第47話 vsはじめての土下座

 ビルの陰からカイトがゆっくりと姿を現す。

 それを見て即座に反応するのは、彼を真正面で視認するシデンだった。


「か、カイちゃん!?」

「何!?」


 彼の背後でシャオランと睨めっこしてたエイジも、思わず振り向く。

 いた。少し前に、肩を思いっきり叩いたチームメイトがそこにいる。同時にエイジは気づく。今、自分は紙袋を被っていないのだ。

 彼が異様に自分の顔を恐れていることは知っている。正確に言えば、幼いころにつけられた傷が原因なのだが、いずれにせよ顔を合わせただけで気まずいリアクションを取ってくるのだ。隠すに越したことはないだろう。

 ところが、そんなエイジを目視してもカイトは涼しい表情をしているように見える。


「貴様、何をしに来た」


 イゾウが言う。

 彼は旧人類の少年も含めてサイキネルが担当することになった。それに不満がないとは言わないが、それを投げ出してまで此処に来た理由が彼には見当もつかなかった。


「……精算かな」

「なに?」


 簡潔に紡がれた言葉に、イゾウが目を丸くする。


「9年前、俺は知らないうちにでっかい貸しを作った」


 どことなくデジャブを感じる台詞だ。だが、今の気持ちを表現するなら、これが簡潔だった。


「俺はそれからずっと目を背けてきた。やれ最強の人間だ、物怪だともてはやらされても、その陰でずっとこいつ等に怯えてたんだ」

 

 そう、怯えていたのだ。姿の見えない敵を抱えたまま、カイトはずっとソレに怯え続けていた。

 9年間もである。何年か空白の年月があったとはいえ、その間ずっと彼らを避け、時としては傷つけて突き放した。

 それを自覚した瞬間、あまりの情けなさに惨めになった。

 

「でも、逃げるのは今日で終わりだ」


 カイトが顔を向ける。

 未だに呆けるままのチームメイトと目が合った。親友の顔に付いた傷が、カイトに叫ぶ。


 お前のせいだ、と。


 カイトは、それから目を背けなかった。

 今もまだ怖くないかと言われたら、自信をもってYESとは言えない。現に少し汗が流れている。

 しかし、それに対して何かしらの行動を起こさないと、もう彼らと向き合えないのも事実だった。

 それゆえに、カイトは口を開く。

 

「ごめん!」


 短いが、よく響く声だった。

 彼は肩を震わせながらも、続ける。


「ずっと意地張ってた! 本当は嫌われたと、俺が思い込んでた!」


 膝をつき、敵の前で頭を下げた。

 詫びの代名詞、土下座である。カイトはそれを行うのは始めてだった。

 これが正しい謝罪なのかはわからない。

 だが、彼らに対する申し訳なさを思えば、同じ視線で物を喋れなかった。


「ふざ、け――――」


 そんなカイトに敵意のまなざしを送るのはイゾウだ。

 

「ふざけるな!」


 自身の奥に渦巻く感情が、許せないと叫ぶ。

 彼はカイトを人一倍買っていたのだ。あくまで勝手な期待を押し付けていただけなのだが、その期待を裏切られたのである。

 自分の崇拝していた何かを汚された気がして、怒りが収まらない。


「獣よ、貴様は人の痛みなぞ知らぬ筈だ!」


 それなのに、その行為はなんだ。

 なぜ悔い改めるように、頭を下げる。それでは物怪ではなくなってしまう。


 イゾウの心の叫びを聞いたカイトは、彼には答えない。

 青年が続けた言葉の向かう先は、苛立ちをぶつけていたふたりに向けられていた。


「すまない。本当に、すまなかった。許してくれ」


 顔を上げる気配は全くない。

 今にも切り掛かってきそうなイゾウを前にしても尚、カイトは土下座の姿勢を解かなかった。


 一方、許しを請われたふたりはただ目を丸くするばかりだった。

 思わず顔を見合わせる。


「えっと……」


 突然の土下座は、彼らを困惑させるには十分すぎる破壊力を秘めていた。

 あの神鷹カイトである。いかなる時も己の道を突っ走り、比較的傍若無人に生きてきたこの男が、土下座をしたのだ。

 そして、これまでの非礼を許してくれと言った。そりゃあ唖然もする。なにせシルヴェリア姉妹の件でも、結局最後まで謝らなかった男だ。


「ど、どう思う?」

「どうってお前……そりゃ、あれだ」


 かなりきょどっている。

 そんな中、もっとも被害を被ったであろうエイジは口を開いた。


「『せーい』が通じたんだ。多分」


 かなりのタイムラグがあった気がする。

 しかし形はどうあれ、きっと彼にそれが伝ったのだろう。9年の月日は長かった。気が遠くなるくらい長かった。その間にエイジはカツ丼を作るようになり、シデンはアキハバラの女帝と呼ばれるようになっていたり、カイトはド田舎のパン屋で眠気と戦いながら車の運転をしていた。

