第241話 vsわだかまり

 ゼッペルの言葉がむなしく響く。

 やけに静寂が支配するこの空間では、彼の声が妙に頭に響いてしまう。

 それが堪らなく不快で、内容は更に不愉快だった。


「後はあなたの想像通りだ」


 襟を掴んだままカイトの身体を持ち上げ、ゼッペルは静かに語る。

 約10年前に起きたエリーゼの暴挙。

 その真相を。

 カイトの知らない裏側を、だ。


「メンタルケアの名目で連れ出され、エリーゼはウィリアムの術に嵌った」

「……じゃあ、あの日俺を撃ったのは」

「すべて彼の命令に従ったに過ぎない」


 旧人類であるエリーゼは、ウィリアムに逆らう事が出来ない。

 彼の精神操作は自力で破る事は不可能であり、今もその解除方法が明らかになったわけではないのだ。


「エミリアは知っていたのか、それを」

「手引きしたのは彼女だ。当然、その場で抗議したのだろう」


 もっとも、ゼッペルはその場にいたわけではない。

 あくまで捕まえたエミリアからの『懺悔』を聞いただけだ。

 彼女は深い罪の意識に囚われており、苦しみをなんとか吐き出そうと自棄になることがある。

 そのお陰でゼッペルは真相を知れたのだが、代償として彼女は栄養剤を投与されるだけの存在になってしまった。


「ただ、それでも止めることができなかった」


 後はカイト達も知っての通りの展開だ。

 精神操作されたエリーゼは銃を隠し持ち、カイトを呼びつけた。

 そして引き金を引いたのだ。

 有無を言わさない暴力という形で、無理やりカイトの気持ちを引き裂いたのである。


「う、うう……」


 どうしようもない気持ちが胸の奥から込み上げてくる。

 燃えるような熱と、氷のように冷たい寒気が同時に噴出した。

 嫌な気持ちだ。

 理解しつつも、カイトは抑えることができない。

 自然と、左手がゼッペルの腕を掴む。


「許せないか。彼とそれに協力した私たちが」

「何故、そこまでやる必要があった」


 会話がすれ違う。

 ゼッペルは肩を落としながらも、丁寧に答える。

 張本人ではないので正確な答えは出せないが、ある程度予想する事は出来た。


「可能性はふたつある。単純に邪魔になったか、旧人類だったからのどちらかだ」


 脱走のことを考えれば、一番の障害となるのはエリーゼとそれに付き従う神鷹カイトだ。

 このふたりを無力化しないと、新人類王国から逃げ出すのは難しかっただろう。

 特にカイトに追われれば、誰も逃げ切れない。

 無力化し、自分たちを良く知る人物を消すにはこれが持ってこいだった。

 同時に、ウィリアム・エデンは生粋の反旧人類思想の持ち主である。

 彼から見れば、旧人類が自分たちの監督を務めていることに納得がいかなかったのだろう。

 彼ならそれだけの理由で殺害に及ぶのも十分考えられる。


「……エミリアはどうした」

「エミリア・ギルダーを捕えたのは3ヶ月ほど前だ。彼女は脱走の後、探偵業を営んでいたらしい。君を見つけだし、謝りたかったのかは知らない」


 だが、エミリアは先にウィリアムに見つかってしまった。

 そのままゼッペルに叩きのめされ、今に至る。


「彼は焦った。中々見つからないエミリアが、何時あなたと接触して真実を伝えるのかとね」


 その時期、カイト達は王国から脱走し、ネット上でも『反逆者様』として有名人となっていた。

 行方をくらませたエミリアが、どんなキッカケで彼に再開するか予想が出来ない。

 もし真実を知られれば、『協力』は得られないだろう。


「まあ、結局あなたの協力は得られなかったわけだが」

「……彼女は生きているのか?」

「あれを生きていると言えるのかは微妙だ」


 ゼッペルはエミリアの馴れの果てを思いだし、僅かに哀れみの表情を作る。


「エミリア・ギルダーは今、肉体を維持できていない。どういう意味なのか、あなたなら理解できるだろう」

「……!」


 危険な状態だ。

 カイトは過去のエミリアの行動、能力の特徴を振り返り、そう判断した。


「どけ……お前に構っている暇はなくなった」

「そうはいかない」


 襟を離し、カイトが崩れ落ちる。


「言いたいことはあるだろう。やりたいことも増えた筈だ」


 掌から水晶が溢れ出る。

 再び剣の形へと変貌させたそれは、切っ先をカイトの喉元へと押し付けられた。


「だが、その前に私の相手をしてもらいたい」

「……お前は」

「何の為にこんなくだらない話をしたと思っている。私が、むざむざとあなたを見逃す為だとでも思ったのか」


 だとすれば、とんだお馬鹿さんだ。

 もう少し利口だと思ったが、案外焦りやすいタイプなのかもしれない。


「焦るか?」


 確認するように問うてみる。

 カイトが歯を食いしばり、左手を軸にして立ち上がった。


「そうだ、それでいい」


 戦う意思。

 それを目に出来ればよしとする。

 問題は神鷹カイトがこれをきっかけにしてどれだけ戦えるか、だ。

 先程までの彼では相手にならない。

 右腕も潰れ、再生も始まっていない状態だ。

 聞けば、彼は再生能力の保持者なのだという。

 それにしてはやけに治りが遅い気がするが、そこを気にしても仕方がない。


