第40話 vs念動神

 念動神の右腕から放たれた赤い閃光が扇状の波となり、アキハバラの街を飲み込んでいく。光によってアスファルトは引っくり返り、ビルは弾け、カラスが必死に逃げ惑う。

 そんな赤い光に立ち向かう、黒い影があった。全長17メートルの黒い巨人は刀を振り抜くと、赤い閃光をその刃を持って受け止める。


『む!?』


 サイキネルがその装備に反応した。先程まで合体に夢中で気付いていなかったが、渡された獄翼の資料にはあんな刀はない。大使館から持ちだされた装備はナイフや小型銃、後は電磁シールドくらいだった筈。どこから調達したのだろうという疑問が浮かんだ。更に付け加えると、その刀が自分の技を受け止めているのだから腹立たしい。

 直後、獄翼が受け止めたエネルギーを受け流し、刀を切り上げる。赤い閃光は空へと飛び立ち、その破壊の渦は虚空へと霧散していった。


『ファッキン!』


 一度ならず、二度までも。技を防がれた悔しさのあまり、サイキネルは念動神のコックピットの中で地団太を踏んだ。操縦者の動きに合わせ、念動神も地団太を踏み出した。50メートルはあろう巨大ロボットの地団太はやけに街を揺らす。


『なんなんだ、あいつは』


 SYSTEM Xを起動させ、獄翼の脳となったカイトがぼそりと呟く。

 見るからに情緒不安定だった。ただ、その分力を持っているのが非常に面倒くさい。今の技だってそうだ。先週のシルヴェリア姉妹との戦いでアルマガニウムの刀を貰っていなければ、捌ききれなかっただろう。他にサイキックパワーと戦えそうな武器は自前の爪しかないが、後部座席で意識を失っている自分の両手が黒焦げになっていることから、それを使った場合の展開がよくわかる。

 と、そんなことを考えているうちに、


「4分切るよ!」


 SYSTEM Xの制限時間を知らせるタイマーが、早くも制限時間の5分の1の使用を知らせてくる。スバルの知らせを聞いたカイトは内心舌打ちしつつも、メイン操縦席に座る少年に告げた。


『このまま切り掛かれるか?』

「できるかわかんないけど、やるしかないでしょ!」


 スバルが決意表明を出すと同時、獄翼が走る。超人、カイトを取り込んだ今の獄翼はダッシュするだけで念動神との距離を詰めることが可能だった。


『ぬ!?』


 低空飛行でもしたのか、と勘違いする速度で迫ってきた獄翼に対し、念動神は巨体を曝け出すだけである。


「もらった!」


 念動神の右足に刀が振り下ろされる。だがソレと同時、


『サイキック・ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッシュ!』


 念動神が一瞬にして後退した。残像を残しつつも、鋼の巨体が猛スピードでアキハバラの街を駆けまわる。振り下ろした刃が空を切ると同時、スバルは奇怪な動きを見て唖然とした。


「なんじゃこりゃあ……」


 目の前には、残像を残しながら移動する念動神の姿が見える。相手が逃げるなら追いかければいいだけの話なのだが、これがそうもいかない。あまりの超スピードで動く念動神の姿を捉えることができないのだ。今、スバルの視界には念動神の姿が10体近く見えている始末である。


「ど、どれ攻撃したらいんだカイトさん!」

『落ち着け』


 分身の術に戸惑う忍者のやられ役はこんな気持ちなのかとスバルは思う。少なくとも50メートル級の巨体から繰り出されていい動きではない。これがブレイカーズ・オンラインに出てくるプレイヤーキャラだったら確実に強キャラだ。そう言い切る自信がスバルにはあった。

 少し動かれただけでわかる念動神のスペックの高さに、あんぐりと口を開くだけである。


「落ち着いてらんねぇよ! マシンスペックの差が激しすぎる!」


 速度はスピード自慢のミラージュタイプを翻弄するレベル。しかも分身持ち。更には必殺の奥儀、サイキック・バズーカの威力だ。この動きでサイキック・バズーカを連発されてみろ。それこそアキハバラは荒野と成り果てる。ほんの少しやりあっただけでこの有様なのだ。他にもまだ何かあると思っていい。そんな相手を前にして、落ち着いていられなかった。


