第133話 vsパペット・メモリーズ ~その2~

 父が死んだ後、エレノア・ガーリッシュには新しい夢が出来た。

 最高の人形。

 至高の身体を手に入れる事だ。

 白骨死体となって帰ってきた父親を見た時、彼女は思った。

 人間とはなんて脆いのだろう、と。


 考えてもみれば、人は銃で撃たれると死ぬ。

 刃物で切り付けられても死ぬ。

 火に炙られると死ぬ。

 長時間水の中にいると死ぬ。

 奇跡的に生き延びたとしても、なにかしらの後遺症は残る。


 残念な事実だが、人間はエレノアが思う程に頑丈ではなかった。

 素材さえなんとかすれば自身が作る人形の方が長生きだったかもしれない。

 いずれにせよ、彼女はそんな人間の身体を不憫だと思った。

 幼い頃、自分に人形作りを教えてくれた父はあまりに変わり果てていたのだ。

 父のことは尊敬していたが、あんな風になりたくないと強く思う。

 同時に、年をとっていく母親の姿もまた惨めだった。

 増えていくシワ。

 曲がる腰。

 耳も遠くなるし、頭もボケてきている。

 人間は消耗品だ。

 長く使えば使うだけボロボロになっていく。

 例えオリンピックで金メダルを取るような凄い奴でも、100年経てば死体か老人かの2択である。


 エレノアは今後の人生設計を考えるうえで、その2択に辿り着いた。

 死ぬのが何年後になるかは知らないが、できるだけ両親のようにはなりたくないと思う。

 彼女は生物が辿り着く終末を、拒否したのだ。

 その結果が、至高の身体の作成である。

 

 エレノアが追及する肉体は、いくつかの条件があった。

 ひとつは傷つかない事。

 もしくは傷ついても問題ない事。

 もうひとつは、自分の身体をベースに改造していくことであった。

 既に彼女は人体を素材にしての人形作成を成功させていたのである。

 限りないリアルを追及していった結果、本人すらも人形の素材としてしまったのだ。

 狂気の先に辿り着いた人形作りは、とうとう自分の身体にまで矛先を回したのである。


 彼女は非売品の人形に憑依し、己の身体の改造に着手した。

 素材に関しての宛てはある。

 人形に改造した作業員が全国の素材を送り届けてくれているのだ。

 文字通り、裏で糸を引いていたのである。

 しかし、そうやって素材の問題を乗り越えても現実は味方をしてくれない。

 至高の身体の作成は、困難を極めたのである。

 死なない身体を作り上げるのは、彼女の力だけでは無理があったのだ。


 この当時、既に新人類という存在は世界中に知れ渡っていた。

 祖国のパイゼルは新人類王国と名乗り、全世界に挑戦状を叩きつけた。

 その尖兵として送り出されたのが、新人類軍である。

 彼らはエレノアと同じ種類の人間だった。

 異能の力を持って生まれた才能の塊を前にして、エレノアは興奮を抑えられなかった。

 自分の力で人形制作に失敗したエレノアは、期待を寄せながらも思う。

 彼らの中になら、自分の理想に近い身体を持つ人間がいるのではないか。


 エレノアはその日から1週間、店を閉めた。

 その間、彼女はずっと新人類王国と交渉し続けたのである。

 こんな能力を持った兵は居るか、と。

 当然ながら、個人情報である。

 彼女はこの日、番兵から追い返された。

 

