第125話 vs姉妹と警備と老兵と
日付は代わり、時刻は朝5時。
監視カメラの無力化。
単純に目的だけを達成するなら、エイジたちの部屋のカメラを壊してしまえば済む話かもしれない。
だが、今は悠長に構える余裕はない状況だった。
カメラの視線を避けつつ、アウラは言う。
「場内の監視カメラを全てストップさせるのが好ましいです」
妹の提案にカノンは頷く。
彼女の人工声帯はまだ取り付けられておらず、喋る事は叶わない。
だがコミュニケーションをとらなければならない相手が妹に限定されるのであれば、そこまで困る事ではなかった。
アウラとの付き合いは長い。
目を合わせただけでも意思疎通できる自信がある。
「作戦の遂行の為にはセキュリティルームの占拠が望ましいですね。そこで電源を落とすことができれば、皆さんも動きやすくなるはずです」
口で言うのは簡単だが、そう簡単に占拠できるわけではない。
今にも城の中で怪物が生まれるかもしれない状況下だけあって、警備はこれまでに比べても厳重だ。
普段は眠っている兵も、この時ばかりは夜勤にまわって職務を全うしている。
セキュリティルームとて同じだ。
そこまでに続く道にも厳重な警備があるし、入口にも立ち塞がっている。
一応、カノンとアウラは新人類軍の人間だ。
ゆえに、通ることはできる。
だが中に入れるかとなると、それはできない。
どこもそうだが、許可された人間以外が立ち入ることなどできないのだ。
ある程度自由に動けると言っても、限度がある。
「見張り兵は……4人、ですか」
それとなくセキュリティルームの目の前を通り過ぎ、T字路を曲がったところでアウラは確認を取る。
普段はふたりしかいない守りも、今日はその倍だ。
恐らく、中にも兵がいると見た方がいいだろう。
仮に外の兵を倒したところで、騒ぎが大きくなってしまうだけである。
「どうします、姉さん」
アウラ個人としては、扉を守っている兵はそんなに問題ではない。
ネックなのは中の様子がわからないことだ。
守りの兵を瞬殺して、勢いよく中に入った途端に鎧持ちがいましたなんてオチだったらシャレにならない。
行動に移す前に問題になりそうな兵の待機場所を確認してはいる。
ただ、要注意である鎧持ちの動向は誰にもわからなかった。
「……」
カノンも同じ感想を持っていた。
ゆえに、可能であればセキュリティルームの中は見ておきたい。
彼女は天井を見上げる。
その後、アウラに視線を向けた。
「やっぱり、そうなります?」
頭を抱え、アウラは嫌そうな顔をした。
姉が何を提案したのかは、言葉が無くともわかる。
スパイアクションのお約束、天井裏からの潜入である。
「あんまり髪を汚したくないんですよね……」
「……」
げんなりとする妹を余所に、カノンは早速天井裏への移動を開始した。
こういった状況も、カイト側に着いた時から想定している。
どこから天井裏に繋がっており、どう移動すればセキュリティルームに到着するのかはバッチリ把握していた。
「姉さん、よく抵抗ないですよね」
てきぱきと天井裏に上り、ほふく前進で移動する姉に向けてアウラは言う。
基本的に、天井裏は掃除がされていない。
至る場所に埃は積もっており、蜘蛛の巣が張られていることなど日常茶飯事である。
アウラもガサツに見えて、女の子だ。
できるだけ汚れは避けたい。
「……」
一方のカノンは、喋れない為に無言のまま前進していった。
ただ、彼女はあまり汚れを気にしないタイプの人間である。
下水道にも平気で入るし、ドブネズミ同然の生活だってやってのける。
姉ながらとことん任務にストイックな姿勢には、頭が下がるばかりだ。
「!」
カノンが僅かに振り向き、アウラに待ったの手をかける。
思考を中断し、姉の命令に無言で従うアウラ。
妹が動きを止めるのを確認すると、カノンは真下のセキュリティルームの様子を覗き込む。
