第259話 vs実験場
「結論から言えば、ワシントン基地は立て直しが優先されることになりました」
戦艦フィティングのゲストルーム。
イルマ・クリムゾンはホワイトハウスで決定された旧人類連合の今後の動きについて説明を始めた。
「カルロス大統領は一時的に避難。一般のニュースでも誤魔化す方針になります」
「無茶だ」
気持ちがわからないわけではない。
今、『実は私たち全員洗脳されていました』と言ったところで混乱が広がるだけだ。
このワシントン基地の有り様を考えれば誤魔化しは利かないだろう。
「あれからもう2日だぜ。俺達も手伝ってはいるけど、まだまだ復旧には至らない」
「人員の大半が消えたのも痛手だね。ひとりが1.5倍くらい仕事しないと回らないから」
旧人類連合の兵達もよく働いている。
メカニックなんかは新人類軍の襲来に備えて不眠不休だと聞いた。
今頃、この艦が誇るエキスパートであるペンギンは気が立っているに違いない。
「それでも、弱みを見せるわけにはいかない」
エイジとシデンによる指摘を受けても、ゲイル・コラーゲン中佐は揺るがない。
ワシントン基地の最高責任者『代理』としてこの場にいるのだ。
個人の意見はともかく、上の意見は絶対に守らねばならない。
「新人類軍がこれを機に攻めるのは目に見えている。だからこそ兵士たちは臨戦態勢で構えており、友軍からも応援を派遣している」
「……そりゃあ、まあもっともな対応だな」
ホワイトハウスはアメリカのシンボルのひとつだ。
これを破壊されることは敵の優位性を示すことになりかねない。
全力で阻止したいという意思が、ひしひしと伝わってきた。
「だけど、今度の相手はただの新人類軍じゃねぇ」
エイジが身を乗り出し、コラーゲンに言う。
「連中がすぐにこない理由が何かわかるか?」
「ペルゼニアが死んだ後処理に追われてるのが大きいのでは、と考えている」
「甘ぇ」
一言で切り捨て、机を叩く。
振動でコーヒーカップが揺れ、砂糖の瓶が宙を舞った。
「鎧の準備をしてるんだよ」
「ヨロイ。噂に聞く……」
コラーゲン中佐が顎に手をやり、深く考え込む。
「いいか。ただ攻めるだけなら何時だってできる。それこそリバーラが行けと言ったらすぐにテレポートしてくるんだ」
それをやってこない。
理由は単純明快。
確実に攻め落とす為の兵器を用意しているからだ。
鎧。
新人類王国を守護する12人の超戦士である。
「聞いたことくらいあるだろ。西洋風の鎧を纏った奴が、たったひとりで国を血の池に変えたって話」
「……俄かには信じがたい話だ」
「だが、そいつ等は実在する」
実際に相対した経験があるからこそわかる。
あれは正真正銘の化物だ。
それこそ以前アメリカに出現した星喰いとタメを張れる。
エイジはそう考えていた。
「これまで倒した鎧は4人。どいつもこいつも化物揃いだったぜ」
分裂する雷人間。
出力が上がり続けるサイキックエナジー。
脳に浸食する寄生虫。
そして台風女王。
彼らと同格の戦士が、まだ8人いる。
「奴らは人間だと思わない方がいい。命令されたらその通りに動くラジコンだ」
「加えて、厄介なのは彼らが各々学習して進化できるということにある」
アーガスが付け加えた。
ヒメヅルで出会ったペルゼニア。
彼女の目玉により、獄翼が変わり果てた姿になったのだ。
それが自身の身体にまで及ばないと言い切れない訳がない。
現にカイトはやってみせた。
彼はゼッペルを倒す為に己の身体を2度も再構成し、頑丈な肉体に作り変えたのである。
「ここにいる我々はクリムゾン君を含め、優秀な新人類だ」
決して自意識過剰な発言ではないとアーガスは考えている。
XXXはひとりでも軍隊並みの活躍ができるし、アーガスなどはほぼひとりで兼任していた。
イルマに至っては言うまでもあるまい。
「恐らく、そんな我々でもひとりを相手にするのが限界だろうね」
王国から脱出する際、エイジたちは鎧と対面している。
その際に手合せをしているのだが、それを踏まえての結論だった。
「今後、倒すのであればひとり一殺の覚悟で臨まなければなるまい。ミスター・コラーゲン。それだけの相手がここに一気に攻め込んでくるやもわからないのだぞ」
