第107話 vsでこぴん

「うっ……」


 スバル達と合流した途端。カイトは早々に蹲り、口元を抑えた。

 まるで二日酔いでもしたかのような光景である。


「ど、どうしたのカイトさん」

「具合が悪いんですか? 羽出しましょうか」

「……いや、いい」

 

 青ざめた表情でスバル達を見やると、カイトはよろよろと前進。

 横に構えるイルマが今か今かと命令を心待ちにしており、いつでも薬を出す準備をしているのがちょっと不気味だった。


「おい、どうした急に。さっきまですっげぇ元気だったけど、例の眩暈か?」


 エイジが肩を掴み、尋ねる。トラセットではそこまで長時間にわたって戦っていたわけではないので発作は起こらなかったが、カイトはシンジュクで『病気』を患わっている。

 だが、本人が感じている寒気はそれとはベクトルが違った。


「……たぶん、エレノア辺りが噂してるんだと思う」

「……ああ、そういう」


 全身がぞくぞくするような寒気の原因を伝えると、エイジは妙に納得した。後ろを見れば、付き合いの長いスバルとシデンも納得といった表情をしている。

 言っておいてなんだが、それで納得されるのも少し悲しい。


「カイトさん、変な電波飛ばす人に好かれるから」


 やかましい、と斬り捨てたいところだがそんな元気も無かった。

 実際問題、イルマという新しい『電波塔』も増えたので何も言い返せない。カイトは諦めて溜息をつくと、本題を提示する。


「……とりあえず、状況はさっき言った通りだ」


 口元を抑えながらスバル達に切り出す様子は、とても痛々しい。

 横に構えるイルマが紙袋を取り出したので、吐き出しても問題はないと思うが、目の前で魂を解放されても困る。

 困るのだが、この男を単独行動させるとさらに困ることになるので、迂闊に休ませるわけにもいかなかった。なので、スバル達はそのまま話を続けることにする。


「その、人類の脅威ってのはそんなにでかいの?」

「ああ。推定200メートルだってよ」


 200メートル。

 その大きさをスバルは想像する。つい先日戦った新生物の巨人が獄翼よりもやや大きかったので、それを20メートルと仮定しよう。

 なんと大きさは10倍だ。必然的に、凄さも10倍だと考えると鳥肌が立つ。


「まあ、東京タワーよりもちっちゃいと考えると、大きさはそこまででもない気がするけどよ」


 問題は遊園地に突入した後、その怪獣がどのタイミングで出現するのかわからないことだ。映像を見る限り、女を発見すれば良いのだと思うが、常にゴンドラに乗っている保証はどこにもない。


「それに、女に睨まれた兵士が精神崩壊を起こしてるらしい」

「じゃあ、怪獣になる前に睨まれたらそこで脱落ってこと?」


 納得できない、とでも言わんばかりの勢いでシデンが抗議する。

 実際、スバル達だって納得できない。いかになんでも、目と目が合っただけでノックダウンするのは不公平という物だ。

 迂闊に探索だってできやしない。

 

「そ、その辺に関しては考えがある……」


 ぷるぷると肩を震わせ、カイトが立ち上がる。

 精一杯の空元気だが、顔色が青い。獄翼の中の酔い止めを持ってきた方がいいと思うが、果たして間に合うだろうかとスバルは思う。


「か、カイトさん。大人しく寝ておいた方がいいんじゃない?」

「大丈夫だ……きっと1時間もすれば敵の口も止まって治まる」


 その間に開放しちゃうんじゃねーかと思うが、意識させるとヤバい気がしたので敢えて口にしない。

 

「要は目を見なければいいんだ。そして人間じゃなければ、多分通じない」

「そんな簡単に言うもんじゃないと思うけど」


 目を見ないっていうのはまだ理解できる。

 だが、人間じゃないのを連れていけばいいという案は中々乱暴だ。カメラ越しでパイロットが発狂しているというのに。


「いや、ひとり適任な奴がいる」

「え、居たっけそんなの」


 スバルが周囲の仲間たちの顔を見る。

 とてもじゃないが、その条件を満たすことができる奴がいるとは思えない。

 そんな少年の不安を余所に、カイトは淡々と確認を取る。少しは落ち着いたらしく、口調は大分安定していた。


「イルマ。今回の突入メンバーは俺が決めてもいいんだろうな」

「もちろんです」


 その言葉だけ貰うと、カイトは満足げに頷いた。

 

「よし。獄翼も修理と改修をしておきたい。情報収集も含めて、準備期間がいるんだが王国は何て言ってるんだ」

「半年もあれば、討伐用の新型ブレイカーも作れると言っています」


 半年ときたか。

 準備期間にしてはいささか長すぎる気はするが、突入用のブレイカーを1から準備するのであれば寧ろ早すぎるぐらいである。

 

「わかった。じゃあこっちも半年でなんとかしよう」


 ウィリアムに聞かれれば、敵に塩を送る行為だと言われるかもしれない。彼が旧人類連合に身を潜めているのは、ココが一番安全と感じたからだ。下手に時間を与えてしまうと、王国の技術力が鬼すら超えてしまうかもわからない。

 しかし、便宜上こちらから共同戦線を申し込んでいるので、我儘を言うわけにもいかないのだ。政治っていうのはめんどくさいと思いながらも、カイトはぼんやりと空を見上げる。


