第272話 vs神鷹カイト包囲網
「艦長、聞こえるか」
『勿論だとも! やっと起きやがったな』
格納庫に辿り着いたカイトはこれまでの経緯をイルマから聞くと、即座にスコットへと連絡を入れる。
電話回線越しから騒がしい猛禽類たちの鳴き声も聞こえた。
外の戦闘はまだ続行中らしい。
「すまない、寝坊した。ここからは俺も出る」
『おう、そいつは百人力だ。しかし、今外で暴れ回っているブレイカーはお前の連れが倒すと言って聞かなくてな』
「事情はイルマから聞いている。外のブレイカーはアイツに任せる」
カノンが死に、スバルたちがサムタックから出てきたブレイカーの掃討に出ていることは知っている。
彼の性格から考えて、目の前で友人を殺されれば死ぬまでソイツを追い続けることだろう。
アスプルの時がいい例だった。
もしも倒すのが無理そうなら、アーガスもいる。
スバルは頭に血が上りやすい性格ではあるが、周囲に信頼できる第三者がいるならあまり心配はいらないというのが本音だ。
それに、鎧とは言えブレイカー戦でスバルに勝つのはかなり難しい。
「俺はサムタックへ行く」
『今からか?』
回線の外からコラーゲン中佐の訝しげな声が聞こえる。
『既に旧人類軍がサムタックの中へと押し入っている。破壊活動ならそれで十分だと思うが』
「俺の目的は鎧の足止めだ」
紡がれた言葉に、ブリッジメンバーの言葉が詰まる。
心なしか、喉を鳴らす音も聞こえた。
「エイジとシデンの様子も気になる。軍の連中にはそのまま破壊活動を続けて貰って構わん。俺は中の連中を倒す」
『それは寧ろありがたい話なのだが、どうやって行く気だ』
今、外は戦闘中だ。
サムタックから出てきた黄金のブレイカーの猛攻は凄まじく、移動は困難を極めている。
フィティングが発進できないのはそれが原因であると言えた。
『金のブレイカーは広範囲攻撃を仕掛けてくる。迂闊に出て言っては落とされるぞ』
「ダークストーカーを出す。あれなら速度で負けない」
ダークストーカー・マスカレイド。
今は亡き部下の愛用した機体だ。
これまで邪険に扱ってきたカイトではあるが、いなくなったと実感すると彼女が残した物を少しでも有効活用したいと考え始める。
「移動と回避なら自信がある。問題はない」
『……わかった。寝起きで悪いが、なんとか鎧を無力化してくれ』
コラーゲン中佐が申し訳なさげに言った。
本来ならこの基地に襲撃を仕掛けた時点で旧人類連合が戦わなければならない相手である。
ところが、いざ敵の主力クラスが攻め込んできたと思ったら反逆者一行に頼りっぱなしだった。
立つ瀬がないというよりも、ただ情けない。
「気にするな。こちらも寝坊した分はしっかりと働く」
『幸運を祈る』
「お互いにな」
それだけ言うと、カイトは電話の回線を切った。
整備担当のペンギンと向き直り、整備御状況を確認する。
「今聞いての通りだ。出せるか?」
「クァ、クァー!」
「よし」
手羽先で小さな丸が突き出される。
相変わらず正確なコミュニケーションが取れているとは言い辛いが、意思が伝われば十分だった。
「発進後はすぐにハッチを閉めろ。金のブレイカーは広範囲攻撃を仕掛けてくる。どんな巻き添えが起こるかわからんぞ」
「クァ!」
整備ペンギンが敬礼をし、自分の持ち場へと戻っていく。
背中を見届けていると、上から声をかけられた。
先にダークストーカーのコックピットに乗り込み、動作環境を整えていたイルマである。
「ボス、こちらの準備は整いました。武装の確認も終了。問題ありません」
「修理状況も問題ないそうだ。出るぞ」
単純に移動するだけなら、武装はそこまで拘らない。
最低限、持ち前の機動力さえ損なわれていなければどうにかできる。
そう判断していた。
「ハッチを開けろ!」
コックピットに乗り込む直前、カイトは振り返って整備ペンギンたちに要請する。
一羽のペンギンが頷いた直後、ハッチが解放された。
自動的に、ではない。
外部からの爆風によって、無理やりこじ開けられたのだ。
爆音と熱風が同時に格納庫へと侵入し、備品が吹っ飛ばされる。
「被弾したのか!?」
「いえ、直撃を受けたのなら艦のバランス自体が崩れる筈です」