「大統領の決定だ。我々は従う他ない」
コラーゲン中佐が背を向ける。
そのまま部屋を立ち去ろうとする彼に向け、エイジが叫んだ。
「なにか手があるのかよ! リバーラ王を倒す手立てが!」
声に反応し、コラーゲンは僅かに振り返る。
「アンタだってわかってるだろ。これ以上は限界だ。アンタ等も新人類軍も。俺たちだってそうだ」
タフさが売りの神鷹カイトも、まだ昏睡状態だ。
ここまで苦楽を共にしてきたブレイカー達に至ってはいずれも修理が必要な状態である。
「どこも疲弊しきってる。そんな状態でも、向こうはまだ核弾頭を8発も残してるんだぞ」
「……それも、我々が保持している核よりも面倒な人種がな」
ミサイルで破壊できる存在ならどれだけ優しいだろう。
相手は化物がそのまま人間になったような存在なのだ。
コラーゲン中佐とて、それは理解している。
「理想を言うなら、リバーラを倒せば問題ないのだろう。しかし、今の王国は城ごと姿を消してしまった」
ミスター・コメットによる空間転移術である。
新人類王国は文字通り、別の空間で誰の手にも落とせない場所に浮かんでいるのだ。
しかも、向こうからは攻め放題である。
この現状を打破しない限り、打倒リバーラは叶わない。
「……手は、ないこともない」
「マジで!?」
「だが、それには彼の協力が必要だと思っている」
コラーゲンがベットに横たわるカイトを見やる。
もう寝込んでから48時間にもなる。
ここまできたら生きているのかさえ疑問になってくるが、寝息を立てているところから察するに、本当に深い眠りにはいっているだけなのだろう。
「彼が目覚めたら緊急会議を開こう。恐らく、それが最初で最後のチャンスだ」
「……わかった」
そこまで言われて、エイジもようやく引き下がる。
その代わり、去り際のコラーゲンに向けてぽつりと呟いた。
「それまでになにも起こらないといいんだけどな」
「……まったくだ」
自動ドアが開くのと、大きな振動が襲いかかってきたのは同時だった。
今にも倒れてしまいそうな大きな揺れ。
「じ、地震!?」
「艦長、何事だ!?」
ゲストルームにある通信機を作動させ、ブリッジに連絡を繋げる。
モニターに表示されたの鼻水を流しながらもキャプテンシートにしがみ付いているスコットだった。
『た、たたたたたたたたたた大変だぞお前たちぃ!』
「アンタの鼻水が大変だよ!」
揺れに揺れ、スコットの鼻の穴から伸びる液体は見事な円を描いていた。
『んなこたぁ、どうでもいい! ダック、モニターを切り替えてこいつ等に見せてやってくれ!』
『クァ』
アヒルの鳴き声が聞こえた直後、映像が切り替わった。
このワシントン基地の外の様子である。
つい先日、ゼッペルによって構築された水晶のオブジェが物々しく聳え立っていた。
だが、その隣。
クリスタル・ディザスターを踏み潰さんばかりに聳え立つ巨大な岩のような塊。
画鋲を差し込むようにして基地に突き刺さったソレの正体を、エイジたちはよく知っている。
「サムタックだ!」
新人類王国の移動要塞、サムタック。
ゲーリマルタアイランド襲撃の際に使われた、要塞である。
「新人類軍か!」
ようやく揺れが収まったと思ったら、コラーゲンは食い入るようにモニターを見つめる。
「資料で見たことがある。空間転移して現われ、地面に突き刺さる要塞。あれがサムタックか!」
「遂にきやがったか……」
「調整が終わったんだね、きっと」
息を飲み、エイジとシデン、アーガスもモニターを睨む。
全員がサムタックの動向を注視していると、不意に通信音が流れた。
「どうした!?」
『サムタック側から通信が来ているな』
「通せ」
敵側からの通信。
いきなり巨大な画鋲を放り投げておいて、なにを言うつもりなのだろう。
常識的に考えれば宣戦布告なのだろうが、彼らに常識など通用するわけもない。
半分興味本位。
半分身構えつつも、サムタックの動きを待つ。
『ご機嫌よう、旧人類連合のみなさん』
「こいつは!」
シデンとエイジが驚愕の表情に変わる。
ノイズ音に混じって聞こえる女の声。
この耳障りな声を忘れる筈がない。
「ノアか」
「鎧の管理人かね!」
名を聞き、アーガスも驚愕。
