第225話 vs人間関係
蛍石スバル、17歳。
これまで仲間の帰りを待つ経験は何度もしてきているが、今回ばかりは心のざわつきを感じられずにはいれない。
神鷹カイトは強いが、彼だって絶対的な存在ではないのだ。
負ける時は負けるし、殺される可能性だってある。
最近、身近に死を強く感じることがある為か、余計にそ思う。
「まあ、ちょっとは落ち着けよ」
そんなスバルの動揺を感じとり、エイジが声をかける。
「お、おおおおおおおおおおおお落ち着いてるともさ! 俺は落ち着きの名人だぞ!?」
「めっちゃ動揺してるじゃねーか」
「落ち着きの名人ってなにさ」
テンパりすぎて総ツッコミを受けてしまった。
先日に比べてある程度の元気を取り戻しているようだが、まだ不安が一杯という感じである。
「そわそわする気持ちはわかるよ」
不安なのはスバルだけではない。
油断ならない元チームメイトの提案というのもあり、エイジとシデンも事の行先がどうなるのか心配だった。
「正直、事と場合によればアイツらとの対立も避けられないだろうな」
「た、対立!?」
スバルにとっては予想外な言葉だったのだろう。
ウィリアムとはあまり交流がないため、彼の人間性はわからない。
判らないがしかし、少なくともXXXのメンバーには友好的に接しているように思えた。
「私はよく知らないのだが」
同じことを考えたのだろう。
壁に背を預けたアーガスが訝しむ。
「エデン君とは、XXX以外には敵意を向ける人間だったのかな?」
「わかりやすい敵意じゃないな。少なくとも、タイラントみたいに殴り飛ばしてくる事は無かった」
ウィリアムはXXXにしては珍しく、身体を鍛えるような行動は殆ど取らなかった。
その代わりに彼が行ってきたことは、能力の発展である。
「XXXじゃあ、能力の強大さはシデンの1強だった。でも、直接的な殺傷能力がないから、ウィリアムはそんなに評価されなかったんだな」
「王の美的センスを考えれば、確かに催眠術は好かれないかもしれないね」
王国に務めている間に見聞きしたリバーラ王の言動を思いだし、アーガスは肩をすくめる。
「国王は実力のある人間を求めている。タイラントがあそこまで上り詰めたことを考えると、彼の好みも良く分かる」
「まあ、あいつは評価自体はそこまで気にしないクチだ。問題はアイツの生き甲斐的な部分だな」
あんまり人の趣味を悪く言うのはエイジの本意ではない。
千差万別という言葉があるように、人間の数だけ趣味があるものだ。
特殊な物があっても良いとは思う。
ただ、それが『いかにして旧人類を効率的に倒すか』なのだから困った。
「たまにさ。いるんだよ。一列に歩く蟻を潰すのが快感になってる奴」
想像し、スバルは自分にそんな時期があったことを思いだす。
ちょっと気まずい表情になった。
「ウィリアムの場合、それが人間なんだ。しかもヤバい事に、その趣味を卒業していない」
今どうなのかは知らないが、半年ほど前に再会した時、彼はそんなに変化が無かったような気がした。
結果的にスバルを連れて行かなかったのは良い判断だったとエイジは考えている。
今もそうだ。
いかにXXX主力メンバーの友人とはいえ、ウィリアムが素直に受け入れてくれるだろうか。
「よくそんな人物が脱走に協力したね。美しいとは言えない趣味だが、王国とはウマが合いそうではないか」
「だよねぇ」
同調するようにしてシデンが頷いた。
彼らとしても、脱走計画を立てた当初からずっと疑問だったのだ。
「そんなのだから、彼が旧人類連合のトップなのが不安なんだよね」
「その内、大量虐殺でもやらかさねぇか恐ろしいぜ」
「冗談でもそういうこと言わない方がいいよ」
真顔で言い続ける元チームメイトたちに対し、スバルがコメントを寄せる。
あまり良好な関係でなかったのは知っているが、ここまで好き勝手言われると流石に気負ってしまう。
「冗談で言ってるように見える?」
しかし、彼らも冗談で友人の悪口など言ったりはしない。
つまり、本音なのだ。
「なかなか複雑な事情を抱えているようだね、君たちも」
「寧ろXXXは複雑な事情を抱えている人間しかいなかった気がするよ。一時期、人間関係がかなり怪しかったし」
「なんかあったの?」
人間関係が怪しい、という単語にスバルが反応する。
なんやかんやでXXXとも深い付き合いだ。
噂に聞くエミリアと呼ばれる人物以外の全員を知っている身としては、ちょっとした野次馬根性が働いてしまう。
「お前はまだ知らないだろうが、エミリアって奴がいたんだよ」
随分昔の話だ。
当時なら兎も角、今なら本人もいない。
その上、蛍石スバルとアーガス・ダートシルヴィーには話しておいても問題ないと判断した。
彼らは人の災難で喜ぶほど外道ではないと信じているからだ。
「エミリア……」
「XXX最後のひとりだね」
スバルも名前だけは聞いたことがある。
しかし、本当に聞いたことがあるだけだ。
いかにXXXと深い付き合いがあるとはいえ、エミリアがどんな人物で、なにをしたのかは聞いたことがない。
