第90話 vsXXX ~三匹の大逆襲編~

 スバルは慌てながらもスイッチを弄る。

 これまでの戦いで飛行ユニットを接続してた為、あまり目立たなかったが一応本体にもブースターがついているのだ。主に下半身に接続されたソレを点火させることにより、獄翼は巨人の上から浮き上がる。

 両腕がまともに動かない為、何時もと比べて若干慎重に動かしていた。

 それは今回初めて彼の操縦を間近で見るアーガスにも分かる事である。スバル少年の顔色は明らかに焦りに支配されていた。


 まあ、それも無理はない。

 巨人に向かってくる三匹の野獣が、あまりに恐ろしいのだ。

 アーガスの目から見ても、彼らは怖い。心なしか数日前に相対したよりも目つきが鋭い気がする。

 先頭を走るカイトを見て、アーガスは肩を落とした。


「普段からこんな感じなのかね?」

「まさか」


 言ってからスバルは思う。

 意外と普段通りかもしれない、と。

 それゆえに、もっとも相応しい言葉を彼らに送る。


「獣の方が優しい」

「だろうね」


 どこか納得したようにアーガスは頷いた。

 獄翼に乗る二人から獣認定されたところで、野獣共は巨人へと襲い掛かる。


「いっちばーん!」


 先制攻撃を仕掛けるのは先頭を走るカイトではなく、彼の後方で立ち止まったシデンだった。

 メイド服を靡かせ、両手を顔の前に近づける。

 直後、掌の中に球体が生成されていった。水晶玉のような、透明の球体。玉の周囲から冷気が渦巻くと、シデンの足下が凍りつき始めた。

 その寒気を察知したのか、カイトとエイジはシデンの射線上から離れていく。


「せーの!」


 ふっ、と。息を吹きかけた。

 冷気の球体が弾け飛び、猛吹雪が巨人へと襲い掛かる。巨人へと続く道が白に染まった。

 巨人の身体が凍り付いていく。

 足から徐々に冷えてきて、氷の魔の手は巨人の頭へと到達した。

 シデンから放たれた白の道は巨人を通り越し、背後の木々すら一瞬で凍てつかせる。


「やりぃ!」


 長らく眠っていた為か、放たれた一撃は過去の凍結攻撃と比べても非常に強力である。

 とはいっても、スバルはアキハバラで見た記憶しかないのだが、それに比べても凄い。あの時は天動神だけを氷漬けにしたはずだが、今回は生身で巨人を凍らせている。しかも周囲の自然まで巻き込んで、だ。

 以前、本人から聞いたセリフを思い出す。



――――試したことはないんだけど、このまま力を伸ばせば南極がもう一個出来るのも夢じゃないって言われたね。


 

 成程、これは出来るかもしれない。

 能天気にそんな事を思いつつも、スバルは巨人を見やる。

 氷像となった巨人は、ピクリとも動かない。人類もそうだが、生物は基本的に寒さに弱い物だ。一部例外はあるが、冬になれば大抵の動物が冬眠を開始する。

 新生物が寒さに弱いかは定かではないが、見たところ虫がベースなのは確かだ。冬に活動する虫をイメージすることができないスバルとしては、このままで勝てるんじゃないかと思い始めた始末である。


「おらぁ! 次は俺だ!」


 そんなスバルの考えを、一人の男が粉砕する。

 エイジだ。彼はシデンの砲撃を避けた後、真っ直ぐ巨人へと向かって走っていた。そのまま氷漬けの巨人に近づき、右足を大きく振り上げる。


「でりゃあああああああああああああああああぁ!」


 氷像が蹴り上げられた。

 凍結していた巨人の足が砕け散り、巨体が宙を浮く。

 だがエイジの攻撃は終わらない。

 彼は力強く跳躍すると、宙に浮く氷像へと近づいた。その距離、ほぼ0。

 なんでシャンプしただけであんなところまで跳べるんだとスバルは突っ込みたかったが、考え始めた時点で彼は思考を放棄した。考えるだけ無駄だと理解したのだ。慣れとは恐ろしい。