新人類王国に関わったことがある人物で、彼女の名を知らない人間などいない。
有名な科学者であり、決して怒らせてはならない人物として有名だった。
「鎧の管理人……要するに、この女が鎧を作ったわけか」
『自己紹介の手間が省けて助かるよ。ところで、貴方がここの責任者かな?』
「ゲイル・コラーゲン中佐だ。一応聞いておいてやる。何の用だ」
『ちょっとしたゲームでも、と思ってね』
「ゲームだと?」
出てきた単語は想像していたよりもずっと幼稚な物であった。
鎧の管理人と聞き、意味不明の専門用語でも飛び出すのではないかと身構えていたのだが全く別の方向から殴られた気がする。
『そう、ゲームだ。実は今回、私は自慢の鎧を5体持ってきている』
瞬間、場が凍り付いた。
5体という数が重く冷たい雰囲気を作り上げていく。
『今からその5体と、新人類軍の精鋭をここに解き放つ。心配しないでも、旧人類連合の方に手出しはさせない。刃向うなら話は別だけどね』
「狙いは俺達かよ!」
エイジが怒鳴るようにして言う。
その声を聞き入れると、ノアは嬉しそうに笑った。
『リバーラ王はペルゼニア様の一件で大層落ちこんでおられてね。彼は旧人類連合などより、反逆者一行の首を望んでいるんだよ』
その中でも特に優先順位が高いのは、
『先ずは簡単なゲームだ。鎧は全員、蛍石スバルを標的にする』
恐れていた事態が起きた。
新人類王国は最初から連合など眼中にない。
これまで何度も邪魔してきたXXXすら無視して、旧人類の少年に狙いを定めてきた。
しかも想定する限り、最悪の包囲網である。
「イルマ、カイトを頼む!」
「了解!」
血相を変えてエイジが飛び出した。
彼に続き、シデンとアーガスも部屋から抜けだしていく。
「アイツ、どこいった!?」
「まだエクシィズのコックピットにいる筈だよ!」
「では格納庫だね。行く先が判ってるということは美しい」
廊下から喧しい足音が響く。
ゲイルは不満げな表情でモニターを見やると、音声だけのノアに向けて問う。
「どういうつもりだ」
『なにが?』
「鎧はひとりで国を滅ぼす王国の最高戦力だと聞いた。なぜそれを弄ぶような真似をする」
どう考えても勿体ない使い方だ。
元々リバーラ王の考えることは常識を逸していることで有名なのだが、今回は更に気が狂っているとさえ感じた。
「もっと上手くやれば、ここを消し飛ばすことだって可能なはずだ」
『わかってないなぁ』
やれやれ、とでも言わんばかりの口調で呆れられた。
『それじゃあつまらないだろう。折角私が調整に調整をかけた鎧なんだ。活躍するところをじっくり見たくなるのが、親心ってものだろう』
「貴様、まさか独断できたというのか!?」
『まさか。王の許可はきちんと得ている。ただ、やり方は私の好きにさせてもらうってだけでね』
ゆえに、ノアは好きにやる。
彼女にとって新人類王国のプライドだとか、旧人類連合の事情などどうでもいいのだ。
『私の鎧を一番活躍させることができる相手は彼らしか思い浮かばなかった。だから足場を残すんだ。判るだろう?』
要はこの基地自体、戦いのステージとしか見られていないのだ。
その気になれば何時でも消せるし、ノアの邪魔をすれば消す。
ただそれだけのシンプルな状況となったのである。
『私にとってここは戦場なんかじゃない。ただの実験場なんだよ』
指を鳴らす音が聞こえた。
サムタックと結合したワシントン基地が、徐々にその形を変貌させていく。
『いや、迷宮と言った方がいいかな』
廊下が、個室が、格納庫が次々とあらぬ場所へと繋がっていった。
混乱の叫びが木霊す中、ノアは静かに告げる。
『さあ、ゲームスタートだ。誰が最初にスバル君を見つけるのか、楽しみになってきたよ。コラーゲン中佐、なんなら賭けてみるのも面白いと思わないか?』
「…………まともな神経じゃないな、お前」
『褒め言葉として受け取っておこう』
迷宮の構築が終わり、コラーゲンとの会話も終わりを告げた。
それだけを確認すると、ノアは一方的に通信を遮断する。
コラーゲンが避難勧告を出すよう指示を出したのは、それから数分後の事だった。
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