 しかしエレノアはめげなかった。

 彼女は翌日、兵に向かって言った。


『私の要件を聞かないのであれば、実力行使に入るぞ』

『なにを言っている。お前はどこに何を言ったのか、理解しているのか』


 当然理解している。

 国だ。

 世界に挑戦した国を前にして、エレノアは更に挑戦状を叩きつけたのだ。

 幸いながら新人類王国は絶対強者主義である。

 負けなければエレノアは咎められることはない。

 そして彼女が見事に勝利してみせた。

 番兵との1対1の決闘で、堂々と。

 彼女は過去最大の注目を浴びた。

 古い人形店の店主が新人類軍の兵士に勝ったと、そう報じられた。


 この騒ぎは大きく、王の耳にも届いた。

 三度の飯よりもハプニングが大好きな王は笑顔で言った。


『いいじゃない! 紹介してあげなよ。勝ったんだからご褒美をあげないとね!』


 王は勝利者には寛大で、話の分かる男であった。

 こうして後日、エレノアの元にひとりの新人類が送り出されたのである。


「……ふぅん」


 延々と続くエレノアの歴史ダイジェストを体感しているカイトは、心底退屈そうに呟いた。

 この先、なにがおこるのか彼は知っているのである。

 何を隠そう、王の紹介で派遣されたのが神鷹カイトその人だったからだ。

 この時カイト、僅かに6歳。


「わっか!」


 場面が切り替わり、エレノアの店をノックした少年時代の己。

 保護者のエリーゼを同伴させたその姿は、まるでお母さんと子どもである。

 実際、この時の彼は子供だった。

 戦場や訓練以外の外出はこれが始めてだったのだ。


 あまりにも未熟すぎる自分の姿を前にして、カイトは肩を落とす。


『はいるぞ』


 愛想の欠片も無い挨拶をしてから、お店のベルを鳴らす。

 後ろのエリーゼが頭を抱えているのが見えた。

 礼儀作法もなっていない、生意気な子供だった。

 彼女が溜息をつくのも頷ける。

 我ながら手間のかかる子供であった。


『やあ、いらっしゃい』


 無数の人形に囲まれたお店のカウンターで、エレノアと思われる布の塊が語りかける。

 顔は見えなかった。

 あれも人形なのか、と思いつつもカイト少年は問う。


『誰だお前』

『私の名前はエレノアっていうんだ。君をここに招待したのは私だよ』

『ふぅん』


 興味が無さそうにカイト少年は言う。

 彼の興味を引いたのは、店の中に敷き詰める人形たち。

 それぞれが今にも動き出してきそうな、リアルすぎる玩具。

 ただ、どういうわけかそれらは全て女性であった。

 カイトはこの時の気持ちをよく覚えている。

 多くの人間に見られているようで、落ち着かなかったのだ。


『気に入ったのはあったかい?』

『いや、別に』

『そうか。残念だなぁ』

『ガーリッシュさん、宜しいでしょうか』

『なんだい』


 マイペースにカイト少年と会話をするエレノアに、保護者が話しかけた。

 彼女は眉を吊り上げながらも言う。


『素体のデザインの依頼とお伺いしましたが』

『そうだよ』

『具体的に何をするおつもりですか?』

『君に言う必要はないと思うなぁ。これは私と彼の間におきようとしている交渉なんだよね。ていうか、君だれ』


 そこで初めて、布の塊はエリーゼの姿を認識した。

 保護者を務める女性は、呆れたとでも言わんばかりのローテンションで答える。


『エリーゼと言います。彼の保護者です』

『なるほど、なら話は早いね』


 布の塊がカウンター席から立ち上がり、近づいてくる。

 フードのように被っているだけなのかと思っていたが、想像とは違った。

 彼女は上から下に至るまで布に包まれており、まるで絵本の中にでも出てきそうな悪い魔法使いのようなファッションだったのである。


『お顔は見せてくれないのですか?』

『見せてもいいけど、彼がいる前だと少し照れちゃうな』

『子供相手に何を言ってるのですか貴女は』

『そうだね。でも、何を言おうが私の自由さ。だから、そのまま自由に君にお願いをしよう』


 布の中から右腕が飛び出した。

 白い、綺麗な細腕である。

 エリーゼの目の前に差し出された手は、なにかを要求するかのように胸の位置で動きを止めた。


『おくれよ』

『は?』

『カイト君を私に頂戴、と言ってるんだ』


 エリーゼが訝しげな目つきでエレノアを見る。

 なにをいってるんだ、こいつ。


『お金なら出そう。今はもう、腐るほど貯金があるんだ』

『そういう問題ではありません!』


 突拍子もない提案を前にして、エリーゼが憤慨する。

 彼女が感情剥き出しで声を荒げるのは、非常に珍しい事だった。


『カイト、帰っていいわよ。あなたがいるべき場所ではないわ』

『大変だ、エリーゼ。この人形、唾液が出るぞ』

『何をしてるの!? 早く帰りなさい!』


 そういえば、彼女に叱られたのはこれが始めてだったっけ。

 現代カイトは居心地の悪そうな顔をしながらも、少年カイトの後ろ姿を見守る。

 少年は渋々人形から離れると、エリーゼの言いつけどおり出ていった。


『なんのつもりだい。折角彼が私に興味を持ってくれたのに』

『興味を抱いたのは、あくまで人形の方でしょう』

『いんや、あれも全部私だよ』


 睨むエリーゼを余所に、エレノアは布を脱ぎすてた。

 現代カイトは驚愕する。

 この時、彼女が使っていた人形は大分昔に手をかけた級友のものだった。