アーガスも同様だ。
彼は以前まで王国に務めていた身だが、その時は既に第一期XXXは過去の産物である。
どれだけ凄まじい能力者でも、実際に目で見て肌で感じたわけではない。
「エミリアさんっていうのも、問題児だったわけ?」
「どっちかっていうと、常識人な部類かな。あくまでボクが知ってる範囲での話になるけど」
ちらり、とシデンがアーガスを見やる。
「なるほど、人間的には普通だったんだ」
「うん」
なぜだか凄い納得できてしまった。
アーガス・ダートシルヴィー。
比較されると割と殆どの人間が普通に見えるくらいには派手な男である。
現に今この瞬間にもシデンの視線に敏感に反応し、素早く薔薇を咥えてサタデーナイトフィーバーのポーズをとっている始末だ。
なんの拘りなんだろう。
「じゃあ、なにが問題だったのさ」
「あの当時のカイちゃんに告ったの」
聞いた瞬間、スバルがベットの上からすっ転がった。
危うく頭から床に激突しそうになるのを堪えつつも、スバルは問う。
「あ、あの当時ってやたらととんがってた時期!?」
「そう、その時期。脱走計画をヘリオンが提案する少し前だったと思うよ」
神鷹カイト16歳の当時。
その時期、彼がどんな青春時代を送っていたのか、スバルは嫌という程知っていた。
エリーゼ一筋だった彼が、チームメイトとは言え女性からの告白に対応するとは思えない。
「それで、返事は?」
「2秒でフラれた」
「XXX内瞬殺記録だな」
当時のことを思いだし、エイジとシデンがどこか遠い目で天井を見上げた。
今でこそ思い出話にできるが、当時は泣き崩れる彼女を立ち直らせる為に四苦八苦したものだ。
「当然、あの後ミーティングの度に気まずい雰囲気になったよ。唯一、気にも留めなかったのはアトラスだけだと思うな」
「……まあ、あれはね」
過去のカイト関連の出来事を思いだし、スバルがげんなりする。
基本的にカイトに執着してくる騒動の半分はアトラスによるものだ。
なんといっても、彼に気に入られる為に自らを女性に改造した執念の持ち主である。
そんじょそこいらのライバルに比べたら覚悟が違うのだ。
正直、二度と関わってきてほしくないのだが。
「ヘリオンやウィリアムがちゃんと生活してると考えると、一番不安なのはアイツだな」
「流石に落ち着いてると思うけど、脱走する直前まで引きずってたみたいだからね……」
そんなエミリアも、ここに来ているのかもしれない。
ウィリアムが同窓会を開こうと言うのなら尚更だ。
「そんなところも含めて、今回の同窓会は不安要素がいっぱいなんだよね。いいかい、スバル君。もしエミリアに会ったとしても、あまりデリカシーのないこと言わない方がいいよ」
「お、おう……」
先日、フラれたというヘリオンが鬱症状に陥って能力の暴走を指摘されたことを思いだす。
そのことを踏まえると、エミリアの暴走はもっと厄介な物になる可能性があった。
まだ見たことはないのだが、自然と怒り狂うエミリアが、昔の恨みを吠えながらカイトを追いかけまわす図を想像してしまう。
そこまで想像したところで、スバルは気づく。
「ところで、エミリアさんってどういう新人類なの?」
「ああ、それはな……」
エイジが言いかけたと同時、艦内に異変が起きる。
警報が鳴り響いたのだ。
それも尋常じゃない音量である。
「なんだぁ!?」
思わず耳を抑え、全員周囲を確認する。
一番扉に近い位置にいたアーガスが、僅かに耳を澄ませた。
「ここだけではないね。艦内すべてで警報が鳴っているようだ」
「それどころか、これって外まで響いてない?」
「もしかして、敵が来たのか!?」
ワシントン基地は言わずと知れた旧人類連合の陣地である。
そんな場所で警報が鳴る原因など、ひとつしか考えられない。
連合にとっての敵がやってきたのだ。
そして『敵』とは新人類軍に他ならない。
「俺もダークストーカーで!」
「おい、待て! 状況確認が先だ」
我先に飛び出さんと、スバルが自動ドアを開ける。
だが、彼が外に出ることはなかった。
「あれ」
見知らぬ青年が扉の前に立ち塞がっており、スバルの行く手を阻んでいる。
ぱっ、と見た感じ年齢は20代。
顔の右半分を前髪で覆っているのが印象的な男性である。
「誰、あんた」
あまりに不自然な態度に、スバルが疑問を投げた。
青年は答えることもなく、沈黙。
「あのー。ちょっと」
意図的に道を塞いでいるのは明らかだった。
なんの悪戯かと思いつつも、スバルは青年の眼前で手を振ってみる。
「……君は違う」
「え?」
そこまでやられて、男はようやく目を見開いた。
呆気にとられるスバルを余所に、青年は右手を振るう。
「え!?」
一瞬、空気を圧迫されたかのような凄みを感じた。
息が止まるのではないかと思える強烈な寒気を覚えつつも、突っ立ったままのスバルに駆け寄る姿があった。
一番近くに陣取っていたアーガス・ダートシルヴィーである。
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