「へい、パス!」


 鉄拳が振り降ろされる。

 直後、氷漬けの巨人が荒野へと殴り飛ばされた。氷像が真っ直ぐ地面に向かっていく。

 そんな氷像が落ち着く先に、これまた一人の男が突っ立っている。

 

「オーライ」


 カイトだ。

 彼は叩きつけられた氷像を前にして、大きく右腕を構える。

 爪が飛び出した。カイトがそれを振りかざすと同時、まるで隕石が振ってくるかのようにして氷像が襲い掛かる。


 直後、カイトの右腕が振り降ろされた。

 巨人の氷像が縦にスライスされ、カイトに直撃する前に二つに割れる。ぱっかりと割れた氷の塊が二つ、荒野に叩きつけられた。


「ナイスパス」

「へーい!」

「やったね!」


 カイトの元へ走った二人が、喜びのハイタッチを交わす。

 一連の光景を見届けたスバルは、無表情のまま呟いた。


「何なのあれ」


 一度思考を放棄した。それは事実だ。

 考えても無駄だと感じ、彼らのデタラメぶりを改めて感じさせてもらおうと、そんな気持ちで総攻撃を見守る事にしたのだ。

 ところが、実際に見てみると己の目を疑ってしまう物である。少なくとも、重力の法則は完全に無視されているとしか思えない。


「……俺達、あんなに苦労したのに」


 その事実を思うと、悲しくなってきた。

 間にマリリスの覚醒を挟み、巨人が弱体化していたとはいえ、だ。あそこまでお手玉にされてしまうと自信を無くしてしまう。

 この光景を見届けた、同じ死線を潜り抜けた者たちはどう思うだろう。

 試しに後ろのアーガスへと振り向いてみる。


 予想に反し、彼の表情は硬いままだった。


「どしたの?」

「状況は先程から大きく変わった。それは美しい事実だ」


 幸いにも、流れはこちらに来ている。

 XXXたちの猛攻は、それを見事に表現していると言えるだろう。


「だが、我々は奴に致命傷を負わせる事が出来ていない」

「あ」


 カイト達の激しい活躍によってあまり意識できなかったが、それが結論だった。マリリスの放つ鱗粉が確実に巨人を弱らせているとはいえ、それでも新生物の再生は止まらない。

 縦に割られたとしても、同じことだ。


「我々に必要なのは、あれを消滅させる武器か技なのだ。だが残念なことに、それができるメラニー嬢は居ない」


 正確に言えば、どっか行ってしまっただけである。

 だが、彼女が戻ってくるまでの間に新生物が進化を果たす可能性も0ではない。

 それを考えると、今が絶好のチャンスなのだ。


「スバル君、なんでもいい。あれを完全に消滅させるのだ!」

「そりゃあ分かるけどさ」


 言いたい事は理解できる。

 が、悲しい事にそれを実行できるかといえば話は別だ。唯一通用しそうだったエネルギーランチャーだが、これは両腕が動かない以上使用できない。

 ブレイカーの乗り換えを行おうにも、ダークストーカーは大破。


「後、残されてるのは」


 ちらり、と視線をXXXの面々に向ける。

 SYSTEM Xだ。後部座席に陣取る新人類の異能力を取り込む同調ならば、まだ獄翼は戦える。

 だが、満身創痍の獄翼が迎え入れるべき人物はカイト以外に居ない。

 今ある選択肢は、一つしかなかった。


「カイトさん、修理お願――」


 外で盛り上がり始めている友人たちに向けて話しかけると同時、スバルは気づく。

 真っ二つにされた氷像が、一つになるように移動しているのだ。

 何時の間にか氷は解け始め、腕だけが必死になって動き回っている。


「再生が始まったぞ!」


 スバルが叫んだ。

 同時に、その場にいる全員が巨人へ視線を向ける。


「あの野郎、もう動けるのかよ!」