 お互いの知らない一面を持つようになり、それでも尚、手を取り合える。

 まったく、人生ってのはなにがあるのかわからない。

 孤児として新人類王国に引き取られ、XXXとして様々な苦行を受けた時は運命に恨み言も呟いた。

 

 だがこの時は、ウェルカム運命。


 この素晴らしい再会と、仲直りの前兆に是非とも乾杯したい。

 『せーい』という言葉を教えてくれた、スバル少年には感謝するべきだろう。きっと彼が根回ししてくれたのだ。


「あれ?」


 だが、そこでエイジは気づく。

 スバル少年が居ない。その事実を確認した後、アキハバラの街を見渡した。天動神の口から放たれるビームを、必死に避ける獄翼の姿がある。


「お、おい!」


 ここで状況に気付いたエイジが、カイトに声をかける。


「あいつは!? お前、あいつを置き去りにしてきたのか!?」

「え!?」


 シデンも気付いたらしい。

 彼の隣にいたスバル少年は、今まさに獄翼に乗ってひとりでサイキネルと戦っているのだ。彼も途中まで搭乗していた筈だが、そこから抜け出してわざわざここに来たと言うのか。


「大丈夫だ」


 だがどこか非難するような問いかけを前にして、カイトは動揺も無く答える。


「アイツが大丈夫だと言った。俺はそれを信じた。それだけだ」

「いや、それだけだって……」


 土下座の姿勢のまま、随分簡単に纏めてきた。

 だが、カイトにとってこれ以上の答えはないのだ。


「でも、もしも許してくれるなら恥を承知で頼みがある」


 頭を押し付けたまま、カイトは言う。


「アイツを、助けてやってくれ」


 持たせると、スバルは言った。

 その言葉に嘘はない。現に今、この瞬間にも彼は立派に生き残っている。

 だが、それも長くは続かないだろう。電磁シールドを失い、刀しか天動神と渡り合う武装がない獄翼では、いつかやられる。

 早く戻って、誰かが助けてやる必要があった。

 その役目は自分でもいいだろう。しかし、自分がこれ以上SYSTEM Xを使おうものなら、今度こそ獄翼を壊しかねない。それは避けなければならなかった。


 なぜならば、


「アイツも友達なんだ」


 彼には、大分助けられた。

 本人は否定するかもしれないが、シンジュクにおけるゲイザー戦やエレノア戦、果てにはシルヴェリア姉妹とのいざこざまで、彼がいたからこそ上手くいっている。

 それを気にしないカイトでもないのだ。


「助けてやりたいって、本気で思う。もう迷わない」


 思えば、本心で彼らと話すのも久しぶりだ。

 だからこそ、自然とカイトの言葉にも力が入る。


「力を貸してくれ。頼む……」


 断られる可能性があるのは、十分承知だ。ソレに対して文句を言うつもりもない。彼らはここに駆けつけてくれただけで、十分貸しを返してくれている。

 

