『小さな味方編』
ようこそ混沌の街へ! ~メイドさんには要注意~
エレノアとシルヴェリア姉妹を退けてから1週間が経過しようとしていたある日の正午。海外逃亡を図っている筈のカイトとスバルは、まだ日本にいた。
ブレイカーもあるんだからさっさと移動しろよ、とツッコミを入れそうになってしまうが、それなりに理由がある。
旅の資金が底をついているのだ。
シンジュクで荷物の回収をした後、どこか適当な場所でマサキの貯金を崩すか、大使館で盗んだアーガスの宝石を換金するかで何とかする予定だったのだが、エレノアとシルヴェリア姉妹の襲来がそれを台無しにしていた。
この件で時間を取られている間にマサキの口座は新人類王国に抑えられており、宝石は何時の間にか無くしていたのである。エレノア戦で激しく動き回っていた時か、もしくは獄翼にしがみついて猛スピードで移動した時のいずれかで落としてしまったのだろう。カイトの胸ポケットには穴が開いていた。
ならばどうするか。
金が無くても生きていけるよう、少年に最低限のサバイバルを体験してもらい、何が食えるのかを学んでもらおう。
カイトはそう結論付け、実行に移したのである。
「だからってさぁ」
スバルが7日目のサバイバル研修を終えて、げんなりとした表情をカイトに見せる。この数日間で少年はちょっと逞しくなったが、同時に少々痩せ衰えていた。普段使わない筋肉をふんだんに使ったせいで、筋肉痛も酷い。
「なんでよりにもよって毎日ミミズと野草を食わなきゃいけねぇんだよ」
一応、獄翼にはインスタント食品や栄養食。ペットボトルもストックがある。しかしそれらは殆ど手を付けておらず、ずっとそんなものを食べていた。水に至っては山で流れる天然水を見つけ出し、それを使っていた始末である。16年の人生で雨がありがたいと思えるのはこの1週間が始めてだった。
「身体で覚えておいた方がいいだろ。知識だけ持ってても身体がついていかなきゃ意味が無い」
その理論は多分正しいだろう。悔しいが納得もできる。
ただ、原因はカイトにあるのだから100%納得できるわけではない。
「それにしたって、とっとと出発しないとまた見つかるんじゃないか?」
「その通りだ。だから明日の朝には出る」
「俺が言うのもなんだけど、もういいのか?」
「ああ。こっちの整理も終わった」
カイトが後ろに控える獄翼を指差す。黒い鋼の巨人は、新たな武装として刀を背負っていた。
カノンたちのダークストーカー・マスカレイドが使用していたアルマガニウム製の刃物である。1週間前、破壊されたダークストーカーを回収しようにも、それができるコメットが気絶していた為、今の内に使えそうな物を取って行って下さいとカノンは言った。
それで遠慮なく刀を貰ったわけだが、果たして本当にいいのかとスバルは疑問に思う。
「幾らなんでも軽すぎるだろ」
「良くも悪くも、あのふたりは単純なんだ」
一旦心を開いた相手にはとことん尽くすのがシルヴェリア姉妹の信条のようだ。
若干行き過ぎなところもあるが、その好意を無下にするとまた拗れかねないので受け取る以外の選択肢がなかったのもある。
「それに、調べ物もしたかったから丁度いい」
誤解してはならないが、彼らはこの1週間サバイバルだけしていたわけではない。ダークストーカーの刀に獄翼のアルマガニウムを登録させたり、まだ完全に解明できていないSYSTEM Xを再び調べたり、更にはスバルがシミュレーションソフトを起動させ、リアルとゲームのギャップを少しでも取り除くために訓練に励む場面もあった。そんな中でも一番の収穫は、世間で出回っているニュースである。
連日シンジュクを襲った黒いブレイカーは大きく報道されており、ソレに乗り込んだスバルの姿もばっちり撮影されていた。このまま出発して、うっかり顔を見られようものなら、海外にでても捕まっていた可能性は高い。最悪、スバルだけ獄翼の中でずっと生活してもらう可能性もある。