何時の間にか作っていた覗き穴であった。
普段はちょっと抜けているが、大事な所はしっかりと抑えているのだ。
「……!」
覗き穴から見える僅かな世界を視界に入れた途端。
カノンの表情が僅かに凍りついた。
後ろにいるアウラにもその緊張感は伝わってくる。
果たして彼女は何を見たのだろう。
自分たちの想像を超えるなにかが、このセキュリティルームにあると言うのか。
「……」
カノンは覗き穴から顔を上げると、メモ用紙を取り出す。
胸ポケットに突っ込んでいたペンを抜いてささっとなにかを書くと、後ろにいるアウラへとパスした。
キャッチするアウラ。
折りたたまれた紙片を開くと、そこにはこう書かれていた。
『グスタフがいる』
グスタフ。
その名は、当然アウラも知っている。
新人類王国の中でも発言力が大きく、長い間国で働いてきた老兵だ。
タイラントを女子の兵士団長だと例えると、彼は男子の兵士団長である。
なぜ彼がこんなところに。
聞いていた警備ポイントとは全く違う場所だ。
姉妹の間に困惑が広がっていく。
ここにきて、意外なボスキャラが構えていたのだ。
若いシルヴェリア姉妹は、グスタフが戦う姿を見たことがない。
見たことはないが、しかし。
噂を耳にしたことはある。
曰く、開戦当時は彼がひとりで王国を守り抜いた。
曰く、彼がひとりで敵国の大地を丸ごと抉り抜いた。
どこまで本当なのか疑わしくなるが、タイラント並みの能力者であることは容易に想像がつく。
その上、彼は王子の世話をしていた経験もある。
王族を任されるだけの信頼と実績を積み重ねてきた、堅実な実力を持っていると判断していいだろう。
それだけに状況は悪化したといっても過言ではない。
カノンとアウラも数々の実績を残した兵士だ。
だが、この場でグスタフとやりあうのは非常にマズイ。
姉妹のミッションは監視カメラの無力化だ。
遂行の為には、このボスキャラを退かすほかない。
アウラは腕時計を見やる。
そろそろ時計の長い針が一周を終えようとしていた。
残された時間は、あまりに短い。
「姉さん」
アウラは覚悟を決め、小声で語りかける。
「やろう。もう時間がない」
前にいるカノンが、僅かに頷く。
勝てる保証もないし、やりあった経験も無い。
はっきり言って、未知数の相手だ。
だが残り時間がないことを考えると、足踏みしている時間すらない。
一か八か、グスタフを足止めしてセキュリティルームを無力にする。
比較的脳筋な姉妹は、覚悟を決めるとお互いの身体を発光させた。
グスタフはここ最近、セキュリティルームに入り浸っていた。
ただ、気になったことを調べるだけだ。
随分前に話題になった、新人類王国のデータベースへの介入。
その疑問は未だに解決していない。
正直な所、自分では膨大過ぎるアクセス経歴を調べきれないのが本音だ。
だが、かといって大きな声で手伝ってくれとは言えない。
空いている時間をフルに使って、セキュリティルームに保管されている過去のアクセス記録を調べていくしかないのだ。
しかし、時間には限りがある。
この日は早朝から化物の移植手術が始まる。
恐らく、手術の開始までそんなに時間はかからないだろう。
同時に、襲撃があるとしたらこの時間帯であった。
カイトと共に王国へと帰郷したエイジたち。
牢屋に入れられたスバル。
内部でなにをしでかすかわからないアトラス。
これらに気を配りつつも、無事に手術が終わるのを願うしかない。
「……鎧、か」
誰に向けるでもなく、グスタフはぼそりと呟いた。
神鷹カイトとは何度か面識がある。
当時、彼はまだ年端もいかない少年であった。
当時の『最強の女』を一瞬で殺してしまったあの少年が、鎧になろうとしている。
その事実を想像すると、寒気がした。
聞けば、提案したのは鎧持ちの管理者であるノアらしいが、OKサインを出したのはディアマットなのだという。
