第136話 vs運命の赤い糸

 運命の赤い糸。

 なんともロマンチックな言葉だ。

 夢がある。

 乙女だったら、きっと誰もが一度憧れるシチュエーションなのかもしれない。

 運命の人と結びついた絆がはっきりと目で見れる。

 シデンやマリリス辺りはこういうのが好きそうだと、カイトは思う。


 だが、自分にそんなものが結ばれてもぜんぜん嬉しくない。

 むしろ反吐を吐いてもいい程だ。

 左目からレーザーポインタのように照射されている赤い線を見ながらも、カイトは睨む。

 赤い糸でつながった蜘蛛の人形を。


「むふ。むふぇ。うへへへへへっ!」


 すごくうれしそうだった。

 これ以上ないってくらいに興奮している。

 長い付き合いなのだ。

 例え今の肉体に表情がなくとも、どんな気持ちなのか大体理解できる。

 いや、できてしまう。


「いやぁ。いやぁ。いやぁ!」

「うるさい」


 嬉しさなのか興奮なのか。

 そのどちらも入り混じっているのだろうが、エレノアの言語機能は既に理解できない領域へと飛び出していた。

 彼女の感情は既にロケットの如く天をつっきっており、次から次へと溢れ出してくる言葉には喜びが満ち溢れている。


「いやぁ、ははっ!」

「おい、さっきから他に言う事はないのか」

「あるのかい? これを一言で表すような言葉が!」


 小さな蜘蛛の人形が飛び跳ねた。

 一度叩き落とされたカイトの右肩に着地すると、人形が囁く。


「もう君と私は離れることはない。精々5メートル。それ以上遠ざかると、引き戻される。いやぁ、素晴らしいシステムだ」

「納得いかん」

「ま、原因は考えるまでもないんじゃないかな」


 現在進行形でカイトの左目から伸びる赤い光から考えると、可能性は自然と絞られる。

 