しかし、ここでカイトが大量に買い込んだ無駄な装飾品が役に立つ。単純にサングラスや帽子を被り、少々分厚いコートを着たところで人間はそこまで気にしたりはしない。同時に、上半身を包んでしまえば顔写真を思い出す奴なんていないだろう、というのがカイト談である。
唯一気を付けなければならないとすれば、バトルロイドに音声を録音されることくらいだ。
ではそこまでして、彼らは先ずどこへ向かうのかというと、
「じゃあ、明日アキバか」
「ああ。早めに売りつけておいた方がいいし、日本でやっておきたい」
知る人ぞ知る電気街。二次元文化の街、アキハバラ。
コンピュータの専門店からアイドルグループの本拠地、オタクの聖地とまで言われた、中々混沌とした街である。
そんな場所に何をしに行くのかと言えば、売りに行くのだ。それこそカイトが購入してしまった無駄に有り余る高価な服を。
顔写真まで出回っているのだから、海外に逃亡してから売ればいいじゃないかという意見が出てくるかもしれない。だが悲しい事にこの辺りでは円が一番価値があるのだ。この先何があるかもわからない逃亡生活を送るからこそ、一番価値のある紙幣を入手しておきたかった。
もっとも、こうなったのは殆どカイトのせいである。
その為、最後の日本。どこに売りに行くかはスバルに決めさせてあげようと思った。カノンとアウラの件では彼に大きな借りも作っている。
そのくらいの無茶は叶えさせてあげてもいいと、カイトは大目に見ていた。
その結果が、アキハバラである。
「しかし、俺は始めてなんだがアキハバラとはどういうところなんだ?」
カイトがスバルに尋ねる。
常々噂には聞いたことがあった。年末やお盆には本屋に蟻の大群の如く人が押し寄せるなり、女が男をひっかけて足ふみマッサージをする場所だと聞いたこともある。更に言えば、仮装も気軽に行っている人間がいるらしい。ヒメヅルやシンジュクを見た限りではあまりイメージできない空間に、カイトは首を傾げた。
「聞いた話だと、海外からも人が来るらしいな」
「うん。珍しくは無いと思う」
スバルがアキハバラを指定した理由は単純だった。行ってみたかったのである。ブレイカー乗り仲間の『赤猿』や『ライブラリアン』を始めとするネット仲間からこの地の遠征に誘われたのだが、金が無いと言う理由で断ったのを、彼は気にしていた。
「俺も始めて行くけど、まずシンジュクと違うのはメイドがいることだな」
「ほう」
メイドといえば、あれか。
新人類王国に勤めていた時に何度か見たことがある、白と黒のエプロンのようなデザインの服を着て、主人の身の回りの世話をする、あれだろうか。
幼少の頃、リバーラの周りの世話をしていたメイドの姿を思い出す。王の突然の思い付きに振り回され、ゴリラのモノマネをさせられていた。
あれが大量に居るのかと思うと、妙に動物園くさい匂いがしてきた。
「バナナが大量に散らかっていそうだな」
「なんでさ」
かなり偏見のあるメイドのイメージ図を浮かべるカイトに、スバルが怪訝な表情を浮かべる。
「一応言っておくけど、そのメイドってのは客引きするんだよ」
「それは主人の命令でウホウホやるのか?」
「ウホウホはしないな」
というか、ウホウホってなんだ。女性になにをさせるというのだ。
「言ってしまえば、そう……キャバクラみたいな感じかな」
自分で言ってみてなんだが、スバルはちょっと悲しい気持ちになった。
物の例えとは言え、妙に冷める物を感じてくる。所詮、奉仕してくれる本物のメイドなんて日本では絶滅危惧種なのだ。たぶん。
「キャバクラか。聞いたことがある。異性に貢ぐ場所だと豚肉夫人が言っていたな」
「なにをほざいてるんだあの人」
違うよと言い切れないのが悔しい。