 見覚えのあるエメラルドグリーンの瞳が、エリーゼを射抜く。


『こうしてみればわかるかな?』


 エレノアは袖をまくる。

 球体関節が見えた。

 確かな証拠と事実を突き付けられたエリーゼは、驚愕の表情のまま言う。


『……人形ならなんにでもなれると?』

『そうでもないさ。ちゃんと自分の身体はあるし、素材は特注品じゃないと動かせない。まあ、新人類を使ってれば問答無用で動かせるんだけどね』

『なるほど。そういうことですか』


 エリーゼはその言葉に納得すると、再度人形を睨む。


『彼は渡しません。絶対に』

『君の許可は絶対必要ってわけじゃないよ。彼がその気になってくれさえすれば、ね』

『幼い彼を騙し、人形にするつもりですか?』

『ただの人形と一緒にしないでくれないか。私の人生だよ』

『否定はしないのですね』

『事実だからね』


 淡々とした会話だった。

 しかし会話自体はスムーズに運んでいるように見えても、現代カイトにはふたりの間に激しい火花が散っているように思える。


『それに、聞いたよ』


 エレノアが口を開く。


『彼は既に色んな人体実験を受けているそうじゃないか。他にもスペアがいると聞いてる。それなら、彼の能力を欲する私が貰っても構わないだろ』

『ダメです』

『どうして? こう見えても、私は物持ちが良い方なんだ。初めての友達だって、こうやってずっと保存している』

『友達? それが、ですか』


 半目で目の前の人形を睨み、エリーゼがまじまじと観察する。

 確かに大切にされてはいるようだ。

 傷跡も見られないし、お手入れもされている。

 本人を人形の素材にしているのであれば、ここまで長持ちさせているのはそれなりの感情の表れだと思って良いかもしれない。

 だがエリーゼは、あえて踏み込み斬りかかる。


『あなたは友達を人形にするのですか』

『そうだよ。私は彼女から何も貰った事が無かったんだ。だから身体を貰った』


 今だからわかるが、なんとも屁理屈な理論である。

 完全なるギブアンドテイクの関係だ。

 エレノアの言う友人関係は、それで成り立つ物として認識されている。

 カイトは思う。

 友達ってそういうのだったっけ、と。

 アキハバラでエイジやシデン、スバルを助けたいと思ったとき。

 カイトは決して見返りが欲しいとは思わなかった。


 現代カイトの意思を肯定するかのようにして、エリーゼは言ってのける。


『それは友達ではありません』

『なんだって?』

『あなたは技術者としては一流かもしれません。夢もあり、目標を持って頑張れる。それは素晴らしい事だと思います』


 ですが、


『人としての大事なものが欠落しているあなたに、あの子を任せるつもりはありません』

『言ってくれるじゃないか。自分が人間として完成しているとでも言うのかい?』

『少なくとも、私が目指す最強の人間はあなたではないことは確かです』

『なにそれ』

『言った所で、あなたに理解できるとは思えません』


 エリーゼが踵を返す。

 そのままドアノブを握ると、振り返らないままエレノアに言った。


『今日はこれで失礼します。恐らく、あなたがそのままである限り、素体の件は許可が出せません』

『王から許可はもらってるんだけど』

『保護者は私です』


 力強く言い放った。

 エリーゼがどれだけ自分の力に自信を持っているのかは知らない。

 現代カイトも、彼女が戦う姿を最後まで見たことが無かった。

 ただ、彼女は確かな自信を持って口を開く。


『例え王が相手でも。他の新人類が相手でも。旧人類が相手でも。あなたが実力行使で来たとしても、私が彼を守ります』


 現代カイトの眉が、僅かに動いた。

 彼は静かに呟く。

 誰にも届く事のない、疑問の声を。


「……なんだと」


 疑問の言葉はエリーゼには届かない。

 彼女はエレノアの視線を一身に受けつつも、宣言して見せた。


『私が生きている限り、彼をあなたの好きなようにはさせない。私が死んだとしても、それは同様です。そのつもりで次回の交渉に挑んでください』

『……ふぅん』


 エレノアの呟きを聞くと、エリーゼは店から去って行った。

 後に残されたのは、店主と現代カイト。

 前者はつまらなさそうな顔で店の奥へと姿を消した。

 後者は人形に囲まれた空間で、身動きせずにいる。


「うそつきめ」


 カイトは吼える。

 彼女から受けた痛みを思いだし、身体中から溢れる感情を抑える事もせず。

 ただ本能のまま叫んだ。


「嘘をつくなっ!」


 虚構の世界がひび割れた。

 カイトをとり残し、エレノアの歴史を記した世界が光の中へと消えていく。

 まるでカイトの叫びに驚き、逃げていったかのように。


 カイトは震えつつも、周囲を見渡す。

 最初と同じ暗闇の世界が広がっていた。


 だが、彼は見る。

 逃走していった世界とは別の方向から光が差し込んでくるのを、だ。

 カイトは戸惑った。

 また、嫌なものを見せられるのかもしれないと。

 そう思うと、足が思うように動かない。


 それでも他にやることも無いのは事実だ。

 何もせずに死んでいくよりかは、多少は『変化』を望む。

 カイトはゆっくりと、重い足取りで進んでいった。

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