「見た目と言い、ゴキブリがベースになって進化したんじゃないの?」


 それはゴキブリに対し失礼なんじゃないかな、と思うがそうも言っていられる状況ではなくなってきた。

 弱っているとはいえ、あれが口笛を吹くかのようにして音波を出すだけで、こちらは全滅してしまう可能性がある。生きている限り、スバル達に安息の時などないのだ。

 一度脳をやられたスバルは、それをよく理解している。


「カイトさん、早く戻ってきて!」


 それゆえ、少年は早期の再生を求めた。

 今、腕を治すことができるのはカイト一人だけである。彼らの技や武器が通用していない以上、やはり獄翼がエネルギーランチャーを背負って新生物を焼き払うしかない。

 そう思っている時だった。


「いやだ」


 同居人から想定外のセリフが飛んできたのである。

 彼は獄翼に視線を移し、言った。


「パツキンが座ってた椅子に座りたくない」

「ここにきて好き嫌い言ってる場合じゃないでしょ! あんた状況分かってんの!?」


 スバルが怒鳴ると、彼は無表情のまま言い返す。

 あくまで淡々と、マイペースに。


「少なくとも、お前より分かってる。腕を治したいんだろ?」

「ああ、そうだよ。だから早く戻ってこいって!」

「必要ない」


 あっさり言ってのけた。

 カイトは表情を崩すことなく、視線を僅かにずらす。


「他に適任なのがいるだろ」

「適任?」


 スバルはアーガスと顔を見合わせ、首を傾げる。

 獄翼が負傷した今、それを修復できるのはカイトだけだ。この状況で、他に適任のラーニング先なんていただろうか。


 アキハバラで似たようなやり取りがあったことをスバルは思いだす。

 最後に残った敵、激動神と相対した時のやり取りだ。カイトは今のように獄翼に乗る事を拒否した。

 理由は敵を倒す為である。カイトは獄翼の修復よりも攻撃に主軸をおき、作戦を立てるタイプだった。


 ならば現在。両腕が動かなくても、その人物をラーニングすれば巨人を倒せるのだと、彼は言いたいのではないだろうか。

 心の中で結論付けると、スバルは問う。

 

「誰だ。適任って」


 その言葉を聞いた瞬間、カイトは溜息をついた。

 彼は呆れ顔を曝け出したまま指差し、その人物を示しだす。


「そいつだ」


 獄翼のメインカメラから送られてくる映像をズームにし、カイトの指の向く先を計算する。

 シデンやエイジではない。指の向く先は、彼らがいる場所よりも上を位置していた。そのまま獄翼を通り過ぎると、指が示した方向には一人しかいない。


「ま、まさか……」


 スバルの動きに合わせるようにして、獄翼が振り向く。

 壁の上でデタラメトリオの一連の動きを目の当たりにし、呆然としたままのマリリスがいた。


「そうだ。そいつだ」


 ようやく気付いたか、と言わんばかりにカイトが頷く。

 獄翼が街娘に視線を向けると、口を開けたままのマリリスがようやく我に返った。


「へ?」


 気付けば、自分に視線が向けられている。

 XXXの面々は生身の為、米粒くらいのサイズでしか見えなかったのだが、心なしか複数の視線を受けている気がした。事実、彼女はその場にいる全員の視線を一身に受けている。


 状況を飲み込めていない彼女に向かい、カイトは思いっきり叫んだ。


「乗れ! そしてアイツを倒せ!」


 よく通る声だった。

 青年の叫びが聞こえたと同時、マリリスは獄翼に視線をやり、その後再生し始める巨人へと視線をやった。

 何度かそれを繰り返していく内に、マリリスはどんどん表情が青ざめていった。


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