それに爆発の規模から考えて、外からの砲撃を受けたわけではなさそうだ。
どちらかといえば、ハッチをこじ開ける為に爆弾を設置された、と言った方がしっくりくる。
「乗り込んできやがったな」
外からの敵襲。
それもブレイカーではなく、生身の新人類兵による破壊行動だ。
「ペン蔵、整備兵達の避難を誘導してくれ。敵は俺とイルマで片付ける」
「クァ!」
格納庫で一番偉いペンギンに指示をだし、カイトは黒煙の昇る方向を見やる。
わざわざ敵の艦に襲撃を仕掛けてきたのだ。
かなりの手練れ、あるいは特化された新人類なのだと予想できる。
もしかすると、残りの鎧が投入されたのかもしれない。
一体誰だ、こんな時に来た奴は。
カイトの眼光が鋭くなる。
爆炎から『うぃん』という稼働音が響き渡った。
「この音は」
エンジン音だ。
車やバイクなどでかかるエンジンの唸る音。
回転は床を削り、煙を突っ切って白銀の車体が姿を現した。
「ボス、バイクです」
「見れば分かる」
「尚、人が括り付けられている模様ですが」
「見れば分かると言った!」
突撃してきたのは不気味な車体だった。
前輪と後輪は至って普通だが、ボディに括り付けられた培養カプセルが異様な空気を醸し出している。
しかも、そのカプセルのガラスケース越しに人影が見えるのだ。
これまで出会った事のない部類の人間である。
「あれを人間と呼んでいい物かは微妙ですが」
「頭の中を勝手に読むな」
「申し訳ございません」
全然謝っているようには見えないイルマを一瞥し、カイトは改めてバイクを見る。
迷うことなくこちらに猛突進してくることから、向こうの狙いは自分たちにあると見ていいだろう。
バイクに括り付けられている知り合いなんて見当もつかなかったが、敵ならば迷うことなく叩き潰すのみである。
「備えていろ。俺が排除する」
「了解」
命じ、カイトが動く。
力強い一歩が踏み出されたと同時、銀の車体が真正面から突っ込んできた。
ハンドル部分に両手を差出し、突進してくるバイクを受け止める。
衝突音。
車体の勢いを受け止め、カイトの足が僅かに後ずさるも、それだけだ。
彼を轢き殺すことはできないし、車体と比べても力負けしていない。
『ふ、はははははははははははは!』
だが、そんな事実に直面して培養カプセルの中身は嬉しそうに笑うだけだった。
不快なノイズ音が響き渡り、その場に不気味な気配が漂い始める。
ただでさえ外見が異質なのだ。
中身も異質な可能性は十分あるのだが、鎧以外に面倒な敵の相手をするのはなるだけ勘弁したい。
「誰だ、貴様」
『お忘れですか、リーダー!』
その呼び名を聞き、カイトは顔を上げる。
培養カプセルの中身は生命維持装置らしき無数のコードと顔を覆うマスクしかまともに見えない為、誰が入っているのかはわからなかった。
だがこの声、そしてその呼び名で自分に話しかけてくる奴はひとりしかいない。
「アトラス・ゼミルガー!」
『そうです、私ですよ!』
「随分と趣味の悪い身体になった物だな」
『これもリーダーの与えてくれた痛みの為せる変貌です。人は何かを失っても、それを補うパワーがあるのですよ! リーダーの為ならば、このような不細工な車輪、いくらでもつけましょう』
確かに手足を切断したのはカイトだ。
それは認める。
だが、そんなバイクと一体化してまで帰ってこいなどとは一言も言った記憶が無かった。
「何の用……聞くだけ野暮か」
『そうですね。本当なら今度こそスバル君を灰にしてやろうかと思ったのですが』
思ったのだがしかし、当のスバルは既に意識をトゥロスへと向けている。
その上、彼の抹殺はノアの目標のひとつである。
無理やりついてきた身としては、神鷹カイトに手を出す権利をくれただけでも我慢しなければならなかった。
『ですが、リーダーが眠っていると聞けば私が出向く他ないでしょう』
「なんで」
『王子様の眠りを覚ますのはお姫様のキスだと決まっているからです!』
「逆だろ、それ」
『愛があれば細かいことなどどうでもいでしょう!』
「いや、よくない!」
それだけは譲ってはならない。
カイトの本能がそう叫んでいた。
『そうだそうだ! 女の子は何時までも白馬の王子様を待ってる物なんだぞ』