「移植手術って、結果的に君だけじゃなく、中で眠っていた私にまで影響が出ていたんだね」

「……くそっ」


 住み付かせるんじゃなかった。

 つい先日におきたミラーハウスでの出来事を思い出し、カイトは憤慨する。

 無理やりにでもシャオランの方に住み付かせていればよかったと心底後悔した。

 あの時の油断が、まさかこんな形で共同生活に結びつくなんて。

 お互いに夢にも思わなかったアクシデントであった。


「まあ、前向きに考えようよ。ね?」

「ここでお前を殺せば、実は全部解決するんじゃないか」

「前を向いてふたりの未来を考えよう!」


 爪を伸ばした瞬間、エレノアは慌てながらも提案した。


「その為にも、まずは脱出だ」

「ああ。ちゃんと他の連中を回収してな」

「当然、君の意思は尊重する。私はこう見えても器量のいい女なんだ」


 本当かよ、と疑問の眼差しを送る。

 これまでの行動を思い返すと、結構自由人な上に自分の欲望を重視していた気がした。


「考えがあるんだけど、聞いてみてくれないかい」

「聞くだけ聞こう」

「見たら判ると思うんだけど、今は城内が迷宮になっている。敵味方ともに城からの脱出は困難な訳だ。例外はいるけどね」

「例えば?」

「迷宮を作った張本人」


 ノアの顔を思い浮かべ、カイトは顔をしかめた。

 彼女の新人類としての力についてはそんなに詳しくない。


「彼女については、あんまり知らないみたいだね」

「兵なら知ってるが、流石に関わりが浅い奴らとなるとな」

「迷宮は彼女の意思で自由に動く。だから、どこに部屋が移動したのか。どんな構造になってるかは彼女が把握してるってわけ」

「現在進行形で迷宮は変化するのか?」

「彼女が望めば、きっとそうなる」


 脱出の可能性が限りなく低い迷宮だ。

 そこから抜け出す方法は、軽く考えた限りだとひとつしか思い浮かばない。


「壁をぶっ壊していくしかないか」

「そうなるね」


 エレノアも同意する。

 考え方としては、間違いではなかった。

 ノアの迷宮はあくまで壁や部屋の構造を入れかえるだけであり、異次元に繋がっているわけではない。

 中を進んで迷うのであれば、ひたすら壁を破壊して進んだ方が効率がいいのだ。

 その方が目印にもなる。


「だけど、気を付けなきゃいけない点がある」

「それは?」

「外に出た兵が待機しているであろうこと」


 カイト脱走の報告は新人類王国全体に伝わっていると考えていい。

 外には彼らを捕獲する最終防衛ラインとして、あらゆる兵が召集されている事だろう。


「そして今、鎧も出ている」

「あいつらか」


 ラボの中にいた、4体の鎧を思い出す。

 彼らのオリジナルが誰なのかは知らないが、その内のひとりは自分であることは知っている。

 見つかれば無事では済まない上に、仲間を呼ばれて一気に不利になってしまう。


「鎧以外にも何人かいる筈だよ。そこで、提案なんだけど」


 というよりも、ここからが本番である。

 エレノアは勿体ぶりながらも言った。


「武器庫に寄ってもらえないかい」

「なぜだ。こっちは牢屋に捕まってる奴がいるんだぞ」

「君を捕まえるまでは手を出さないだろ。逃げ出したのはあくまで私であって、君ではない」

「……武器庫に行ってどうする」

「私の本体がそこに保管されてるんだ。前に君を襲撃した時、ミスターが転送しやすくするためにね」


 本体。

 その言葉に、カイトの眉が動いた。


「お前の本来の身体か」

「そう。こうなった以上、もう戻ってくる事がないだろうし、回収しておきたいんだ。結構使いやすいように弄ったし、きっと損はしないよ」

「もう処分されてるんじゃないのか」

「私の人形が何で作られてるのか忘れたのかい?」


 そう言われると、カイトも納得せざるを得ない。

 エレノアの素材は今や希少価値が付いたアルマガニウムの大樹。

 その木材だ。

 ほぼ入手不可能になったそれを破棄する真似を王国がするとは思えない。

 少なくとも、自分なら取っておく。

 カイトはそう思うと、渋々納得した。


「……場所はわかってるのか」

「本体の場所は常に感知できるんだ。私のオリジナルの部分だからかね」

「いいだろう。武器庫から面倒な武器の無力化もできるし、拝借もできる。方向は?」

「ずっと右側。ここを抜けて、結構あるよ」







 蛍石スバルは目を見張る。

 仲間たちと合流する為にボディーガードをふたりほど連れて城に突撃したのはいい物の、肝心の城内が非常に『ぐちゃぐちゃ』なのだ。

 牢屋に連れて行かれた時に城内を軽く見渡してはいたが、えらく様変わりしている。


「迷宮か」

「らびりんす?」

「文字通り、建築物の中身を迷宮にする力だ」


 先頭に立つイゾウが言う。

 