しかしここで釘を刺しておかないと、この男はどこに行くかわかったものではない。何といってもシンジュクで無駄な買い物をしては財布の中身を0にしているのである。
ここでメイド喫茶に入ってみろ。ドリンク代だけでなけなしの500円玉が空になるのは目に見えている。
「いいか、カイトさん。もしメイドと目が合っても、絶対に店には行っちゃだめだ。金を毟り取られるぞ」
「恐ろしい所だな、アキハバラ。何を好きこのんでそんな場所に人間が集まるんだ?」
「オタクの性だよ、多分」
自身も半分そこに足を入れているスバルとしては、心の中で乾いた笑みを浮かべる事しかできなかった。
さて、そんな会話をした次の日。
獄翼を飛ばし、人目につかない場所に隠してからふたりはアキハバラに君臨した。片方は既に2着もの着替えを台無しにした神鷹カイト。もう片方はサングラスに帽子と、ここにマスクでもつければ完全に犯罪者感丸出しの蛍石スバルだ。
彼らの使命はここでいらない荷物を換金し、街並みを少し楽しんでから日本をおさらばすることである。
そんな彼らの前に、第一の関門が立ち塞がる。
チラシを配り、喫茶店の客を集めるメイドさんである。時折巫女服になると言う噂もあったが、今の彼女たちはメイドさんだった。
もしもスバルが観光に訪れていたのであれば、ただの好奇心でチラ見していたことだろう。しかし、今の彼には何の罪もない彼女たちが悪魔の化身のようにも見えた。心なしか、メイドたちが怪しい笑みを浮かべては『金を出せ』と囁いている気がする。
しかし蛍石スバル、16歳。
ここで負けてたまるかと決意を固める。
チラシを渡されては『なんだこれ』と言って、そのまま案内されてしまいそうな天然同居人を連れてこの通りを突破しないと、お金は手に入らないのだ。
ならば手段はひとつ。話しかけられる隙も無く強行突破するしかない。
「カイトさん、ここはメイドたちに声をかけられないくらい速足で行くしかないな」
隣の同居人と軽い打ち合わせを行う。
――――筈だったのだが、スバルの小声は彼に届いていなかった。
「あれ?」
メイド喫茶がある十字路。その手前で身を潜めながら、カイトがメイドたちの様子を伺っているのである。傍から見れば不審者オーラ全開だった。全身黒づくめでその行為はビジュアル的にまずい。
「ちょ、ちょっと! 何してんだよ!」
スバルが速足でカイトの元に近づくと、彼は口元に指を当てて沈黙を求める。
「静かに」
その様子は真剣そのものだった。目つきの鋭さが増し、1週間前にシンジュクで繰り広げた激戦をスバルに思い出させる。
「どうしたの?」
彼の隣に隠れ、小声で訴えかける。
するとカイトは、同じく小声で答えた。
「知った顔がいる」
彼が言う知った顔。スバルが知る限り、こんな表情で言う『知った顔』は碌な奴ではない。
「新人類軍?」
「俺の同期だ」
「はぁ!?」
簡単に飛び出した予想外な回答に、スバルが間抜けな声を上げる。
が、カイトがすぐに口を塞いで『しーっ』と己の口に指を当てて警告した。
カイトの同僚、第一期XXX。
彼が自殺を図った際の爆発で王国から消えた超人軍団。そして1週間前に襲い掛かってきたカノンとアウラの先輩戦士でもある。
それが、このアキハバラにいる。
「……どれだよ」
「あの青髪だ」
基本的に日本人は黒髪か、もしくは染めて金髪か茶髪にするのが主流である。その中で青髪は、一際目立っていた。
「スコップセットをよろしくおねがいしまーす!」
ソイツは笑顔でチラシを配り、道行く男たちに声をかけられ、時折写真も撮られているくらいには人目についた。
なんといっても青髪である。肩にかかるセミロングの青髪少女が、ロングスカートのメイド服に身を包んでいるのである。目立たないわけが無かった。右側頭部から尻尾のように垂れ下がっている金髪もチャームポイントとして機能している。
スバルでさえも『二次元からの侵略者か』と、わけのわからないことを呟いている始末だ。
