第195話 vsガデュウデン

 時間はほんの少し遡る。

 ダークストーカーに搭乗するスバルは歯を食いしばり、紅孔雀を破壊していた。

 敵味方の識別が整理できていないとはいえ、最新の高機動ブレイカーである紅孔雀を捕えるのは中々骨の折れる作業だ。

 ダークストーカーも高機動を誇るブレイカーだが、装備が接近戦に偏っているのが理由だった。

 いちいち追いかけて叩いていくその作業は、さながらモグラたたきでもやっているかのような気分になってくる。


「ん?」


 そんなスバルの前に、新たな熱源反応が。

 警告音が鳴り響くと同時、スバルは正面モニターをタッチして詳細を開く。

 サムタックからブレイカーが発進したとあった。


「何かきたか!」


 ダークストーカーのカメラアイをサムタックの方角に向ける。

 するとどうだろう。

 そこにいたのは彼の想像をはるかに超える物体だった。


「……なんじゃありゃ」


 その姿は、一言で言えば龍。

 バネのような長い胴体。

 申し訳程度の手足と翼。

 そしてワニのような大きな口がトレードマークの、巨大な機械。

 間違いなくブレイカーなのだろうが、規格外すぎる大きさだった。

 胴体だけで100メートル以上ある。


「機体名は……ガデュウデン?」


 ダークストーカーに機体詳細が登録されていたので、それを詳しく調べてみる。


「アニマルタイプ。メイン武装は大口径エネルギーランチャー……エネルギーランチャー!?」


 思わず目が飛び出しそうになった。

 エネルギーランチャー。

 その威力はスバルも良く知っている。

 トラセットでの防衛線において、彼はエネルギーランチャーを構えて新生物に対抗した。

 あれも大分威力がある兵器だったと記憶している。

 実際、最新機である紅孔雀が標準装備として採用しているくらいだ。

 威力に関しては現在のブレイカー装備の中でもトップクラスであると考えていい。

 だが、ガデュウデンに搭載されているそれはスバルの知っているエネルギーランチャーとはまた別物である。


 大口径なのだ。

 ガデュウデンのワニのような口の中。

 そこに巨大な銃口が仕込まれている。

 直径15メートルにも及ぶそれが繰り出す破壊力。

 想像しただけで冷や汗が流れてしまう。

 ただのエネルギーランチャーで大地を抉る威力なのだ。

 あのサイズのエネルギーランチャーを放たれたら、どれだけの被害が起こるのか。


『き、聞こえますかねぇ! ダークストーカぁあああああああああああああ!』

「うおっ!?」


 考え込むスバルに、強烈なシャウトが響く。

 中性的な声だ。

 聞いただけだと男性なのか女性なのかもわからない。

 ただ、それが誰の叫びであるのかは理解できた。


「アトラス・ゼミルガー!」

『気安く名前を呼ぶんじゃありませんよ。旧人類の小僧がぁ!』


 大分ご機嫌斜めの様子だった。

 音声しか届いていない為、彼の表情はわからないのだが、きっと歪な形になってしまっているのだと思う。


「俺に何か用?」

『それに乗ってるということは、私のことも勿論聞いているのでしょう?』


 アトラスがどういう心境なのかはカノンから聞いている。

 なので、彼がブレイカーに乗った今、本来の目的を果たそうとしているのだと予想できた。


「そうだけど、心変わりとか期待したいじゃん」

『んなわけねぇだろ、バーカ』


 急に汚い言葉遣いに変貌する。

 直後、ガデュウデンがうねりをあげて襲い掛かってきた。

 頭部だけでダークストーカーが収まってしまいそうな巨体が、体当たりをしかけてくる。


「くっ!」


 ダークストーカーの背部に取り付けられている飛行ユニットが光を噴出する。

 羽を連想させる青白い光は大きく羽ばたき始めると、黒の巨体を持ち上げた。


「本気でここでやりあう気か!?」


 ガデュウデンの体当たりを避けつつ、アトラスに問う。

 ここには彼が敬愛するカイトがいる。

 シデンやエイジもいる。

 ヘリオンだって。

 彼らを巻き込むかもしれないこの地で、あんなでかい兵器を持ち出す頭を疑った。


「ここにはカイトさんたちがいるんだぞ!」

『知ってるとも!』


 アトラスが吼える。


『だが、あの方々ならガデュウデンの攻撃くらいわけないとも!』


 否定できないのが悔しかった。

 確かにあのデラタメーズならガデュウデンの暴走をいとも容易く回避できそうな気がする。

 その光景は容易に想像できた。


『それに、私にはそれよりも遂行しなければならない大いなる目的がある!』

「大いなる目的ぃ!?」


 急に話が膨れ上がった。

 スバルとしては八つ当たり以外の何者でもない筈なのだが、彼には他に目的があると言うのか。


