第242話 vsクリスタル・ディザスター

 半身が燃えるように熱い。

 強烈な熱を帯びつつも、カイトは苦痛を表情に出さない。

 出さないがしかし、身体に起きた変化は一目瞭然だった。

 潰れた右手が復活しているのだ。

 しかも、へし折れた爪すらも新しく生え変わっている。


「……再生成か」


 突撃してくるカイトを見て、ゼッペルはぽつりと零す。

 彼の左目に移植された怪物の目玉。

 それは未だに解明されていない未知の領域だ。

 とはいえ、ゼッペルは恐れてなどいない。

 落ち着いた態度のまま、手をかざす。

 天井から水晶の雨が降り注いだ。

 一斉に流れ落ちるそれは、カイトの頭上から滝のように襲い掛かる。


「!」


 身を押し潰さん圧力がカイトを覆い尽くした。

 クリスタルの濁流は巨大なオブジェを生み出し、中にカイトの肉体を取り込むことで敵の動きを封じ込める。


「う、お」

「む」


 水晶の中に閉じ込められていたカイトが、僅かに動く。

 これまで様々な相手をクリスタル漬けにしてきたが、水晶の中で指先を動かしたのは彼が始めてだった。


「なるほど。これくらいじゃ止められない、と」


 巨大なオブジェにひびが入る。

 内側から砕かれ、腕が飛び出す。

 飛び散った水晶の破片が降り注ぐと同時、足が床を蹴り上げた。


「だが、そのくらいはやってもらわないと困る」


 ゼッペルが拳を握る。

 飛び散った水晶の破片が宙に浮き、カイトの周りに渦巻き始めた。


「これはどうだ」


 破片が一斉に飛びついた。

 手足にこびりついた破片は結合し合う事で強固な鎖へと変貌し、カイトの動きを縛りつける。


「む」


 あらん方向へと引っ張られ、カイトが両手足を大きく動かす。

 引き千切ろうとしているのが手に取るようにわかる。

 先程、オブジェを内側から破壊したのだ。

 同じように鎖を力任せに千切ろうとしても何ら不思議ではない。

 そしてゼッペルは鎖がカイト相手に大した効果がないであろうことを予想していた。

 彼は大きく振りかぶると、手にしていた水晶の剣を思いっきり投げつける。


「おっ」


 一時的に固定されたカイトの眼が、飛びかかる切っ先を捉えた。

 射線上に障害物は無く、このまま飛んでいけばぶつかるのは自分の顔面。


『ちょっと、避けた方がいいんじゃない!?』

「今やってるんだ」


 とは言った物の、鎖は案外堅い。

 力を入れればすぐに壊れる程度の代物ではないらしい。

 そこまで予想しての仕込みかと思うと、素直にゼッペルの技に感服してしまう。

 中々応用の利く能力だ。

 素直に羨ましいと思う。


「ああ、これは当たるな」


 直後。

 刃先がカイトの影と重なった。

 命中し、慣性の法則に従うがままに脳天を貫こうとする水晶の剣。

 だが、その刃はカイトの頭蓋骨を貫くことなく急停止していた。


「なんと…………」


 あまりの光景にゼッペルが呆然とする。

 あろうことか、目の前にいる男は飛んできた刃を歯で受け止めたのだ。

 確かに切っ先だけで見れば十分口に含むことができるサイズだが、勢いまで完璧に殺す辺り、顎の力が相当発達していることを見せつけられた気分になる。

 あるいは、そういう風に作り変えたのだろうか。

 明らかに肉体の強度が跳ね上がっている。

 ついさっきまでゼッペルにやられっぱなしだった人物と比べれば、まるで別人だ。


「やっとか」


 自分の磨いてきた技が通用していない。

 鎖にひびが入ったのを確認し、ゼッペルは自身が歓喜しているのを悟った。

 身体の震えは、決して恐怖からくるものではない。


「随分と待ったよ、この時を!」


 長年待ち焦がれた瞬間がやってきたのだ。

 この23年の人生で初めて、自身の存在を脅かす『敵』と相対した。

 例え化物だろうがなんだろうがどうでもいい。

 勝利も敗北もいらない。

 ゼッペルが欲しいのは充実感だ。

 この戦いの先がどうなるかはわからないが、今の時間さえ素晴らしければそれでいい。

 23年も待ったのだ。

 人類の未来がかかってるんだと言われても、これだけは譲れない。

 天秤にかけて傾くというのなら、そんな未来潰れてしまえ。


「全力だぞ!」


 改めて宣言する。

 受け止めた刃を歯で砕き、手足に絡みついた鎖を力任せに引き千切られた。

 解き放たれた獣が、雄叫びをあげて襲い掛かる。


「お――――――!」


 それは人間の発する言語からは遠くかけ離れていた。

 この瞬間も、彼の身体の変化は進んでいるのかもしれない。

 黒で塗り潰された猛獣は右手を構え、ゼッペルの喉を狙う。

 当然、簡単にやられるつもりは欠片もない。


「せぇい!」


 ゼッペルの両腕が発光する。

 眩い輝きを引き連れて現れたのは水晶の刃。

 今度は柄もなく、腕から直接伸びている。

 切っ先が床に触れた。

 ゼッペルの速度に引きずられた刃先が火花を散らし、熱を帯びる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「だあああああああああああああああああああ!」


 両者がぶつかった。

 黒い爪先はゼッペルの作り出した右の剣撃によって抑えられ、その勢いを停止させてしまう。


「まだだぁ!」


 爪先を改めて水晶の塊へと押し付ける。

 僅かに退かれた右拳が、再び水晶へとぶつかった。


「おおっ!?」

 

