第31話 vsディアマットと新人類王国の戦士たち
カイトとスバルが追手を退けて3日ほど経過した新人類王国。
王子のディアマットは頭を抱えて、私室に招いた発言力の高い人材達にいった。
「大使館メンバーのみならず、現XXXと囚人まで出して倒せなかったというのか……!」
王子の自室にはタイラントを初めとした国の代表的な戦士が4人集まっている。
鎧持ちの管理を務めているノアもそのひとりだ。彼女はこの状況を興味深げに聞いていた。立場上、兵ではないのだが、それでも一度鎧持ちを出撃させて返り討ちにあったという現実から、彼女もこの件に興味を抱いているのだ。
ディアマットは苦悩に歪めた表情をあげ、部屋に招いた信用に値する兵達を一瞥する。
「幸いながら今回は死者が出なかったとはいえ、このままでは奴らを増長させてしまうだけだ」
かといって、兵を大隊的に出撃させるわけにはいかなかった。
この件は王国にとって歴史的大敗である。弱肉強食を謳う新人類王国にとって、カイトとスバルに負けたままでは国の威信に関わる大問題となるのだ。が、それでも直接王国を纏めるリバーラに気付かれないまま彼らの始末をおこなう必要がある。
「父にこの件を知られれば、また妙な思い付きで世界を混乱に陥れるだけだ。国の精鋭たちよ、民に無用な神経を使わせないためにも君たちの力を私に貸してほしい」
「はっ!」
タイラントを先頭として、何人かの兵が頭を下げる。
忠誠心があって素直な兵隊だ、とノアは思った。しかもこの1人1人が恐るべき才能を持って生まれた『天災』である。彼らを従えていればこの世界の覇者になることは約束されたも同然だろう。
ところが、今回の相手もその『天災』に他ならない。しかも切れ味は抜群だ。既に何名もの国の勇者たちを退けており、犠牲者も出ている。ディアマットの部屋に招かれた兵はタイラントを初めとして全員が国を滅ぼした実績を持っているが、相手は6年前その位置を総なめにしていた人材なのだ。死にたくないのであれば、彼らも必死にならざるを得ない。
「ところで」
ノアが場の空気を濁すように口を開く。彼女はディアマットの方を見て、先程から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「現XXXも敗れたと聞いていますが、彼女たちはこの場に招かなくてもよかったので?」
「今はふたり纏めて療養中だ。残る者については……語るまでもあるまい」
カノンとアウラのふたりは、エレノアに襲われて退却せざるをえない状況にまで追いつめられた、と国に報告していた。
彼女たちの帰国から遅れて意識を取り戻し、国に戻ったコメットもそれを認めている。コメットとしては彼女たちは裏切って、そのまま敵対してくると思っていただけに帰国していたことには驚いていたようだった。
ただ、それでもコメットは現在のXXXメンバーが裏切らない保証はないと考えている。彼の目の前で繰り広げられた寸劇を見れば、そう思う理由も頷ける。彼女たちは王国の為に戦う気などないのだ。
ディアマットもその辺は認めていた。しかし実際問題、カノンとアウラは数々の戦いで功績を残しており、幾つものアルマガニウムを得るほどには王国に貢献した戦士である。その彼女たちをすぐに追いだす、もしくは処刑するわけにはいかなかった。それこそ王に何かいわれれば、そこで今までの苦労は水の泡である。
エレノアが戻らないのも悩みの種だった。
彼女はコメットが空間の穴を空けた隙に、行方をくらませていたのだ。これも王に知られるとまずい。思い出しただけでディアマットの頭痛は激しくなった。
「とにかく、今の問題はXXXのリーダーと旧人類の少年だ」
ディアマットが話の軌道を修正すると、集まった兵は我こそは、と名乗りを上げる。
「お許しさえいただければ、私が彼らを塵芥にしてみせましょう」
「鎧を数で出すのであれば、喜んで」
「ディアマット様。ここは正義の名のもとに、この私めを!」
しかしその中でただひとり、沈黙を保った存在がいた。ディアマットはその人物に視線を送り、尋ねる。
「グスタフ。あなたは?」
「望みとあれば、私も出ましょう」