「一度足を踏み入れた者は滅多な事では脱出できん。できたとしても、外には貴様らを抹殺する準備を整えた兵が構えているという寸法よ」

「じゃあ、脱出不可能だってわけじゃないんだな」

「私も一度聞いたことがある。迷宮は常に能力者の意思によって変化しているが、元となる空間に出入り口がある以上、必ずどこかがでそこに通じているらしい」


 新人類軍の経験者ふたりがいうのだ。

 脱出は十分可能だと考えていい。


「だが、小僧。貴様に脱出の算段はあるのか?」

「ある」


 案外さらっと言われた言葉に、イゾウは関心の眼差しを送る。

 アーガスも興味深げだ。


「では、君の美しいプランを聞いてみてもいいかな?」

「獄翼のスイッチを取り返すんだ。あれを押せば、格納庫に押収されている獄翼は俺のところまで飛んできてくれる」

「なるほど」


 イゾウは納得する。

 確かにブレイカーを格納庫から直接呼びよせれば、外壁の破壊は可能だ。

 結果的に城を破壊することになるが、目立つ事も出来るので仲間からも注目をえられる。

 分解された可能性も考えられなくはないが、彼が駆る機体はこれまで何度も強敵を打倒してきた現場のたたき上げ。

 行動不能になるまで分解されているよりかは、中のデータの抽出をされている筈だ。

 雑ではあるが、悪くないプランだと思う。

 その方が『物怪』の注目を集められるという物だ。


「しかしスバル君。それは牢屋に入れる時に押収されたのだろう」

「そうなんだよな……だから、どうにかして格納庫に辿り着くか、押収されたスイッチを回収するかをしなきゃ話にならないんだよ」

「ならば簡単だ」


 イゾウは近場の扉を睨み、近づく。

 

「扉をしらみつぶしに開けていけばいい。そうすればいつかきっと目的地に出る事が出来る」


 気の遠くなる作業ではあるがな。

 そう呟くと、スバルは早速扉に手を付けた。


「スバル君、もう少し慎重になりたまえ。ここが何処に繋がっているのかもわからないのだよ」


 迷宮化された城内では、扉を開けたところで目的地に繋がっている保証はどこにもない。

 最悪、元の場所に逆戻りする可能性だってある。

 だが、スバルは扉を開ける事を止めようとはしなかった。


「でも、開けてみないと何も始まらないよ」


 結局のところ、外に出るという大前提がある以上、いつか必ず開けなければならない。

 要は運勝負なのだ。

 開けて悪夢が待っているなら撤退し、なにか発見できればそれでよし。

 そうやって納得しながら進んでいかないと、先に進めない。

 

「某もその意見に賛成だ。だが小僧、貴様ではなにかあった時に対処できまい。正面は某が務めよう」

「お、おう」


 意外な事に、イゾウはかなり協力的だった。

 鎧と戦えるかもしれないこの状況を心から楽しんでいるようにも思える。

 実際、楽しいのだろう。

 傍から見て、包帯侍はうきうきしていた。

 きっとこの扉の向こうにも、なにかしらのえげつない化物がいることを期待している。


「仕方があるまい。スバル君、私の視界から決して離れるな。でなければ、美しくフォローできないからね」


 アーガスが納得の言葉を呟く。

 ちょっと言動が怪しい時があるが、味方にすれば頼もしい限りだ。

 スバルはこの時、自分が鉄壁のバリアで囲まれているかのような錯覚を覚えた。


「では、開けるぞ」


 イゾウが自動ドアを開ける。

 スバルが身構え、アーガスが中の空間を睨みつける。


「ここは……牢屋、か」


 身構えた後方のふたりは、一旦構えを解く。

 スバルはイゾウの後ろからこっそりと中を覗き込んでみた。

 するとどうだろう。

 部屋のど真ん中に鎖で繋がれた囚人服の少女がいたのだ。

 天井から伸びる鎖で両手を縛りあげられ、床から伸びる鎖は足を繋ぎとめている。

 どう見ても自分が経験した以上の仕打ちだった。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 年端もいかない少女が悲惨な目にあっているのを目の当たりにして、スバルは真っ先に突撃する。