ついでに意識の奥にいる同居人も叫んでいた。
この野郎、今になって意識を覚醒させやがって。
せめて起こせと言いたい。
『でも残念です。リーダーが目覚めてしまっては私の作戦も台無しだ』
どういう作戦を立ててきたのかは敢えて何も聞かないでいることにした。
先程から背筋が凍えているのは決して気のせいではないと思いたい。
『だぁから、ここで私がリーダーを倒して連れて帰ります!』
「人の話を聞かない奴め!」
正直に言えば、アトラスに構っている余裕などない。
こうしている間にもスバルやエイジたちの戦闘は続行中だ。
すぐにでも駆けつけたいのが本音である。
だが、彼の様子を見る限り道を譲るつもりはないようだ。
「次はないと言ったのを覚えているか」
『ええ、勿論ですよ』
「なら、今日ここでお前を殺す」
『リーダーに殺されるなら本望です』
しかし、可能ならばその前に叶えたい望みがある。
アトラスは恋する乙女宜しく、カプセルの中で顔を赤らめながらも叫んだ。
『しかし、その前に。あなたに私の存在を認めていただきたい!』
「濃いんだよ十分」
『幸せすぎて昇天しそうなお言葉、ありがとうございます!』
バイクのパワーが強まっていった。
心なしか、以前会ったときに比べて大分頭のネジが外れた気がする。
手足を失った反動なのか。
あるいは何かしらの薬物投与を受けて精神的に不安定になったのか。
前から不安定だったとは思うが、ここまで酷くなかった。
『私の愛を、認めてください!』
「……」
もうコメントができない。
早く片付けないと頭がおかしくなりそうな気さえした。
アトラスは昔、よく自分に尽くしてくれた。
だが、今は敵である。
その事実に変わりはない。
どういう主張を持ってこようが、これだけは譲るつもりは無かった。
片手でバイクを抑えたまま、もう片方の手で爪を伸ばす。
凶刃を振るうと同時、炎上するハッチから更に別の影が突っ込んできた。
「なに!」
不意に現れた影に驚愕し、カイトは視線をそちらへと向ける。
ソイツは背中から生えた羽を伸ばし、猛スピードでこちらへと突っ込んできていた。
「ちっ」
舌打ちし、バイクを蹴り飛ばす。
車輪があらぬ方向へと軌道変換されると、アトラスの身体はそのまま右折していった。
直後、入り込んできた影がカイトに接触する。
「こんばんわ」
消え去りそうなほどにか細い声でそう言われた。
右手から伸びた実剣を突き出した体勢のまま、シャオランが飛びこむ。
カイトは向かってくる切っ先を爪で弾くと、ゼロ距離まで潜りこんできたシャオランの喉に蹴りを入れた。
「がっ――――」
「お前もか」
顔面が跳ね上がり、シャオランが宙を舞う。
空中でくるんと一回転しながらも翼を広げ、体勢をキープ。
改めてカイトを見下ろし、シャオランは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。寝てたって聞いたけど、起きてた」
口元から流れる血ともオイルともわからない赤い液体を拭い、シャオランは爛々と目を輝かせる。
アキハバラで対面した時と同じような、捕食対象を見つけた目だ。
反射的にカイトは腕を庇う。
「いいよ、そんなに身構えなくたって。今度は腕だけじゃない。足の爪先から髪の毛までしゃぶりつくして、食べてあげる」
『寝言は寝てる時に言う物ですよ』
車輪を回転させ、バイクがふたりの間に割って入る。
『リーダーは私の物だ』
「私が食べる。もう決めた」
『私が許しません』
「食べ物は残しちゃいけない」
誰が食べ物だ、とツッコミを入れる余裕は無かった。
カイトは口元を引きつらせながら数歩ほど後ずさり、構え直す。
「ボス、私も助太刀いたしましょうか」
『カイト君、これはちょっと面倒くさそうな気配がするよ。パートナーの物理的にも貞操的にも身体の危機なんだ。遠慮なく私を頼りたまえよ』
後ろからイルマが声をかけ、意識の中からエレノアが語りかけてくる。
なんというか、とても黒いなにかを感じる包囲網だ。
心の底からそう思いながらも、カイトはこの場をどうやって潜り抜けるか真剣に考え始めた。
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