「向こうの代表は決まってるのか?」

「まだ聞いていません。今頃は決まってる筈ですので、定期集会で顔を合わせる機会もあるかと」

「何時あるんだ、それは」

「1週間ごとに行う予定です。次回の集会は4日後になります」


 4日後。そこで新人類王国と改めて対峙することになる。

 カイトは思った。誰が来たとしても、険悪なムードの中での戦いになるだろう、と。

 自分たちがこれまでどういう戦いを展開してきたのかは知ってるし、その結果、王国の面子がどれだけ潰されてきたのかも理解しているつもりだ。同時に、新人類王国がなによりも大事にしているのが誇りとプライドであることも。

 そんな大事なものを何度も踏み潰してきた連中と一緒に大怪獣と戦うのだ。良い気持ちになるわけがない。カイトはまだ見ぬ新人類軍の代表に同情した。


「スバル。マリリス」

「なんだ?」

「私たちにご命令ですか、指令!」


 何故か妙にやる気になっているマリリスが、固い表情で近寄ってきた。

 訝しげに見やった後、カイトはふたりに向けて言う。


「お前らは今回、無理についてこなくていいぞ」

「え」


 意気込んで身構えていたマリリスが、拍子抜けしたように間抜けな表情を晒した。マリリスだけではない。スバルとて同じである。


「な、なんでだよ!? 俺だって立派な戦力だぞ!」

「私だって立派な……えっと、その。あれです! 薬草です!」

 

 それはそれで悲しくないか、と思いつつもカイトは続けて口を開く。


「ふたりは元々、保護対象だ」


 特にスバルに至っては、最初は旧人類連合に保護してもらうために戦い始めた。

 確かに彼はパイロットしての成績は優秀かもしれない。だがそれ以上に民間人で、保護対象なのだ。少なくとも、カイトの目から見ればの話だが。


「大怪獣と戦ったら、お前らはもう後戻りできない」


 ウィリアムの口ぶりから察するに、彼は自分たちをこのまま旧人類連合に組み込むつもりなのだろう。カイトはそれが気に入らなかったし、他の仲間も同じだと思っている。自分たちは戦い続ける為に反逆しているのではなく、あくまで平穏な暮らしを求め、戦わざるをえなかったのだ。


「俺達はまだいい。やろうと思えば何時でも安全な場所に行ける」


 ウィリアムの前では拒否もしている。

 だが、彼がそう簡単に引き下がるとは思えない。事と場合によっては、躊躇うことなくスバル達に手を出してくるだろう。

 戦いから遠ざけるのであれば、ここでスバルとマリリスを切り離すのが一番ベストなタイミングだ。自分たちはその後でいい。


「はい、そこまで」


 カイトにでこぴんをかまし、スバルは怒ったように言った。


「痛いぞ」

「あのね! もう俺達もここまで来た手前、引き下がれないでしょうが」

「しかし」

「しかしもへったくれもあるか馬鹿! 大体、今更アンタ等を放ったらかしにして、どっか行けるわけないだろ!」


 それができたら、とっくの昔にそうしている。

 今まで何度もそういう機会はあったが、その度に引き返しては酷い目にあっているのだ。損な性格をしているとは思うが、自分の気持ちに嘘をついて生きていくほどスバルもマリリスも器用ではない。


「オメーの負けだよ、カイト」


 エイジがはにかみながら言った。

 

「こいつ等、もう俺達と一緒に死ぬ気らしいぜ」

「いや、死ぬ気はないよ」


 水を差すような一言に、エイジは困惑した。

 本人としては、折角いい台詞を言ったつもりなのだろうが、台無しである。


「俺達みんなで生きる。みんなと一緒でも、死ぬなんて真っ平御免だ」


 数日前、異国の地で新生物に飲み込まれた友人の姿を思い出す。

 彼のことを思いだすと、胸が震える。なんでもっと上手くできなかったんだろうと、自分の手を呪いたくなってしまう。

 

「だから、俺は俺のやれることをやるだけだよ」

「わ、私だって同じです!」


 スバルの勢いに乗りかかる形でマリリスが続く。

 

「皆さんの足を引っ張らないよう、精一杯務めさせていただきますから!」

「だってさ、カイちゃん」


 跋が悪そうに座り込むカイトに向かい、シデンが言う。

 言われた方とは対照的に、とても楽しそうだ。


「因みに、ボクは最初からみんなと一緒に戦い抜くつもりだよ」

「俺もだぜ!」


 幼馴染もスバル達の側についてしまい、ますますカイトは立つ瀬が無くなってきた。ややあってから、カイトは頭を押さえて言う。


「わかった。もうこの手の話題は言わない」


 指の隙間からちらり、とスバルの顔を見る。

 小さなガッツポーズをとっていた。少し前、敵パイロットを殺したショックで悩んでいた姿が嘘のようだ。あれから様々な戦いに巻き込まれ、慣れてしまったのだろうか。

 だとすると、少し寂しいものだ。

 自分の嫌なところをどんどん吸収していったような気がして、軽い眩暈を覚える。


「その代り、やるからにはマジでやってもらうぞ」

「おう、任せとけ!」


 妙にやる気に満ちた返事を受け取り、カイトは目を伏せた。

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