少しでも強い戦士が欲しい気持ちはわからんでもない。
アーガスが反乱で牢屋に入れられ、サイキネルは死亡。
加えて、カイト達によって国の威信は地にまで落ちてしまった。
ここで実績が欲しいのも頷けるというものである。
もしも実験に失敗しても、スバルの処刑をするだけである程度の回復は見込めるからだ。
だが、そもそもの話。
グスタフは鎧の存在が好きになれなかった。
人間としての感情を排除し、ただ命令されるがままに攻撃を繰り返すだけ。
下手なロボットよりも立派な兵器である彼らには、恐ろしさを感じる他ない。
もちろん、12人の鎧持ちが全員そうだというわけではない。
特殊な例だが、ある事情で感情を維持し、考えて行動を取る鎧もいる。
ただ、それでも怪物の目玉を埋め込まれた影響か、性格面に多大な亀裂が生じてしまった。
安定しない心は戦いの場へと向かわず、ただひたすら調整を受けるだけだった。
果たして神鷹カイトも、あの鎧と同じように感情や記憶を残したままで生まれ変わってしまうのか。
それとも、名実ともに殺戮兵器と成り果てるのか。
その昔。
グスタフは『最強の人間』を見たいというふたりの女性から話を聞いたことがある。
ただの興味本位から降った話題だった。
『君たちの言う、最強の人間はあまりにも違い過ぎる。方や育成に専念し、もう片方は人間らしさを排除しようとさえ思える。君たちは何を目指しているのだ』
エリーゼは言った。
『私の目指す最強の人間は、強さも弱さも兼ね揃えた、人の気持ちがわかるスーパーマン。誰かの為に戦える、優しい子です』
対して、ノアは言った。
『私が目指すのはスペックだ』
『スペック?』
『そう。最高の可能性。それでいて、操る人間が優秀であればそれだけ無双ができる。私の目指す最強の人間は、兵器としての完成型だ』
なるほど、双方の主張はわからんでもない。
確かにどちらも、形で見れば最強の人間だろう。
ただ、何の因果か。
エリーゼが手塩にかけて育てた最強の人間は、対極にあるノアの最強の人間になろうとしている。
果たして、今この場でエリーゼが生きていたらなんと言っていただろう。
彼女の行動は矛盾が多かった。
XXXの少年少女を大事にしているのかと思いきや、突然人が変わったかのように激しい訓練をさせる。
特に神鷹カイトに行った数々の訓練は、とても人が耐えうるものではなかった。
薬物摂取までやって行われたそれは、訓練と言うよりは拷問と言ってもいい。
強さと優しさを兼ね揃えたスーパーマン。
確かにあの拷問を耐えきればスーパーマンになれるのかもしれない。
しかしそこに優しさがあったか、疑問だった。
少なくともカイト少年は懐いていたようではある。
だがフスタフの目には、エリーゼが人間の皮を被った何かに思えてしまう。
もしも彼女が今も生きていたならば。
これから更にでたらめな強さを持った人間になってしまうかもしれないカイトを祝福したのだろうか。
あるいは――――。
「むっ!?」
がたん、と音が鳴った。
背後から鳴り響いた物音に素早く反応したグスタフは、身を翻す。
「お前たち!」
セキュリティルームに乗り込んできた双子の姉妹が、身体を発光させながらグスタフに襲い掛かる。
第二期XXXの反逆であった。
彼女たちはお互いの身体から放たれる電撃を解き放ち、グスタフにそれを向けた。
ふたつの稲妻が駆け抜ける。
グスタフは物怖じする事も無く、腕を大きく振るった。
「きゃっ!?」
直後、シルヴェリア姉妹の身体が上から押し付けられた。
強力な重力が見えないハンマーとなって姉妹に襲い掛かる。
老兵の持つ異能の力は、重力操作。
ありとあらゆる重力をコントロールし、全てを押し潰す。
姉妹が投げつけた電撃は、グスタフが起こした重力の波に飲み込まれた。
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