第131話 vs新人類軍の事情
天井のランプが消えた。
何度か城内を襲った激震を耐え抜いた監視カメラが、遂に沈黙したのである。
「よし!」
ベッドから飛び起きると、御柳エイジは自室の扉を開け放つ。
そこに広がっていたのは四方八方に広がる廊下だった。
右を見ればT字路、左を見れば十字路、正面を見ても十字路である。
「な、なんですかこれ?」
後ろに続くマリリスが驚愕の表情を浮かべる。
彼女は迷宮の初体験者だ。
いかに始めてきたところでも、昨日と全く違う景色が広がっていれば誰だってこんなリアクションを取る。
だが、今は説明の時間すら惜しい。
なので、簡潔に纏めてあげることにした。
「ここお城!」
と、エイジ。
「ここ迷宮!」
と、シデン。
「どっちなんでしょう!」
結果としてはマリリスの頭を更に混乱させることになってしまった。
これまで多くの新人類を目の当たりにしてきたが、迷宮を作り出す異能なんて想像できなかったのだろう。
「ええっと、とりあえず迷宮っていう認識で大丈夫なんですね」
「ああ。出口はどこにあるかわかんねぇし、その辺のドアを開けたらどこに繋がってるのかもわかんねぇ」
「それでふたりを探し出せるんですか?」
率直な疑問だった。
傍から見ても、王国内は複雑に入り組んでいる。
途中で仲間を拾い、出口を目指すのはかなり困難なように思えた。
また、当然ながら邪魔をする兵もいる筈。
先程のディアマットのアナウンスを考えれば、敵がわんさかいるのは想像するに容易い。
「大丈夫だ。奴のにおいを辿ればいける」
「え?」
真顔で言ってのけたエイジに対し、マリリスは首を傾げる。
疑問が尽きない台詞だったので、反射的に聞き返してみた。
「あの、よく聞こえなかったのでもう一度お願いできます?」
「においを辿る。そうすれば迷うことなく一発で探し出せるって寸法よ」
本気で言ってるのかこの男は。
呆然と立ち尽くすマリリスをよそに、シデンは言う。
「まあ、流石に近くにいかないとわかんないけどね。今は揺れがあった方に走ってる」
「ああ、なるほど」
妙に納得できた。
よくよく考えてみれば、当たり前である。
いかに彼らが超人とはいえ、この迷宮を匂いで攻略できたらトラセットでカイト探しなんかしなかった。
「でもまあ、少しでも匂いがすれば当たりなはずだ。それまでは当たりがありそうな方向に行くしかねぇ」
完全な運任せだった。
今はまだ当てがあるとはいえ、そこが外れだった場合はどうする気なのだろう。
そんな事を考えていると、前を走る足が止まった。
「どうしました」
「お客さんだ」
エイジが言うと同時、シデンが銃を抜く。
しかしすぐにトリガーを引くような真似はしない。
マリリスはシデンの背後に隠れながらも、そっと相対する相手の顔を見た。
メラニーだ。
見覚えのある三角帽子を確認すると、マリリスはすぐに顔を伏せた。
「立場上、お客さんになったつもりはねーんですけど?」
長すぎるローブを羽織った少女は、既に折紙を構えている。
色とりどりの折り紙がどれ程の力を持っているのか、マリリスはよく知っているつもりだった。
「その紙、どうするの?」
「こうします」
シデンが問うと、三角帽子の少女は迷うことなく紙片を放り投げた。
指に挟まれていた4枚の折り紙が一斉に襲い掛かる。
「や、やばいですって!」
マリリスがシデンの袖を摘み、退却を促す。
メラニーの投げた折紙の中には黄色い紙片が混じっていた。
貼り付けると、対象を爆発させる恐ろしい紙である。
「そう?」
しかし、シデンとしてはどこ吹く風だ。
彼は表情を変えないまま、折紙を睨みつける。
直後、投げつけられた折紙が宙で停止した。
勢いを失った4枚の紙は床に落ち、ガラスのように砕け散る。
「悪いけどさ、君じゃボクには勝てないかな」
「……はぁ、やっぱそうでしょうねぇ」
不敵な笑みを向けられ、意外にもメラニーはあっさりと引き下がった。
彼女は帽子を深くかぶり、数歩下がる。
「どうぞ」
「え?」
通路の端へと行き、進行を促す。
お互いの顔を見合わせ、もう一度メラニーを見た。
指に折り紙を挟んではいない。
「急いでるなら、さっさとした方がいいんじゃねーですか?」
「いや、そりゃそうなんだけどさ……」
なんでそんな簡単に通すのか、と首を傾げてしまう。
その意図を察したのだろう。
彼女は深いため息をついてから言った。
「私、正直今回の件は納得できてねーんですよね」
メラニーは頭を抱えてから、腕を組む。
ちらっと監視カメラを盗み見た。
彼女はランプが点灯していないのをいいことに、貯め込んでいた不満を吐き出していく。
「別に、あの乙女の敵や旧人類の糞野郎がどうなろうが知ったこっちゃないです」
酷い言われようだった。
特に前者。
あの人はメラニーさんに何をしでかしたんでしょう、と疑問に思いながらもマリリスは耳を向ける。
「ただ、まあ。何ていえば良いんですかね。ぶっちゃけた話、アンタ等を連れてきた時点でこんな状況になるのって、わかりきってたわけじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだ」
仮にカイト以外を連れて行ったとしても同じことだ。