 小さなパンチの筈だ。

 だというのに、生成された水晶にはひびが入っている。

 手を抜いたつもりはない。

 寧ろ、粒度だけでいえば過去に作り上げたどのオブジェに比べても最高傑作だと言い切る自信がある。

 だが、現実に最高強度の塊は砕けてしまった。

 ゼッペル・アウルノートの強みである最高防御力が打ち崩れた瞬間でもある。

 砕け散った水晶を突き抜け、爪がゼッペルの首に飛んでいく。

 水晶で受け止めることができない。

 理解したからこそ、ゼッペルの行動は早かった。

 左の剣を振り上げ、襲い掛かる黒い腕を弾き飛ばす。


「そっちは合格だ」


 右手を眺め、ゼッペルは口にする。


「では、他はどうかな!?」


 水晶を砕かれ、剥き出しになった拳がカイトの胸に炸裂した。

 強烈な激突音が響き、カイトの口内から液体が飛び散る。


「あが――――」


 痛みを堪えつつも、カイトの瞳から闘志は消えない。

 ゼッペルの腕を掴むと、そのまま自身の方へと引き寄せる。

 膝蹴りが繰り出された。

 お返しとでも言わんばかりにゼッペルに命中したそれは、これまで暴れ続けてきた鬼の身体に確かな痛みを与える。


「がふっ!?」


 反撃を受け、ゼッペルは思う。

 強烈な痛みだ、と。

 こんなものを何度も受ければ意識を手放してしまう。

 時間をかけすぎると、双方ともに立ち上がれなくなるかもしれない。

 そんな予感がした。


「う、お――――!」


 そんな結末はあってはならない。

 戦いとは常に勝利者と敗北者がいるものだ。

 自身が望むのは本気で戦い、敗北者となる事。

 そこには勝利者がいてほしい。

 もしも彼が自分を超えてくれるのなら、是非とも立ったまま見下ろしてもらわなければ。

 お互いに倒れるのも、一種の戦いの結末だろう。

 ただ、それでは面白くない。

 ゼッペルの求める結末は、そんなものであってはならないのだ。


「時間はかけられない、か」


 結論を出すと、ゼッペルは左手を振り上げる。

 刃の接触を恐れ、カイトは後退。

 一旦距離を取ると、胸を抑えたままゼッペルを睨む。

 どうやら向こうも一撃で相当なダメージをもらうようだ。

 たぶん、こちらと似たような結論を出しているんだと思う。

 短期決戦。

 望むところだ。

 向こうも元々そういう戦いを得意としている。

 ゼッペルは空いている右手を構え、くい、と手招きした。


「ん?」


 挑発かと思うも、その考えは誤りであるとカイトを理解する。

 背後から床を突き破り、水晶の槍が飛んできたのだ。


「ちぃ!」


 強襲を察知し、横へと逃げる。


「そっちだな」


 飛びかかった水飛沫を避けるようにして移動するカイトの正面に、ゼッペルが回り込む。

 再び影が重なる。

 水晶の突きが繰り出された。

 どんなストレートよりも受けてはならない一撃を目の当たりにし、カイトは反応。

 骨格強化を施した右手を伸ばし、その矛先をキャッチする。

 だが、手ごたえはない。

 掴んだと同時、水晶の剣が自然と砕け散ったのだ。


「もらった!」


 勢いをつけ、ゼッペルはカイトを蹴り上げる。

 衝撃で弾き飛ばされるカイト。

 体勢を整えようとするも、そんな彼の目に驚くべきものが映り込んだ。

 ゼッペルの両手から溢れ出る青白いオーラだ。

 ただのオーラではない。

 ゼッペルの全身を包んでいるばかりか、何時の間にか床全域を侵食している。

 見れば、壁も同様だった。

 空間が全てゼッペルに支配されていく。


「これは……」


 壁に足がつくよりも前に、カイトは理解する。

 大技が来る、と。

 逃げ場のないような巨大な技が飛んで来ようとしている。


