第185話 vs鋼鉄乙女

 刀の切っ先が真田アキナの皮膚に衝突する。

 直後に金属音が鳴り響くところまではカノンの予想通りだ。


「で、当てた後どうするつもりなの?」


 同時に、眼前で微笑む少女に傷がついていないのも想定内である。

 刃物ではアキナを殺せない。

 彼女はそういう力を持って生まれた新人類なのだ。

 カノンたちは彼女の能力を『鋼鉄化』と呼んでいた。

 彼女の皮膚の前では猛獣の牙は愚か、アルマガニウム製の刃物でも傷をつけることができない。

 カイトの爪を恐れずに模擬選を繰り返してこれたのもこの力のお陰だ。


「言ったじゃん、そんなんでアタシは切れないって」

『それだけが能じゃないもの』


 カノンとアキナの戦績は2:8でアキナの勝ち越しである。

 シルヴェリア姉妹の主力武器が物理で攻める以上、アキナに効果はない。

 だが、それでも勝利をおさめた事がある。

 だから勝てない相手ではない。


『ふっ!』


 カノンのノイズ音が鳴り響き、懐に潜り込んでいたオレンジの肉体がアキナの足に絡みつく。

 柔道でいうところの足技である。

 小柄なアキナ相手ではこの手の技はかけにくいが、単純に身体のバランスを崩すだけならこれで十分だった。


「きゃっ」


 身体を支える足を崩され、アキナが床に叩きつけられる。

 巨大なハルバートを持っている為に、一度バランスを崩されると即座に体勢を整えられないのが彼女の弱点だった。

 カイトやアトラスに何度も指摘されている弱点だが、彼女は頑なに直そうとしなかったのを覚えている。

 彼女はこういう、自分の危機的状況が何よりも大好きな変態だった。


「あはっ」


 嬉しそうな悲鳴が聞こえる。

 恐らく、生きるか死ぬかがかかっている状況下で、歓喜の表情を晒し出すのは彼女くらいだろう。

 カノンは刀を逆手持ちにし直すと、切っ先をアキナの顔面目掛けて振り下ろす。

 狙いは口内。

 いかにアキナの身体が強固なものであっても、口の中に異物を放り込まれては不快感が生じる物だ。

 そこをついて弱らせる。

 マトモに戦って倒せない相手なら、そうやって弱らせていくしかないのだ。

 カノンはそうやってアキナから勝ち星をあげている。


「そう来ると思った」


 しかし、そんな弱点はアキナとて理解している。

 ゆえに、彼女はカノンの攻撃に対して対策をとった。

 迫る刃先を歯で受け止めたのである。

 鈍い金属音が鳴り響き、刃の侵入を塞ぐ。


『うっ!』

「んふ」


 初めての対応を前にして、カノンが驚愕する。

 そんな彼女の仰天に満足したのか、アキナが起き上がった。

 鋼の歯で刃先を噛み締め、カノンの腹部に強烈な蹴りをぶちかます。


『あうっ!?』


 刀を手放し、カノンが転がっていく。

 勢いよく床に転がる彼女の身体は、途中で障害物に激突することで動きを停止した。

 あるブレイカーの脚部に命中したのだ。


「へぇ、いいところに飛んだじゃん」


 刀を吐き捨て、アキナは舌なめずりする。

 彼女が見上げる先にあるブレイカーの呼称は『ヴァルハラ』。

 全長35メートル。

 身体を白の鎧で覆われいるアーマータイプだ。

 背部には白鳥を連想させる白いウィング。

 右手の隣には固定武装である長い槍が置かれていた。

 真田アキナのオーダーメイドである。


「ふぅん」


 ヴァルハラとカノンを見やり、アキナは閃く。

 歪な笑みを浮かべると、彼女は早速行動に移した。

 近くのパネルに近づき、数字とボタンをプッシュする。

 ヴァルハラがカタパルトハッチへとスライドしていく。


『う、う……』


 蹲ったカノンが僅かに起き上がると、異変に気付く。

 ヴァルハラごと自分がカタパルトへ移動しているのだ。


『アキナ、何する気!?』

「決まってるでしょ。アンタ、このままサムタックでやりあう気なの?」


 カノン側はそれが望ましいだろう。

 サムタックで戦い、ついでに破壊する事が出来れば王国の活動に少なからず打撃を与えることができる。

 造形は個性的すぎるが、それでも転移要塞であることに変わりは無い。

 敵対勢力から見れば、すぐさま破壊したい対象だ。

 だが、はいそうですかと言って素直に破壊させるわけにはいかない。

 サムタックは完成したばかりの初陣だ。

 それを破壊されたとあっては、アキナ達も立場がない。