グスタフ、と呼ばれた強面の老兵士がディアマットに顔を上げる。彼はミスター・コメットと同じく王国最古の戦士と呼ばれ、数々の戦いで国を勝利へと導いてきた英雄である。今は前線から退き、国から指揮を出す側に回っていたが、その力は今でも健在だ。
少なくとも、ディアマットは今集まっている4人の中で確実にカイトとスバルを倒せるのは彼だろうと思っていた。仮にこの4人を新人類四天王と名付けるのであれば、彼はその頂点に君臨する存在なのである。
そんな彼が、この一件についてはかなり渋っている気がする。ディアマットはそれが疑問だった。
「気乗りはしないようだが、理由をお聞かせ願えるだろうか」
国という組織の中にいる以上、ディアマットはグスタフの上にいる立場だ。しかし彼はこの老兵士を心から尊敬していた。幼い頃、彼に文武の手解きを受けたのが理由である。
そんなグスタフは少々間を置いた後、王子に自分の考えを隠さずに話し始めた。
「……王子。この一件、本当にXXXと少年を倒せば終わりなのでしょうか」
「なに?」
グスタフは厳しい表情で続ける。
「6年前の爆発事件はXXXの自殺だった。そこはいいでしょう。しかし、それが生きており、尚且つ今まで普通に過ごせていたというのが私には信じられないのです」
「どういう意味ですか」
グスタフの横で控えるタイラントが尋ねた。老兵士は『わからないか』と半ば呆れつつもディアマットに向き直る。
「日本は王国の領土です。彼が長い間潜伏していたヒメヅルという街が、長い間王国の目に留まらないようなド田舎だったとしても、そこに人間が暮らす以上は『市民権』が発生するのです」
その言葉で合点が着いた。
今も昔もあまり変わらないが、国で暮らす場合は市役所に届けを出して国民として登録を行う必要がある。それはド田舎に暮らしていたとしても、カイトだって例外ではない。
「本人が誤魔化した可能性は勿論あります。しかし、聞けばXXXはあろうことか本名を使っていたと聞きます。これで王国の管理を務めるコンピュータが誤魔化されていたというのが信じられない」
新人類王国のセキュリティは、世界の最先端を走っている。
あらゆる分野で特化した人材を集めている以上、そういった国民データベースと過去にいた人間との間に生じる矛盾を無視するような出来事が起こるとは、俄かには信じがたかった。
彼らは知らないが、カイトはヒメヅルで車の運転だってしているのである。
「それをいえば、奴が生きていたのにも驚きです」
タイラントがいう。彼女は大使館でメラニーと共にデータベースが改竄されている可能性があることに触れていた。
「誰かが内部から国の情報を弄っているというのか? XXXの都合のいいうように」
要約してしまえば、そいういうことになる。
勿論、これは単純にグスタフとタイラントが疑念に感じているだけで、実際は思っていたよりもセキュリティに穴があるだけなのかもしれない。
ただ、それならそれで大問題である。
「いずれにせよ、一度洗い直す必要があるかと思います」
「……成程。ではグスタフ。その件はお願いできますか?」
「はっ!」
グスタフは王子の前で頭を下げ、一歩引く。彼は王子が自分に敬語を使うのを好まなかったが、本人が断固として直そうとしなかったので諦めてしまった。ただ、それがなければ今回のように王子に意見を述べて、受理されることなど難しかっただろう。
現にディアマットは目の前にある障害を忘れていない。その為の刺客の厳選も彼の頭の中で済ませてある。
「ならばXXXと少年の処理は……サイキネル。頼めるか」
タイラントとノアの間で構えていた青年が顔を上げる。
やや幼さが残る顔つきに、笑みが浮かんだ。
「はっ! 必ずや仕留めてみせます!」
「ただし、だ」
ディアマットが釘をさすようにいう。
「前回は数で押そうとして、結果的には負けた。それはXXXの隣にいる旧人類の少年が戦えない人間ではないからだ」
コメットと生き残ったヴィクターの証言から、この少年は旧人類でありながら新人類とブレイカーで渡り合える逸材だと認識している。本来なら新たな人材の発見に喜ぶべきなのだろうが、それが既にエリゴルを倒し、カノンとアウラのダークストーカー・マスカレイドを倒しているのだから笑えない。