生きる為に必死になって、全力で抗う。
生き物の本能だ。
無抵抗のまま、ただ殺されていく人間なんてそうはいない。
「自業自得かなって」
「お前、それ新人類軍としてどうなんだ?」
「私、あくまでお姉様の部下なんで」
「タイラントも同じことを考えてるって事?」
「私の口からは何も言えません」
十分喋ってるわけだが、ここで指摘してもメラニーはどこ吹く風だろう。
「さて、無駄話をしてる暇はねーんじゃないですか? 早く行かないと、あのふたりがどうなってるか保障できませんよ」
「おお、そうだった。行くぜ、ふたりとも!」
「マリリス、後ろはボクが回るから、前に行って」
「は、はい!」
指示に従い、マリリスはエイジの後ろに続いて走る。
その背後に続き、シデンが駆けた。
彼はこちらの背中を見守るメラニーをずっと睨みつつも、足を動かしていた。
「……本気なのかな」
十字路を曲がって少女の姿が見えなくなったところで、シデンが口を開く。
とうとう彼女は次の攻撃を仕掛けてこなかったのだ。
もっとも、なにかやってきても全て完封する自信はあったが。
「さあな。どっちにしろ、あいつは身の程を弁えたって事だろ」
「まあ、負ける気はしなかったけど」
あのまま戦っていれば、メラニーは何もできずに倒されていた。
彼女の攻撃の9割は折紙から始まる。
それを封じられれば、なにもできない。
六道シデンとの相性は最悪だと言えた。
だが、それにしたってあんなに呆気なく引き下がる物だろうか。
「新人類軍って、国に忠誠を誓った戦士なのでは?」
「一部は、な」
あくまでエイジたちが幼少期の頃の話だが、王族にそこまで忠義を尽くす者はいなかった。
それこそ命じさえすればなんでもやってくれる鎧くらいのものだろう。
では、実際の兵はどうなのか。
「いかんせん、リバーラ王があんなのだからな。付いていける兵は少ない」
「では、なぜ新人類軍はここに所属してるんですか?」
「理想に一番近いからだよ」
後ろにいるシデンが言う。
「民間人も含めて、新人類王国にいる人間っていうのは基本的に自己主張が激しいんだ。彼らは旧人類の中で埋もれていくのを嫌って、もっと自分の力を活かせる場所に行きたいって考えてる」
その根本にあるのが、
「絶対強者主義。これがある限り、みんなリバーラ王についていくよ。本人にどれだけ不満があってもね」
「リバーラ王は、そんなに凄いんですか?」
理屈はわからんでもない。
ただ、話を聞いてる限りだとリバーラ王は『気まぐれすぎる王様』であった。
歴史の教科書をひも解いてみると、そういう王様は大体反乱で殺されてしまう。
現に今も、大絶賛反乱中だ。
「さあな」
「さあ、って!」
期待を裏切る返答を耳にして、マリリスは憤慨する。
だがエイジとしても、これ以上の答えようがなかった。
彼はリバーラ王が戦う姿をみたことがないのだ。
「ただ、今の新人類王国の環境を作り上げたのは間違いなくあのお気楽なオッサンだよ」
だから、なんとなくわかってしまう。
この男は凄い奴なのだと。
単純な殴り合いではない。
それ以上の、もっと別の力があるのは確かなのだ。
力が強者の国を作り上げ、地球を飲み込もうとしている。
結果的に国民や兵は、リバーラ王の側についていく。
強者の国は優秀な者に対して寛大なのだ。
「結局のところ、みんな強者の側にいたいのさ。安心したいからな」
「では、メラニーさんは」
「問題があるとしたら、王子だな」
王国にうんざりしたのかと期待したマリリスの言葉を待たずに、エイジは切り出した。
「たぶん、王子は焦ってる筈だ。これまでの失敗を取り戻そうとして、今回は遂に強行手段に出たんだ」
だが結果的にはカイトは脱走。
それどころか、『貴重な資源』も持ち去られている。
全部彼が巻き起こした不祥事だった。
「王子にそこまで義理でもない限り、今回の件はモチベーションが下がるぜ」
「だからと言って、あんなにあっさりと通しちゃっていいんですか?」
「普通はダメだろうね。でも、ここだと許されるんだよ」
なぜか。
新人類王国が絶対強者主義だからだ。
例えどんな立場にある者でも、負けたらソイツの責任になる。
王子とて例外ではない。
今、王国でもっとも危うい立場にあるのは彼だった。
「まあ、あのテルテル女が本当にそうなのかは知らねぇ。敵わないと知って、自分の命をとったっだけかもしれねぇしな」
「でも、彼女って確か」
「ああ。タイラントの腰巾着だ」
タイラントは今や相当な発言力を持った人物である。
女子人気は圧倒的だろう。
直属の部隊も持ってる。
そんなタイラントの秘書を務めるメラニーが、職務放棄をしたのだ。
邪魔になりそうなのは、大分限られてくる。
「注意しなきゃいけない奴は大分絞れた。いくぜ!」
先陣を切り、正面をまっすぐ見据える。
だがエイジは思う。
メラニーが道を空けたが、果たして彼女の上司はどうだろう。
XXXに愛する上司を殺された女も同じように道を空けることはあり得るのだろうか。
もしも彼女がまた襲来してきたら、その時は――――
エイジの目尻が鋭くなった。
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