『それでも、落ち着け』


 だが、同居人はあくまで冷静だった。シンジュクでシステムのカット方法がわからず、慌てふためいていたのが嘘のようである。


『動きは俺が見る』

「わかるの!?」

『ああ』


 だが、


『お前のいう通り、マシンスペックの差が激しいのも事実だ。行き当たりばったりになるが、情報を引き出しながら戦おう』


 同居人の言葉に頷きかけるが、ちょっと待ってほしい。確かに念動神のスペック、サイキネルの能力を含めて情報は欲しい。だが、それをどうやって引き出すというのだろう。


「情報の宛ては?」

『回線を繋げ。コードは――――』


 指示に従い、淡々と紡ぎだされた文字と数字を入力し、回線を繋げる。喧しいノイズ音が流れた後、徐々に回線が安定した後に聞こえてきたのはやはりノイズ混じりの音声だった。


『はい、こちらカノン』

「カノン!?」


 通信の相手は、機械音声の女。カイトの部下、カノン・シルヴェリアその人だった。

 そういえば1週間前、カイトに『情報垂れ流してくれ』とか言われて新人類王国に帰っていった気がする。――――するのだが、本当に垂れ流させる気か。敵の本拠地にいるのだから、バレたらただでは済まないのではないだろうか。


『あ、師匠。ご機嫌いかがですか?』

「早速刀が役に立ったよ、ありがとう!」

『やった!』


 回線越しでも機械音声の声が弾むのがわかる。こちらはその刀で念動神のエネルギー機関銃を躱しているというのに、気楽な物だ。


『質問と、敵に観察に集中したい。回避と防御を全部任せていいか?』

「得意分野だから任せて!」

『え、なんの話ですか? なんか爆発音が聞こえますけど』


 念動神の腕から放たれる牽制のビームを避けつつ、スバルは思う。回線相手とのテンションの差が酷いな、と。


「今、戦闘中なんだ! 悪いけど、カイトさんがこれから質問するから答えてくれない!?」

『了解です! リーダーと師匠の為ならばこのカノン、例え火の中水の中あの子のスカートの中!』

「君、そんなテンションな子だったっけ!?」


 SYSTEM Xのヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てながらも、スバルは弟子の豹変っぷりに戸惑っていた。確かに感情が少し爆発する時はあったが、基本大人しいタイプの子だった気がする。心のつっかえが取れただけで、人間とは此処まで変わるのだろうか。


 ややあってから、スバルは思う。

 ああ、うん。できるや。目の前の敵がそれだし。

 

「カノン、確認するが周りに誰もいないだろうな」


 獄翼から意識を取り戻したカイトが、その瞳に念動神を見据えつつ部下に問う。


『勿論です。新人類王国に戻って以来、いつでもリーダーから設定されたコードに出られるよう、ネズミ同然の生活を送っています』

「ならよし」

「汚いから、ちゃんと毎日風呂で洗えよ」


 まさかと思うが、下水道や民家の屋根裏なんかで回線を繋いでるのではあるまいな。献身的すぎてちょっと引いちゃう行動をする系女子を前にして、師匠は不安に苛まされる。


「早速だが、今俺たちが戦ってる新人類についての情報が欲しい」

『何者ですか?』

「サイキネルとか名乗っていた」


 回線の向こうにいるカノンが、僅かに息を飲む音が聞こえた。

 

『……まず、新人類王国の中では五指に入るほどの戦士だといわれています』

「そういうのはいい」


 知りたいのは、サイキネルが全体で何位の実力者なのかではない。彼がなにを得意とし、なにを弱点としているかだ。しかし、これに関してはカノンもお手上げだった。


『ごめんなさい。彼が持つサイキックパワーというのがその……よく理解できなくて』

「気持ちわかるわぁ」

『ただ』


 実際に見たことがあるわけではない。サイキネルは部下を持たない代わりに、ワンマンプレイヤーだ。それで戦果を残す為、色んな噂が飛び交う。


『聞いた話によると、彼が使うサイキックパワーとは念力のことらしいです』

「あれが念力?」

「スバル、一番右だ」


 指示された方向から飛んでくるエネルギー機関銃を回避し、念動神から距離を取る。

 

『勿論、ただの念力ではありません。人間の意思次第で力はぐんぐん高まると聞いていますし、やろうと思えば他人の意思を読み取ってそれすら力にするらしいです。彼のブレイカーも、それの増幅に一役買っているというお話を聞いています』

「無茶苦茶だ!」

「それであんなにテンション高いのか、あいつ」


 今にも叫びすぎて血管が切れるんじゃないかと思うレベルだった。もしかすると、念動神の攻撃を耐え続けていれば自然と自滅してくれるかもしれない。だが、それを待つのは自滅行為にも近いだろう。


