちらつき始めた瞬間だった。
ばちん、という音がシデンの耳に突き刺さる。
「なに!?」
なんの音だ。
まるで電気が弾けるような音を聞きつけ、シデンは困惑しながら周囲に視線を向ける。
正面の藍色。
違う、こいつじゃない。
鎧から氷柱が伸びる姿からは、あんな音が鳴る要因が見つからない。
では、真下の黄緑。
こいつでもない。
影の中に潜んでいるこいつからは攻撃の気配は一切なかった。
そもそも、こいつのDNA提供者はあんな音を出さない。
奇襲性が売りなのだから、音がする時点でコンセプトは波状してしまう。
じゃあ、どこだ。
いや寧ろ誰なのか。
この暗い羽世界の中で、手足を囚われた自分の耳に届くあの不快な音を立てたのは、いったい誰だ。
再度、プラズマ音が響き渡る。
「あっ」
意識を研ぎ澄ませ、再び届いた音の正体を目で辿る。
真横。
自分から距離の離れた場所で、巨大な十字架を構えては光の矢を構えている黒い鎧がいた。
「さんに――――!?」
サジータが引いていた光の糸が手放される。
十字の弓から、プラズマを纏った矢が射出された。
射線上にはシデンだけ。
パスケィドもスカルペアもぎりぎりで被害が出ない位置にいる。
あのまま弓が届けば、抉られるのはシデンだけだ。
「くそ!」
気付くのが遅かった。
まさか3人目の鎧がいるとは露にも思わなかったのだ。
だが、現実に目の前にいる。
たったひとりを殺す為だけに、天下の鎧が3人がかりで攻めてきているのだ。
「寄ってたかったさぁ!」
文句を言った直後、矢がシデンの脇腹を穿つ。
スカルペアとパスケィドを取り残したまま、シデンだけが矢に連れ去られていった。
矢から迸る電流が、シデンの四肢を駆け巡る。
襲い掛かってきた様々な痛みを一身に受け、シデンは目を見開いたまま悶絶した。
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