第180話 vs山田学の裏側

「一体なんなんだよ、あれは!」


 スバルの鉄拳が職員室のデスクに振り降ろされる。その激突音に周辺の教師たちはざわついたが、発信元が『山田先生』のデスクなのを確認すると、そそくさと自分の業務に戻っていった。

何時もの光景だった。


「あれとは?」

「山田学とか呼ばれてる、4日前から始まってる騒動!」


 4日前に校庭でおきた理不尽の嵐。

 通称、山田学。

 既にその被害者は学園生徒全員とさえ言われている。

 スバルも課題を言い渡された身だ。

 彼の場合、『次のテストで全部90点以上とらないと留年』というものである。

 赤点の常連としては難易度が高すぎた。

 課題に文句を言いたい気持ちはあるが、それよりも気になるのは発端についてだ。


「なんであんなことをしたんだよ! クロムメイル先生の授業を引き継ぐんじゃないの!?」

「4日前に言っただろう。まだ引き継ぎはしてないから、俺なりにやるって」

「第二期の連中もそうやって教育してきたわけ?」

「そうだ」


 カノンとアウラに心底同情した。

 なんであんな独裁者感丸出しの『教育』で彼を信仰するのか理解できない。


「まあ、それはわかったけどさ。なんで他の教師は何も言ってこないんだよ。それに、PTAとか!」


 寧ろ、飛び出してきた数学教師が異端扱いされてるような状態だ。

 一体教師たちは何を考えてこの男を自由にさせているのか。

 この惨状を目の当たりにすれば、家庭も猛抗議してくるに違いない。


「最初の質問だが、学園長に許可を貰った」

「脅したんじゃないの?」

「失礼な。寧ろ、向こうから是非と言われたぞ」


 そんな馬鹿な。

 まともな神経じゃない。

 穏やかな雰囲気を纏っていた学園長だが、その正体は悪魔の化身ではないのか。


「なんか失礼な事を考えてそうだから、フォローするよ」


 後ろから声をかけられたので、振り返る。

 ヘリオンだ。

 そういえば、この男も静観していた側の人間だった。


「どういうことなのさ。他の人もみんな静観してたし」

「実はこの前、学園長から連絡が来てね。生徒たちに大きな試練を出す教師が見つかったって」

「なにそれ」

「君も何となく気付いたかもしれないけど、今のこの学園は一部の生徒だけがぐんぐん引っ張っていってるのが現状だ」


 まっさきに飛び出し、腰巾着を従えた生徒会長の姿を思い出す。

 傍から見れば、彼は優等生以外の何者でもないだろう。

 模範的であると言っても過言ではないかもしれない。


「まあ、その辺は仕方がないことではあるんだけどね。大半は島の外の出身だから、右も左もわからない。だから、模範生に従いやすいんだ」

「そんなもんなの?」

「君は違うかもしれないけど、少なくともここでは過半数がそうだった。わかりやすい結果がリザとアシェリーだね」

「連中が言った通り、ここは生徒の主体性を重んじる校風だ」


 タイミングを見計らっていたのか、カイトが一番大事な概要を説明し始める。


「だが、一部の生徒だけが模範生として活躍してても意味がない。学園長はそう考えていたらしい。最低でも、その場のアクシデントにひとりで立ち向かえるようにはしたかったんだそうだ」