「今度は左から3体目、サイキックなんちゃらカッター来るぞ」


 カイトから指示が飛ぶ。念動神の左手が振るわれ、指先(鮫の牙)から光の刃が放たれた。それを見たスバルは刀を振るって刃を切り払う。


「流石に、ずっとこの攻撃を耐えれる自信はないけど?」

「だろうな。俺でもいやだ」


 いかにスバルがブレイカー乗りとして優れており、カイトが新人類として完成された身体能力を持っていても、限界がある。サイキネルはその限界を超えてくる凶悪なスペックと、破天荒な思想の持ち主なのだ。少し会話して、戦っただけでそれは理解できる。

 ならばどうするか。決まっている。こちらから攻めて、念動神を切り落すしかない。情報を引き出したのはいい物の、ここにきて理解できたのは相手がテンションに任せれば任せるほど強くなることくらいだ。その勢いを削ぐためにも、攻撃して相手の手を止める必要があった。


「刀と爪しか奴を倒す算段は無いが、あの図体を相手にいけそうか?」

「でかさは問題ないけど、ネックなのは桁違いの火力と足だな」


 遠距離から放たれる必殺技の威力は、知っての通りだ。一撃を入れる前に、確実に襲い掛かってくるであろう大技を回避、あるいは受け流さなければ獄翼は一瞬でスクラップになってしまう。

 だが、そこはブレイカーズ・オンラインで何度も通ってきている道だ。厄介な問題点は、足。先程から残像を残して移動するパンサーの足を止めないと、狙いを定めて切り掛かりにいくことができない。少なくとも、加速力勝負では確実に負けている。


「なら、足を止めよう」


 カイトがいう。彼は再び同調機能の起動に手を付けた。


「そこは俺がやる」

「なにか作戦があるの?」


 スバルは反射的に尋ねた。確かに彼も足が速いとはいえ、その身体が獄翼に当て嵌まる以上、念動神とのスペック差は埋まらないのではないだろうか。そんな懸念があったのだが、カイトはソレに対して簡潔に答える。


「ない」

「え!?」

『リーダー!?』


 彼は無策だった。だが、無策でも自分がやらなければならない。そう思う理由がある。


「今、念動神の動きを目で見て追えるのは俺だけだ。俺が見て、実際に動いた方がタイムラグが少なくて済む」

「そりゃそうだけど、時間が」

「調整は上手くやる。アナウンスは任せた」


 同時、カイトは再びシステムを起動させる。それを確認すると、スバルは急いで取り外したヘルメットを拾い、被った。


『SYSTEM X起動』


 返答も聞かずに起動されたシステムの無機質な音声がコックピットに響く。

 

『またそれか!』


 念動神からサイキネルが叫んだ。どうやら獄翼の関節部から青白い発光が出たらしい。同調が完了した合図だった。


『旧人類が来ようが、XXXが来ようが、僕のサイキックパワーの敵ではない!』

『ほざくのは寝言だけにしておけよ。僕ちゃん』


 獄翼が刀を鞘に納める。代わりに出した凶器は、両腕から生える爪だ。


「大丈夫、だよな」


 スバルが息を飲む。ソレに対し、同居人は静かに答えた。


『安心しろ。時間は掛らん』

「そういうのを聞きたいんじゃないんだけど」


 時間は問題ではないのだ。無策の状態で、あの念動神の足を破壊。もしくは勝つことができるのか、とういう疑問である。


『やることは変わりないんだ。なんだっていいだろ』


 確かにカイトは無策だ。念動神の足を止めるのに、特別な事は考えていない。

 ただ自然に、自分が走って切り裂く。いつもと同じことをするだけだ。ゲイザーやエレノアと戦った時と同じように、全力で走って敵を抉る。違いがあるとすれば、今回はブレイカーになっていることだけだ。


「……まさか、あんた」

『そのまさか』


 スバルがカイトの考えに気付く。彼は一度、遠巻きとは言えエレノアとの戦いでそれを垣間見ていた。しかしその動きをブレイカーで再現するとなれば、どうなるか。先ず確実に、パイロットの身体が強烈な加速で引っ張られる気がする。それこそ、サイキネルに襲われる直前までカイトに引っ張られていた自分のように。

 だが気付いた時にはもう遅い。彼の手は獄翼によって引っ張られ、操縦桿を握りしめる。


『一応いっておく。耐えろ』

「命令形!? っていうか、今いうのかそれを!?」

『舌噛むぞ』


 ただ一言、理不尽にいわれたと同時。スバルの身体を、強烈な加速が襲った。

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