第150話 vs火力サンド

 天動神。

 高さ40メートル。

 翼を広げた際の横幅は推定80メートルにも及ぶ、巨大ブレイカー。

 その実態はアニマルタイプのブレイカー、エスパー・パンダとエスパー・イーグルの合体した姿である。


「ここで天動神が出てくるのかよ……!」


 獄翼のメイン操縦席でスバルが頭を抱える。

 この半年間、様々なブレイカーを見てきたが、一番破天荒で碌な思い出が無いマシンだった。

 その恐ろしさも十二分に理解している。


「馬鹿な。こんなところで天動神を出すのか」

「他の機体反応は?」


 後部座席のカイトとシデンもがっくりと項垂れる。

 唯一、天動神と遭遇経験のないマリリスだけが困惑しながらモニターを眺めていた。


「その他の機体反応はありません。あの天動神っていうアニマルタイプだけです」

『確かに、あいつの機体性能を考えると他の機体は邪魔でしかないからな』


 獄翼の肩に乗ったエイジが頷きながら続けた。


『基本的にビームしか撃ってこないし、全方位にぶっ放してくる。他の機体を構えたところで巻き添えになるのがオチだ』

「実際、アキハバラでは一体しか出てこなかったからね」


 当時のことを思いだし、天動神の脅威のスペックに戦慄する。

 彼らの難しい表情を垣間見たマリリスも、よくわからないなりに『凄いマシンなんだ』と納得していた。


「しかし、解せんな」


 そんな天動神参戦に疑問を覚えたのはカイトである。

 彼は顎に手をやり、言う。


「天動神の売りは殲滅力の筈だ。ここは領土どころか、城や街のド真ん前だぞ。下手にビームをぶっ放せば城が崩壊する」

「そ、そうか!」


 その言葉ではっ、と顔を上げたスバル。

 刀を構えたままの姿勢を保ちつつ、獄翼をバックさせる。


「背中に城があったら、奴は獄翼を撃てない! 近づいて来るしか選択肢はねぇ!」

「なるほど。そこを斬ればいいんですね!」

「馬鹿。そんな簡単な事、敵だって理解している筈だ」


 名案だと思った戦術は、後ろからあっさりと叩き折られた。

 スバルとマリリスががっかりしていると、肩に乗るエイジが叫ぶ。


『おい、急いで離れろ!』

「え?」


 緊急離脱を要請された。

 一体なぜ。

 ここにいれば天動神は襲ってこない筈なのに。

 疑問を口にする前に、アーガスが叫んだ。


『スバル君、城からタイラントが見える!』

「なにぃ!?」


 反射的に操縦桿を握り、獄翼を飛翔させる。

 城から距離をとった後、改めて城をカメラでとらえた。

 獄翼で破壊した外壁をズームで映す。

 人影があった。

 今にも拳を突き出さん姿勢で右腕をひっこめている、タイラントだ。


「前に天動神。後ろにはタイラントか」

「最悪のサンドイッチだよ!」


 冷静に状況を把握するカイトに対し、スバルは力の限り叫んだ。

 前方には歴代最高火力のブレイカー、天動神。

 後ろには歴代最高火力の新人類、タイラント。


 どう動いても最高火力を相手にしなければならない流れであった。

 本音を言えば、どちらも相手にしたくない。


「なるほど。前に天動神を置いたのは、タイラントならビームを弾けると信頼した上でか。城自体にも防衛装置はあるだろうから、厄介な配置だ」

「どうする? あのふたりを相手にしないとミスターを捕獲できそうにないけど……」


 強いて言えば、天動神の巻き添えを恐れて数が出ていないのが救いだった。

 しかし、いかにスバルがブレイカーの操縦に関して絶大な信頼を背負っていたとしても、このふたりを相手に戦えと言うのは無茶だ。

 半年前、彼は天動神を相手にして生き残るだけで精一杯だったのである。

 