「今のあなたの力を最大限引き出させたと思う。後は、私を始末すればいい」


 ゼッペル・アウルノートが望むのは勝利ではない。

 あくまで敗北。

 全力をだし、出しきった上での敗北を喫してみたい。

 きっとそれを得ることで、この満たされない勝利だけの人生に終止符を打つ事が出来る。

 最悪、死んでもいいとさえ考えていた。

 牢獄にも近いこの生活を変える代償が死であったとしても、ゼッペルはそれを厭わない。

 彼が望む敗北とは、死と隣り合わせなのだ。


「言っておくが、私はまだ手の内を全て明かしたわけではない」

「……そうだろうな」


 意外にも、カイトは納得していた。

 ここまで圧倒的な力の差を見せつけられたのは、きっとこれが始めてだろう。

 だというのに、彼は酷く落ち着いた態度で語り始める。


「お前は強い。だが、その強さをぶつける丁度いい壁がない」


 受けてみて理解した。

 ゼッペル・アウルノートはとんでもないパワーを発揮するブルドーザーだ。

 受け止めることができるやつなんて、この世にいやしない。


「たぶん、俺がこれまで戦ってきた奴の中で、お前は2番目に強い」

「なに?」


 呟かれた言葉に、ゼッペルは目を丸くする。


「明かしていない手の内を考えても、きっとそうだと思う」

「なら、あなたが戦った一番強い相手とは何者だ?」


 ゼッペルの興味が、まだ見ぬ強敵へと向かう。

 期待を抱いてきた相手がここまでいうのだ。

 さぞかし強い化物なのだろう。


「なんてことはないさ」


 俯き、カイトは言う。

 僅かに笑みが浮かんだことに、ゼッペルは戸惑いを隠せなかった。

 どうして笑っていられる。

 さっきの話を嘘だとでも思っているのか。

 それとも、殴られすぎて頭がおかしくなったのか。


「俺が戦ってきた中で一番強かったのは、面倒くさい旧人類のガキだ」


 何度も衝突する機会があった。

 その度に一歩引くか、負けている。

 ゲーリマルタアイランドでの一本勝負は、それに致命的な結果をもたらしたと言ってもいい。


「彼が?」


 ゼッペルの頭の中に、つい先ほど連れ去った旧人類の少年の顔が浮かび上がる。

 脆弱で、筋肉のついていない小さな存在。

 ゼッペルが少年に抱いた感想はそんなものだ。

 だが、彼はその少年を強いと言う。


「贅肉の塊にしか見えなかったが」

「強さっていうのは、そういうものじゃない」


 嘗て、それを自分に教えようとした女性がいた。

 昔の自分は意味を理解できなかったし、少し経った今では彼女の言葉を信じられずにいた。


「折角色々とやってくれて悪いんだが、今の俺ではどう足掻いてもお前には勝てないだろう」

「な――――!?」


 考えたうえで出した結論に、ゼッペルが仰天した。

 彼だけではない。

 カイトの奥に眠るエレノアもそうだ。


『ちょっと君。こういうのはブチギレて猛攻を仕掛けるところなんじゃないの』

「じゃあ、お前はアレに勝てるのか」


 妙に冷静な態度だ。

 さっきまで『どけ』と言っていた奴にしては落ち着いている。


「このまま黙って殺される道を選ぶと言うのか」

「いや、それはない。お前の言う通り、やる事が増えた」


 じんわりと。

 カイトの左目から黒い霧が溢れ出していく。

 それはカイトの身体を包み込んでいき、螺旋を描いていった。

 またエレノアに交代する気かと身構えるゼッペル。

 だが、今度はカイト自身が霧状に変化することはない。


「なにを――――」

「認めよう。お前が最強の兵士だ」


 最初からそんな称号には興味はない。

 だが、自分が認めた最強の男と比較すると、どうしても見劣りしてしまう。

 それはきっと、彼女が教えようとしてくれたことが起因している。

 不思議と、身が軽くなった気がした。

 左目から黒が侵食し、カイトの肌を染めていく。

 赤い眼光が不気味に輝くと、その眼にゼッペルの姿を映し出す。


「だが、勝つのは俺だ」


 右腕に黒い霧が纏わりつき、浸透していく。

 潰れた皮膚が復活し、爪先から黒い刃が伸びた。


「お前には感謝しなきゃいけないな。わだかまりがひとつ消えた」

「それは結構」


 ゼッペルが僅かに跳躍し、距離を取る。

 剣を構成し、戦闘態勢に入った。

 これが最後だ。

 この激突で、ゼッペル・アウルノートを黙らせる。

 その為なら化物の力でもなんでも使ってやろう。

 彼もそういう戦いを望んでいる筈だ。


「エリーゼ。俺、強くなれたかな」


 身体に生じた異変には気付いている。

 その原因も大体目星はついた。

 もし彼女がここにいたら、自分を叱ってくれただろうか。

 そんなわけのわからない物を使うよりも、自分の身体を鍛えようと言ってくれたかもしれない。

 エリーゼは割と熱血思考だった。

 今はあの頃が全て懐かしく感じる。

 しかし、愛しい時間はもう二度と帰ってこない。


「ごめんね」


 幼い口調で、そう呟いた。

 どこか悲しげに零れた言葉を合図にし、カイトは動き出す。

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