「あのサムタックとかいう奴のテストのこと?」

『あんなものは実戦導入よりも前に試験がされる。そこで合格してるのだから私が出る幕はない!』


 そりゃあそうだ。

 納得するスバルを余所に、アトラスは答えを出した。


『リーダーを作り変えたお前をこの世界から抹消する』

「はぁっ!?」


 自分を狙っているのは知っていた。

 ただ、なんというか表現の仕方が非常にオーバーであるような気がする。

 作り変えたってなんだ。

 この世界から抹消するってなんだ。

 自分はこの世界の何だと言うのか。


『お前がリーダーを変えてしまった!』


 アトラスの心の慟哭が聞こえる。

 深い悲しみ。

 絶望。

 スピーカーから聞こえる彼の声から、それらの感情が浸透していく。


『強く、素晴らしい方だった!』


 ガデュウデンが口を起きく開いた。

 その動作を確認した瞬間、ダークストーカーは上昇。

 狙いを空に向けさせる。


「喋りながら何をぶっ放そうとしてるんだよ!」

『消えてしまえよ!』


 物騒極まりない発言だった。

 ガデュウデンの口内に取り付けられた銃口に光が集う。

 光が解き放たれた。

 野太い光が放出され、ゲーリマルタアイランドの空へと消えていく。

 光が雲を貫き、天に巨大な穴が開いた。


「危ないっての! 殺す気か!」


 ダークストーカーに向けられた砲撃だったが、スバルはこれを回避。

 刀を抜き、ガデュウデンに襲い掛かった。


「俺は別に何もしてない!」

『ウソをつくな!』

「嘘ついてどうする!?」

『あの方を返せ!』


 ダメだ、会話がなりたたない。

 アトラス・ゼミルガーの中で蛍石スバルは何者へと昇華されているのだろうか。

 神鷹カイトを改造手術した悪の科学者にでも変換されているような気さえする。


「俺がやったのは、ただ田舎で一緒に過ごしただけ!」

『私とて同じだ!』

「俺はお前と比べてそこまで執着してない!」

『それでも、あの方はお前と出会って変わってしまった!』


 ゆえに、アトラスは宣言する。


『だからお前を殺してリーダーを取り戻す!』

「俺は!」


 いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだった。

 さっきから聞いていれば、アトラスの主張は滅茶苦茶だ。

 まるで自分が悪の大王みたいな立ち位置になっている。

 ウィリアムのように洗脳できるわけでもあるまいし。


「ただ毎日を善良に生きていたい17歳! それを倒して取り戻すって?」


 いや、そもそもにして、だ。

 取り戻すと言う表現そのものがよくわからない。

 何を取り戻すと言うのだ。

 スバルを殺して、島を荒らしておいて、今更何を取り戻す。

 もうここには彼の友人がいるのだ。

 赤猿を始めとしたゲームセンターのブレイカー乗り。

 学園の教師や生徒。

 彼らに対し、カイトは真剣に接してきたのを知っている。

 それを傷つけておきながら、なにが戻ってくるのだろう。


「ふざけんな男女野郎!」


 飛行ユニットの出力が上がる。

 ダークストーカーが一気にガデュウデンの頭部へと辿り着くと、黒の巨人は刃を振り降ろした。

 龍の鼻先が切り裂かれる。

 僅かな火花が飛び散った直後、ガデュウデンの頭部が爆発した。


「どうだ!?」

『ふざけてなんかいないんですよぉ!』


 爆炎で包まれたガデュウデンの頭部が、再びスバルに襲い掛かる。

 爆発はガデュウデンの外装だけを吹き飛ばし、中に大きな影響を与えていなかったのだ。


『私は全てを無くした。親も故郷も、この手足や同類さえも!』


 アトラス・ゼミルガーの姿が、ここにきてダークストーカーの正面モニターに表示される。

 見せつけられた光景に、ズバルは唖然とした。

 アトラスの手足は切断されており、ホルマリン漬けのようなガラス管の中にいる。

 更に驚くべきなのは、無数のコードが彼の手足に繋がっていることだった。

 まるで胴体だけになったアトラスを離さんとするかのようにしてコードは彼に絡みついている。


『私にあるのは、残された忠誠心とあの頃の素晴らしい日々だけだ』


 緑色の液体の中でアトラスが笑みを浮かべる。

 あまりに蠱惑的で、歪な笑み。

 口元から気泡が漏れると同時、彼は次の言葉を放った。


『私の理想にお前は不要だ!』


 アトラスが結論を叩きだす。

 彼の脳波をキャッチし、ガデュウデンは命令通りに動き出す。

 大きな口が再び開いた。

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