 そんな時だ。

 エイジが声を張り、肩の上から飛び降りた。


『俺に任せな!』


 返事を聞くまでも無く、エイジは着地。

 そのまま外壁を下っていくと、タイラントのいる穴へと移動していった。

 結構な高さから落ちた筈だが、怪我ひとつないのが恐ろしい。


「エイジさん!」

『任せとけって。もう2回も戦ってるんだぜ? 3度目の正直って奴さ』


 その3度目の正直で殺されたらどうするつもりだ、と言いたい。

 だが、こうなった彼は中々頑固だ。


「任せよう」

「いいの!? トラセットじゃ死にかけてたよ!?」

「アイツを信じるしかない」

『その通り! そして美しき私も参ろう!』


 これまた返答を聞く間もなく、アーガスが肩の上から跳躍した。

 くるくると無駄な回転と薔薇の花弁を撒き散らしながらも、英雄が城壁へと着地する。


「アーガス様!」

「ああ、もう! どいつもこいつも……」


 頭を抱えて現状を嘆くスバルだが、実際のところありがたいのが本音だった。

 生身とは言え、タイラントは破壊のオーラを身に纏う女兵士である。

 彼女がその気になれば、ブレイカーを破壊することなど容易い事だろう。

 それならば、まだ戦闘経験がある天動神がやりやすい。

 まともに動く人間を相手に、刀を振り回すのも躊躇われた。


「仕方がない! こっちは天動神を片づける。みんな、SYSTEM Xはフル稼働で行くからそのつもりでよろしく!」

「その前に、だ」


 元気よく戦闘態勢に入る直前、カイトが制止の声をかける。


「どうしたの」

「忘れ物を渡さないと」


 言い終えると同時、獄翼のコックピットハッチが展開。


「ええっ!? ちょ、ちょ!」


 ゆっくりと開いていく出入り口にスバルが驚きながらも、カイトはそれを完全に無視。

 後部座席から立ち上がると、スバルの席を跨いでコックピットから身を乗り出した。


「ねぇ、ちょっと! この体勢で攻撃されると避けられないんだけど! ねぇったら!?」


 完全にカイトの足で天動神の姿を遮られ、スバルは憤慨。

 しかしカイトはやはりこれをスルー。

 片手に持ったスコップを振りかざし、思いっきり放り投げた。


「エイジ、忘れもんだ!」


 






 獄翼からスコップが放り投げられる。

 雨のように斜めに降ってきたスコップはエイジの足下に突き刺さり、持ち主に握られる為に出現したかのようにエイジの行動を待った。


「へっ! ナイスコントロールだぜ」


 スコップの期待に応えるようにして柄を引っこ抜く。

 現れた武器に一瞬戸惑いつつも、タイラントはすぐさま平静を取り戻す。


「なんだ、それは」

「部下の不気味ちゃんから聞いてないのかよ。俺の武器をさ……そういや、アイツ見ないな」

「残念だが、シャオランは修理中だ」


 妹分のシャオランは銀女との戦いで負傷し、技術屋に修復を依頼している最中だ。

 傷は深く、まだ復活はしていない。


「しかし、貴様ら如き私ひとりいれば片付く話だ。例えお前が珍妙な武器を持ってたとしてもな」


 タイラントの全身から青白いオーラが吹き出し、噴水のように霧散していく。

 威圧感の籠った眼光もあり、迫力満点な光景だった。

 トラセットで見ていなかったら、今頃腰を抜かしていたかもしれない。


「けっ、ほざきやがったな!」

「確かに我々は過去、君に敗北を喫した。しかしあの時と今では状況が違うのを美しく理解していただきたいものだね」

「おい、金髪。俺はまだ負けちゃいないぞ」


 横で佇むアーガスに対し、エイジは唇を尖らせる。

 ただ、過去2回の戦いは客観的に見てどちらもエイジの負けに等しい物だった。

 当然ながら本人にもその自覚はある。

 だからこそ、


「今度こそ決着つけてやる」

「いいだろう。お前の顔もいい加減飽き飽きしてたところだ」

「しかし、君もまた無茶な戦場に召集された物だ」


 口に咥えた薔薇を手放し、アーガスが皮肉っぽく言う。


「天動神の殲滅力は私も耳にしたことがある。まさか君があれと協力して我々を倒しにくるとは思わなかったよ。一歩間違えれば君が吹っ飛ぶ上に、サイキネル君は君の苦手そうな人間だからね」