 だが、答えは思いの外あっさりと帰ってきた。


「いいぜ」

「後ろに同じく」


 足音が、こちらに近づく。

 イゾウの横を通り過ぎ、エイジとシデンはカイトの真横に立った。道中にいる敵なぞ、目もくれていない。


「……頼んできたって事は、ボク達はスバル君をまっすぐ助けに行けばいいんだよね」

「ああ」


 シデンの声が隣で聞こえたのを意識すると、カイトは立ち上がる。

 そこでようやく、彼はチームメイトの顔をまともに見る事ができた。実に9年振りである。


「……なんだ」


 やっと気づいた。六道シデンは、6年間と比べて顔が全然変わっていない。本当に22歳か、こいつ。

 そして御柳エイジの傷は、殆ど塞がっていた。昔は包帯で完全に隠れていた目が、こちらをじっと見つめている。


「目、大丈夫なのか」

「おう」


 罪の痕跡は、何も言ってはこない。

 許してくれたのか。それとも最初から気にしていなかったのか。もしかすると、まだ許してくれていないのかもしれない。

 だが、例えそのいずれかであったとしても構わない。

 もう迷わないと、後悔しないと決めたのだ。今度こそブレないで、最後まで戦い抜いてみせる。

 誰かの意思ではなく、自分の望むままに。


「今まで迷惑をかけた分、俺がこいつ等を倒す」


 ぼそりと呟いた言葉に、イゾウとシャオランのふたりが反応する。

 なにを言ってるんだ、コイツというような表情だ。


「任せていいんだね?」

「ああ」

「じゃあ、また後でな」


 エイジとシデンがそれぞれ片手を上げる。

 それを見たカイトは、無言で両手を胸の位置にあげた。


「えい!」

「おら!」


 直後、ふたりは思いっきりその手を叩いてきた。

 ハイタッチならぬ、ロータッチである。思いの外強く叩かれ、ちょっと手がひりひりした。


「じゃあ行ってくるね!」

「負けるんじゃねぇぞ馬鹿!」


 思いっきり叩き終わった後、ふたりは疾走。

 獄翼のもとへと向かい始める。


「…………誰に物言ってやがる」


 叩かれた両手に視線を落とす。

 じんわりと痛むその感触が、なぜだかとても嬉しく感じる。


「俺が勝たなきゃ、誰が勝つっていうんだ」


 自信に溢れた表情が、牙を剥いた。

 カイトは笑みを浮かべながら、イゾウとシャオランを視界に入れる。


「貴様でも笑うか、物怪」

「ターゲット、XXX神鷹カイト」


 彼らは元々、カイトが目的でここにきた戦士だ。

 それゆえに、この状況は望むところではある。望むところなのだが、直前の茶番が楽しみを汚していた。


「失望したぞ。貴様は孤高に生きる野獣などではなく、他者と寄り添わなければ生きられない軟弱者だ」


 イゾウが蔑むような視線を向ける。

 が、カイトは笑みを崩さなかった。


「そうだな」


 かつてないほど活き活きとした口調だと、自分で思う。

 サイキネルの変貌を見て、思わず呆然としていたが、案外自分も人の事は言えないかもしれない。傍から見れば多分、気持ち悪いくらい笑っているんだろう。


「でも、それっていけないことか?」


 不思議と、身体が軽い。

 XXXに所属していた時でも、ヒメヅルで働いていた時でも、こんなに体中から力が漲ってくることがあっただろうか。


「牙が抜けた野獣など、敵ではない」


 もっともなことをイゾウが言う。

 だがカイトは思う。例え牙がなくても――――少なくとも今だけは、自分は無敵だ。なにが来たとしても、負ける気がしない。


「お前が俺を壊すのか?」

「容易い」

 

 心にもない問いを投げると、イゾウが刀を向ける。

 既に片腕を失い、身体中血塗れだというのに元気な事だ。少し前の自分ならば、倒すのに時間がかかっていたかもわからない。

 

「悪いが、今日の俺は負ける気がしない」


 ゆえに、


「1発だ」


 勝ちに行った。

 イゾウ目掛けてカイトが疾走する。






 月村イゾウの世界から、カイトが消えた。

 文字通り、姿形が視界の中から消え去ったのである。だが、別段それに驚きはしない。彼は今まで、そうやって視認不可の超スピードで敵を葬ってきたのだ。

 だが、そんな彼を捉える方法がある。

 それは殺気を素早く感じ取る事だ。


 相手を殺す気でかかってくる以上、嫌でも殺気と言うのは飛んでくるものだ。それはイゾウもそうだし、シャオランだってそうだ。誰だって殺意を抱いて武器を向けると、自然とその殺意も相手に向かうのである。


 ところが、ここでイゾウは予想だにしない物を感じていた。


「なんだ?」


 風が吹いた。

 それは台風のような破壊をお供にする災害ではなく。

 かと言って、アスファルトを抉る鋭利な旋風でもなかった。


 暖かな春風が、撫でるようにイゾウを包み込む。

 心地いい温もりがイゾウを眠気へと誘う。少しでも気を緩めれば、その瞬間に身体を大の字にして眠ってしまいそうなほど、それは心地良かった。


「これは――――」


 戦いの場にはあまりに場違いな風に、イゾウが困惑する。

 なぜならば、敵が放っている筈である殺気を全く感じないからだ。

 自分をどこかに連れて去ってしまいそうな心地良さ。それがこの仕合いに不気味な静寂をもたらしていた。


 直後、イゾウの身体に変化が起きる。

 刀を握っている手が、一瞬にして削ぎ取られていたのだ。

 その痛みを感じたと同時、腕から広がっていくかのようにして全身に痛みが伝染していく。


 斬られた。


 痛みの正体を理解したと同時、イゾウは思う。

 

 今のはなんだ、と。


 今まで幾つもの『物怪』を切り捨ててきた。常に生と死の狭間に身を置いて来たゆえに、殺意のぶつけ合いには慣れていた。

 その衝突には、一種の哲学を見出している始末である。

 そんな自分が、攻撃に全く気付けなかった。


「そうか、理解したぞ……!」


 イゾウの身体が宙に浮く。

 全身を刻み込まれ、肉と言う肉を削ぎ落されて殆ど骨が丸見えになっている赤い塊が、不気味に笑う。


 ――――汝は、物怪を超えた更なる強者であったか。


 自分が求めていた、その先にあるもの。まさかここまでの境地に達することができる者がいるとは、まったく驚きだ。


 叶う事ならば、今度はコレを切り捨ててみたいものである。


 全身血塗れになったイゾウは、意識を闇に飲まれつつも、笑い続けた。

 飽くなき強敵への欲求が、彼の喉を乾かし続けた。

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