最新鋭の同調装置を取り付けているのも後押ししていた。もっとも用心すべきカイトも凶器として参戦してくるのである。恐らくミラージュタイプのブレイカーの中で、1対1で渡り合える存在は居ないだろう。
ならば念には念を入れ、確実に倒す為に特化する。
前回の数がダメならば、今回は『質』で勝負だ。
「タイラント。シャオランとイゾウも使うぞ」
「えっ!?」
言われたタイラントだけではなく、サイキネルとグスタフまでもが王子の決定に驚いていた。
ただ唯一、ノアだけが面白そうに笑みを浮かべている。
「もう手段を選ぶ余裕はない。一部隊を倒せるXXXと囚人が負けた以上、我々も可能な限りの最高戦力をそこに集わせる」
ゲイザーやタイラント、グスタフも投入したいのが本音ではある。しかしゲイザーは大使館での戦い以降から再調整をおこなっており、タイラントとグスタフに至っては他の激務がある。それを無視してまでどこに隠れているかもわからないふたりを探しだし、戦うのは王の視線を向ける危険性を孕んでいた。
いっちゃあなんだが、部下も持っておらず、比較的余裕のあるサイキネルに各方面で戦うことに特化された兵をつけるのが無難だった。
もしもこの場に王が入れば『甘いよ! ミルクより甘い!』とかいって滅茶苦茶な提案を出してくるのだろうが、知ったことか。例え天地が引っくり返ってもリバーラの思うようにさせたくはなかった。
「勝て、サイキネル。私が求めているのはそれだけだ」
「勿論です」
ディアマットの険しい視線が青年に突き刺さる。
だがサイキネルはそれを受けても物怖じせず、自信満々な表情で答えた。
「この正義のサイキックパワーで、必ずXXXを倒してみせます」
ディアマットの部屋でサイキネルが意気込みを語っている、まさにその時。同時刻ではカノンが自室へと戻ってきていた。
エレノアにやられたアウラは病院に寝かせてある。医師がいうには、暫く安静にしていれば大丈夫ということだった。自分たちのことについてはディアマットも納得している。コメットやエレノアに何かいわれたとして、直接裏切ったわけでもない以上、とやかくいわれることはないだろう。
問題があるとすれば、ひとつ。
『アキナ』
「あ、カノンお帰りー」
二段ベットの上で呑気に漫画を読んでいる少女が手を振ってきた。
真田アキナ。第二期XXXでカノンの同期にあたる。
「報告は聞いたよ。リーダー、生きてたんだって?」
『うん』
「そっか。生きてたかー」
長い黒髪を扇のように広げ、笑いながらベットの上を転がる。
だが、それが歓迎の笑みではないことをカノンは知っていた。
「じゃあ、いつかアタシも戦えるかもしれないよね。すっごい楽しみ!」
前の任務さえなければ、と心底残念そうにアキナはいう。
彼女は戦う事を至上の喜びとする戦闘狂だった。強い敵と戦えるのであればなんでもいい。そこに戦いがあれば喜んで参加して、叩き潰す。アキナはそういう戦士だった。
だから相手がカイトでも、遠慮は無い。寧ろ強い敵が現れた事実を知って喜びを感じている。
「ねえ、リーダー強くなってた?」
『……そうだね。少なくとも、弱くなってるとは思わなかったな』
「うっひょー! 最高じゃん!」
枕を抱き、再びベットの上でころころと転がる。
見るからに楽しそうだが、カノンとしては面白くなかった。
『そんなにリーダーと殺しあいたい?』
「んー。別にリーダーである必要はないけどさ」
ただ、とアキナは前置きを入れる。
「強い奴と戦って、どっちかが死ぬっていう実感が湧いた時? すっごい興奮して、生きてるって気持ちになるの。わかる?」
『少しは』
彼女の美学は、カノンも少しは理解がある。
所詮は同じ穴のムジナなのだ。同じ人物を師事し、同じ教育を受けたのだから自然と共感できる部分ができあがっているのだろう。
ただ、その対象が大恩あるスバルとカイトに向けられるとなれば話は別だ。それだけは何としても阻止しなければならない。
『でも、リーダーを殺したら許さない』
彼女なりに同僚に釘をさす。長い前髪の間から放たれた殺気は部屋全体を覆い、アキナを一瞬にして包み込んでいった。