「何を勘違いしている」


 凶暴な犬歯を剥き出しにし、タイラントは姿勢を下げる。

 今にも走りだし、飛び込んできそうな構えだった。


「私はあくまで自分の意思でお前たちと戦いに来た。壁を破壊して脱出するのは誰でも予想できていたからな。激突音を聞きつけたら、後はそこに走ればいいだけの話だ。もっとも、外でアレが構えているのは知っていたがね」

「ほう。では、君は天動神の巻き添え覚悟で我々を倒しに来たと」

「そうでなければ、もう二度と機会はあるまい」


 もしもその機会を逃せば、タイラントは一生後悔する。

 恩師の仇。

 妹分の仇。

 そしてなによりも、自分へのケジメ。

 全てをぶつけて帳消しにするには、真っ向勝負を仕掛けて勝つ以外にない。

 タイラントはそう思っていた。


「それと、お前らはもうひとつ勘違いをしている」

「なんだよ。まだあるのか」

「サイキネルはお前たちに負けた後、処刑された」


 一瞬、静寂が場を包み込んだ。

 

「処刑だと? 彼が、か」

「そうだ。王の前でアトラスの逆鱗に触れ、そのまま殺された。半年前の話だ」


 エイジはぼんやりと思い出す。

 天動神とサイキネルの関係性について、だ。

 記憶が正しければ、サイキネルとそのブレイカーは、サイキックパワーと呼ばれる能力の増幅に関わるらしい。

 実際、サイキックパワーを存分に使ったアキハバラでの戦いでは苦労した物だ。

 逆に言えば、サイキックパワーが使えないと天動神は本来のスペックを十分に発揮できない。

 そしてサイキックパワーという摩訶不思議な力を持った新人類など、サイキネルしか居ない筈だ。


「馬鹿な。ではあれに乗っているのは誰だね? まさか無人で動いているのではあるまいな」

「それはない。無人ではエネルギーが供給されず、ただの鉄クズだ」


 いるのだ。

 サイキネル以外のサイキックパワーを持った人物が、天動神を動かしている。


「まさか……鎧か!」


 ここでエイジは正解に辿り着いた。

 

「そうだ。あれに乗っているのはサイキネルの鎧だ」

「……だとしたら、大したことねぇな」


 強敵、サイキネルのコピー。

 その可能性に気付いた瞬間、エイジは戦慄したがすぐに落ち着きを取り戻していた。


 なぜなら、サイキックパワーは人間の感情の揺れ幅に大きく影響するからだ。

 理論は知らないが、パワーを最大限に高める為にサイキネルは終始テンションが高かったのを覚えている。

 ゲイザーのような例外でない限り、感情を捨てた鎧がコントロールできる代物とは思えない。


「サイキックパワーを使うなら、テンションがハイじゃなきゃならねぇ! 本物が身を持って実践してくれたぜ!」

『ファッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!』


 言い終えたと同時、天地をつんざく様な甲高い声が轟いた。

 再び静寂が訪れたかと思うと、エイジとアーガスは反射的にお互いの顔を見合わせる。


「私もさっき聞いて驚いた。その為にわざわざイレギュラーな鎧を作ったらしいからな」

「……どの辺がイレギュラーなのか聞いてもいいか?」

「ずっとハイテンションらしいぞ」


 前言撤回である。

 感情を無くしたアクエリオ達や、イレギュラーのゲイザーよりも性質の悪い鎧だ。

 ずっとテンションが高いままということは、常に天動神はフルパワーで動き続けると言う事ではないか。

 アキハバラを襲った野太い赤のビームを思いだし、エイジが身震いする。


「わかったか。私も命がけでここにいるんだ。嫌でも決着はつけさせてもらうぞ」

「……バックミュージックが最悪な決着だぜ」

「まったく、美しくないね。品性を疑う」


 直後、タイラントが大きく一歩を踏み出した。

 エイジとアーガスが各々の武器を構え、迎撃態勢に入る。


 その間、彼らのずっと後方にいる天動神からはバックミュージックが流れていた。

 サイキネルを元にした鎧、エアリー。

 言語を『ファッキン』のみに縛られた、あまりにも可哀そうすぎるクローンが力の限り連呼する。

 感情的すぎるBGMが流れると同時、天動神の巨大なボディも赤く輝き始めた。

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