「そこに現れたのが彼だ」


 ヘリオンがカイトの肩を軽く叩く。

 今や学園を征服したとでも言わんばかりにふんぞり返っている独裁者であるが、ヘリオンからは確かな信頼感が伝わってくる。


「簡潔に言ってしまうと、悪役が欲しかったんだね。生徒たちが必死になって立ち向かう敵だよ」

「配役ぴったりじゃん」

「そうだろう」


 なぜか誇らしげに笑みを浮かべると、カイトは学園長からの提案を思い出す。

 電話先のおっさんは、妙に弾んだ声で契約を持ちかけて来たのを覚えている。


「俺も最初はクロムメイルのところに行ってから授業を受け持つつもりだった」


 休職中の芸術教師の名前が出たところで、ヘリオンの表情に僅かな曇りが浮かぶ。

 だが、ここは彼女をどうこうする話ではない。


「だが、学園長は俺なりの授業をしてほしいと頼んできたんだ」

「カイトさんなりの授業と、学園長の理想が当て嵌まったわけ?」

「掻い摘んで言うと、そういうことだ」


 その結果、学園の生徒たちは必死になって課題をクリアしようとしている。

 言い渡された課題は各々違うが、大半はカイト個人に確認してもらう方式だ。

 職員室には常に生徒の大群が押し寄せ、順番待ちが出来上がっている。

 スバルがすぐに抗議できなかったのも順番待ちのせいだった。


「じゃあ、PTAは?」

「PTA?」

「親御さんの抗議のことだと受け取って貰ったら大丈夫だよ。ついでに、そこも僕が説明しよう」


 家庭の力は絶大だ。

 日本ではよく親馬鹿なる存在が生徒を甘やかし、教師の意思とは無関係に自分の子供を過保護に扱うのだと聞く。

 そういった親が山田学の強引なやり方に文句を言ってくるのは目に見えていた。


「実は、ご家庭には事前に手紙を送ってるんだ」

「手紙?」

「ああ。お宅のお子さんが困難に立ち向かう様子を記録する企画ですって」

「あ、それずるい!」


 要は卒業アルバムみたいなものだ。

 学園側は山田学に立ち向かう生徒たちの姿を記録し、親御さんへ提出するつもりだった。

 これにより、家庭側は『そういう企画なのだ』と考え『自分の子の勇士を見たい』と感じてしまう。

 らしい。


「当然、やりすぎだと文句を言ってくる家庭もあった。ただ、それについては彼が一喝したよ」

「なんて?」


 ヘリオンは苦笑し、カイトを指差す。


「この程度もできないならお子さんの成績は全部0になるだけだなってね」

「ひでぇや」


 とんでもない脅し文句だ。

 島に学園がひとつしかない以上、他に学校を探してもあるわけがない。

 かと言って、予備校もなければ通信教育を取り寄せるだけの余裕もないのがこの島だ。

 だが、彼の課題は現実的なのが多い。

 ヨシュアやスバルのような例外はいるが、その程度なら簡単だろうと納得する親が多かったのも事実だ。


「元々は人が少ない島だったからね。避難民がきたことで一気に膨れ上がったから、技術レベルが追いついてないんだ」

「学園が一個だけで、他の教育機関が無いのも考え物だな」


 さておき、これでスバルの疑問はあらかた返答し終えた形になる。

 カイトは胡坐を組むと、デスクに向き直ってから言った。


「話は終わりか? 悪いが、お前の後ろにはまだ課題報告を控えている連中がいる。今日もアパートに帰れそうにない」


 カイトは赴任してから一度もアパートに戻っていない。

 四六時中生徒にかかりっきりなのだ。

 本来の芸術の時間は課題対応に追われ、放課後も生徒の波の対応を丁寧におこなっている。

 意外とその辺は仕事熱心だった。


「正直、もっと生徒をないがしろにすると僕は思ってたんだけどね」


 ヘリオンが懸念していたのはそういった要素だ。

 彼は第二期の育成を任されたカイトの背景を知っている。

 あの当時と全く同じやり方をするのではないかという不安があったのだが、蓋を開ければカイトは自分の時間をフルに使って生徒たちの対応をしていた。

 不器用だが、彼なりに親身になって接している証拠である。


「今の調子で第二期の教育を行ったら、どうなってたことやら」

「失礼な。今と大差はない」

「そんなことより!」


 スバルが声を荒げる。

 カイトとヘリオンは呑気に教育者トークを始めようとしているが、問題は何も解決していないのだ。

 寧ろ、対応できない状態にまで追い込まれている。


「どうするんだよ! クロムメイル先生の自宅に行く暇なんてないぞ、これ!」

「確かに」


 当面の大問題はレジーナのフォローなのだが、4日も経った今でも手が付けられないでいる。

 本来なら赴任直後にでも教頭に案内してもらう予定だったのだが、職員室に生徒の大群ができているのだ。

 作ってしまった手前、ないがしろにするわけにもいかない。


「言っておくけど、俺だけ行っても無理だよ」

「当然だ。全部の事情を知ってるのは俺だし、行って一番自然なのも俺だ」

「だったらなんであんな無茶したの」

「金をもらうんだ。本気でやらないと学園長に失礼だろう」


 なんて全うで厄介な意見なんだ。


「ただ、土曜日なら午後から空ける事は出来る。そこで教頭に道案内をしてもらうつもりだ」


 学園の休日は日曜日。

 その手前の土曜日は午前中で授業が終わる。

 カイトの場合、これ以上課題受付の時間にすると本格的にレジーナの授業を乗っ取ってしまう可能性があった。