「面白いじゃん。なんなら、カノンからいっとく?」
凶暴な犬歯を剥き出しにして、アキナがベットから起き上がる。爛々と光る眼光を向けられ、カノンは包丁を取り出した。
「ストップ」
そこに静止の声がかかる。
ふたりが声のする方向に視線を向けると、そこには『白衣を纏った長い金髪の女性』がいた。白衣の胸についている名札にはエリーゼ、と記されている。
「ダメですよ、アキナ。大恩あるリーダーを殺すなんて真似は、私が許しません」
もしもスバルがこの人物を見れば、目を丸くしていたことだろう。それはカイトも同様である。
ソイツは身なりから言葉づかい、体格に声色、挙句の果てには性別すら彼女たちの保護者に似せていた。本物のエリーゼと違うところを挙げるとすれば、それはこの人物が現XXXという立場にあることだ。
「アトラス。いいとこなんだから邪魔しないでよ」
「そうはいきません」
アトラスと呼ばれたエリーゼのそっくりさんが親指と人差し指で輪を作る。
それを見た瞬間、アキナは血相を変えてベットから飛び降りた。アトラスの指が弾けたと同時に、先程までアキナがいた場所が爆発する。火花が飛び散った後、ベットに焦げ目がついた。
「私にはリーダーが戻ってくるまで、このXXXを誰ひとり欠けることなく保持する義務があります。いなくなった全員を含めて、ね」
アトラスが満面の笑みを浮かべる。
それは例えようによっては天使、と呼べるものかもしれない。どこか神々しいオーラすら感じた。
しかしカノンとアキナには、それが禍々しい物にしか思えなかった。
「リーダーが生きていたなんて、今週は素晴らしい1週間ですね! 信じていましたよ、私は」
アトラス・ゼミルガー。
カノンが最も警戒しなければならないのは、この『男』である。
彼は徹底した新人類主義者であり、同時に旧人類を嫌悪していた。
「あ、でも今は旧人類の少年と行動を共にしてるんでしたよね。アキナ、それは殺して構いませんからね」
何の迷いもなく、アトラスはそういった。
反射的にカノンは抗議する。
『待って。彼はリーダーの友達です』
「リーダーの?」
『ええ、無暗に燃やしたらリーダーが悲しみます』
実際はもう少し複雑な関係かもしれない。
ただ、彼らが時折交わす会話はそう例えてもいい筈だ。カノンはそう思っていたが、アトラスはわなわなと肩を震わせ始める。
「り、リリリリリィィイイダァァアアアに、トモダチ? あの汚い下等生物である旧人類の、友達がいる!?」
アトラスの目がぐるぐると回る。
信じられない、とでもいわんばかりの勢いでその場に崩れ落ち、事実を嘆き始めた。
「何ということでしょう。あの一匹狼を素で行くリーダーに友達ができたのは喜ぶべきことです」
しかし、
「偉大なルィィィダァアアアアアアアアアアアアアの為には! 互いに助け合え、支えることが出来る実力を持った優秀な人材が相応しいのです」
偶に『リーダー』がシャウトするのが彼とエリーゼの決定的な違いだな、とカノンは思う。
そして同時に、彼が異常なまでにカイトに執着しているのもそうだ。
カノンやアウラもその辺は人のことはいえないのだが、それでもアトラスは酷いと思う。
彼はカイトに好かれる為、自分の全てをエリーゼにしてしまったのだ。
挙句の果てに、戦果として得られるアルマガニウムは受け取らずに自身の戸籍を女性に変える始末である。これには流石のカノンも退いた。
カノンは家族としての愛をカイトに求めた。しかしこのアトラスは、それ以上の物を求めてしまった。それが世間的に認められない物だと知った時、彼はカイトが唯一愛した女性に変わるしか道は残されていないと思い込んでしまったのである。
その結果が、これだ。
「待っていてください、リーダー。必ず私が迎えに行きます」
綺麗に揃えられた金髪の奥に宿る、炎のような赤い双眼が濁る。
カノンはこの時、自分の発言が完全に地雷であったことを悟った。彼女は旧人類の師匠に対しての申し訳なさと、自分への不甲斐なさでがっくりと項垂れていた。
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