「あれが、第一期XXX?」
「ああ、間違いない」
メイドか。ローラースケートに包丁を持ったゲーマーの次は、青髪美少女メイドなのかXXX。人選がマニアックすぎやしないか。
「でも、第一期って事は彼女は俺より年上だろ。そうは見えないけどな」
カノンとアウラの第二期XXXがスバルと同年代だったことを思うと、彼女はそれよりも年上ということになる。
傍から見て、身長もそんなに高くない上に幼さも残る。並ばせたらカノンの方が年上に見えるのではないだろうか。
「俺と同い年だ」
「22!?」
「後、勘違いしてるみたいだけど、アイツは男だ」
「男ぉっ!?」
ボクシングのワンツーを受けた気分になった。
これは所謂『男の娘』とでも言う奴なのだろうか。偶にネット上で女よりかわいい女装写真なんかがアップされているが、実物を見るのはスバルも始めてである。
「しかし、何故アイツがこんなところに。しかもキャバクラの真似事までして」
「……そうは見えないけどね」
単純に可愛いエプロンドレスを身に纏い、喫茶店の案内をしているように見えなくはない。彼女、いや彼は仕事中なのではないだろうか。
「しかし、スコップセットとか言ってたぞ。聞くからに暴力的だ」
「ランチテーマだろ、たぶん」
確かにスコップの単語は気になる。気になるがしかし、それにしたって警戒し過ぎではないだろうか。
1週間前、自分以外の第一期XXXも居なくなったのではと推測したのは何を隠そうこのカイトである。ならばあの青髪メイドも、王国からの脱走者ではないのか。
「俺が行って、少し話してくるか?」
「よせ、アイツが追手だとすると相当マズイ」
カイトが困り果てた顔をする。
最近こんな表情をよくするな、と思いながらもスバルは尋ねる。
「どんな人なの?」
「名前は六道シデン。趣味は可愛い物集めと言ってた。能力は気温や体温とかを一気に凍らせる凍結能力。能力のパワーだけでいえばXXXトップクラスだ」
「カイちゃんに比べたらボクはそんな凄くないよ」
「いや、奴は以前おやつに取っておいたプリンを他のチームメイトに食われた際、腹を立たせてそいつを氷漬けにした。少なくとも身内ではアイツの右に出る能力者はいない」
「いやぁ、そう言われるとちょっと照れちゃうね」
「ねえ、俺はどっからツッコめばいい?」
そこでようやくカイトは気づいた。
先程から第三者の声がする。しかも気のせいでなければ、丁度噂をしている人物の物だった。
カイトはゆっくりと、声のする方向を向いてみる。
「やっぱりカイちゃんだ! 久しぶりぃー!」
20センチくらいは身長差があるだろうシデンが、眩しい笑顔でカイトの手を握る。そのまま有無を言わさずブンブンと上下に振った。
「離せ」
「ああん、いけずぅ!」
手を払われ、わざとらしく泣き崩れる。結構芸達者な人なんだな、とスバルは思った。
「もう、折角の再会なのに冷たいじゃん。というか、何してるのこんなところで」
頬を膨らませ、カイトに抗議し始める青髪メイド(22歳、男)。
これが中々様になっているからメイドは怖いな、とスバルは思った。
「それはこっちのセリフだ。貴様こそこんなところで何をしている」
「あ、結局聞くんだ」
するとシデンはチラシをカイトに手渡し、笑顔で言った。
「お仕事。ついてきてよ、案内するからさ」
チラシには『スコップセット 680円』と書かれており、100円割引のサービス券もついていた。
そしてチラシに映っている写真には、カツ丼と味噌汁。そしてキャベツの盛り合わせという、割と理想的な丼の定食が描かれている。
1週間の間、ミミズと野草しか食べていないカイトとスバルの腹が滅多打ちにあったかのように鳴り響いた。
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