 ゆえに、授業中の課題取り組みは今週までを期限としている。


「それさえ終われば、すぐにでも取りかかる。そのつもりでいてくれ」

「わかったよ。土曜だな」


 今度こそ予定に変更がないよう、念を押すように言うとスバルはヘリオンに向き直る。


「ヘリオンさんはどうするの」

「土曜日はテストの作成を終わらせるつもりだから、残業だよ。没収物の受け渡しもあるからね」

「没収?」

「君の友達の携帯」


 背の小さな赤毛の友人の姿を思い出し、スバルは溜息をついた。

 学園に通うようになった瞬間に没収されてどうする。


「ところで、彼は学園外の友人が多いのかな。四六時中鳴りっぱなしだから電源を切ったんだけど」

「友人は多いと思うよ。よくゲーセンでたむろしてたし、なぜか店の貸切とかしてたから」


 それ以外にも赤猿の友人は多い。

 スバルのようなネットの仲間たちを含めると、きっと途方もない人数になるだろう。

 普段学園をさぼってる為、時間に関係なく鳴り響くのも納得がいく。


 ただ、今回に限って言えばそれが致命的だった。








『ダメ。出ない』

「なぁにしてんの、あのサルは!」


 新人類王国。

 そのとある一室でカノンとアウラは連日行っている赤猿への連絡を試みていた。

 しかし、肝心の赤猿は電話に出る気配が一向にない。


「アイツのケータイしかリーダーたちへの連絡手段がないのよ!? こんな緊急事態に限ってどうして出ないのよ!」


 アウラは荒れていた。

 理由は今彼女が言った通りなのだが、それ以上に時間がないのもある。

 今はアトラスが間抜けな妄想に浸かっている為になんとかなっているが、目覚めたら即座に侵攻開始だ。

 その前になんとしてもカイトやスバルたちに連絡を取らなければならない。

 彼らはサムタックのことを知らないのだ。


『もしかして、もう動いてるのかな』


 カノンの呟きを聞き、アウラは考え込む。

 あり得る話だ。

 出撃予定のXXXはアトラスが許可しない限り動けないので除外するが、それについてくる予定のメラニーまでは確証を持てない。

 アトラス昏睡の馬鹿馬鹿しい理由を聞けば、きっと誰もがひとりで出撃したくなるだろう。


「邪魔しますよ」


 そんな思考を走らせていると、丁度そのメラニーが部屋に入ってきた。

 自動ドアを通ってやってきた三角帽子の少女が、訝しげにカノンを見やる。


「取り込み中ですか?」

『い、いえ。別に』


 慌てて携帯の電源を切る。

 メラニーは怪訝な表情でカノンを見続けるが、彼女の注意を引く為にアウラがフォローに入った。


「なにか用ですか?」

「用っていうか、いい加減にしてくれっていうか」


 要件はある程度理解できる。

 何時までも鼻血を出して寝込んでいるアトラスへの文句だ。

 アキナがトレーニングルームで汗を流している以上、必然的に文句は姉妹へと飛んでくる。

 しかも一度面識があるのだ。

 話したことのないアキナより、トラセットで面識のあるシルヴェリア姉妹の元に来るのも納得できる。


「何時まで出撃時間を延ばすつもりですか? こっち、待ちくたびれてるんですけど」

「それは寝込んでる張本人に言ってやって」

「通じたら苦労はしねーです」


 そりゃあそうだ。

 それができればとっくの昔に出撃している。

 理解しているからこそ、メラニーは一言投げつける。


「正直な所、そっちが動く気がないなら私が勝手に動こうと思ってるんで」

「ひとりでゲーリマルタアイランドに?」

「そーですよ。このままそっちが行動に起こさないなら、土曜日にでも仕掛けるつもりです」


 いくらなんでも無謀だ。

 一般人なら兎も角、向こうには元XXXの戦士たちにアーガスまで居る。

 メラニーもそれは知っている筈だ。


『勝てるつもりですか』

「そのセリフ、そっくりそのまま返しますよ」

「こっちは新型ブレイカーがあるもの。向こうはブレイカーを破壊された以上、紅孔雀の一機でも苦労する筈よ」

「答えとしては優等生ですけど、もうその程度で安心できるほど私も楽観的じゃねーんですよね」


 カノンとアウラだって新型ブレイカーがそこまで決定打になるとは思っていない。

 向こうは生身のままブレイカーを撃墜した実績があるのだ。

 アトラスは何か考えがあるようだが、少なくとも姉妹はそう考えている。


「まあ、私は勝つつもりですよ」


 姉妹の疑いの眼差しを前にして、メラニーは自信を含んだ笑みを浮かべてそう答えた。


「何か手があるの?」

「ええ、まあ」


 答えを聞き、カノンとアウラは顔を見合せる。

 メラニーが行ったところで返り討ちに会うのは目に見えている。

 彼女の戦闘能力は第二期XXXの誰と比べても低い。

 そんな彼女がカイト達に戦いを挑み、勝利できるとは考えられなかった。


『何をするつもりなの?』

「企業秘密です」


 用件を伝え終えたメラニーが踵を返す。

 彼女は自動ドアを開けた瞬間、僅かにカノンとアウラに視線を向け、小さく笑みを浮かべた。


「ただ、確実にひとりは消せると思いますよ」


 自身に満ちた笑みが自動ドアによって姿を消した。

 見届けたカノンは慌てて赤猿の携帯に連絡をかける。

 必死の危険信号も、向こうには伝わらなかった。

 

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