第93話 vsレオパルド部隊

 巨人が崩れ落ち、蒸発していったのを確認すると、スバルはホッ、と安堵の溜息をついた。

 獄翼が行った攻撃は羽ばたきだけだったが、鱗粉を直接吹きかけるだけで終わったのは幸運だったと思う。これで倒しきれなければ、マリリスに銃を持たせる羽目になっていたところだ。無垢な街娘にそれをさせるのは心苦しかったため、ピストルやランチャーの出番が無くて良かったと心底思う。


「お疲れ、マリリス。切るよ」

『はい』


 ヘルメットを外し、SYSTEM Xを強制終了させる。

 手に取ったそれを足元へ置くと、スバルは改めてモニターを見た。完全に溶けて、蒸発しきった巨人がいた場所に視線が向けられる。

 肉片すら残っておらず、頭に張り付いていた結晶体も砕け散ってしまっていた。巨人がこの世にいた証は、消滅してしまった。


「……終わったんだな」


 誰に向けるわけでもなく、呟く。

 その事実を意識した瞬間、操縦桿を握っていた腕の力が一気に抜けるのを感じた。そのまま頭から正面モニターに突っ込みそうになるのを堪えていると、コックピットが警報を発する。


「えっ!?」

「きゃ!?」


 喧しいサイレンにも似た警告音が鳴り響く。後部座席で意識を取り戻したマリリスも突然の警報に驚き、飛びあがる。


「な、なにがあったんですか!?」


 目覚まし時計の音にも似た不快音が、決していい知らせではないことをマリリスは理解していた。

 彼女が問いかけると、スバルは素早く周囲の状況を確認する。

 正面モニターにトラメットの映像が映し出され、警告音を発令させた相手の存在を二人に知らせた。


「空間転移術だ」


 ごくり、と喉を鳴らす。

 気の抜けた腕に再び力が入り、スバルは覚醒。マイクに口を当てると、彼は叫んだ。


「カイトさん、新人類軍だ!」

「分かってる!」


 トラメットを無数の黒い渦が取り囲んでいる。

 一つ一つがしっかり渦巻いているソレは、まるで暗雲が立ち込めているようにも見えた。

 数を計算してみる。コンピュータが映像に赤い斑点を表示させて、解答を出した。その数、実に30。


「数は30!」


 分かっている事実を、外にいる仲間達へと伝える。

 その知らせを聞き、獄翼の下へと向かうカイト達は思わず顔を見合わせた。


「ここで30!?」


 アウラが顔をしかめる。彼女は新人類王国の現在の事情をある程度知っている。王国は現在、殆どの兵士を待機させているのだ。その理由は恐らく新生物の襲来に備える為ではないかと踏んでいるのだが、真相は定かではないので、そこらへんの議論は敢えてしないでおく。

 だが、確実に言えることが一つ。


「幾らなんでも早すぎるんじゃないの!?」


 新生物が溶けて、まだ10分も経っていない。

 にも関わらず、空間転移術が展開された。しかし、ただの旅行者が30もの空間転移を使うとは考えにくい以上、考えられる可能性は一つ。


「どっちにしろ、王国がここに来る!」


 そうなった場合、獄翼はいい的も同然だ。何度も激戦を切り抜けてきた鋼の巨人は、今や満身創痍である。

 奪取した時の装備は殆ど失い、両腕も貫かれ、飛行ユニットも大破。機動力が売りのミラージュタイプが、空も飛べずに腕も動かせないのはどう考えても不味い。


「カノン、アウラ」

『はい、リーダー!』

「なんでしょう!」


 カイトはこの先のことを見据え、後をついてくる二人の部下に向けて言う。


「お前たちは下がれ。王国の中で使える手札が欲しい」


 その為にも、彼女たちを戦闘に巻き込ませるわけにはいかなかった。このまま戦いに発展すれば、もうシルヴェリア姉妹は王国には居られない。既に十分危ない気がするが、それでもここで失うわけにはいかない重要な駒であった。


「いいか。お前等はパツキンと一緒に隠れてろ」

「しかし、リーダー! 今は少しでも数が多い方が――」

「命令だ!」


 突き放すように言うと、アウラは押し黙った。

 彼女はローラースケートの動きを止め、悔しげに歯噛みする。それからややあってから、カノンも足を止める。

 完全に納得しきっていないだろうが、彼女たちが言う事を聞いてくれたことだけを確認できればそれでよかった。二人が離れたのを確認すると、残る三人は走る速度を速める。


「隠れられると思う!?」

「この辺の地理に詳しいパツキンなら何とかなる筈だ。奴はああ見えて意外と律儀だ。すぐに恩を仇で返したりはしないだろ」

「案外、信用してるんだな!」


 後ろから聞こえるエイジの言葉に、カイトは僅かに首を横に振る。


「性格から考えただけだ!」


 それを信用してるっていうんじゃないかとエイジは思ったが、口には出さなかった。

 空間の穴の中から、鋼鉄の巨人が姿を現したからだ。30ある穴の全てから、ブレイカーの姿が出現する。

 