「楽しい時間は息をつく間もないらしいが、なるほど。そのとおりだ」


 ゼッペルがカイトを見上げる。

 僅か数撃。

 カイトの変化からその程度しかぶつかっていないが、十分な時間だ。

 本当ならもっと時間をかけてもいいのだが、自分の望むものを思うと決着は早めにつけるに限る。

 それに、できるのであればこの技を破って見せてほしい。

 自分に勝つ人間なら、それができる筈だ。


『やばい!』


 カイトの奥底でエレノアが叫ぶ。

 この数分の間、彼女はこの台詞しか言っていない。

 だが、言語が固定化されてしまう気持ちがわからなくもない。

 カイトだって、できることなら逃げ出してしまいたいくらいだ。


「逃げ場なし、か」


 こうも空間を覆い尽くされ、何時でも引き金を引ける状態になってしまっては逃げるもなにもありゃしない。


『どうするの!?』

「耐えるしかないだろ」

『あの化物の自信に満ちた笑いが見えないかな!?』

「見えてるよ」


 それだけ自信がある証拠だ。

 ゼッペルはここでカイトを仕留めるつもりでいる。


「ありがたい判断だ」


 このまま続けていれば、強化した骨格でもボロボロになっていた。

 それを避け、決着に移行するのであれば話は早い。


『避ける手段は!?』

「耐えるしかないと言っただろ」


 不思議と、カイトは落ち着いていた。

 体内で騒ぎ立てるエレノアが普通に見える辺り、もしかすると頭のネジが飛んだのかもしれない。

 冷静にそんなことを考えていると、ゼッペルが指を動かす。

 人差し指が立てられた。

 突き上げられた指が斜めに空を切る。

 ゼッペルの指揮の元、巨大な水晶が地面を突き破って出現した。

 それだけではない。

 床や壁、一面中から無数の水晶の棘が一斉に伸びていく。

 水晶の大災害が、ひとりの人間に襲い掛かった。

 

『避けて!』


 エレノアがそんなことを言うが、無茶と言う物だ。

 避けたくとも、それを行う為の足場がないのだから。


「耐えるしかないって言ってるだろ」


 クリスタルがカイトに接触し、身体を持ち上げる。

 真横から無数の棘が覆いつくし、カイトを飲み込んだ。

 だが、それでも災害は止まらない。

 身を押し潰すばかりでは物足りないとでも言わんばかりに水晶は無限に伸び続け、天井を突き破る。

 まっすぐ地上へと飛び出す水晶の激突音を耳にし、ゼッペルは満足げにオブジェを眺める。


「そうだ、あなたは耐えるしかない」


 その為に足場を無くしたのだ。

 確実に命中させ、このクリスタルの災害を受けてもらうために。


「耐えきれたら、私はあなたを心から尊敬しよう」


 水晶で覆い尽くされた空間で、ゼッペルはぼやく。

 その言葉は、ようやく巡り会えた好敵手に届くことはない。

 ただ、結果だけ知らせてくれればいい。

 巨大な大樹が根から急成長したかのように、水晶が伸び続ける。

 終わりなく続くように見られた成長は、先端が地上数十メートルの位置まで育ったところで停止した。


「頑張れ」


 一言、エールが送られる。

 言い終えたと同時、先端から針が飛び出した。

 水晶で生成された、巨大な針である。

 まるでハリネズミが丸まったかのようなそれは留まる事を知らずに伸び続けると、一定地点で砕けた。

 砕けた水晶の針は、その一本一本が巨大な刃となっている。


「――――!」


 水晶の中に閉じ込められたカイトは、透き通った壁越しで見た。

 砕けた刃が、自分目掛けて襲い掛かってきたのを、だ。

 強烈な圧力で身体が押し潰されそうになっている中、刃がカイトの身体を刺し貫く。

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