「外でやりましょ。生きてたらだけど」


 アキナが走る。

 ハルバートと刀を所持したまま、幼さを残す細い身体が跳躍した。

 若干の弧を描きつつも、ヴァルハラの肩に着地。

 そのままコックピットへと潜り込んでいく。

 脅威の跳躍力にツッコミを入れることもなく、カノンは恨めしげにヴァルハラを睨んだ。

 背後のハッチが開き、外の風が吹き込んでくる。


「まあ、安心してよ。アンタが動けなくなったら、他の連中で我慢してあげるからさ」

『そうはいかない!』


 ヴァルハラが発進体勢に入る。

 出撃カウントダウンは既に始まっていた。

 サムタックの出撃ハッチまでの直線状に身を置きつつも、カノンは走る。

 横に移動しなければ轢き殺される状況下であっても、だ。

 

「そうこなくっちゃ!」


 対するアキナは満面の笑みでそれを歓迎する。

 何をしでかすかなんてのは問題ないのだ。

 彼女が求めるのは飽くなき戦いであり、敵が迫ってくるのならそれを迎え撃つのが信条である。


『ヴァルハラ、発進』


 コックピットから電子音が鳴り響く。

 ヴァルハラの翼が大きく広がり、出撃体勢に入った。


「カノン、いくよ!」


 心底楽しそうに言うと、アキナはレバーを大きく押し出す。

 出撃カタパルトからヴァルハラが発進した。

 巨大な白のブレイカーが、火花を散らしながら滑って行く。


『はぁっ!』


 迫りくる巨大な質量を相手に、カノンは跳躍する。

 文字通り、跳びついたのだ。

 迫りくる巨大な質量に素早く指を絡みつかせると、カノンはそのままヴァルハラにしがみついた体勢でサムタックから飛び出した。


『ううっ!』


 猛烈な風圧と圧力が同時に襲い掛かってくる。

 だが、この痛みは始めてではない。

 獄翼にしがみついた時の痛みを思い出しつつ、カノンはゆっくりとヴァルハラのボディをよじ登り始めた。

 目指すはコックピットブロック。

 その中にいるであろうアキナ本人だ。

 こうなるとブレイカーの中でも特に巨大なボディなのが恨めしい。

 一段上るだけでも一苦労だ。


「はろはろぉん」

『え!?』


 真上から声が聞こえる。

 風で消え去りそうではあったが、辛うじて耳に届けることができたのは幸運だった。


『何してるの!?』

「もちろん、預かり物を返しに来たのよ」


 わざわざコックピットから飛び出し、カノンの所まで降りてきたアキナが無邪気な笑みを浮かべつつ刀を差しだす。

 ご丁寧な事に、柄をこちらに向けていた。


『操縦は!?』

「落下しながら戦うのも楽しいんじゃない?」


 発言から察するに、ヴァルハラはオート操縦にすることもなく落下しているのだろう。

 反射的に真下を見る。

 民家が肉眼でしっかりと確認できる位置まで迫ってきていた。


「受け取ってくれないなら、こっちから押し付けちゃおうかな」


 刀を一度持ち直すと、今度は刃先をカノンへと向ける。

 自身は鋼鉄化したまま、生身のカノンに対して切っ先を投げつけた。

 刃先が空を切り、カノンの顔面へと迫る。


『っ!』


 刃先が命中する直前で動きを停止した。

 寸前のところでカノンが受け止めたのである。

 以前、漫画で読んだ対刃物用奥儀、真剣白羽取りだ。

 しかし、この瞬間にもカノンは両手をヴァルハラから放してしまった。

 十分なバランスを保てない姿勢のまま、ヴァルハラは市街地へと墜落する。


『うわっ!』


 振動に耐えきれず、カノンは落下。

 ぺしゃんこになった民家の残骸の中に埋もれてしまう。

 一方のアキナは落下する寸前にヴァルハラの凹凸に手を差し込み、カノンの二の舞を避けていた。

 彼女は犬歯剥き出しの笑顔を曝け出し、カノンを見下す。


「んふ」


 ぺろり、と舌なめずりするとアキナは腕の力の身で跳躍。

 再びコックピットに潜り込むと、ヴァルハラを稼働させた。

 巨大な白が動きだし、倒れた巨体を起き上がらせる。


『ううっ……あ!』


 背中から残骸に叩きつけられたカノンが起き上がると同時、ヴァルハラが大きく右足を上げる。

 次の瞬間、ヴァルハラの右足がカノン目掛けて振り下ろされた。

 民家が揺れる。

 激しい轟音と共に、カノンの影がヴァルハラに押し潰された。

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