「おい、やべぇぞ!」


 降り立つブレイカーの姿を黙認し、エイジが叫ぶ。

 30ある穴の中から出現したブレイカーはいずれも統一性の無い機体だった。全機が特機だったのだ。量産機無しの精鋭部隊の登場に、三人が戦慄する。

 そんな中、カイトは精鋭部隊に一つの共通点を見つけた。

 右肩にペイントが施されているのだ。黒い豹が大地を疾走しているマーク。ブレイカーのタイプや形状は違っていても、そこだけは全機共通している。そしてカイトは、そのシンボルに心当たりがある。


「レオパルド部隊か!」


 その詳細について、勿論カイトは知っている。

 かつて自分が国王から直々の任務を受け、直接対決をした女戦士。プレシアの作り上げた女だけの精鋭部隊だ。


「ってことは、呼んだのはタイラントか!?」

「あるいは、てるてる女かもしれん」


 いずれにせよ、彼女たちが呼び寄せたのであれば納得できる。

 同時に、目的も理解できた。


「狙いは何だと思う」

「言うまでもないんじゃねぇの?」

「8割くらいは君が原因だしね」


 カイトがシデンとエイジに向かって問うと、彼らは迷うことなく答えた。

 なんと言っても、心当たりが多すぎる。新生物が襲来する直前にタイラントの襲撃を受けた身としては、早すぎるリターンマッチに溜息しか出てこない。


「あいつ、どうあっても俺達を此処で仕留めるつもりなんだよ!」


 エイジが言うと同時、レオパルド部隊の各機体が飛行ユニットを起動させてトラメットを囲んでいく。獄翼はそれを見上げながらも、頭部に搭載されているエネルギー機関銃を構えた。現状、スバルが空飛ぶ相手に使える武装はこれだけである。

 これがブレイカーズ・オンラインなら、かなりキッツイなぁと思う。


「すまん、待たせた!」

「本当に待ったよ!」


 何時でも発射できる姿勢のまま、スバルが言う。

 獄翼の足下に集まったXXXの三人を見やると、スバルは無言でハッチを開く。


「早く乗って!」

「そうはいかん!」


 カイト達の搭乗を促すスバルの言葉を遮るようにして、凛とした女性の叫びが響いた。

 声のする方角へ、全員が視線を向ける。

 トラメットを囲む壁の上に、女性が佇んでいた。腰まで届きそうな黒い髪に、豹を連想させるしなやかなボディ。そして剥き出しになった犬歯が印象的な、なんとも勇ましそうな女性である。

 彼女の姿を黙認したスバルは『宝塚にでもいそうな人だな』と呑気な事を思いながらも、もう一人の女性の存在に気付く。

 まるで従者のように付き従う黒いローブ姿の少女は、つい先ほどまで一緒に新生物と戦っていたメラニーに他ならなかった。アーガスの口からは無事では済まないだろうと聞いていたのだが、ぱっと見た感じ健康そうに見える。一先ず彼女の無事を喜ぶと、スバルはそのまま彼女たちに言った。