 後方からイゾウ、アーガスの順番に部屋に入り、一度自動ドアを閉めた。


「ひっでぇな。新人類軍って、囚人全員をこんな目に会わせるのか?」

「程度にもよる。放置して王国の為にならぬと判断されれば、某の部屋に直行するか、弱らせて処刑を待つかの二択になる」


 だが、イゾウは少女を観察しながら思う。

 鎖で繋がれてるところから判断して、少女は処刑確定の要注意人物なのだろう。

 終身刑のアーガスでさえも、手錠だったのだ。

 しかし、それにしたって綺麗すぎる。

 殴られた形跡は見られない。

 寧ろ肌が綺麗すぎて、本当に囚人なのか疑うほどだ。


「アーガス、貴様が兵を務めていた頃。このような少女が処刑になるという話を聞いたことは?」

「いや。私も聞いたことがない」


 アーガスもイゾウと同じ疑問を抱いていた。

 少女は鎖で繋がれ、意識を失っている。

 スバルが何度か呼びかけてみたが、起きる気配がない。

 相当深い眠りについているようだ。

 しかし彼女の身だしなみはあまりに清潔過ぎた。

 胸まで伸びている黒い髪も手入れがされており、白い肌に傷跡ひとつない。

 囚人服もどちらかといえば新品で、綺麗な部類だ。

 この服をドレスに変えれば、それだけでお姫様ができあがる。


「年齢はスバル君よりも少し下、くらいかな」

「なあ、この子連れて行こうぜ。このままだと弱って死んじまうよ」


 スバルの提案に、イゾウは僅かに顔をしかめた。

 溜息をつき、つまらない物を見るような目で見下される。

 露骨に嫌がっているのが丸わかりだった。


「なんだよ。ダメなのか!?」

「小僧、貴様は自分の立場が分かっているのか?」


 憤慨する少年に対し、イゾウが諭す。

 貴重なシーンだった。

 人殺しが少年を説得するなんて、前代未聞であるとアーガスは思う。


「もちろん分かってるさ。だからこそ、この子もつれて逃げる!」

「その女が誰なのかも知らぬのだぞ」

「いいじゃねぇか! どっちにしろ、こんなところに居たら殺されるぞ!」


 スバルが改めて周囲を見渡す。

 壁には無数の破壊の痕跡が残されていた。

 何か鋭い爪で壁を引っ掻いたかのような痕が無数に存在している。

 きっとイゾウのように、この部屋を支配している人間が付けた痕跡なのだろう、とスバルは直感的に考えていた。


「考えてる時間も惜しい」


 堂々巡りになりそうなふたりを前にして、アーガスが言った。

 彼は前進すると、少女の身体を繋ぎとめていた鎖を手で引きちぎる。

 容姿に似合わず、大胆なパワーと行動だった。


「スバル君、言いだしっぺは君だ。連れて行くなら君が背負っていきたまえ。発言した以上、責任を取るのが美しい者の定めというものだ」

「アーガス、だがこれは――――」

「わかっている」


 なおも食い下がるイゾウに対し、アーガスは耳打ちした。


「確かに君にとってはお荷物になるかもしれない。しかし、彼女が何者であるにせよ、こんな場所に入れられたのには何か理由がある筈だ」

「どんなわけがあってこんな場所に来たと言うのだ」

「それはわからない。しかし、彼女は過去に例を見ない扱いを受けている囚人なのは確かだ。君も、そこは理解しているだろう」


 イゾウは黙り込んだ。

 それを肯定と受け取った上で、アーガスは話を続ける。


「恐らく、彼女は新人類王国でもかなり優遇された存在なのだろう。身なりの状態からもそれは覗えるし、シャンプーのにおいもした」

「つい最近入れられたのではないのか」

「で、あるなら部屋に彼女のにおいは深く染み込んでいない」


 犬みたいなことをいう男だ。

 イゾウは訝しげにアーガスを見やるも、彼はまったく気にしていない。


「どちらにせよ、だ。私の目的はスバル君の美しきボディガードであり、君は寄りかかってくる災いを切り捨てる事にある。ならば、彼が道中で誰かを助けようと言うのなら、その意思はなるだけ尊重すべきではないのかね? 我々は彼の保護者ではないだろう」

「……随分と理解があるのだな」

「はっはっは。勿論だとも」


 アーガスは豪快に笑うと、はっきりと言ってのける。


「彼らしくて実にいいではないか。こういうのは」


 半年ほど前、自分はそれを愚かだと言って注意したが、今となっては美徳である。

 こういう少年がもっといれば、きっとこの世界はもう少しやりやすかったはずだ。

 根拠もない思考を頭の中で呟きつつも、アーガスは満足げに微笑んだ。

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