「誰だよアンタ!」


 黒髪を靡かせる、獣のような女に問う。

 後ろに座るマリリスが、震えた声で呟いた。


「た、タイラントです……!」

「たいらんとぉ?」


 あまり女性らしくないネーミングを聞いて訝しげに首を傾げると、マリリスは身を乗り出して言った。真っ青になった顔がスバルに近づく。


「4年前、単身でこの国を制圧した人です!」

「へぇ、そうなんだ…………ええっ!?」


 僅かに遅れて、スバルは驚愕。

 マリリスを見てから、再びタイラントに視線を向ける。どこからどう見ても、男らしい女性にしか見えなかった。


「何を驚いてるですか。アンタの足下にいる連中だって、同じことをしてきたのを知ってるでしょう」

「いや、まあそりゃそうだけど」


 メラニーのツッコミに、スバルは半目になって答える。

 これ以上トンデモな奴が増えてたまるかと言った感情が、明らかに見て取れた。

 そんなスバル少年の怪訝な表情を気にする素振りも見せず、タイラントは壁の上から大地を見下ろす。視界に入るのは、獄翼の足下にいる三人の新人類だ。


「こうやって直接顔を合わせるのは久しぶりだな、神鷹カイト」

「タイラント……」


 お互いの視線が絡み合い、激しく火花が散る。

 緊張感漂う空気の中、先に口を開いたのはタイラントの方だった。


「分かっているよな。私がレオパルド部隊を呼んだ理由が」

「ああ。俺がお前の立場でも、多分そうしている」


 傍から見ているスバルとマリリスにも、はっきりと分かる。

 この二人の間には、他人には立ち入れない因縁がある。その因縁がこの場を覆い込んでいる緊張感を更に重苦しい物にさせていた。


「なら、私がお前を消し飛ばしても文句は言わないよな」

「まさか」


 タイラントが言い放った言葉に、カイトは苦笑。

 見上げ、挑発的に視線を向けて言い返す。


「寂しいのなら、お前もあの女と一緒の所に送ってやろうか」


 正直に言うと、スバルはカイトとタイラントによる因縁がどのような物なのかを知らない。知らないが、しかし。確実にカイトが悪役をやっていると、自信を持って言えた。

 その証拠に、タイラントの身体が震えている。彼女を心配げに見やるメラニーがやたら献身的に見えるのだから、相当だと思う。


「き、さまぁ……!」


 タイラントの表情が歪む。

 彼女の身体から波のように青白いオーラが噴出した。足下が崩れ、流れに逆らわないままタイラントが壁を下る。


「覚悟はできてるんだろうな!」

「できてるわけないだろ。まだ死ぬ気はないんだ」


 女傑が吼える。獣の雄叫びのような叫び声が轟くと同時、トラメットを取り囲んでいた30機ものブレイカーが、一斉に銃口を向けた。


「攻撃開始ぃっ!」

「エイジ、シデン。スバル達を頼む!」


 カイト達目掛けて拳を振り上げたまま、タイラントが壁を降りてくる。

 その動きに合わせるようにしてカイトも爪を光らせた。


「待ちな」


 が、カイトの腕が振り上げられることは無かった。

 エイジだ。彼がカイトの腕を掴み、引き留めたのだ。


「おい、何の真似だ」

「お前は大樹の中にいたからわかんねぇかもしれねぇけどよ。一応、アイツとやりあってたのは俺なんだよ」


 一歩前に踏み出す。

 カイトを押しのけるようにしてタイラントの真正面に立つと、エイジは拳を握った。


「アイツは俺がやる」

「ちょっとエイちゃん!?」


 シデンが驚いたように声をあげた。

 その様子を見て、カイトは不安げに問う。


「俺から見ても能力が相当パワーアップされてるのが分かる。勝つ手はあるんだろうな?」

「お前と同じだよ」


 エイジが口元を釣り上げ、笑いかける。

 それを見た瞬間、カイトとシデンは表情が凍りついた。


「よせ。俺はある程度なら耐えられる。俺がやるべきだ!」

「安心しろ。死ぬ気はねぇからよ!」


 カイトとシデンを振り払うかのようにして、エイジは疾走。

 それを見たカイトは、思わず舌打ちした。


「あのバカ!」


 時間稼ぎができればいいと思っていた。

 カイトがタイラントと戦い、引き留めている間にシデンとエイジがなんとか獄翼と連携をとって周囲のブレイカー30機を落とす。現実的ではないが、現状ではこれがもっともベストだと考えていた。

 ところが、この作戦は御柳エイジに完全に見透かされていたのだ。

 まあ、ちょっと考えれば分かりやすいのかもしれない。なまじ再生能力が強力な為か、カイトは己の身を顧みない傾向がある。

 その結果、エイジがカイトの代わりを買って出たのだ。


 カイトが踏み出し、エイジを追う。


「シデン、ここは任せる!」


 返事を待っている余裕などなかった。

 先に破壊の化身へと突撃したエイジが、拳を振り上げる。


「第二ラウンドと行こうぜ!」

「邪魔だあああああああああああああああああああああっ!」


 タイラントの拳が、前に突き出された。

 二人の影が重なる。

 直後、破壊のエネルギーが荒野を突き抜けた。青白い閃光が大地を駆けぬき、抉る。その痛みに泣き叫ぶかのようにして、大地が揺れた。


「がっ……!」


 エイジの脇腹に、タイラントの右ストレートが叩き込まれる。

 肉に滲み込んだ破壊のオーラが、血管を通り抜けて骨と臓器へと侵食する。エイジはその感触を確かに感じながらも、笑みを浮かべる。


「いってぇな、くそったれ!」


 エイジの口から血が吐き出された。

 同時に、彼はタイラントの右頬を思いっきり殴りつけた。


「おお!?」


 破壊の化身が荒野に叩きつけられる。

 想定外の光景を目の当たりにしたカイトは、思わずブレーキ。その間も、エイジはずっと勝ち誇ったように笑みを浮かべ続けていた。

 しかし、彼はノーダメージではない。拳を受けた腹からは血が流れだし、口からもだらだらと垂れている。


「かっかっか……テメェの攻撃を何度か受けて、どんくらい痛ぇのか俺は知ってるんだぜ」

 

 頬を拭い、混乱しているタイラントに向けてエイジは言う。


「だがな。その痛みが来るまでちょっとだけタイムラグがあるんだ」


 詰まり、


「骨や臓器がぶっ壊される前に殴れば、問題なし! そして、来るダメージは大体わかったから我慢だ!」


 問題あるぞ、その作戦は。

 がっはっは、と高らかな笑いを響かせるエイジを見て、カイトは思わず額に手をやった。

 尚、カイト自身同じような作戦を考えていたのだが、誰もそこに触れてくれなかった。

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